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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 悪魔と双子の兄妹
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1年目4月「そして日常へ」


 4月最後の日曜日。


「なにもない平穏で退屈な日々ってのも、考えてみりゃ贅沢なもんだよなぁ」

「? どうしたの、突然?」


 変な顔をしたのは瑞希のヤツである。


「いや」


 俺は軽く手を振って答えた。


「最近我が家にはところ構わず蹴りを入れてくる危険な生物が住み着いててな。過去の平穏な日々に思いを馳せてみたんだ」

「ちょっと。ケンカ売ってるの?」

「すまん。つい正直な感想が口をついちまった」


 あえて挑発的に言うと、いつもどおりのにらみ合いが始まった。


「ふたりとも。そんなとこで立ち止まったら迷惑になるよ」


 そう言ったのは雪である。


 デパートの入り口でにらみ合う俺たちを、家族連れが不審そうにチラ見しながら通り過ぎていった。


「……」

「……」


 さすがにその場は一時休戦となった。


 さて、この日曜日の昼間。

 俺は雪や瑞希とともにこの町唯一のデパートにやってきていた。


 大人がいない我が家では、炊事・掃除・洗濯・ゴミ出し等々、家事のすべてを自分たちでこなさなければならない。デパートに来た目的は食料の買い出しで、俺はたまたま家でヒマそうにしているところを荷物持ちとして駆り出されてしまったわけである。


 傍目に見ると両手に花の状況かもしれないが、実際はさっさと前を歩く女ふたりの後ろを荷物を持ちながらトボトボついていく仕事であり、かなりトホホな状況である。


 そもそもの話、男女平等のはずのこの現代において"男だから"という理由で荷物持ちやら力仕事やらに駆り出されるのはどういうわけだ。

 理不尽じゃないか。


 というような趣旨の発言をすると、間髪いれず瑞希に突っ込まれた。


「っていうかあんた、炊事も掃除も洗濯も雪ちゃんに任せっきりじゃない。こういうときぐらい役に立たないと存在価値が消滅するわよ」

「……」


 ごもっともと言うしかない。

 生活能力が皆無の俺と違い、雪は家事全般については完璧超人だ。


 俺がだらしないから必要に迫られてそうなっただけといううわさ話も聞こえてくるが、いずれにしろ文句のひとつも言わずに毎日俺のパンツを洗ってくれているわけだから、その点について頭が上がらないのも確かである。


 が、それを瑞希に指摘されると、それはそれでやはり腹立たしいわけで。


「なんだよ、瑞希。お前こそ――」


 しょーもない反論をしようとした俺の言葉を遮って、雪がくるっとこちらを振り返った。


「今日の晩ご飯はユウちゃんのリクエストだよ。付き合ってくれたごほうびに、ね。なにがいい?」


 絶妙なタイミング。

 完全に反論する機会を失ってしまった。


「……ロールキャベツ」


 なんて、素直に返してしまう俺も俺である。


 さて。


 俺たちがやってきたデパートは2階建てでそれほど大きくはないが、ここに来れば必要なものは一通り揃う程度に品揃えはある。

 それほど都会でもないこの町の人間にとっては重要な生活の拠点というわけだ。


 しかしまあ。

 一通り揃うってのは便利なこともある反面、それにともなう弊害もあったりするわけで。


「ね、瑞希ちゃん。これこれ。見て」

「あ、可愛いじゃない。試着してみたら?」

「……」

「ねえねえ、雪ちゃん。これ、私に合うかしら?」

「うんうん。いいと思うよー」

「……」


(こいつら……)


 デパート内にある女性用の衣料品専門店の入り口で、両手に荷物を抱えたまま忘れ去られた俺は、はしゃぐふたりの後ろ姿に殺意にも似た視線を送り続けていた。


 ロールキャベツなんぞで懐柔されてしまった自分の浅はかさが恨めしい。


(……ったく。こんなとこ学校の奴らには見せらんねーよ)


 イメージ、というものがある。

 こう見えて俺は学校では一応硬派な男で通っているのだ。

 それが両手に買い物袋を抱え、こんな店の入り口で立ち尽くしている姿を見られた日には――


「おーい、し、ら、ぬ、い~!」

「!」


 心臓が飛び出るほど驚いた。

 いや、わりとマジで。


 嫌な予感とともにおそるおそる振り返ると、近くにあるエスカレーターの途中で見覚えのある女子がぶんぶんと手を振ってきていた。


「おー、奇遇だね、こんなところでさー」


 ぴょんと跳ねるようにしてエスカレーターを下り、軽快な足取りで駆け寄ってくる。


 くせっ毛のショートカット。

 まるで猫のようにくるくると表情の変わる好奇心旺盛な瞳。


 どこからどう見ても知り合いだった。


「こら、藍原。人の名前を一文字一文字区切って呼ぶんじゃねえ」


 ジーパンに飾りっ気のないTシャツ姿。

 全体的にスレンダーでしなやかな、まさにネコ娘といった印象の少女。


 彼女の名前は藍原あいはら美弥みやという。


 俺と同じクラスの女生徒で、由香や直斗、将太といった中等部からの友人を除けば、俺の高校での初めての友人、ということになるだろうか。


 ついでにいうと、由香以外では今のところ高等部唯一の女友だちである。


「えー、だってさぁ、不知火って呼ぶの、なんだか恥ずかしくない? 語感的に」

「人ん家の苗字をバカにしてんのか、お前は」

「そんなんじゃないけどさー」


 あははと声をあげて笑う藍原。


 もうこの辺で察しの良い人ならわかってもらえると思うが、こいつはうるさい、しつこい、馴れ馴れしいの三拍子揃った、いわゆる"やかまし"型のキャラクターだ。


 イメージ的には将太の女版といったところか。


「で、何の用だ? 金なら貸さないぞ」

「あはははは。お金借りるなら不知火のとこに来るわけないじゃん」

「なんでだよ」

「だって不知火ってば、いかにもお金持ってなさそうだもんね」

「……」


 正論すぎる上に事実では何も言い返しようがなかった。


 ちなみにウチの家計は妹の雪が全権を握っていて、俺には毎月1日にこづかいが支給される。

 そして今は月末。

 俺の財布の惨状はあえて語るまでもないだろう。


「でも、そーだなー。パフェ1個分ぐらいのおこづかいは残ってるよねー?」

「は?」

「だって、ほら」


 にんまりと笑って藍原は視線を落とす。


「自称、学年一クールでニヒルな男、不知火優希がまさかデパートで荷物持ちとはね~。連れはいったい誰なのかにゃー」

「……」


 予想通りすぎる展開に涙が出てきた。


「もし口止めが必要だったりするのなら、パフェひとつで手を打つよ、ってことさね」

「ぐ……」


 なんでこんなヤツと知り合ってしまったのか。半月前の自分を呪ってやりたい。


 と、まあ。

 そんなやり取りをしている俺たちに、雪と瑞希が気付かないはずもなく。


「あれ? ユウちゃん……その子、お友だち?」

「およ?」


 やってきたふたりを見て、藍原は目をまん丸にした。


「不知火ってば、まさかまさかの二股? しかもこんな可愛い子たちと?」

「……んなわけあるか」


 やはり予想通りの反応に頭が痛くなってきたが、雪が来たことで財布軍全滅の危機は免れることができそうだった。






「妹さんと従姉ねぇ。へぇぇ~」


 デパートからの帰宅途中にある喫茶店『三毛猫』。


 そこで、俺たち3人はテーブルを囲んでいた。


 3人ってのは俺と雪と藍原のことである。

 瑞希は部活の先輩から電話がかかってくる予定があるとかで先に家に帰っていた。


「不知火とはゼンゼン似てないねぇ」


 雪の顔をまじまじと見つめて藍原はそう言った。

 俺はふふんと鼻を鳴らして、


「そうだろうそうだろう。こいつときたら、超イケメンなこの俺様と血がつながっているとは思えないほど平々凡々な顔立ちの――」

「雪ちゃん! あたしと結婚しよう!」

「……聞けよ! つか、どさくさに紛れてなに言ってんのお前!?」


 雪の手を握ろうとした藍原の手を慌てて払いのける。

 すると藍原は唇を尖らせて不満そうに、


「えー、なにそれ。独占欲? 不知火ってもしかしてシスコン?」

「違う! 道徳っつーか常識の問題だ!」

「ムキになるところが余計アヤシイ……」

「お前の言動ほど怪しくねーよ!」


 思いっきり突っ込んでやると、藍原は両手を頭の後ろで組んでケラケラと笑った。


「冗談、冗談。そのぐらい妹さんが可愛らしいってことを表現したかったわけだよ、キミ」

「本気だったら今日をもって絶交だわ、お前……」


 そんな俺たちのやり取りに、隣の雪がおかしそうに笑いながら言った。


「大丈夫だよ。ユウちゃんがシスコンなら、私はブラコンってことでいいから」

「なにが!? なにが大丈夫!?」

「いやぁ、わかるわかる。こんだけ可愛い妹さんなら誰にも渡したくないって気持ちにもなるよねぇ~」

「だからよお……」


 なんで俺、罰ゲームみたいな立ち位置になってるのだろう。


「いやぁ、でもそっかぁ。ふぅん。不知火にこんな可愛い妹さんがねぇ」

「可愛い可愛い連呼すんなっての。大袈裟すぎるんだよ、お前は」


 雪はにこにこしながら、


「うん。美弥ちゃんのほうが可愛いよ。ね?」

「いや、さすがにそれはない」

「うわ、ひど!」


 案の定、藍原は不満そうに口を尖らせた。


「わかってるけど地味にショックだから即答すんなよ~! レディファーストで頼むよ~!」

「淑女って言葉を辞書で引いてみような、今度」

「くぅ……女としてこれほどの屈辱を受けたのは生まれて初めてだ!」


 嘘つけと思ったが、それを言うといつまでも終わらないので黙っておいた。


「でも美弥ちゃんはスタイルいいよね。すごく足長いし」

「おぉ、雪ちゃん! 君はよくわかってるね! いいよいいよ! 見る目あるよ!」


 女同士の会話が始まったらしいので、俺はしばらく黙って窓の外を眺めることにした。


 この喫茶店『三毛猫』はデパートからの帰り道であると同時に、俺たちが通う風見学園と雪たちが通う桜花女子学園のちょうどど真ん中にあるので、平日は学生たちが頻繁にこの前の道を通る。


 今日は休日なので顔見知りに出会うことはそんなに考えなくていいが――。


(ん? あれって……)


 そう思ったのもつかの間、俺は通りを歩く人々の流れの中に見知った顔を見つけた。

 直斗のやつだ。


 しかも直斗はひとりではなかった。

 隣にいたのは同い年ぐらいの女の子で、最初は由香かと思ったが、長い髪を両側で三つ編みにしていたので、すぐに違うとわかった。


(……あー、あれが神村とかいう)


 入学式に見た後ろ姿と将太から聞いた話を組み合わせると、どうやら彼女が神村沙夜という女生徒のようだ。

 そうして改めて見てみると、確かに中学3年のとき同じクラスにいたような気がする。


(まさか将太の話は本当だったのか?)


 一瞬そう思ったが、歩いている様子を見ると特別親密な仲であるようには見えなかった。

 というか、会話が交わされているのかすら怪しい雰囲気だ。


 そしてふたりは店の中の俺たちに気付くことなく通り過ぎていく。


(……ま、いっか)


 まったく興味がないといえば嘘になるが、将太ほど野次馬根性が立派でもないのだ、俺は。


 ……と思ったのもつかの間。


 カラーン。

 喫茶店のドアが開いたかと思うと、なんと通り過ぎたと思った直斗たちが入ってきたのである。


 雪と藍原のふたりもすぐに気付いて、


「ナオちゃん?」

「あれ、神薙じゃん。おーい! か・ん・な・ぎ~!」


 藍原が叫んで手を振ると、直斗が不思議そうな顔でこっちを見た。


「あ、藍原さんと……優希? それに雪まで」

「よぅ、直斗。偶然だな」


 軽く手を上げると、直斗は俺の表情を見てなにかを察したのか小さくうなずいた。

 なぜか無性に悲しくなった。


 藍原がさっそく絡んでいく。


「ねえねえ、神薙~。隣の子って彼女ぉ?」

「いや、違うよ。藍原さんは知らないよね。神村沙夜さん。優希とは中3のときに同じクラスだったよね」


 何度も言っているが俺の記憶にはない。

 ただ、神村さんのほうはそうではなかったようだ。


「はい。不知火さんのことは知っています」


 なんとなく罪悪感。


「そっちの子が優希の双子の妹で雪。雪とは同じクラスになったことなかったかな? で、そっちが僕と優希のクラスメイトで藍原さん。藍原……美弥さんだったっけ?」


 俺ほど藍原との接点がない直斗は少々自信なさげだったが、


「そうそう。よろしくー」

「よろしくね。沙夜ちゃん」


 手を振る藍原に続いて、雪がニッコリと微笑みかける。

 神村さんは無言で小さくうなずいた。


 ……リアクションが薄い。


(静かな子なんだな)


 そういえば将太も、あまり社交的な人物ではないらしい、と言っていた気がする。

 俺も自分ではあまり積極的に他人と関わるタイプではないと思っているが、第一印象からすると俺以上のようだ。


「? どうしたの? 私の顔、なにかついてる?」


 雪が不思議そうに神村さんに尋ねた。

 どうやら神村さんが雪の顔をじっと見つめていたらしい。


「いえ、特には」


 神村さんはつぶやくように答えながらも、視線を動かそうとはしない。


 妙な空気が流れた。


「えっと……」


 藍原が少し戸惑ったような声をあげる。

 どうやらこいつも神村さんの独特の空気を感じ取っていたようだ。


 やがて、


「今日は帰ります」


 神村さんが突然そう言ってきびすを返した。

 直斗が驚いた顔をする。


「え? でも神村さん、僕になにか話があるって――」

「また今度にします。今日でなければならないわけではないので」


 神村さんは抑揚のない口調でそう言うと、止める暇もなく店を出て行ってしまった。


「……なんだ、ありゃ」


 ついついそんな言葉が口をついてしまう。

 相当の変わり者だ。それもおそらくはあまり良くない意味で。


 直斗は困ったような顔をして、


「まあ、ちょっとね。無口な人だから」

「いや、無口っつーか――」

「なーんか無愛想な子だねー」


 藍原がはっきりと言う。

 嫌悪というほどではないが、やはりちょっと気分を害した様子だった。


「うーん。悪い子じゃないんだけどね」


 フォローしようとする直斗に、俺は言った。


「ま、無愛想なのは性格なんだろうし、俺は別に気にしてねーけど」

「え~、そう?」


 藍原が否定的な声を出す。


「無愛想な人とはお友だちになれないな~、あたし」

「お前、それでよく俺と話してられるな」


 突っ込むと、藍原は不思議そうな顔をして、


「なんで? 不知火ってば無愛想どころかぜんぜんおもろいじゃん」

「……」


 好意的な意味だろうとは思うが、まったくうれしくない。


「ねえ、ナオちゃん」


 それまで黙っていた雪が口を開いた。

 藍原と違って気を悪くした様子はない。というか、こいつの場合はそういう負の感情を表に出すこと自体めったにないのだ。


「ナオちゃん、向こうとの約束が先だったんだよね? だったら追いかけたほうがいい、かな?」


 その指摘に直斗はハッとした様子で、


「あ、うん。そうするよ。ありがとう、雪。……優希、藍原さん、ごめん」

「いや、謝る必要ねーって」

「それでもごめん」


 そう言って直斗も駆け足で店を出て行ってしまった。


「……はぁー、神薙もなんだか大変だねぇ」


 と、藍原は妙に同情的な感想を漏らした。

 確かに今のやり取りはどう見ても、恋人を怒らせてしまって慌てて追いかける男の図である。


 もちろん直斗自身が否定している以上、"そういう関係"ではないのだと思うが。


「不思議な子、だったね」


 そう言ったのは雪だった。

 どうやら第一印象は俺たちと大差なかったようだ。


「でもいい子そうだね。沙夜ちゃん」

「……」

「……」


 俺と藍原は顔を見合わせた。


 変わり者同士、どこか通じ合うものでもあったのだろうか。


(そういや神村さんもこいつのこと意味ありげに見つめてたが……)


 なんか変な趣味の持ち主でなければいいが……なんて。

 そのときの俺は神村さんの視線の意味を深く考えることもなく、モノの数分もしないうちに彼女がここに来たことを意識の中から消してしまったのだった。


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