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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 後輩たち
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2年目5月「アクシデント」


 ザァァァ……と、ぬるま湯が頭のてっぺんから首筋を伝い、タイルの床へと落ちていった。

 ベタついた汗が一気に流れて爽快な気分になる。


「……ふぅ」


 思わず息がこぼれる。

 蛇口をひねってシャワーを止めると、俺はそのまま湯船へと浸かった。


 深く体を沈める。

 パンパンに張った太ももに、温かい湯が染み込んでいくようだ。

 首を回しながら、足を軽くマッサージ。


「はぁ……」


 もう一度もれるため息。

 早朝にこうして入る風呂は、まさに至福の時間である。




 5月に入り、中間テストも先週で終わっていた。

 周りはいよいよ下旬に控えた球技大会に向けて本格的に動きだしている。


 各クラスごとに多少の温度差はあるものの、ウチの学校はだいたいこういう行事に本気になる生徒が多いようで、それはわが2年1組も例外ではなかったようだ。

 俺たちバスケに参加するメンバーも、今日の放課後から市民体育館に集まって練習することになっている。


 ……と。


「ユウちゃん? お風呂入ってる?」


 曇りガラスの向こう、脱衣所に入ってくる雪の影が見えた。


「おー、入ってるぞー」


 声が反響する。


「お疲れさま。着替え、洗濯機の上に置いとくね」

「あー、構わんでいいぞ。お前そろそろ学校行く時間だろ」

「まだ大丈夫だよ。……あ、そうだ。歩ちゃん、昨日は夜更かしだったみたいで、今起こしたけど二度寝しちゃうかも。お風呂上がったら様子見てあげてくれる?」

「りょーかーい」


 歩のことだ、おおかた深夜のバカっぽいテレフォンショッピングでも夢中で見てたのだろう。

 あいつはそうやって寝坊することがたまにあるのだ。


 湯船から上がって髪を洗い、体を洗ってシャワーでせっけんの泡を流す。

 そうしてからもう一度湯船に入った。


 5分ほど、ゆっくりと浸かる。


(……時間かな)


 まもなく7時半を回るころだろう。

 歩のやつが二度寝してるとすれば、そろそろ起こしに行ってやったほうがよさそうだ。


 俺は湯船から上がり、最後にもう一度全身にシャワーを浴びた。

 キュッと蛇口をひねってシャワーを止め、そのまま反転して風呂場のガラス戸を開ける。


 と――


「わわッ、寝坊寝坊――!」

「お……?」


 洗面所兼脱衣所に飛び込んできた歩と目が合ってしまった。


 一瞬の時間停止。

 歩の視線がわずかに下のほうに動いて、


「きゃわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 叫び声を上げて脱衣所から飛び出していった。


「……変な叫び声だな」


 きゃあ、と、わぁ、が混ざってしまったのだろうか。

 俺はそんなことを冷静に考えながら、洗濯機の上においてあった下着を取った。


(これ、逆だったら瑞希のヤツに半殺しだったろうな……)


 なんという男女不平等社会。

 とはいえ、もちろん俺は歩と違ってそんなヘマはしない。


 とりあえず下半身だけ服を身につけたところで、俺は脱衣所のドアを開けてリビングに声をかけた。


「おーい、歩。洗面所使うならもういいぞー」


 見ると、歩はなぜか庭に続くガラス戸のカーテンにくるまって隠れていた。


「ごごごごめんなさい! 外のドアはちゃんとノックしたんだけど返事がなかったから誰もいないと思って無警戒にもー!」


 テンパっているのか、句読点が一切なくなっている。

 俺は濡れたままの頭をかきながら、


「あー、いいっていいって。一緒に住んでりゃたまにゃあるだろ」


 実際シャワーを浴びていると脱衣所のノックは水音に消されて聞こえないことが多い。

 その上で俺たちが脱衣所と風呂場のドアを同時に開けてしまったのは、単なるアクシデントだろう。


「うう……」


 ようやくカーテンから出てトボトボと戻ってきた歩の顔は真っ赤だった。

 こいつも一応そういうことを恥ずかしがる年齢ではあるらしい。


「で、でも、なんていうか、その、別に恥じることのない素敵な体だったというかー……」

「……余計なフォローは入れんでいい。ほら急げ。時間あんまないぞ」

「す、すみませんー!」


 慌てて洗面所に駆け込んだ歩を見送り、バスタオルで頭を拭きながら冷蔵庫を開け、昨晩作っておいたスポーツドリンクをコップに注ぐ。

 それを冷蔵庫に戻したところで、歩が脱衣所からひょっこりと顔だけを出した。


「お風呂沸かしたの? まだ入れるかなぁ?」

「入れるけど、あんまのんびりすんなよ」

「はーい」


 ドアが閉まる。


 リビングに行くとふたり分の朝食が用意してあった。

 テーブルに着いてテレビの電源を入れ、朝のニュースをBGMに朝食を片付けていく。


「……ふぅ。朝のお風呂はやっぱり気持ちいいよねー」


 歩は15分ぐらいで出てきた。

 脱衣所に持ち込んでいたのかすでに制服に着替えている。


 時間を見ると7時50分。

 直斗たちが迎えに来るまであと5~10分ってとこだろうか。


「ほら。メシ食っちまえ」

「うん。お兄ちゃんは?」

「もう食った。着替えてくるわ」


 玄関のチャイムが鳴ったのはそれからピッタリ10分後のことだった。


「はーい」


 2階の部屋に戻って着替えていた俺の耳に、歩がリビングから出てくる音が聞こえてくる。

 俺は制服のボタンをしめ、カバンを手に部屋を出た。


 すると、


「……あっ。どうしたんですか、その足」


 玄関から聞こえてきた歩の声。

 直斗のものがそれに続く。


「昨日ボーっとしてて、自転車と衝突しちゃってね」

「直斗くんにしては珍しい失敗だよね」


 と、由香の声も聞こえてきた。


(自転車と衝突? ……足?)


 嫌な予感がして階段を下りていくと、


「あ、優希くん、おはよう」

「おぅ」


 由香の挨拶に軽く手をあげて答え、すぐに直斗のほうを見る。


「怪我したって? 大丈夫なのか?」

「軽くひねっただけだよ」


 まくり上げたズボンのすそからテーピングした右足首がのぞいていた。

 ここまで歩いてきたようだし、確かにそれほど重傷ではないのだろう。


 ただ――


「でも、ちょっと球技大会には出られそうにないかな……」


 と、直斗は残念そうに言ったのだった。






 球技大会の各試合はサッカー8人、バスケ5人、バレー6人で行われる。


 各クラスの男子生徒の数は23~24人なので、余るのは4~5人。種目ごとに最低ひとりは補欠を作ることになっているので、それに従って振り分けると余りはほとんど出ない。

 さらには、いったんメンバーを決定するとよほどのことがない限り変更は認められていなかった。


「無理だろ、普通に考えて」


 そんなわけで、俺たちバスケ組はこの1週間前の時点で、1回戦での敗退がほぼ確定してしまったのである。


 ウチのクラスでバスケに振り分けられたのは補欠ひとりを含めた6人。

 この補欠はどのクラスにでもいる運動が極端に苦手なタイプだ。


 他のメンバーは俺と直斗のほか、サッカー部の斉藤、残りのふたりは一応できるかなという程度。

 もとから直斗のワンマンチームのようなもので、その直斗が抜けてしまうのだから被害の大きさは想像がつくだろう。


「けど、その1年3組には絶対負けられないんだろ?」


 昼休み、廊下で俺と作戦会議をしていたのはメンバーのひとりであるサッカー部の斉藤だ。

 中等部時代から由香に片思いを続けているこいつには、例の事情をすでに話してあった。


 もちろん斉藤は即座に協力を申し出てくれたのだが――


「いや無理だろ。下級生ったってひとりは中学の全国レベルのプレイヤーだぞ? 直斗がいるならともかく、こっちの余りものみたいなメンバーで勝てるわけねーって」


 チーム戦とはいえ、バスケは個人技への依存が大きい競技だ。

 木村のクラス――1年3組と当たるまで勝ち抜くのもおそらくは難しいだろう。


 俺は軽く肩をすくめてみせて、


「っても、ま、1回戦で負けて直接当たんなきゃ勝負もクソもねーんだけど」


 すると斉藤は微妙に眉をひそめて、


「あれ、お前知らないのか? 俺らの初戦、1年3組だぞ?」

「……うぇ」


 変な声が出てしまった。

 そんなバカなと思ったが、どうやら冗談ではないらしい。


「今朝トーナメント表が体育館の入り口に張り出されてた。嘘だと思うなら見てこいよ」

「マジかい……」


 1年から3年まで15クラス。初戦で特定のクラスに当たる確率は14分の1。

 まあ、あってもおかしくない確率ではある。


(裏で面白がって操作してるやつがいるんじゃないだろーな……)


 もちろんそんなことはありえないのだが、ついそんなことを疑ってしまったのも無理はあるまい。


 斉藤は真剣な顔をして、


「どっちにしろ、俺は負けるつもりはないぞ。別に勝った負けたでどうなるとも思わないけど、言ってみればこれは気持ちの勝負なわけだからな」

「いや、気持ちより実力の勝負だろ……」

「いいや、スポーツで最後に勝つのは気持ちの強いほうだ!」


 ググッ、と、こぶしを握る斉藤。


 そういえばこいつは、熱血と根性で塗り固められた世界の住人だった。

 今回は由香も絡んでいるからなおさら気合が入っているようだ。


「それにバスケはチーム戦だろ? いくらひとりがうまくたって、こっちが上手に回せば勝機はあるじゃないか」

「けど、サッカーよりは個人の影響デカいと思うぞ。人数的にも」


 実力が拮抗した上での戦いならチームプレイが鍵になるかもしれないが、差がありすぎればそれ以前の問題である。極端な話をいえば、5人がかりでひとりを止められないようであれば話にもならない。


 しかし、斉藤はどこまでも前向きで、


「その辺は今日からの練習でカバーするさ。あまり時間もないけど、放課後の練習、予定より時間多くとろうぜ」

「……俺たちの事情に他の3人を巻き込むのはなぁ」

「それは俺が説得するって。3人とも知らない仲じゃないしな」


 と、斉藤は言った。

 さすがは顔の広いサッカー部のエースだ。


「まあ、お前がそこまで言うなら別に止めはしねーけど。ただ、あの3人にまで事情を話すのは無しな」

「わかってるって。水月さんに迷惑かけるようなこと、俺がするはずないだろう?」

「そりゃそうか」


 それはもちろんなのだが、こいつの場合は気持ちが入りすぎて周りが見えなくなることがあるから少し不安だ。


「よし! じゃあ頑張ろうぜ! 俺はなにもしないで負けるなんて嫌だからな!」

「……ま、俺だって負けるよりは勝つほうがいいけどさ」


 ただ、こいつほど真剣になれていなかったのもまた事実だった。


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