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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 梅雨にとどろく雷鳴
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2年目7月「買い物」


 今日は1学期の終業式だ。

 夏休みの始まりを告げる嬉しい日であるとともに、1学期の成績表が返ってくる日でもある。


 この成績表ってやつに対するみんなの反応は千差万別で、数字の上がり下がりに一喜一憂するやつもいれば、どうでもいいと思ってまったく見ないやつもいる。

 俺はどちらかといえば後者寄りだが、一応中身だけは確認することにしていた。


 というのも理由がある。

 うちの学校には、赤点の生徒に対する夏休み中の補習制度というものがあるのだ。

 10段階評価で、1教科でも最低点つまり1を取った者は、夏休み中の数日間学校に来て補習を受けなければならないのである。


 この補習を受けて最終日のテストに合格しなければ留年になる可能性もあるのだが、このテストはそう難しいものではなく、仮に落ちたとしてもなんだかんだで合格点に届くまで受けさせてもらえるので、これが原因で留年するというのは、何度説得しても補習自体に出てこなかったというケース以外に聞いたことがない。


 だからこの補習制度に関しては留年の危機であるということよりも、夏休み中に、しかも8日間も学校に行かなければならないという点で厄介なのである。


 そしてこの日。


「な、なにぃぃぃぃぃッ!?」


 成績表が行き渡るなり、教室中に響く迷惑極まりない悲鳴を発した者がいた。

 幸いなことに、それは俺ではない。


「なぜだ! なぜ俺が補習なんだぁぁぁッ!」

「お前ほど補習が似合うやつもそういないと思うが」


 強烈なリアクションとともに床に崩れ落ちたのは、いわずとしれた将太である。


 俺としてはこいつが今までに一度も補習を受けてないということがむしろ奇跡だと思っていたのだが、どうやらこいつ自身とは認識が違っていたようだ。


 今回は例の旅行の計画で頭がいっぱいになり、期末テストのときに一夜漬けすらしなかったことが響いたらしい。

 これぞまさに本末転倒というやつだろう。


「あああああ! 俺の素晴らしい夏休みの計画がぁぁぁ……」


 嘆きの叫びを上げる将太。

 俺はそんな将太の肩にポンッと手を置いて、


「ま、旅行の件ならあとは任せとけ。念入りに練ってくれた計画のおかげで、お前がいなくてもなんとかなりそうだからな」


 すでに日程は決まり、将太の親戚の旅館にも話は通してある。

 去年行っているから面識もあるし、こいつがいなくても本当になんの問題もなかった。


「だから、な? お前は輝かしい遠い未来のために、心置きなく補習を受けてこい」

「ふざけんなッ! 俺も行くに決まってんだろぉぉぉぉッ!」


 そんな将太の必死の形相は、まるで血の涙を流しているようにさえ見えた。


「ちょっと先生に掛け合ってくる! うわぁぁぁぁぁん!」


 泣きながら将太は教室を出て行った。


「……将太?」


 そんな将太と入れ替わるようにして直斗がやってくる。


「どうしたの、あれ?」

「ああ。補習で旅行が台無しになりそうで焦ってるんだってよ」

「え、なんで? 補習って、別に旅行と日程かぶってないよね?」

「さぁ、どうだったかな」


 俺がとぼけると、直斗は苦笑した。


「かわいそうに。ちゃんと教えてあげたらいいじゃない」

「んな義理はないっつの。つか、計画を立てた本人が気づかないんだから自業自得だろ」


 それに放っておいてもどうせすぐに気づくだろう。






「ただいまー……」

「ただいま……」


 学校帰りにうちのクラスの旅行参加メンバーだけで集まり、ファストフード店で昼食を食べながら色々と日程やらなんやらの確認をした後。


 俺と歩が家に戻ってきたのは午後2時すぎのことだった。


「暑いねー……」


 と、歩は夏服の胸元を軽く引っ張って、パタパタとやりながら額に浮かんだ汗をぬぐう。


「ああ、あちーな……」


 そんな歩の言葉に対し、なんのボケも思い浮かばないほど俺も暑さにやられていた。


 玄関の温度計を見ると30度を軽く超えている。

 ただ、この玄関は日光があまり入らないので外に比べればまだ涼しく、実際の気温は日なたでおそらく40度近いだろう。


 暑さだけじゃない。昨日の大雨の影響で湿度もかなり高くなっていた。


「暑いねー……」

「ああ……」

「早く海行きたいねー……」

「ああ……」


 このありさまである。




「……ふぅ。生き返ったよー」


 氷を入れたオレンジジュースを飲みながら、歩はソファの上でホッと息をついていた。

 家の中には少しずつクーラーが効き始めている。


 俺は脱衣所で汗まみれになった下着と制服を着替え、冷蔵庫から小さいペットボトルのジュースを取り出すと、ソファの歩に向かって言った。


「生き返って早々悪いんだが、ちょっと出かけてくるわ。留守番頼むぞ」

「え? どこ行くの?」

「ちょっとデパートまで買い物にな。月に一度のバーゲンだかやってるらしくて、雪に荷物持ち頼まれてんだ」

「あ、じゃあ向こうで待ち合わせ?」

「そういうこった。あ、お前は来んなよ」

「うんー。一緒に行きたいけど我慢するー……」


 この暑さの中で倒れられたらそれこそ大変で、その辺は本人もわきまえているようだ。


「でもえらいね、お兄ちゃん。雪お姉ちゃんのお願いならたとえ火の中水の中、だね」

「……嫌なこと言うなよ」


 今日の気温だと、外に出るのはまさに火の中に飛び込むようなものである。

 それを笑って流せるほど俺のテンションは回復していなかった。


「あー……しかしマジでめんどい。忘れたことにしちまうかな」

「またまたー。そんな気ぜんぜんないくせにー」

「……」

「え?」


 無言で近づいた俺を、歩が不思議そうな顔で見上げる。

 俺はそんな歩のこめかみに、グーにしたこぶしを当てた。


 そこで歩はようやく俺の意図に気付いたようだ。


「あっ、やめて――っ!」


 身を小さくしたが、もう遅い。

 両こぶしに軽く力を込める。


「あっ……痛い痛いッ! やめてやめて!!」


 対歩専用のお仕置き術、通称"うめぼし"である。

 歩は必死に逃れようとするが、そんな簡単に逃げられるほどこの攻撃は甘くない。


「生意気言ってごめんなさい、は?」

「ごっ、ごめんなさいーッ!」


 パッと手を離す。

 歩はすぐに頭をガードすると、恨めしそうに俺を見上げた。


「ううっ……それ、痛いのにぃぃ……」

「ああ、知ってる」


 なんたってこの技は俺も梓さんによくやられたのだ。

 痛さも知ってるし、加減も心得ている。


「伝統は受け継がれる。お前も将来子どものしつけに使ってやれ」

「……私、優しいお母さんになるもん。そんなの絶対やんないしー」

「そうか。そりゃ残念だ」


 どうやらすねてしまったようだ。

 俺は苦笑しながらそんな歩の頭に手を置くと、


「んじゃ行ってくる。いい子だからちゃんと留守番してんだぞ」

「……なんか、すごく子ども扱いしてるー」


 頭を撫でると歩はすぐに抗議の声を上げたが、そんな俺の手を振り払おうとはしない。

 なんというか、本当にわかりやすいやつである。


「なにか買ってきてやる。なにがいい?」

「あ、私、あずきバーがいい!」

「あずきバー? お前もかよ」


 あずきバーは雪の好物である。

 すると歩は照れくさそうに笑って、


「実は雪お姉ちゃんの影響ではまってしまいましてー」

「……冷凍庫があずきバーに征服される日も近そうだな」


 ちなみに瑞希のやつも、去年辺りから頻繁にあずきバーをリクエストするようになっていた。

 あずきバー恐るべし。






「……あちー」


 額に浮かぶ汗をぬぐいながらの待ちぼうけ。

 ここに到着してまだ5分ほどなのだが、今の俺にはそれが妙に長く感じた。


 暑いからというのも、もちろん理由のひとつ。


 ただ、それに加えてもうひとつ。

 待っている場所が、桜花女子学園の校門前だということである。


(……相変わらず居心地ワリぃな、ここは)


 周囲から向けられる好奇の視線にも多少は慣れてきたとはいえ、やはり気にならないわけではない。

 今日は制服を着替えてきているからまだいいが、それでも俺のような若い男が校門の前にいると、どうしても下校する女生徒たちの視線の集中砲火を受けてしまうのである。


 しかも――


「ユウちゃーん。お待たせー」


 校門の向こうから聞こえてきた大きな声に、視線はさらに密度を増した。


「あ、あれ、2年の雪さんじゃない……?」

「うっそ……じゃあもしかしてあれが先輩の彼氏?」

「ええーっ。でも、なんか頭わるそー」


(……余計なお世話だ)


 なんて、野次馬たちの誤解にいちいち訂正を入れるわけにもいかず。

 どうやら雪はいつもどおり、新1年生の間でもそこそこ有名になっているようだ。


 俺は苦虫をかみ潰したような仏頂面で、雪が駆け寄ってくるのをじっと待った。


「ごめんね。待った?」


 そんな俺の表情を、待ちぼうけを食わされたためと勘違いしたのか。

 雪がちょっと上目づかいにそんなことを言った。


「……なあ、雪。去年も同じことを言ったと思うが、俺はものすごく恥ずかしいんだ」

「え?」


 雪は首を小さくかたむけながら俺の全身を見て、


「別に恥ずかしい格好してないと思うよ?」

「ちげーよ」


 相変わらず天然なのか冗談なのかわからない妹だった。


「いいか? 女子校の前で待ち合わせをするってこと自体、俺にとってはものすごく恥ずかしいことなんだ。わかるか?」

「うん」


 雪は素直にうなずいた。


「そこへお前があんな大声で駆け寄ってくるとだな。その恥ずかしさがさらにパワーアップする。これもわかるか?」

「うん、わかる」

「……」

「……」


 一瞬の沈黙。


「わかってんなら少しは配慮ってものをだな」

「うーん」


 そんな俺の言葉に、雪は視線をななめ上に動かした。

 そして、


「ごめんね」


 とりあえず謝りながらも視線を戻し、そして悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「だって、わざとだもの」

「……は?」

「わざとなの」

「いや、別に聞き取れなかったわけじゃねーし。つか、なに? わざと? ……あなた、もしかしてふざけてますか?」

「ふざけてないです。大真面目です」


 と、雪は言葉どおりに真剣な顔をした。


「だってほら。みんなに仲良し兄妹だってアピールしないと」

「みんなって誰にだよ。つか、そもそも周りのやつら俺らのこと兄妹だと思ってないと思うぞ?」

「うん。それもわかってる」

「……あー。もういいや」


 そんなこいつの反応を見ていると、本当にどうでもよくなってくる。

 それに、こうして立ち話をしていればますます奇異の視線にさらされ続けるだけだ。


「デパート、行くか」

「うん」


 にっこりと微笑んで、雪は俺の服のそでを軽くつかんだ。




 ……さて。

 そうして俺たちはデパートにやってきたわけだが――


「これ、どうかな?」

「いいんじゃねえの?」


 雪が俺に見せたのは薄い桜色のブラウスだった。

 なんの変哲も無い。あえて言うならまたそんな感じの服かということだが、こいつはシンプルで薄い配色が好みらしいから、それについて特に口を出すつもりはなかった。


 それよりも。


「で、バーゲンはどうした?」


 俺は確か食料品の買い出しで荷物持ちをするためにここに来たはずだったのだが、なぜか今、女性用の衣料品売り場にいる。


 そんな俺の疑問に、雪はすぐに答えた。


「バーゲンだよ。ほら」


 と、天井からぶら下がってる"バーゲンセール!"という垂れ幕を指す。

 確かに衣料品売場ではバーゲンをやっているようだ。


「……食料品の荷物持ちって話だったよな?」

「え?」


 すると雪は本当に不思議そうな顔をして、


「そんなこと言ってないよ? バーゲンがあるからデパートに付き合ってって言ったよね?」

「……」


 俺は黙って昨晩の記憶を掘り起こす。

 そして、


(……だまされた)


 いや、俺が勝手に意味を取り違えただけか。


 しかし、俺は普段食料品の買い出しにしか付き合わない人間だ。

 そんなことを言われて、衣料品のバーゲンセールがあるから服の見立てに付き合って、なんて意味だとは普通思わないだろう。


「じゃあ、ちょっと試着してくるね」


 まあ、ここまで来た以上は文句を言っても仕方あるまい。

 俺はため息をついて、


「つか、それなら俺じゃなくて歩か瑞希を付き合わせたほうがよかったんじゃないのか?」

「ダメだよ、それじゃあ」


 雪は試着室の扉に手をかけ、肩越しにこっちを見て笑う。


「今日は久々にユウちゃんと出かけたかっただけだもの。バーゲンはただの口実だよ」

「……あのなぁ」


 口実であることを口に出してしまっては意味がないだろう。


「久々って、買い物なら結構付き合ってんだろ」

「最近ふたりで来ることないよ。たまには兄妹水入らずの時間も作らないと。ね?」

「……ああ、そーかい」

「そーだよ」


 笑顔を残し、雪は試着室の中に消えていった。

 相変わらずよくわからないやつである。




 結局、買い物は1時間程度で終わった。


「……そういえば」


 デパートを出て、雪は桜色のブラウスが入った紙袋を手に上機嫌だ。


「夏休みの旅行、行く人もう決まったの?」


 午後4時をすぎて日差しは少しだけかげりを見せていたが、それでもまたじっとりと汗ばむほどの暑さだった。


「ん、おぅ。だいたいな。全部で10人。いや、11人だったか」


 2年生が俺、雪、歩、直斗、由香、将太の6人。

 そして1年生、つまり将太の従弟が連れてくるのが、その従弟を含めて男2人の女3人。


 合わせると男5人に女6人の合計11人になるそうだ。


 なお、瑞希のやつは部活が忙しいらしく、3泊4日はさすがに厳しいとのことで今年は不参加である。


「大所帯になるね。来年は1クラス分ぐらいになるかな?」

「ねーよ。それじゃ修学旅行だろ」


 太陽のオレンジが少し強くなってきた。

 並んで歩く雪のスカートのすそが、踏み出すたび俺のひざのあたりに当たっている。


 横に視線を向けると、思ったより近くに雪の横顔があった。

 こんなに暑くてジメジメしているにも関わらず、ほとんど汗をかいていないようだ。


 雪が言った。


「今年も楽しい旅行になればいいね」

「ああ」


 個人的には"今年こそ"かな、と、そんなことを考えながら、俺は雪とふたりで家路をたどっていった。


 ……なお余談であるが、食料品の買い出しがなかったので、歩のあずきバーのことは完全に忘れ去ってしまっていた。あいつがとてつもなく落胆したことは言うまでもない。


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