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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 後輩たち
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2年目5月「球技大会前日」


 キュッ、キュッ、と上履きが体育館の床を鳴らす。

 ダムッ、ダムッ、とバスケットボールが床を叩く。


「不知火! 走れ!」


 相手のボールをカットした斉藤が叫ぶ。


「わかってらぁ!」


 その言葉より早く俺の足は前に進んでいた。

 ななめ後ろから飛んできたパスをどうにかこぼさずに両手でキャッチする。


「止めろ!」


 相手チームのひとりがそう叫ぶ。


 俺の前には誰もいない。

 後ろから追いかけてくる足音も、もう間に合う距離じゃなかった。


 見事なカウンター。


 ゴールの2歩手前でボールを抱え、飛ぶ。

 ふわっと体が浮かんで、ボールが手を離れ――


 ……パスッ、という乾いた音。


 ネットが揺れ、俺の着地に少し遅れてボールが床を叩いた。






「……なんだ。充分強いじゃねーか、お前ら」


 ここは市立体育館。

 この1週間、俺と斉藤、直斗、そして球技大会に一緒に出場するほかの3人は、練習のために毎日ここへ通っていた。


 そして今日はその最終日。

 球技大会を明日に控え、俺たちは斉藤の所属するサッカー部の先輩とそのクラス、3年3組のバスケチームと練習試合を行っていたのである。


「でも、やっぱ先輩たちには敵わなかったですね」


 と、斉藤。


 球技大会と同じ10分ずつの前後半を戦って28対25。

 俺たちの負けだったが、それでも相手の3年3組は優勝候補の一角だと聞いているから、この点差ならかなりの健闘だろう。


 俺は上級生と話している斉藤を置いて、壁際で試合を見学していた直斗のもとへと向かった。


「お疲れさま」


 直斗がスポーツタオルを放ってよこす。


「おぅ……」


 まずは顔と首筋の汗を拭き、そのままタオルを頭にかぶってその場に腰を落とす。


「あー、疲れた……」


 そのまま壁にもたれ、天井を見上げた。


 先ほども言ったようにこの結果は上々だろう。

 先輩たちには申し訳ないが、直斗が入っていれば間違いなく勝てていた試合だった。


 それに斉藤以外の3人も意外と言っちゃ悪いが、それなりに役に立ってくれている。

 運動が苦手だと言っていたヤツも確かに動きは悪いものの、相手の動きを読むことには長けているらしく、たまにいい位置でパスカットなんか繰り出してくれていた。


 実際、そいつのアシストで入った点も何点かあったはずだ。


「で、直斗。どう思う? 勝てる可能性はあるか?」


 息が整ったところで俺は直斗を見上げた。

 直斗は首をかしげて、


「うーん、どうだろ。木村くんのチームのことはよくわからないし、そもそも僕が木村くんと戦ったのだってもう1年半も前の話だからね。でも、普通に考えれば充分に強いと思うよ、このチームは」

「相手が異常じゃないのを祈れってか」


 まあ、俺も直斗と同じ感想だ。

 ベスト8、組み合わせ次第ではベスト4にも残れそうな気がする。


 そこへ直斗が付け加えるように言った。


「ただ、木村くんを止めるなら優希と斉藤くんのふたりがかりじゃないと厳しいかもね。他の3人だと足がついていかないと思う」

「ふたりがかりで止められりゃ御の字、の間違いだろ」

「……だね」


 運動神経自体にそう差がなくとも、やはり技術の差ってのは大きい。

 それは直斗と何回もやりあった俺にはよくわかっている。


 しかも木村は直斗と違い、俺や斉藤よりも背が高い。

 完璧に止めるのはまず不可能だろう。


「あいつに決められるのはある程度仕方ないとして、問題はこっちがどうやって確実に決めていくか、か。あいつにパスが通りにくいようにマークすれば少しは……なんだ?」


 直斗はなにやら生ぬるい眼差しで俺を見つめていた。


「ううん。ただ、なんだかんだ言ってちゃんとやるんだなって」

「そりゃま、負けるよりは勝つほうが気分がいいからな」

「そっか」


 直斗は納得顔でうなずき、その視線を正面に向ける。

 そして驚いたような声をあげた。


「……あれ? 木村くんじゃない?」

「あ?」


 直斗の言葉に体育館の入り口を見ると、確かに見覚えのある長身の少年が入ってくるところだった。

 後ろには同じ1年生と思われる男子生徒がふたりくっついている。


「あっちも練習かな。後ろのふたり、1年3組のバスケのメンバーっぽいね」


 片方は坊ちゃん刈りに近い髪型で、丸顔の無邪気そうな印象の少年。

 もう片方は男にしてはなで肩の、顔の造りも含めて全体的になよっとした雰囲気の少年だった。


 身長はいずれも俺より低く、170センチ前後といったところか。


 俺がそんな分析をしているうちに、木村が俺たちの存在に気づく。


「あ、お久しぶりです。先輩たちも練習ですか」

「おー」


 俺は視線を向けず、軽く手を上げて木村に応えた。

 代わりに直斗が尋ねる。


「後ろのふたり、木村くんのチームメイト?」

「ええ。こっちが田辺、こっちが香月。両方ともここに来て知り合ったクラスメイトです」


 どうやら坊ちゃん刈りのほうが田辺、なよっとしたほうが香月というらしい。


「よろしく」


 直斗がそう言うと、後ろのふたりはよろしくお願いします、とだけ言って、それ以上は一言もしゃべらなかった。


(……意外と普通だな)


 少なくともバリバリのスポーツマンという風には見えない。

 もちろん見た目だけでは判断できないのだが。


 木村が言った。


「それにしても残念です。直斗さんとの久々の勝負、楽しみにしてたんですけど……」


 直斗の怪我のことはすでに知っていたらしい。


「ごめん。でもほら、優希が僕の分もやってくれるから」

「不知火先輩もバスケやってたんですか?」

「やってないけど優希は強いよ。本気出せば木村くんより強いかも」

「……おい。ハードルあげんな」

「へぇ」


 木村がマジマジと俺の顔を見つめてくる。

 そんなことあるわけがない、と、バカにしているのかと思いきや、その目は興味津々といった様子だった。


「楽しみです。不知火先輩。ぜひ、本気で僕とやってください」

「あのなぁ……」


 もしかしたら、こいつも斉藤と同じ世界の住人なのかもしれない。

 俺はタオルを頭にかぶったまま木村を見上げて、


「当たり前だろ。手加減する余裕なんかねぇっての。……見ろよこのザマ。中学高校と帰宅部だった俺の運動不足っぷりをなめんじゃねーぞ」


 よしんば俺にバスケの才能があったのだとしても、才能ってのは努力や積み重ねをブーストするための燃料のようなものだ。最初から努力をしていない俺にとっちゃ、ただ腐っていくのを待つだけの無用の長物である。


 ただ、木村はそんな俺の言葉を素直には受け取らなかったようで、


「その真偽は本番に持ち越しってことで。それとも今から前哨戦でもします? 3対3で」

「いや、やめとく」


 5対5でも怪しいのに、3対3なんてこいつのひとり舞台になるに決まっている。


「そうですか。それじゃあ僕らはこれで」


 木村は少しだけ残念そうにしながら、ふたりのチームメイトを連れてコートのほうへ歩いていった。


 それからしばらく。

 俺たちは木村の練習を黙って眺めていた。


 直斗が言う。


「……どう? 勝てそう?」

「やってみなきゃな」

「そっか」


 小さくうなずく直斗に、俺はふと尋ねてみた。


「お前、なにを企んでんだ?」

「ん? ……うん、まあ」


 直斗は意外にも企みの存在を否定はせず、


「ちょっと実験をね。君が由香のためにどこまで頑張ってくれるのか知りたくて」

「……なんだそりゃ」


 意味不明だった。

 だが、直斗はごまかすように笑って、


「まあいいじゃない。とにかく勝ってよ。木村くんのためにも、そのほうがいいと思うし」

「……」


 まさかとは思うが、本気で俺と由香をくっつけようとでも考えているのだろうか。

 そういうことなら、俺をけしかけて木村と勝負させようとするのも、まあ理解できなくはない。


 が――


(そんなの、こいつらしくないよな……)


 仮に俺が由香を、あるいは由香が俺のことを好きだったとしても、少なくとも直斗はそのことを知らないはずだ。いくら互いのことを知り尽くしているといっても、心の中のことは言葉にしなければ伝わらない。


 言葉にしなければ――


(……言葉にしていれば、か)


 ふと、ある仮定が頭をよぎったが、俺はその瞬間に考えることを放棄した。


 別に難しいことを悩む必要はないのだ。

 弁当がどうのという話だって、実際負けたところで今となにか変わるわけでもないだろう。

 だいたい当事者である由香は、この件には一切関与していないのだ。


 それでなにか変化が起きるはずもない。

 せいぜいこの試合に勝つことによって、あの木村がさらに本格的にアプローチを始めるという程度のことで、逆に負けたら完全に諦められるのかといったらそういうものでもないだろう。


 だったら結局のところどうでもいいのだ、バスケの試合なんて。


(……ちぇっ)


 それがわかっているにもかかわらず、こうして余計なことまで考えてしまうのは、きっと直斗のヤツが珍しくこだわっているからだ。


 ただ、いずれにしても俺の態度は決まっている。


 試合では最善を尽くす。けど、それ以上の無茶はしない。

 それが球技大会ってものだろうから。


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