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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 続・海に行こう
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2年目8月「予期せぬ再会」


 ガタン、ガタン……


 俺たちは相変わらず揺られていた。


 午前9時半。

 昨日早めに就寝した甲斐もあって寝坊することはなく、俺たちは旅館の朝食をとるなりすぐに出発した。

 もちろんバスの乗り継ぎについては旅館の人に確認済み。今度こそ間違いないはずである。


 目的地まではバスを2回乗り換えて1時間強の道のりだ。


(……しかし今日も暑いな)


 流れる景色の上空には、微動だにしない元気な太陽がさんさんと輝いている。

 絶好の海水浴びよりだった。


(早く海に入りてぇ……)


 すぐ泳げるように、今日は服の下にすでに水着を着込んでいる。

 あとは一刻も早く目的地に到着するのを待つばかりだ。


「あ、ユウちゃん。ほら見て」


 窓から入ってくる風に髪をなびかせながら、前の席に座っていた雪がこちらを振り返る。


 横に向けた視線の先。

 懐かしい海の光景がすぐ目の前に広がっていた。






「うわぁ、すごい人だね」


 雪は海岸の光景を見て感嘆の声をもらした。


 結局、俺たちが旅館に到着したのは10時過ぎ。

 そこにはすでに直斗たちの姿はなく、去年ここに来たことを覚えてくれていた旅館の人に部屋を聞いて荷物を置き、俺たちもとりあえず砂浜へと出てきた。


 ちなみに少々危惧していた旅館の部屋割りだが、将太がわきまえたのか、あるいは誰かが猛烈に反対してくれたのか。

 俺と雪を含め、男女はきちんと分けられていた。


 ただ。

 これは意図的なのか不明だが、その組み合わせはめちゃくちゃだった。


 まず、俺の部屋は将太とまだ見ぬ後輩がひとり。

 ということは、もう片方は直斗ともうひとりの後輩という組み合わせだろう。


 そして女子は、雪がどうやら後輩ふたりとの3人部屋。

 もう片方が歩、由香と後輩ひとりという組み合わせのようだった。


 いったいどういう決め方をしたのか。

 別に不満があるわけではないが、意図が不明である。


「……にしても、あちーな」


 ふぅっと首筋の汗を拭う。

 俺も雪もすでに水着姿で、俺は海パンと肩にタオルをかけただけの格好だ。


「さっさと海に入ろうぜ。このままじゃトーストになっちまう」

「あ、大丈夫だよ。私、日焼け止め塗ったから」

「暑さには効果ないだろ、そりゃ」

「暑さよりそっちのほうが大事だもの」


 と、雪は自分の腕を軽くさすりながら言った。


 そんな雪の水着は去年と同じで、白のセパレートタイプに長い腰巻(と言ったらパレオだと怒られてしまった)というスタイルである。

 日焼けが嫌なら囚人服みたいな水着にすりゃいいのに、と言おうかと思ったが、割と本気で怒られそうなのでやめておいた。


「でも、ほら。海に入る前にみんなを探さなきゃ」

「どうせいつか会えるだろ。別にいいんじゃないか?」


 さっさと海に入りたくてそう提案してみたが、


「ダメ。ちゃんと無事に着いたよって知らせなきゃ」

「あー……といってもなぁ」


 相変わらずの人ごみ。

 この中からあいつらを探すのは少し骨が折れそうだった。


 が、雪は急に思いついたような顔をして、


「……ね。もしかしたらあそこじゃない?」


 と、雪が指したのは、例の人の少ない穴場スポットの方角だった。




 ……いた。


 やや岩場の多い砂浜に何本か立ったビーチパラソル。

 その中のひとつ、見覚えのある赤白青のパラソルの下に知った顔が座っていた。


(……って、ありゃもしかして)


 そして即座に嫌な予感に襲われる。


 パラソルの下に座っていたのはふたりだった。


 片方は由香。

 遠目だが、十数年も見続けたあのポニーテイルを見間違えるはずがない。


 そしてもう片方。


 ロングヘアだったので最初は歩かと思ったのだが、すぐに思いなおすことになった。

 よく見ると由香よりも背が高いようだったし、なによりも胸部に搭載している兵器の破壊力が歩とは違いすぎたのだ。


「あー……」


 それに加え、俺はそのシルエットに残念ながら見覚えがあった。


 昨晩、あまり関わりたくないと考えた"あいつら"のうちのひとり。

 3姉妹の三女、白河舞以だ。


(1年の女子3人って、残りのふたりはやっぱり……)


 ほぼ決まりだろう。


 正直、俺もその可能性については予測しなかったわけじゃない。

 将太の従弟とやらが唯依と友人であることは知っていたし、女の子が3人というヒントもあった。


 しかし――


「どうしたの、ユウちゃん?」


 急に足を止めた俺を、雪が不思議そうに振り返る。


「いや……ちょっと人生の無情をかみ締めていたところだ」

「?」

「……あっ」


 そうこうしているうちに、偶然こちらを振り返った由香が俺たちに気づいた。


「優希くーん、雪ちゃーん。こっちー」


 嬉しそうに大きく手を振ってくる。


 仕方ない。

 俺は雪と一緒に彼女たちのところへ向かった。


「おぅ、焼けたな、由香。真っ黒だぞ」

「えっ。そ、そんなに?」


 由香が慌てて自分の腕を見る。


「由香ちゃん、そんなことないよ。安心して」


 雪が即座にフォローすると、由香はホッと胸を撫で下ろしながら少しだけ恨めしそうにこっちを見た。


「にらむなって。ただの冗談だ。それより……」

「お久しぶりです、不知火さん」


 横に動かした視線がロングヘアの少女、舞以とぶつかった。

 驚いた様子もないところを見ると、遅れてくるのが俺だということはすでに聞かされていたらしい。


「ああ、いえ。この呼び方では少しややこしいですね。優希さん……と呼ばせていただいても構いませんか?」

「お……おぅ」

「ユウちゃん、この子と知り合いなの?」


 と、雪が聞いてくる。

 由香も知らなかったのか、俺と舞以のやり取りに不思議そうな顔をしていた。


 舞以が微笑みながら答える。


「ええ。優希さんは私がペットにしたい男性ベスト3の一角です。ちなみに残りのふたりは唯依さんと、アイドル歌手の寮くんです」

「ペ、ペット? 寮くん?」


 由香がどう反応していいのかわからず、妙な顔で俺を見る。

 俺はそれには答えず、


「相変わらずいい性格してんな、お前」

「諦めが悪いと父によく褒められました」


 まるで悪びれもせず、むしろ誇らしげに舞以はそう答えた。


「絶対褒めてねーよ、それ。……んで? 他のふたりはやっぱ亜矢と真柚か? 唯依も来てんだろ?」

「ええ。唯依さんは藤井さんに無理矢理ナンパに付き合わされてるみたいです。アタフタしている唯依さんはなかなかにかわいらしかったですよ」


 クスッと笑う舞以。

 わかっちゃいたが、こいつは間違いなくドSだ。


「ところで、そろそろ妹さんを紹介してもらってもいいですか?」

「あー……そうだな」


 そう言って隣を見ると、雪は舞以のちょっとアレな言動にも引いた様子はなく。


「はじめまして。妹の雪です」

「白河舞以といいます。優希さんには色々とお世話になってます」

「舞以ちゃんだね。こちらこそよろしく」


 無難な挨拶を交わすふたり。

 思ったより平穏に……と、思いきや、雪は付け加えて言った。


「あ、ユウちゃんをペットにするのはいいけど、栄養のバランスにはちゃんと気をつけてあげてね。あと早寝早起き」

「心配するとこちげぇだろ!」


 いや、わかってたけどさ。

 こいつがそういうやつだってことぐらい。


「仲のいいご兄妹なんですね」


 舞以はおかしそうにクスッと笑うと、


「でも、怒らせたら怖そうな方なので、優希さんペット化計画はしばらく胸の内に秘めておくことにします」


 諦めるじゃないところが彼女の性格をよく表しているというかなんというか。


(……というか、ペットって具体的にどうするつもりなんだ、こいつ)


 思わずそんな疑問を抱いてしまったが、考えてもろくでもなさそうだ。

 それより今は海である。


「んじゃさっそく入ってくっかな。雪、お前は?」


 そう聞いたときには、雪はすでにサンダルを脱いでシートの上に腰を下ろしていた。


「お昼も近いし、午前中はここにいるよ。他のみんなに会ったらよろしくね」

「おぅ。じゃあちょっと行ってくるわ」


 そうして俺は待望の海へと突撃することにしたのだった。




-----




(まぶし……)


 雪はパラソルから少し顔を出して上空を見上げ、目を細めた。


 天空にはまばゆいばかりの光を放つ夏の太陽。

 パラソルが直射日光をさえぎってくれることと、海から吹いてくる心地よい潮風のおかげで暑さは思ったほど感じなかった。


(ユウちゃん、どこまで行ったかな)


 先ほど海に向かって走っていった優希の姿は、視界からすでに消えている。


「あ、そうだ。雪ちゃん」


 と、隣の由香が思い出したように言う。


「荷物、旅館に置いてきたんだよね? 部屋わかった?」

「うん。旅館の人に教えてもらったよ」

「私や亜矢さんと同じ部屋ですよ」


 由香の向こうの舞以がそう言った。


「亜矢ちゃんと……もうひとりは真柚ちゃんだっけ? 舞以ちゃんのお友だちなの?」

「友だちというか――ああ、うわさをすれば影ですね。戻ってきました」


 と、舞以が視線を横に動かす。


 雪がその視線を追うと、その先には近づいてくる人影があった。


(あれ……?)


 雪は首をかしげる。


 遠目なのではっきりとはしなかったが、そのボブカットの少女を雪はどこかで見たことがあるような気がしたのである。


「亜矢さーん」


 舞以が立ち上がって大きく手を振る。


「不知火さんたちが到着してますよー」


 その声に、近づいてきた亜矢の視線が雪を捉える。


 ……と同時に、亜矢の表情が微妙に強張った。


(やっぱり会ったことある、かな)


「雪先輩ですね。はじめまして。私、一ノ瀬亜矢といいます」


 すぐそばまで来た亜矢が笑顔で軽く頭を下げる。

 その瞬間、雪の脳裏に映像がよみがえった。


(……あのときの)


 じめじめとした梅雨の夜。

 暗い、街灯の光もあまり届かない路地の中。


 そこに、彼女は立っていた。

 怒りのこもった瞳で、そこにいた自転車泥棒の青年を見下ろして。


 そして右手には、それが天罰だといわんばかりのまばゆいいかずち――


 雪は改めて亜矢の顔をじっと見つめた。


「……」


 亜矢は視線をそらさない。

 意志の強い、頑固そうな瞳。


(……似てる。ううん、たぶん同じ子だ)


 そのときの少女は雷魔の姿をしていたし辺りも暗かった。口調も今と少し違っている。

 しかし、強い意志を秘めたその瞳は紛れもなく同一人物のものだった。


「はじめまして。不知火雪です」


 そして、雪はその疑いを確信に変えるために問いかけた。


「ねえ、亜矢ちゃん。私たち、どこかで会ったことない?」

「……あら」


 すると亜矢は冗談っぽく笑って、


「いきなりですね。それって口説き文句ですか? 残念ながらそういう趣味はないですよ、私」


 即座にそう切り返してくる。


 が、しかし。

 そんな亜矢が答える直前に見せた一瞬の表情の強張りを雪は見逃さなかった。


 そして確信に至る。

 彼女が、あのときの雷魔の少女である、と。


 雪は続けた。


「そうだね。亜矢ちゃんがかわいかったから、つい」

「……え?」


 亜矢が意外そうな顔をする。

 どうやらもっと追求されるものと思っていたようだ。


 しかし雪にはそのつもりはなかった。

 少なくとも、この場ではそうすべきではないと考えたのだ。


 そして雪は、亜矢を安心させるようにニッコリと微笑む。


「1日遅刻しちゃったけど、せっかくの旅行だもの。一緒に楽しもうね、亜矢ちゃん」

「……」


 亜矢はほんの数秒、意図を探ろうとするかのようにそんな雪を見つめていた。

 が、やがて雪の考えを理解したのか小さくうなずくと、


「ええ。……よろしく、雪さん」


 そう言って微笑みながら右手を差し出したのだった。


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