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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 続・海に行こう
81/239

2年目8月「顔合わせ」


-----


 8月に入ってすぐの火曜日。

 午前7時。


 この日、唯依たち4人は駅の前で電車の時間を待っていた。


「暑いなぁ……」


 空は雲ひとつない晴天。

 焼け付くような日差しがセミの声と一緒に降り注いでくる。


 夏休みとはいえ、社会人にとって今日は平日であり、おそらく会社に向かうのであろう背広姿が駅に駆け込んでいく姿もパラパラと見られた。


 みんな上着を脱ぎ、ハンカチを手に汗を拭いながら。

 そんな彼らの様子を見ているだけで、暑さがさらに増したような錯覚に唯依は襲われていた。


「ホント暑い……」


 今日ここに着てから何度目のつぶやきだろうか。

 もはや思い返す気にもなれなかった。


「唯依さん、大丈夫ですか?」


 そう言ったのは近くのベンチに座った舞以だった。

 さらにその隣にいる亜矢が続ける。


「大丈夫よ。あれでも男の子なんだから」


(好きなこと言ってくれちゃって……)


 彼女たちに真柚を加えた3人は日陰のベンチ座っているが、定員オーバーで弾き出されてしまった唯依は日光の下に立たされているのである。

 この差がどれほど大きいかは小学生にだってわかることだろう。


 唯依は少しでも直射日光を遮ろうと、額の上に手をかざしてみた。

 が、暑さはあまり変わらない。


 諦めて目を閉じ、なにも考えないことにしてみる。

 こうしていればそのうち時間も過ぎ去るだろうと思ったのだが、かえって感覚が研ぎ澄まされて逆効果だった。


 じりじりと照り返しの熱が足もとからはい上がってくる。


「ねぇ。さすがにちょっと早く来すぎたんじゃない? 待ち合わせって7時半でしょ?」


 と、真柚が両手でパタパタと顔をあおぎながら言った。


「あら、真柚さん。待ち合わせは30分前行動だと教わりませんでしたか?」

「……私の周りでは10分前ぐらいだったかなぁ」

「舞以、それってビジネスマンの心得とかそういうやつじゃないの? 友だちとの待ち合わせに30分前はさすがに聞いたことないわ」


 それなら最初から30分早く待ち合わせするわよ、と、亜矢がもっともなことを言った。


 そして亜矢はそのまま唯依のほうを見る。


「ところで、唯依。今日来る人ってどういう人なの? 私たち、田辺くんのことしか聞いてないんだけど」

「ああ、それは――」


 彼らがこうして電車を待つことになった事の発端は、半月ほど前にさかのぼる。






 クラスメイトの田辺京介は、席が隣同士だったことから入学式の日に仲良くなった、唯依がこの風見学園で最初に作った友人である。


 いわゆる坊ちゃん刈りに似た髪形をしていて、太ってはいないが丸顔のどこか愛嬌のある顔立ち。

 人当たりはよく、仲良くなった相手には積極的にしゃべるが、初対面では少し人見知りする性格。

 そういう内向的な一面に共感できるところがあったからか、唯依はこの京介とすぐに仲良くなり、今ではその後に知り合った木村栄二と3人でよく一緒に行動していた。


 そして夏休みに入る直前の、この日の放課後。

 その京介が、なにか頼みごとがありそうな気配を漂わせて唯依の席までやってきたのである。


「……海?」


 そんな彼の口から飛び出したのが、夏休みに3泊4日の海水浴に行かないかという提案だったのだ。


「うん。あ、3泊って言ってもウチの親戚がやってる旅館だから、ものすごい格安で泊まれるんだ」

「へぇ、そうなんだ? じゃあ行ってみようかな」


 そのときは軽い気持ちでそう答えた。


 もちろん家計を握っている亜矢に相談する必要はあったが、夏休みの予定はほとんどないに等しい。

 今のところ断る理由はなかったのだ。


「そっか。じゃあ唯依はオッケーだね」


 しかし、京介の話はそれでは終わらなかった。


「……それでさ。相談なんだけど、唯依って確か狩部さんたちと仲良かったよね?」

「え? ……えっと、"たち"って誰のこと?」

「狩部さんと、一ノ瀬さんと、白河さん」

「ああ……うん。いいほうだと思うけど、どうして?」


 聞き返すと、京介は少しモジモジしながら言った。


「あのね……彼女たちを誘って欲しいんだ」

「誘う……?」

「だから、その、この旅行にさ」

「あの3人を? 3泊4日の旅行に?」


 唯依が眉をひそめると、京介は焦ったように手を振って、


「あ、いや! 無理ならいいんだ、うん! 泊まりだし、たぶん無理かなとは思ったんだけど……あはは、そりゃ無茶だよね」

「あ、いや」


 いったん言葉を止め、唯依は考えた。


 話をすれば、真柚あたりはむしろ喜んでついてくるだろう。

 舞以もなんだかんだで断りはしない気がする。

 読めないのは亜矢だが、それこそ聞いてみなければわからないことだった。


 結論としては、決して京介が言うように無理な話ではない。


 ただ。


「どうしてあの3人を? 人数が欲しいだけなら他にもいるんじゃない?」


 そこが疑問だった。


 実をいうと、唯依たち4人が姉弟であることを知る人間は学校にはほとんどいない。

 隠しているわけではなかったがあえて言ってもいないし、名字が違うからそもそも疑う人間もいない。

 名字が違う理由を説明するのが面倒でもあった。


 無闇にそのことを口にしないのは4人の間での暗黙のルールになっていて、この学校でその事実を知っているのは、教師と、あとは偶然彼らの家を訪れた優希ぐらいのものだ。


 もちろん目の前の京介もそのことは知らないはずだった。


 にもかかわらず、である。


 普通に考えて、ちょっとおしゃべりする程度の女子をいきなり3泊の旅行に誘うなんて確かに無茶だろう。京介もそんなことはわかっているはずなのに、それでもあの3人を誘わせようとした。


 その真意が、唯依にはどうにも理解できなかったのである。


「実はね……」


 と、少し困り顔の京介が真相を語り始めた。


「僕の従兄……ほら、前にも話したこの学校の2年生なんだけど。今回の海水浴はその人と一緒に行くことになっててね。それでその人が、お前も女の子を2~3人連れて来いっていうんだ。……でも、ほら。僕って女の子と話すの苦手だし、知り合いもいないからさ」

「なら、無理して一緒に行かなくてもいいんじゃない?」


 唯依は当然の疑問を投げかけた。

 すると京介は急に照れたような顔になって頭をかくと、


「それがね。従兄がすごい人を連れてくるっていうから」

「すごい人?」


 うん、と、京介は表情を崩した。


「知ってるかな? ここの中等部の出身で、今は桜花女子に通ってる人なんだけど」


 そう言いながら京介は懐から生徒手帳入れを取り出し、それを開いて唯依の眼前に差し出す。

 そこには一枚の写真が入っていた。


「……この人?」


 まったく知らない女の子だった。


「うん。ね? 美人でしょ?」


 それは明らかに集合写真らしきものを切り取って引き伸ばしたもので、お世辞にも鮮明な写真とはいえなかった。が、それでも整った顔立ちと吸い込まれそうな色の瞳が印象的な少女であることがわかる。


 京介が言ったような美人というよりは、かわいらしいという印象だ。


「確かにかわいい子だね」

「でしょ? しかも美人なだけじゃないんだ。勉強もできるし、運動もできるし、すっごく優しい人なんだって。で、従兄がこの人と知り合いで、今度の旅行に連れてくるっていうんだ。ね? すごくない?」

「あ、うん……」


 前のめりになった京介のテンションに押され、唯依は曖昧な返事をする。

 ただ、彼がそこまで言う相手が実際にはどんな人なんだろうという興味もなくはなかった。


「だから、ね、唯依。一生のお願い。あの3人を誘ってくれないか? ダメならダメでもいいからさ」

「……わかったよ。とりあえず誘ってはみる」


 そんな京介の熱意に押され、結局唯依はその願いを引き受けてしまったのだった。






 それが半月ほど前のこと。


 結果は見てのとおり。亜矢は少しだけ回答に時間をかけたものの、結局は京介の希望通り全員が参加することとなったのだった。


 そのときのやり取りを思い出しながら、唯依は先ほどの亜矢の疑問に答える。


「京介の他はみんな2年の先輩だってさ。京介の従兄の藤井さんって人と、あと詳しいことはわからないけど、男の人と女の人が3人ずつ来るみたい。ひとりは、ほら。あの近くの桜花女子学園の生徒だって」


 ふぅん、と、亜矢は鼻を鳴らした。


「意外。私たちを誘ったぐらいだから、女の子ぜんぜんいないのかと思ってたわ」

「あ、そうそう」


 と、真柚が思い出したようにうなずいて、


「唯依くんからその話を聞いた日、実は3人でこそっと話してたんだ。私たち、もしかしてイケニエにされるんじゃない? みたいな」

「い、いけにえ!? 人聞きの悪いこと言わないでよ!」


 最後はちょっと声が小さくなった。

 いけにえではないにせよ、それに近いやり取りがあったのは確かだったからである。


 と。

 そんな唯依の態度を見逃さない人物がいた。


 舞以だ。


「でも、どうでしょうねぇ。詳しい内容はともかく、互いに女の子を何人かずつ連れて来る、みたいなやり取りはあったかもしれませんよ? 女の子の人数がぴったり3人ずつっていうのもなんだか怪しいですよね」

「えっ。いや、そんなことは……」

「あら。別にいいんですよ、唯依さん」


 歯切れの悪い唯依の返事に、舞以は正鵠を射たとばかりにニッコリと笑って、


「他でもないかわいい弟のためですもの。見知らぬ男性の前にこの身をさらすことぐらい、どうってことはありませんから」

「ま、舞以ちゃん。言い方が、なんかちょっと……」


 と、真柚が苦笑すると、その横から亜矢が口を挟む。


「舞以。あなたはどうか知らないけど、私はそんなのゴメンだからね。……あー、なんか急に後悔してきた。ちょっと唯依。その2年の人たち、変なのばかりだったら私帰るからね」

「そ、そんな、無理だってば。旅館の部屋だってもう予約してるんだから」


 そんなことになれば先方に迷惑をかけるばかりだ。

 唯依が困った顔をしていると、舞以が横から助け舟を出す。


「大丈夫ですよ、亜矢さん。たとえ唯依さんが自分の欲望のために私たちをいけにえにしようとしているのだとしても」

「だから舞以ちゃん、言い方が……」

「どうせ犠牲になるのは真柚さんなのですし」

「……えっ? なにそれ、なんで?」


 いきなり矛先が向いてきて、真柚はビックリした顔をする。


「そりゃもう、やはり真柚さんには長女としての体面もあるでしょうから。まずは一番に身を張っていただかなくては」

「いやいやいやいや! それ、ただ押し付けようとしてるだけだよね!? 私の体面とか絶対気にしてないよね!?」

「そんなことありまスん」

「どっちさ!?」

「あー、真柚が犠牲になるだけなら別にいっかー」

「……ちょっ、亜矢ちゃん!?」


(……暑いなぁ)


 どうやらこれ以上は立ち入らないほうがよさそうだ、と、唯依は駅前の大時計へ視線を移動させた。


 7時15分。

 待ち合わせが7時半だから、もうそろそろ誰か来てもおかしくない時間だ。


(……あ。あの人たち、もしかしてそうかな?)


 ちょうど駅前のバス停に入ってきた路線バスから、それらしき一団が下りてくるのが見えた。

 男ひとりに女ふたりだ。


(あれ? あの人って……)


 その3人が視認できるぐらいまで近づいたところで、唯依は彼らの顔に見覚えがあることに気づく。


(確か、えっと……水月先輩と神薙先輩?)


 唯依の友人である木村がひとめぼれした先輩と、その友人。

 由香と直斗であった。


(それと、もうひとりは……)


 年下にしか思えない幼い容姿の小柄な少女。

 見覚えはあった。が、名前は浮かばない。


「あれ? 君は確か……」


 直斗も唯依に気づく。


「木村くんと同じクラスの子だっけ? 確か……香月くん? 一緒に行くのって君のことだったんだ?」

「あ、はい。お久しぶりです。よろしくお願いします」


 唯依は直斗に向かってペコッと頭を下げた。

 それを見て、隣にいた由香が不思議そうな顔をする。


「あれ? 直斗くん、知り合い?」

「うん。ほら、木村くんの友だちだよ」

「……あ、そ、そうなんだ。はじめまして」


 由香はちょっと慌てた様子だった。


「はじめまして。香月唯依です」


 唯依は彼女と一度だけ顔を合わせたことがあったが、そのときは木村の後ろにほとんど隠れていたので、向こうが覚えていないのも無理はなかった。


 続いて直斗が言う。


「それとこっちが……神崎さんとは初対面だったよね?」

「あ、はい――」

「初対面じゃないですよー」


 唯依の言葉をさえぎって、その小柄な少女――歩は即座にそう答えた。


「入学式の日に、木村さんという方と一緒にいたときにお会いしてます。そのときはなにもお話しできませんでしたけれどー」

「あ……あのときの」


 その言葉で唯依は思い出した。

 由香や直斗と初めて会った日、彼女もその場にいたのだ。


「でも、ほぼ初対面ですね。神崎歩と申しますー」

「あ、よろしくお願いします」


 甘ったるいソプラノの声。

 ずいぶん幼い先輩だな、と、唯依は思わず首をかしげてしまった。


「……あ、じゃあこっちも紹介します。みんな、こっち来て」


 唯依の言葉に反応して、亜矢たちがやってくる。

 そうしてひとまず、そこにいるメンバーだけでの自己紹介が始まった。


 やがて――


「おおぅ! みんなちゃんと集まってるな! 結構結構!」


 7時25分、将太と京介が到着した。


「よぅ、君たちだな。京介の友人ってのは」


 将太は唯依のほうを見てニッと笑みを浮かべると、


「俺は藤井将太。ま、こうして一緒に遊びに行くことになったのもなんかの縁だし、仲良くしようぜっ」


 特に女の子たちはね、と付け足してぎこちないウインクをする。

 つられて笑ったのは真柚だけだった。しかも苦笑である。


 ただ、そんな将太の第一印象は唯依にとって決して悪いものではなかった。


(……よかった。話しやすそうな人だ)


 友人の従兄とはいえ学校の先輩ということで、一緒に旅行に行くことに多少の不安はあったのだが、どうやらそれほど気兼ねする必要はなさそうだった。


(でも……あれ? あとふたり来るはずだけど……)


「おぉ?」


 と、将太が大きな声をあげて周りを見回した。


「そういやどうしたんだ? 雪ちゃんとそのお付きの方がまだ来てないではないか」

「あ、優希と雪は来られないよ」


 さらっと直斗が答える。


「へ? ……こ、来れないぃぃぃぃッ!?」


 大声をあげた将太が直斗に詰め寄った。


「来れないってどういうことだ!? いや、優希のやつはどーでもいいが、雪ちゃんも来れないのかッ!? どういうことだぁッ!」

「あ、正確に言うと」


 そんな将太とは対照的に、直斗は落ち着いた声で、


「約束の時間には来られないって。後で合流するからってさ」


 歩が補足する。


「一昨日から雪お姉ちゃんが風邪で熱を出しちゃったんです。昨日のうちに熱は下がったんですけど、一応今日もお昼ぐらいまで様子を見て、夕方か明日の朝に合流したいって言ってました」

「な、なるほど。ってことは遅くても明日には来るんだな?」


 それなら問題ない、と、将太がホッとした顔をする。

 そこに由香が不思議そうに、


「あれ? 優希くん、昨日将太くんの家の留守電に吹き込んだって言ってたけど……」

「あー、アレ、そういう内容だったのか。いや、実は電話の操作をミスって録音消しちまって――」


 ……と。


「ねぇ、唯依」


 そんな先輩たちの会話を蚊帳の外で聞いていた亜矢が、そっと唯依に近づいて耳打ちしてくる。


「優希、って言ってたけど、もしかしてあの不知火先輩のことかしら?」

「そうみたい」


 唯依のほうは、直斗や由香の姿を見た時点でだいたい予想できていたが、彼らと優希の関係を知らない亜矢にしてみれば驚きだったのだろう。


「ふぅん。……偶然ってあるものね」

「だね。よかったじゃない。変な人じゃなくて」

「うーん、まあ変じゃないかっていうと正直微妙だけど、あの人も」


 人のこと言えないでしょ、と、唯依は心の中でつぶやいて再び将太たちのほうを見た。

 そして将太が宣言する。


「んじゃ、まぁ若干予定が狂ったところもあるが、これより" みんなで白い砂浜に3泊4日で行こうツアー"を始める! みんな、楽しくやろうぜっ!」


 おー、と、若干力のない返事がパラパラと上がり、そうして彼らの旅行はスタートしたのだった。


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