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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 後輩たち
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2年目4月「挑戦状」


「どうだった?」


 入学式から2週間ほどが経った4月下旬の昼休み。

 購買のパンをふたつ手にした直斗が俺の席までやってくるなりそんなことを聞いてきた。


 顔を上げて答える。


「どうって、別になんも。そんなことで一喜一憂する歳でもねーしな」

「75だったっけ?」

「弱が強になったぐらいか」

「じゃあサバを読まなくてもよくなったんだね」


 直斗が空席だった前の席に腰を下ろし、メロンパンの袋を開ける。


「四捨五入で75だったんだから別にサバ読んでたわけじゃねーって。そういうお前は?」

「残念ながら僕も頭打ち。由香よりはかろうじて上だったけどね」

「ってことは60か」

「62だよ。60は由香」

「俺からすりゃ大して変わらん」


 そう言いながら俺は弁当箱の蓋を開けた。


 ……と。

 まあ今の会話で勘違いする人間はいないと思うが、これはテストの点数の話ではなく、本日行われた身体測定、身長の話である。


 ちなみに俺の175センチってのは2年1組の23名の男子で5番目に大きく、直斗の162センチは一番小さい。どうやらウチのクラスは上下の差があまり大きくなく、平均付近の生徒が多いようだ。


「でも僕ら、いつからこんなに差がついたんだっけ」


 直斗も身長のことはそこそこ気になるらしく、身体測定の後はいつも決まって恨み節だった。 


「中学んときだろ。俺は一気に伸びた時期があったけど、お前そういうのぜんぜんなかったじゃん」

「やっぱ母さんの血なのかなぁ」


 パンをほおばりながらため息をつく直斗。


「だろーなあ。顔も桜さん似だろ、お前」


 直斗の母親である桜さんは、俺が近くで普通に立っていると視界に入らないぐらいにちっちゃい。

 実質中学2年生で同年代と比べて大きいわけでもない歩にもすでに追い越されているぐらいだから、そのちみっこさは容易に想像できるだろう。


 ついでにいえば、女に間違われることのあるこいつの童顔も、30代半ばとは思えない外見をしている桜さんからの遺伝に違いない。


 はぁ、そうだよね、と、もう一度ため息をついて直斗は話題を変えた。


「そういやさ。今日の帰り、球技大会の種目決めだったよね」

「球技大会? ああ、そうだっけか」


 そういや今朝のホームルームで岩上先生がそんなことを言っていたような気がする。


「君は今年もバスケにするの?」

「去年と種目変わんないんだろ? だったら他に出たいものもないしなぁ」


 "球技大会"――正確にいうと"春の体育祭"は、男子の種目がバレー、バスケ、サッカー。女子の種目がバレー、バスケ、卓球で、秋の体育祭同様、学年に関係なく全校クラス対抗の形で5月の下旬ごろに開催される。


「だよね。僕も今年はバスケにしようかと思って」


 言いながらふたつめのアンパンの袋を開ける直斗。


「お前は今年こそバスケじゃねーと、全員からブーイングの嵐だろ」


 球技大会には、部活に所属している生徒はその種目に参加することができないというルールがある。

 中等部時代にバスケ部のエースだった直斗は、昨年の球技大会、ルールに反するわけではなかったものの、数ヶ月前までやっていたという理由でバスケを回避していたのだ。


「去年不甲斐なかったから、サッカーにリベンジもしてみたかったんだけどね」

「ま、それでもいいと思うんだけどな。お前、なにやってもうまいし」


 こいつは基本的にスポーツ万能なのだ。

 見た目に似合わず小1から中3まで部活と平行して空手道場に通っていたから基礎体力は高いし、学力の高さも頭脳プレーにしっかりと活かされているようで、なにをやってもハズレはない。

 俺みたいなグータラとは雲泥の差である。


「なに言ってんの。優希なんて僕よりよっぽど運動神経いいだろうに」

「んなことねーって」

「珍しく謙遜なんかしちゃって。……まあ、でもちょうどよかったよ」

「ちょうどよかった?」


 そんな直斗の言葉にちょっと嫌な予感がした。

 こいつがこういう含みのある言い方をするのは、大抵俺にとってよくないことが起きる前触れだ。


 直斗は続けた。


「実はさっき、木村くんが僕のところに来てね」

「木村ってーと、小5のときに喫煙がばれて親を呼び出されたあいつか?」

「それも木村くんだったけど。その話、広げたい?」

「いや、いい」


 というか、そっちの木村のことは正直あんま覚えてない。

 直斗はひとつうなずいて、


「木村くんが勝負したいんだって」

「勝負?」

「球技大会で」

「誰と?」

「僕と優希と」

「……おいおい」


 俺はオーバーに両手を広げて、


「お前らはともかく俺はバスケ部でもなんでもねぇんだぞ。最初から勝負になんねーだろ」

「向こうもバスケでとは言ってなかったけどね。それでさっき、種目をなんにするかって聞いたわけ」

「いや、それを先に言えよ。……ってか、なんなんだ、その勝負ってのは」

「この前、言ってたでしょ。由香と付き合うつもりなら僕と優希を倒してからにしてって。アレ、本気で取られちゃったみたい」

「取られちゃったみたい……って」


 俺は疑いの目を直斗に向けて、


「お前、こうなることわかってたんだろ?」


 すると直斗はごまかすように笑った。


「わかってたってわけじゃないけど、こうなるかも、とは思ってたかな。彼、昔からそういうヒロイックなところがあったから。この場合、僕と君はヒロインの前に立ちふさがる障害物ってことになるのかな」

「なんだそりゃ」


 俺は心底あきれ返って、


「由香は確かに俺の暇つぶしのためのオモチャではあるが、別に所有物なんかじゃねーぞ」

「ひどいのか気を遣ってるのかよくわかんないね、それ」


 と、直斗は苦笑する。


 そのまま続けて、


「でも、そうなった以上は絶対に勝たなきゃなんないよねぇ」

「はぁ? んなことねーよ。バカバカしくてやってられっか」

「なんでさ! 不知火、それでも幼なじみなの!?」

「お前だって幼なじみじゃねーか」

「あたし? あたしは違うよ、親友だけど」

「……」


 ふと違和感を覚える。

 違和感というか、完全に違う。


「……おい。お前はどうしてそう、いつも唐突に」


 目の前にはいつの間にか5組に左遷されたはずの藍原がいた。

 しかもちゃっかり俺の弁当箱に手を伸ばして、最後に残っていた鶏のから揚げをつまみ食いしている。


「別に唐突じゃないって。不知火が気づかなかっただけじゃん」


 モグモグと口を動かしながら手近な椅子を引っ張ってきて、背もたれを前にまたぐようにして座る。

 スカートでその座り方はいかがなものかと思ったが、見えているわけではないのでなにも言わないことにした。


「あたしの知らないとこで面白いことになってるみたいじゃん。それってやっぱりアレ? これから地獄の特訓が始まったりしちゃうわけ?」

「するか、アホ」


 そんな藍原を冷たく突き放し、空になってしまった弁当箱の蓋を閉じる。


「なんでさ! その勝負に勝たなきゃ由香がそいつのものになっちゃうんでしょ!?」

「どこの世紀末だ、そりゃ。じゃあなにか? その辺で歩いているカップルに適当に勝負を申し込んで、俺が勝ったらそいつらは別れなきゃならんのか?」

「そんなの今回のとは違うじゃん」

「同じだろ」

「木村くんはね」


 と、そこで直斗が口を挟む。


「そういうことじゃなくて、僕らに勝負を挑んで勝つことで自分が本気だってことを由香にわかってもらいたいんじゃないかな? たぶん、だけどね」

「そんなの、直接アイツに言やぁ済む話だろ」

「そういう方法を選んじゃうのが彼の性格なんだろうね。それに実際……」


 と、直斗は後ろを振り返る。

 その視線の先には由香の席があったが、主は不在だった。


「由香はひとめぼれとか信じない主義だから。やっぱどこか本気にはとらえてないみたいだし」

「そうだったか?」


 どちらかというとそういうのを信じてそうなタイプに見える。

 が、よく考えてみれば確かに、たとえばクラスにカッコいい転校生が来て、あいつがいきなりそいつのことを好きになってしまう、なんてのは想像しにくい構図だった。


「ひとめぼれはあるよ、絶対~。あれは要するに、前世で好きあってた恋人同士が現世で再会したときに生じる極めて化学的な現象であって――」

「……ま、真偽はともかく」


 藍原を無視して、俺は直斗のほうへと向き直る。


「俺がそんな勝負を受ける義理はねーだろ。たかが球技大会だぞ? 俺は適当にやって適当に負けて適当に帰りたいんだ」


 我ながらだらしのない発言だとは思うが、しょせんは学校の球技大会である。

 わざと負けるつもりはもちろんないが、ヘトヘトになるまで毎日練習したり、血まなこになって勝利に固執したりということまでするつもりはない。


「第一、そんな勝負をしても俺に得がない」

「そう? お弁当がかかってると思えばいいんじゃない? 確かに得はないけど、負けたら損をするかもしれないよ」

「……」


 またまた直斗が痛いところを突いてきた。

 なんかもう、こいつは俺がこうやって駄々をこねるところまでわかっていて話をしているんじゃないかと思えてしまう。


「……なんて、ね」


 少し考え込んでしまった俺の表情を見て、直斗は口元をほころばせた。


「こんな口実があったほうが多少はやる気になれるでしょ?」

「はぁ? 口実?」

「僕もね。今の関係をもっと続けたいなって思うし」


 その言葉にドキリとする。

 いつもより深く心を見透かされたような気がした。


「……バカバカしい」


 俺は不機嫌になってそう答える。

 おそらくは図星だったからだ。


「誰が誰と付き合おうが、友だちは友だちだろ」

「そうだね。でも、いつも同じ点数を取っていても、それより高得点の人がいたら順位は下がるよ」


 そう言って直斗は少しだけ視線を横に泳がせた。

 そこにこいつの本心らしきものが、かすかに見えたような気がした。


「正直言って、由香にとっての僕が木村くん以下になって欲しくはない。少なくとも今はまだ、ね」


 俺は驚いて直斗を見る。

 こいつのこういう発言は珍しい。


 ……ただ、その気持ちは俺にも理解できないわけじゃない。


 自分が親友だと思っていた相手に自分よりも親しい友だちができると、なんとなく嫌な気持ちになる。

 そんな経験をしたことがあるやつは多いだろう。


 それはたぶん嫉妬という醜い感情で、俺ならきっとそれを口に出すことはない。


「……そりゃ、お前らは15年来の付き合いだもんな。わかんなくもねーけど」


 自分の感情を棚に上げてそう言うと、直斗は少し首をかたむけて、


「そうだね。本当は君より長い付き合いのはずなんだけど」

「はず、って、実際に長いだろ」

「そう。長いはずなんだけど」

「なんだ?」

「なんだろね」


 そう言って直斗ははぐらかすように笑った。


「ま、要するに、たとえば相手が君だったら僕も文句は言わないってことかな」

「……なんだそりゃ。ポッと出の男に娘はやれねーってことか?」

「つまり不知火が由香とラブラブになっても、神薙的には許すってことだよね~」


 それまで黙っていた藍原が我慢できなくなった様子で口を挟んでくる。

 俺はため息をついて、


「なんでもかんでもそういう話にすんじゃねーっての。ったく。お前といい将太といい……」

「ああ、わかってるわかってる。由香じゃダメなんだよね~。だって不知火の本命は雪ちゃ――」


 ゴンッ!


「殴るぞ、マジで」

「……だからもう殴ってるってばぁ……」

「ふたりともそのやり取り、ホントに飽きないね?」


 と、直斗が苦笑する。


「優希もいい加減、藍原さんのその冗談に慣れたら?」

「こいつのは目が本気だから笑えねーんだって」

「なにさなにさ! あたしは思ったままを口にしただけのことですのよ!」

「……も、いい」


 席を立つ。


「あれれ? 不知火、もしかして怒っちゃった?」

「心配すんな。最初から怒ってる」


 そう言い捨てて、教室の出口へと向かう。


「優希。バスケのことはどうするの?」


 俺はチラッと直斗を振り返って、


「バスケには出る。勝負はともかく、わざと負けるつもりは最初からねぇよ」

「そう」


 直斗は満足そうにうなずいた。


「あ、あたしも陰ながらに応援してるからね~」


 手を振る藍原に俺は露骨に嫌な顔を向けて、


「そうやって俺のやる気を削ぐ作戦か。さてはお前、5組の間者だな?」

「うわ、ひどっ!」

「大丈夫だよ、藍原さん。優希はそのぐらいの妨害でやる気を失くしたりしないから」

「ちょっ……妨害って、フォローになってないよ神薙!」

「ああ、ごめんごめん。口がすべっただけなんだ」


 ふと、直斗と視線が交わる。

 その目は、俺になにかを期待しているときの目だった。


(……やれやれ)


 肩をすくめてそのまま教室を出る。


 なんだか妙なことになってしまったが、まぁ、なるようになるだろう。

 相手は下手すりゃ全国レベルのプレイヤーだし、まともにやって勝てるわけはない。ただ、バスケはチーム戦だ。直斗もいるし、絶望的というわけでもないだろう。


(とりあえず、毎日の弁当のためにテキトーに頑張るとしますか……)


 そんな中途半端な決心をしながら、俺はふらっと体育館へ足を向けたのだった。


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