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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 梅雨にとどろく雷鳴
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2年目7月「再びの提案」


 本日7月7日は七夕である。

 8月7日が七夕って地域もあるようだが、俺にとっては7が3つ並ぶ"7月7日の七夕"のほうになじみが深かった。


 とはいえ。

 別に祝日というわけじゃないし、笹を飾って短冊にお願いなんてことも小さいころにはやっていたが、さすがにこの歳になるとそんなこともやらないわけで。


 この日は俺にとって、バレンタインやひな祭り以上に意味のない1日であった。


「ねぇ。優希くんはどんなお願いごとをするの?」

「は?」


 だから昼休みに由香がそんなことを尋ねてきたとき、俺は思わず呆けた声を上げて彼女の顔をまじまじと見つめてしまったのである。


「……お願い? お願いってなんのことだ?」


 もちろん今日が七夕であることを忘れていたわけじゃない。

 由香の言葉が七夕の短冊を指していることぐらいはわかっていたのだが、その一方で、いくらメルヘンなこいつであっても、この歳になってお星様にお願いなんてことはしないだろうという思いもあったのである。


 しかし、


「もちろん短冊のお願い。あ、忘れてた? 今日って七夕なんだよ?」

「……いや、知ってるけどさ」

「あれ? 優希くんちはしないの、七夕?」


 不思議そうな顔の由香は、どうやらみんながみんな短冊に願いごとをするものだと思い込んでいるようだ。

 そりゃ小さな子どものいる家なら当然のようにやるのだろうが、我が家にはそこまで小さな子どもはいない。


「由香」


 俺はその考えを正してやろうと思った。


 ここで甘やかすと、こいつのことだ。婆さんになるまで一生"星にお願い"をし続けかねない。

 こうして大人になるための道を提示してやるのも幼なじみとしての責務ってもんだろう。


「いいか、由香。人間ってのは常に成長し続けるものだ。いや、成長していかなければならない生き物だ。火を使い、道具を使い、機械を使うようになって人間というのはここまで発展してきたのだ」

「えっ? どうしたの急に?」

「お前の場合は……」


 俺は不思議そうにしている由香の全身をくまなく見回して、


「まあ外見的には問題ないだろう。身長体重ともに小学校のときよりは間違いなく成長してるしな。けど、本来それはたいした問題じゃないんだ。大人になっても子供みたいな外見の人はいる」

「あ、それ、桜おばさんのこと?」

「……あれはかなり特殊だけどな」


 30代半ばにして高校生にしか見えない直斗の母親の姿を脳裏に浮かべつつ。


「ともかく大事なのは中身だ。中身が成長していなければいくら身体が大きくなろうが、それは大人になったとは言わないもんだ。わかるだろ?」

「うん」

「つまりそういうことだ」

「うん。……え?」


 きょとんとする由香。

 俺は繰り返した。


「俺の言いたいことはそれだけだ。あとは自分で答えを見つけてくれ」

「え? ええっと……」


 案の定、由香は困ったような顔になる。

 それほど遠まわしな言い方をしたつもりはなかったのだが。


 俺は大きくため息をついて、


「要するに、もっと大人になれよってことだ」

「え……私?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「あ、うん、そうだよね……」


 由香は照れたように笑ってみせたが、すぐにまた困ったような顔に戻って、


「えっ。私ってそんなに子供っぽい?」


 と、自分の体を見下ろす。

 ……だから見た目の話じゃないと言っているのに、こいつは。


「子供っぽいっつーか、大人っぽい要素がひとつもない。たとえるなら……そうだな」


 俺は教室の中を見回して、ひとりの女生徒を指差す。


「わかりやすく言うと、お前の大人度はあのぐらいだ」

「あのぐらい?」


 由香の視線が俺の人差し指の示す方向へ動く。

 そこには、神村さんと楽しそうに話している歩の姿があった。


「……そ、それはないよ! だって歩ちゃん3つも年下だよ? あっ、もちろん歩ちゃん自身がどうってことじゃなくてね!」


 控えめながらも、さすがにこれは由香としても認められなかったらしい。

 だが、俺は言った。


「いや、これでも少し譲ってるぐらいだ。だいたい歩はもうサンタクロースを信じてない」

「わ、私だってサンタクロースはもう卒業したよ!」

「いやいや。歩のヤツは七夕の願いごとだって……」


 俺がそう言いかけたところで、その当人がニコニコしながらこっちにやってきた。


「優希さーん。今日、七夕だよー。あ、由香さん。由香さんはどんなお願いごとするんですかー?」

「……前言撤回。やっぱ同じレベルだったわ」

「?」


 俺のつぶやきに歩は不思議そうに首をかしげ、それを見た由香はおかしそうに笑ったのだった。


 ……と。


「そう! 人間ってのは常に成長し続けるものだッ!」

「うぉっ……」


 俺たちの間に割り込んできた何者かの影。


 といっても、この教室でそんなパターンの登場をする人間はひとりしかいない。

 もちろん将太である。


「……思えば去年は散々であった。せっかく雪ちゃんと相部屋になれそうなところを優希に邪魔され、ビーチでは清清しいほど誰にも相手にされず、白い砂浜で実りのないナンパ行為に勤しむ姿はまるで砂漠に水を撒くピエロのようであったとさえいえよう」


 なぜかちょっと詩的な言い回しだった。


「ってか、俺は別に邪魔なんてしてねーぞ」

「しかぁし! 今年は違う! 断じて違う! 違ってみせようではないかッ!」


 聞いちゃいない。


「今年こそは白い砂浜でかわいい水着の女の子と楽しい時間を過ごす! そう! つまり!」


 将太は俺の眼前に人差し指を突きつけた。


「今年もやるぞ! "みんなで白い砂浜に3泊4日で行こうツアー"だッ!」

「あー……」


 そういや去年も言い出したのはこの時期だったか。


「なんです、それ?」


 歩が興味津々な顔をすると、将太は好青年(と自分では思っているらしい)スマイルを向けて、


「歩ちゃんは去年いなかったから知らないよな。夏休みを利用して俺の親戚の旅館のある海に遊びに行くのが、俺らの毎年の恒例行事なのさ」


 と、言った。

 ちなみに将太は歩に対して"優しいお兄さん"的な印象を一生懸命植え付けようとしているらしいが、現時点ではあんまり成功している様子はない。


「つか、別に恒例行事じゃねーだろ。去年が初めてじゃんか」

「あ、それってまたみんなで行くの?」


 と、由香。

 そうそう、そういやこいつも去年は家の用事とやらで一緒に行けなかったのだ。


 将太はそんな由香に親指を立ててみせて、


「おぅよ。今年こそは由香ちゃんも一緒に行こうぜ」

「あ、うん」

「あー、待て待て」


 俺はそこで口を挟む。


「俺はまだ行くなんて言ってねーぞ。だいたい3泊4日なんてそんなほいほいと……って、よく考えたら去年より1日増えてねーか?」

「つーことで、お前は今年も雪ちゃんと牧原さんを頼むぜ。これでひとまず女性陣4人確保っと」

「……聞けよ。つか4人? 由香と雪と瑞希と……あと誰だ?」

「なに言ってんだ? 歩ちゃんに決まってるじゃないか」


 当然のように言う。


「え? 私も? いいんですか?」

「当たり前じゃないか。歩ちゃんだけ仲間はずれにするわけないだろ」

「あは……すごく楽しみですー」


 歩がちょっとはしゃいだ声を出した。どうやら心底嬉しかったようだ。

 つられて将太も頬をゆるめる。


「いやいや。そこまで喜んでもらえたら俺も嬉しいよ」


 デレッとした顔になった。

 俺としては、こいつが真性のロリコンでないことを祈るばかりだ。


(……ま、海に行くのは別に反対じゃないが)


 去年は瑞希の誘拐事件があって大変だったが、それを除けばそこそこ楽しめた。

 しかも格安で行けるとなれば反対する要素はないだろう。


 が、しかし。

 いきなり賛成と言ってしまうのもなんだか将太の思い通りになるみたいで面白くない。


「で、将太? 今年は俺にどんなメリットがあるんだ? まさか去年みたいに変なのを1匹連れてきてお茶を濁すわけじゃないだろうな?」

「ん? いやだから、由香ちゃんや歩ちゃんとさらに仲よくなれるメリットが――」

「そんなのこれ以上仲よくなってどうすんだよ。去年と同じこと言わせんな」


 すると将太はニヤッと笑って、


「まあ冗談だ。心配するな。さっきも言っただろう、今年は違うのだと」


 そう言って指を3本立てる。


「今年は3人だ。こっちも女の子を3人連れてくる」

「3人?」


 怪しい。

 こいつにそんな人脈があるはずはない。


 ……と、思ったのだが、


「1年に知り合いがいてな。そいつが連れてくる」

「……ああ」


 それならまだ少し信憑性があった。


「もちろん男もその分増えるけどな。最終的には俺らが……お前、俺、直斗、由香ちゃんに歩ちゃん、雪ちゃんと牧原さんで7人か?」

「今年は藍原のヤツは来ないのか?」

「ああ。ヤツは夏休み、家族で10日ほど海外旅行に行くんだと。……このことを話したらこっちに来たがってたけどな」

「ふーん」


 そういや、あいつの家は結構金持ちらしいと聞いたことがある。


「1年のほうは5人か6人ぐらいで来るらしいから、全部で10人越えの大所帯だ。……ふふ、今からイベンターとしての腕が鳴るぜぇ」

「10人越えか……」


 確かに、それだけの人数になるとしっかりした幹事役が必要になりそうだ。

 そういう意味でいうとこいつは、去年の部屋割りのときのような暴走を監視さえしていれば、そこそこ使える人間である。


「ってことで、優希。しつこいようだが雪ちゃんと牧原さんを頼むぜ。一応向こうとの交換条件だからな」

「交換条件?」

「おぅ。……いや、俺の知り合いってのが昔から雪ちゃんのファンでな。会わせてやるから女の子を連れて来いと、まあこういう取り引きなわけだ」

「……まあいいけどよ」


 なんとなく口車に乗ってしまった気もするが、こいつの知り合いなら少なくともおかしなヤツではないだろう。


「去年も言ったけど保証はできないぞ。雪はともかく、瑞希のやつは部活もあるだろうしな」

「わかってるわかってる。そんときゃ向こうには適当に言っとくさ。由香ちゃんと歩ちゃんだけでも華としちゃ充分だ。……で? お前も来るんだっけ?」

「そこまでやるんだ。当たり前だろ」

「そっかそっか。ま、もともと男のほうが少ないぐらいだし、いいだろ」


 しかし――


 妙な不安があった。


 1年にいるという将太の知人。

 それはおそらく唯依と同じクラスにいるというこいつの従弟、田辺のことだろう。


 そいつが連れてくる女の子3人。


(……なんか、引っかかるな)


 ほんの少し嫌な予感もしつつ。

 こうして2年連続で、いつものメンバープラスアルファで海水浴に出かけることが決まったのだった。


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