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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 梅雨にとどろく雷鳴
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2年目6月「振り回される日々」

「……おい。お前のねーちゃん、どうにかしろよ」

「すみません。なんか、ホントすみません」


 心の底から申し訳なさそうに謝る唯依の姿を見ていると、それ以上責めたてるのがかわいそうになってくる。


 あれからちょうど1週間経った日の放課後。


 結局俺はこいつの姉――亜矢に、人物画のモデルとして毎日付き合わされてしまっていた。

 そしてさすがに悪いと思ったのか、3日目からは唯依もそれに同席するようになっていたのである。


 ただ残念なことに、唯依がいようといまいと亜矢のペースには一糸の乱れも生じることはなく。


「亜矢は、というか、ウチの姉たちはみんなマイペースで……」


 それは改めて言われるまでもなく身をもってわかっている。


「けど、姉ったって同い年なんだろ? なんかこう、お前の口からビシッと言ってやったりできねーのか?」


 俺がそう聞くと、唯依は情けない顔をした。


「それは無理ですよ。みんな僕よりしっかり者ですし、頭もいいですし……」

「……なるほど」


 ここ数日の付き合いで、この姉弟たちの性格もだいたいつかめてきた。


 まず、目の前で伏せ目がちにしている末っ子長男の唯依は、典型的な気弱っ子である。

 コミュニケーションに支障があるほどじゃないが、基本的に強く言えないし、強く言われると言い返せない。万事そんな感じでなんとなく周りに合わせてしまうタイプだ。


 で、今のこの状況の元凶である3姉妹の次女、亜矢。

 こいつは芸術家気質といえばいいのか、唯依とは正反対に我が道を突き進む一本気な性格だ。

 ただ、別に性格が破綻してしまっているわけではないので、見る人と状況によってはただの真面目なしっかり者に見える可能性はある。


 なお、長女の真柚と三女の舞以はまだほとんど話をしたことがないが、前者はハイテンションで空回りしつつも意外に常識人、後者は――まだ中身がほとんど見えないが、とにかく一番ヤバそうという印象だった。


 なんにせよ、唯依が太刀打ちできそうにない面子であることは確かである。


「でも優希先輩。本当にいいんですか?」

「ん?」


 美術室に向かうべく、4階への階段を上がっている途中で唯依が心配そうな顔をした。


「亜矢も、用事があるなら別に毎日じゃなくてもいいって言ってましたけど……」

「あー、いや」


 外せない用事があるなら俺だってさすがに付き合ったりはしない。

 付き合いたくはないが、なにも用事がないから仕方ないのである。


「毎日やったほうが早く終わんだろ? せっかくやらされてんだ。せめてきっちり仕上げてもらわにゃなんのためのモデルかわからん」


 とりあえず俺はそう説明した。

 それはなんだかんだ言いながら、亜矢に主導権を握られて流されてしまっている自分に対する言い訳が大半だったが、若干の本心も含まれている。


 というもの、亜矢が書いている絵の途中経過を何度か見せてもらったのだが、素人目に見てもかなり上手だった。

 それなら納得とは言わないまでも、モデルになった甲斐も少しはある、というレベルだったのである。


「そうですか」


 唯依はそんな俺の回答にホッとしたようだった。

 こいつ自身はなにも悪くないのにこういう反応をしてしまうあたり、いかにも苦労人という感じだ。


 そして、そんな俺たちが階段を上りきり4階へたどり着くと――


「そんな話は聞いていません」


 廊下の向こうから怒気をはらんだ声が聞こえてきた。


「ん?」


 4階には3年生の教室があって、その奥に美術室や音楽室の並ぶ一角がある。

 声がしたのはどうやら美術室のある方向のようだった。


 別の女子の声も聞こえる。


「……わかんない1年ね。急な話だって言ってるじゃない」

「だからなんです? ここは美術室で、放課後は美術部が使うことになっている教室です。急な話でそれに正当性があると主張するのなら、まずは職員室へどうぞ。あなたの言い分は、私が1年生だから簡単に言うことを聞くだろうとワガママを通そうとしているようにしか聞こえません」


 険のある声を出しているのは亜矢のようだった。

 それと対峙しているのはどうやら上級生――おそらくは3年の女子か。


「だから言ってんでしょ! この話はウチの顧問が了承してんだって!」

「ですから」


 亜矢も同じようにイライラした声を出す。


「それなら美術部の顧問を通すのが筋だと言っているんです。そちらの顧問が了承したとかウチには一切関係ないでしょう。こちらにもこちらの都合があるんです。なんの事前連絡もなしにいきなり今日は部室を空けてくれと言われて、はいそうですかと引き下がれるわけがないでしょう」

「あんたねぇ……!」

「……あー、ちょっとちょっと。ストーップ」


 さらにヒートアップしそうなふたりの間に、俺は両手を広げながらすべり込んでいった。


「……不知火先輩? 唯依?」

「な、なによ、あんた……」


 言い合いをしていたのはやはり3年の女子だった。

 俺のことを知っているのか、少しうろたえた表情をする。


 俺はまずその先輩と向き合って、


「先輩。今チラッと聞いただけで細かい事情はわかんねーけどさ。部室を貸せだの貸せないだのの話なら、こいつが言うように職員室に行って確認すりゃいいんじゃないか? 美術部の顧問も了承してんならこっちが引き下がるべきだし」


 そう言って親指で亜矢を指す。


「そこまで話が通ってないってんなら、そっちの顧問と一緒にちゃんと事情を説明して理解を求めるべきだ。急な話で急いでんならなおさら、ここで口論するだけ時間の無駄だろ?」

「それは……そ、そうね。そうするわ」


 先輩はまだ少し納得できない顔(おそらくは感情的なものだろう)をしていたが、それでも俺の言うことに理があると思ってくれたらしい。


「じゃあちょっと待ってなさい。……言っとくけど嘘ついてるわけじゃないんだから。片づける準備しときなさいよ」


 亜矢に向かって強い口調で言うと、きびすを返し、階段に向かって小走りに駆けていった。


(……話のわかる先輩でよかったな)


 言い方からして、嘘をついていないというのは本当だろう。

 となると、おそらくは向こうの顧問と美術部の顧問の間、あるいは美術部の顧問と亜矢との間で情報の伝達が上手くいっていないだけだ。


「……で?」


 先輩の後ろ姿を見送った後、俺は不満そうな顔で腕組みしている亜矢に向き直る。


「急に部室を貸せとか、非常識なことを言ってきたのは何部なんだ?」

「生徒会です」

「……あー」


 そりゃ相手が悪すぎる。


「亜矢。それはちょっと……」


 困った顔の唯依も、俺と同じ心境だったようだ。


 だいたい、今の美術部にまともに来ているのは亜矢ひとりだ。

 生徒会の急用とやらに対抗できる理由なんて適当に作ることも難しい。


 ……案の定、数分後には美術部の顧問が慌てた様子でやってきた。

 どうやら生徒会の顧問と日付の認識が食い違っていたということらしい。


 そんな説明に、今度は顧問にかみつくんじゃないかと少し心配したが、彼女はこれには素直に従った。


 そして――


「……不知火先輩。私のほうからお願いしたことなのに、無駄足を踏ませてしまってすみません」


 帰り支度を整え3人で階段を下りていく途中、亜矢は俺にそう言って頭を下げた。


「ん? ああ、俺は別に気にしてねーけど」


 俺は後ろを歩くふたりにヒラヒラと手を振ってみせて、


「でもま、あそこはもうちょっと融通きかせてもよかったんじゃないか? あんなとこで意地張っても敵を増やすだけでなにもいいことないだろ」


 と、言った。


 そもそも、亜矢はどうやら最初からこうなることがわかっていたようだ。

 あの先輩は立ち去り際に『美術室を片づけておけ』と言い残していったが、実はその時点で美術室の中はとっくに片づいた後だった。


 つまり彼女は、最初から引き下がるつもりだったにも関わらず、上級生にあれだけかみついていたことになる。


「そうですね。あれが生徒会でも3年生でもなかったなら、素直に従っていたかもしれません」

「……なるほどな」


 どうやら本当に難儀な性格らしい。

 正直、苦手なタイプだ。


 チラッと唯依の顔を窺うと、やはり困った顔で亜矢を見ている。

 そんな彼女の性格をわかっていて直して欲しいと思いつつも、言っても聞いてくれないからなにも言えない。そんなところか。


 家族が言ってダメなことなら、俺がしつこく言っても仕方ないだろう。


 結局、俺たちはそのあと無言のままに玄関を出て校門へと向かった。


 と。


「……ああ、もうっ!」


 校門を出たところで、亜矢が急に大声を張り上げた。


「唯依! ちょっと付き合って!」

「え? え、亜矢、ちょっと……」


 唯依の手を引っ張ってずんずんと進んでいく亜矢。

 途中でこちらを振り返ると、


「不知火先輩も! どうせ放課後は私に付き合ってくれる予定だったんですから、いいですよね!?」

「は? いや、別に構わんが……」


 どこに、と聞く前に、


「じゃあ行きましょう! ストレス発散よ!」






 連れて行かれた先は駅前のゲームセンターだった。


 午後4時半。

 中は学校帰りの高校生であふれている。


「ちょっと唯依。あんた、アレ手伝いなさい」


 校門を出てからずっとテンション高めの亜矢は、迷うことなく店の中央付近にあったガンシューティングの筐体へ向かっていった。


「ええっ。僕、これ苦手なんだけど」

「なに言ってんのよ。得意なものなんてないんだから一緒でしょ」

「……」


 唯依が情けない顔で俺を振り返る。

 そんな顔をされると知らんぷりをするわけにもいかず、


「……あー。あれだ。1機ずつ交代しようぜ」


 すると、亜矢は俺を見て笑みを浮かべた。


「あら。不知火先輩は得意そうですね」

「苦手じゃあないな」


 そのゲームは俺も何度もやったことがある。

 全5面構成で、1面からとんでもない数の攻撃が降ってくる難易度激高のゲームだ。


 初見は1面をクリアするのに1000円以上使わされることも多く、全面クリアした人間は店内に名前が張り出されるぐらいの難しさである。


 自慢じゃないが、俺はこの超難度のゲームをワンコインで3面まで行ったことがあった。

 このゲームに関しては、この店でトップの実力だ(と勝手に思っている)。


「そうですか。じゃあ唯依? 最初は全機、先輩とやらせてもらっていい?」

「もちろんいいよ」


 唯依はむしろ安心した表情で亜矢の差し出したカバンを受け取った。

 亜矢が挑発的な視線をこっちに向けてくる。


「先輩、ワンコインでどこまで行けます?」

「1面はノーミス安定。最高記録は3面終盤の溶岩が吹き上げるとこまでだな」

「じゃあ私と同じぐらいの腕ですね」

「……なにっ!?」


 衝撃の事実。

 まさかこんな場末のゲーセンに俺に匹敵する使い手がいたとは。


 亜矢は銃型のコントローラーを手に、妖しく不敵に笑った。


「どっちが先に倒れるか、勝負しませんか?」

「……望むところだ」


 そんな挑戦的な目を向けられて、引き下がるわけにはいかない。

 俺は勢いよく色違いの2Pコントローラーを手にした。


「もちろん、ただ勝負するだけじゃないだろうな?」

「そうですね。ありきたりですが、敗者は勝者の願いをなんでもひとつ聞く、ということでどうですか?」

「オッケー。文句ない」


 勝負事はそうでなくちゃ面白くない。


 コインを入れてスタートボタンを押す。

 チラッと隣を見ると、亜矢もちょうどこっちを見ていた。


 その口もとが笑みを浮かべる。

 この自信。どうやら本物のようだ。


 しかし、俺もこの店の自称エースとしてのプライドがある。

 そう簡単に負けるわけにはいかない。


 画面にゲームスタートの文字が表示された。

 コントローラの銃口を画面に向ける。


 さあ。

 プライドを賭けた死闘の始まりだ――






「……あら。そういえば今日コミックスの発売日ね」


 ゲームセンターから3軒ほど離れた本屋の前で、亜矢は思い出したように立ち止まった。


「唯依? 次の電車って何時だった?」

「いまさっき行ったばかりだから、あと30分ぐらいあるかな」


 腕時計を見ながら唯依が答える。

 すでに午後5時半を回っていたが、まだ空は明るい。


「じゃあ寄っていきましょう。……先輩。いつまで落ち込んでいるんです?」


 亜矢は一番後ろを歩いていた俺を振り返って、


「落ち込んだって敗北の事実は消えませんよ。今後は身のほどをわきまえて、必死に縮こまりながら生きてくださいね」

「そこまで言われる筋合いねーよ!」


 この女、敗者に平然とムチを打ってきやがる。


 そんな彼女の言葉どおり、勝負は3面の序盤で残機を使い果たした俺の負けだった。

 正直へコんでいる。


「くそっ。まさかあの敵があんな攻撃をしてくるとは……」

「あそこはひとりプレイとふたりプレイで動きが違うんですよ。友だちのたくさんいる私と、ぼっちの先輩との差があらわれてしまいましたね」

「……お前、セリフごとに毒を吐かなきゃならん縛りプレイでもやってんのか?」


 誤解のないように言っておくと、俺だってぼっちどころかゲーセンにひとりで行くことはほぼない。

 ただ、一緒に行く連中が難しすぎると言ってあのゲームをやろうとしないだけなのだ。


 そんな俺たちのやり取りに、唯依が口を挟んでくる。


「でも、亜矢と互角にプレイしてる人初めて見ました。先輩も充分うまかったと思います」

「ありがとよ」


 唯依は口数は少ないがいいヤツだ。

 それに引き換え――


「そうそう。先輩のおかげで初めてワンコインで4面まで行けましたよ。つまり、なにごとも実力の近いライバルは必要ということですね」

「……で?」


 こいつになにを言われても、今の俺には嫌味にしか聞こえない。


「罰ゲームはなんだ? その、今日発売のコミックとやらを買えばいいのか?」

「え? ああ、それもいいですけど、どうせお金は持ってないんですよね?」

「バカにすんな。なくはない。少ないだけだ」


 胸を張って言うと、亜矢は吹き出すように笑った。


「読みたいマンガぐらい自分で買いますよ。罰ゲームは明日の放課後、絵の仕上げに付き合ってくれること。で、どうです?」

「は? いや、それは……」


 最初からそのつもりだったが、亜矢はそんな俺の言葉をさえぎって、


「今日のことは完全にこちらの落ち度でしたからね。明日1日分の残業が先輩のペナルティです」


 しょせん賭けなんて勝負のスパイスでしかありません、と、亜矢は微笑んだ。


 ――俺はそのまま本屋の前でふたりと別れ、翌日には絵も無事に完成することとなった。

 亜矢はその絵をコンクールかなにかに出すつもりらしい。


 こうして、1週間あまりの俺のモデル業は終わりを告げたのである。


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