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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 続・海に行こう
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2年目8月「どっちが先に」


「ユウちゃん、準備できた?」


 部屋をノックする音とともにドアが開き、その隙間から雪がひょいっと顔を出した。


「もうちょいかな。あと56時間ぐらい」


 と、着替えを旅行用カバンに詰め込みながら俺は答える。


「わかった。じゃあここで正座して待ってる」

「……突っ込めぃ」


 現在、午後5時半。

 一昨日の朝から高熱を出していた雪は、養生の甲斐あってか昨日の夜にはすっかり熱が下がっていたのだが、いきなり今朝から旅行に出かけるのは少々不安があり、ひとまず様子を見ることにした。


 そして日が沈もうとしているこの時間。

 ようやく大丈夫だろうと結論して、これから出かけるところである。


「こんなときに風邪なんかひいてごめんね。瑞希ちゃんがいれば良かったんだけど……」

「お前の看病のためだけに部活の合宿から呼び戻すわけにはいかねーだろ。でも、ま、感謝なら受け取ってやらんでもないぞ。早く良くなったのが俺の寝ずの看病のたまものであることに間違いはないからな」

「うん」

「……だから突っ込めって。俺、明らかにお前より寝てただろ」


 39度近い熱を出した一昨日の晩なんか、寝ずの看病どころか、きっちり8時間以上熟睡したところを病人の雪に起こされてしまう始末であった。


「でも、心配して一晩中そばにいてくれたのはホントだから」

「いや、そばにいたんじゃなくて、うっかりあのまま寝ちまっただけなんだって」

「私の布団によだれ垂らしながら、ね」

「……おい。そういうことは気づいてても言うんじゃねー」


 渋い顔をすると、雪はおかしそうにクスクスと笑った。

 まったく、と、散らばっていた荷物を手早くカバンに詰め込んで立ち上がる。


「よし。んじゃ行くか」

「まだ55時間以上残ってるけど?」

「ああ、心配するな。お前は気づかなかっただろうが、55時間57分ほど時間を止めたんだ。その間に準備は済ませた」


 そう言いながら荷物を肩にかけて部屋を出る。

 雪が後ろをついてきて、


「じゃあ戸締りもう一度確認してくるね。ユウちゃんは2階をお願い」

「おぅ」


 雪はパタパタとスリッパを鳴らしながら1階に下りていく。

 俺は2階のベランダと窓の施錠を確認した。


「おーい。瑞希と歩の部屋は確認したのかー」


 階下から声が返ってくる。


「うんー。あ、でも私の部屋だけ一応確認してー」

「……どういうボケだ、そりゃ」


 呆れながらも雪の部屋に入って施錠を確認する。

 問題なし。


 振り返ってなにげなく部屋を見回す。


(……しっかし普通の部屋だな、相変わらず)


 雪の部屋ってのは昔から特徴がないのが特徴だった。


 決して殺風景というわけではない。

 きちんと整頓されているし、こぎれいで几帳面な女の子らしい部屋だといえるだろう。


 しかし部屋の全体を見渡したとき、そこからは個性らしきものが一向に見えてこない。


 枕元と机の上には小さなぬいぐるみがひとつずつ。

 本棚にはマンガと小説が数冊ずつ。

 ファッション雑誌なんかも整頓されて入っているが、定期的に処分しているためか量は多くない。


 壁にかかったカレンダーはどこぞの病院の名前が入ったもの。

 健康についての格言が色々書かれているが、別にこれを見るのが目的で使っているわけではないだろう。


 オーディオはコンパクトでラジオの聞けるプレイヤーがひとつ。

 その脇にあるCDはクラシックからアイドルまで、雑多なジャンルがそれぞれ1~2枚ずつ。

 バンド系は俺が貸したまま忘れていたものだ。


 内装――カーテンの色、小物類はすべて落ち着いた色で統一されているが、逆にいうとそれほどのこだわりは感じない。


 この部屋を初めて見た人間は、その主のことをどうイメージするだろうか。


 おそらくは、そこそこ整理ができる女性という程度の推測しかできないだろう。

 つまりこの部屋には、あいつ自身の趣味とか個性といったものがあまり反映されていないのである。


 マンガ、アイドル、音楽、ファッション……あらゆることにそこそこの興味を持ちつつも、決してのめりこんだり熱中したりすることがないというあいつの性格がそこに見える。


 ……まあ、悪いことではない。

 ひとつのことにハマるというのはいい面もあれば悪い面もあるし、単にそういうことにまだ出会えていないだけなのかもしれないのだから。


 そんな中、ふと机の上に視線が止まる。

 そこには小さな写真立てが3つ飾ってあった。


 なにげなく近づいて手に取ってみると、それは俺たちの昔の写真だった。

 幼稚園、小学校、中学校時代の写真が1枚ずつ。


 幼稚園時代のは俺と雪と瑞希、そして後ろに宮乃伯母さんが写っている。

 小学校のは4年の運動会で弁当を食べている写真。中学校のはどうやら3年の学園祭のときのもので、いずれも俺と雪の他に、直斗と由香といういつもの4人が写っていた。


 そして――


(……あれ?)


 目が止まったのは一番最初に見た幼稚園時代の写真だった。


 瑞希の髪を引っ張っている俺と、俺のほっぺたをつかんでいる瑞希。

 仲裁しようとしているのか、間に入ろうとしている雪。

 後ろで笑っている宮乃伯母さん。


 伯母さんも若い。

 12年ぐらい前だからまだ20代半ばだろう。

 髪も今より長く、左右で結んでいた。


 ……そんな宮乃伯母さんの姿が、一瞬、誰かに似ている、と思ったのである。


(だれ、だっけ……?)


「ユウちゃーん? まだー?」

「!」


 階下から聞こえてきた雪の声にハッと我に返る。

 その瞬間、浮かびかけていたイメージは四散した。


「おーぅ。今行くー」


 俺は写真立てを元の場所に戻して部屋を出た。 

 階段を下りていくと、雪はもう靴を履こうとしているところだ。


「時間は?」

「あんまり余裕ないかも……」

「……急ぐか」


 この電車に乗り遅れると、下手をすれば今日中にたどり着けなくなってしまう。

 俺は先ほどの写真のことなどはすぐに忘れ、急いで家を出ることにしたのだった。






 ガタン、ガタン……


 窓から見える空は濁ったオレンジ色に染まっている。

 向こうに到着するころはおそらく真っ暗で、もちろん泳ぐことはもうできないだろう。


 それなら無理に今日合流する必要はないんじゃないか、と、俺は主張したのだが、雪によれば、


「夜、一緒におしゃべりもしたいから」


 ということらしい。


 ガタン、ガタン……


 目的地までは電車で1時間強。旅館までの時間も入れれば合計で1時間半。

 向こうへ到着するのは午後7時半といったところだろうか。


「……に、しても」


 俺は窓のふちに肘をついたまま、正面に座る雪の格好に視線を向けて、


「お前って、本当にそういう色が好きだよな」

「うん?」


 雪が着ているのは、先日買ったばかりの桜色のブラウスだった。


 桜色といっても色はかなり薄く、パッと見は白に近い。

 そしてスカートがこれまた桜色。こちらは濃い目のピンクだ。


「うん。好きだから」


 そう言われてしまうと返す言葉はないが、しかしまぁ、たまにはジーパンとかラメ入りのシャツとか、鉄のとげがついたヘビメタルックとかもやってみて欲しいものである。


(……いや、ヘビメタはねーわ)


 想像の中で組み合わせてみると、どうしても合成写真のような不自然なものになってしまった。


「あっ、そうだ。ねぇ、ユウちゃん。お腹空かない?」

「ん? あー、そういやそろそろ晩メシの時間だな」


 気にするほど腹が減っていたわけではないが、改めて言われるとなにか食べたい気分になった。


「サンドイッチ、作ってきたから」


 と、荷物の中からバスケットを取り出す雪。


「おー、うまそうだな」

「紅茶も持ってきたから」


 と、さらに魔法ビンを取り出す。


「おぅ。……ってか、いつの間に用意したんだ?」


 俺の記憶が正しければ、雪は今日こうして出かける直前まで俺とほとんど一緒に行動していたはずだ。

 しかし、俺は少なくともこれを準備をするこいつを一度も見ていない。


 そんな俺の疑問に、雪はふふっと笑って、


「それはもちろん企業秘密です」

「なるほど。大人の事情ってやつか」

「うん」


 まあ、確かに聞いたところでなにか得をするわけでもない。


 サンドイッチは短時間で準備したとは思えないほどバリエーションに富んでいた。

 ハムサンドやイチゴジャムの他、チキンカツサンドまで入っている。


 家を出る前の話じゃないが、こいつのほうこそ時間を止めていたのかもしれない。


 ガタン、ガタン……


 電車は相変わらず揺れている。

 鈍行なので各駅停車だ。もちろん到着時刻を調べて乗っているので焦る必要はないのだが、これがなかなかにもどかしい。

 せっかくスピードに乗ってきたと思えば止まり、そのたびに揺れて紅茶をこぼしそうにもなる。


「あ、ユウちゃん。コップ、私にも貸して」

「 ああ」


 俺は使っていた魔法ビンのフタ(コップ代わりにもなるやつだ)を雪に渡しながら、


「コップは持ってこなかったのか?」

「うん。私とユウちゃんだけだし、今しか使わないからね」


 そう言いながら魔法ビンから紅茶を注ぐ。


「あ――」


 口をつける直前、雪は上目づかいにこっちを見た。


「これ、甘すぎなかった?」

「あ? 紅茶か? いや別に」

「ホント? こうやってたくさん作ること最近なかったから加減がわからなくて」


 雪は小さくうなずいて、紅茶をひと口飲んだ。


 俺はそんな雪から視線を外し、窓の外を眺めた。

 夕日に彩られた町の風景が流れていく。


 そうして、しばらくは特に話すこともなく無言が続いた。

 もちろん珍しいことじゃない。ほぼ毎日顔を合わせ、1日何時間と一緒に過ごしているのだから、まったく途切れることなく話題が続くほうがおかしいだろう。


 眠気が襲ってくる。


 ガタン、ガタン……


 各駅で停車することを除けば、快適に、そして順調に電車は目的地に向かって走っていた。


 時間を見ると午後6時40分。

 もう半分ぐらいは来ただろうか。


「今日はみんなたくさん遊んだかな?」


 雪が俺と同じように窓の外を眺めながらそうつぶやいた。

 その目にはもう、この先にある海の風景が映っているのかもしれない。


「さぁな。ま、将太が無駄なナンパを繰り返していたことだけは間違いないだろうけど」


 と、俺は答えた。


 ……そのときだった。


 キィィィィィィ……


「あれ?」


 聞こえてきたのは聞き慣れた、しかしいつもより少しだけ甲高いブレーキ音。

 外を流れる景色がゆっくりになっていく。


 雪が不思議そうな顔をして、


「駅、まだだよね?」

「……だと思ったが」


 今はひとつ前の駅を出たばかりで、まだ次の駅の車内アナウンスもかかっていなかった。

 そして、そんな俺たちの疑問が間違いではない証拠に、周りの客も少しざわついている。


「なにかあったのかな?」

「かもな。飛び込みとか……」


 冗談半分本気半分でそうつぶやくと、雪は大きく目を見開いて、


「ユウちゃんが?」

「中にいる俺がどうやって飛び込むんだよ。それともアレか? ドッペルゲンガーとか平行世界の俺とか、そういうもうひとりの俺みたいなことか?」

「わかんないけど。ユウちゃんならできるかなと思って」

「できねーし、できたとしてもなんで俺が電車に飛び込まなきゃなんねーんだよ」


 だよね、と、雪は笑いながら窓の外に目をやった。


「だって、ユウちゃんにはそんな悩みないもんね」

「バカにしてんだろ、お前。俺が悩みひとつない能天気だって言いたいのか?」

「深読みしすぎだよ。……でも」


 と、雪の表情が微妙に変化する。


「ホント、ユウちゃんは長生きしてね。先に死んじゃダメだよ」

「……はぁ?」


 突然の言葉に俺は呆気に取られた。


 雪は別に深刻な表情をしているわけではない。むしろ笑顔のままだった。


 ……ただ。

 笑顔なのに、目には少しだけ本気の色が浮かんでいる。


 俺は言葉を失った。


 実を言うと、こいつのこんな表情を見るのは初めてのことじゃない。

 それどころか特段珍しいことでもなかった。


 なんでもない日常――夕食や、みんなで楽しく会話をしているとき。

 ふと、なにげなく雪に視線を向けると、よくこんな表情で俺を見つめていた。


「あのね」


 と、雪はその表情のままで言う。


「ユウちゃんが死んだら、私きっとたくさん泣いちゃうから。だから」

「だから?」


 雪はニッコリと笑って、


「だから死ぬときは私が先に死ぬ。そうすれば悲しまなくて済むでしょ?」

「……」


 俺はそんな雪の目をまっすぐに見つめ、少しだけ真剣に答える。


「それじゃ、俺だけ損じゃねーか」

「え?」


 雪が不思議そうに首をかたむける。

 俺は視線を横にそらして、


「だから。……お前は悲しまなくて済むかもしれねーけど、逆に言やぁ、俺だけそういう思いをしなきゃならんってことだろ」

「……」


 雪はちょっとだけ驚いたような顔をした後、嬉しそうに目を細めて言った。


「ユウちゃん、私が死んだら悲しんでくれる?」

「……答える価値もねーよ」


 そんなのは当たり前すぎる。

 たったひとりの血を分けた――いや、もしかしたらこの身や魂も分けたかもしれない双子の妹なのだから。


「そっか。……そうだよね。ごめん、変なこと言って」


 そう言って雪はまた窓の外に目をやった。


 少しの沈黙。


「でも……」


 外を眺めたまま雪が再び口を開く。


「きっと私の方が悲しむよ。ユウちゃんが私を想ってくれるより、私のほうがずっとずっとユウちゃんのこと好きだもの」

「……あのなあ」


 相変わらず勘違いされそうなことを言う。

 とはいえ、今は他に誰が聞いているわけでもないし、言ったところで聞きはしないのでなにも言わないことにした。


 俺も釣られて窓の外を見る。


 そして、


「……完全に止まったな」

「止まったね」


 窓の外を流れていた景色は、いつの間にか静止画になっていて。

 同時に車内アナウンスが流れる。


「大変ご迷惑をおかけいたしております――」


 こうして雪の風邪に引き続き、俺たちは再度のアクシデントに見舞われてしまったのだった。


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