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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 後輩たち
68/239

2年目4月「交際の条件」


 その日は清々しくなるほどの晴天だった。


 入学式。

 この日をもって俺たちは風見学園高等部の2年生となる。


 校庭の桜はちょうど満開になっていて、新品の制服に身を包んだ新入生たちが花びらを運ぶ風とともに校門をくぐり、次々と学校の中へ入ってきた。

 俺も1年前はあの中にいたのだと考えると、何やら懐かしい気分だ。


 なお、入学式は俺たちの始業式も兼ねていて、体育館にはこの風見学園の全校生徒が集結していた。

 新1年生はステージ側、俺たち上級生はその後ろだ。


 ステージではちょうど校長先生の話が始まったところである。

 新入生たちが静まり返って校長の話を聞くのは、おそらく今日が最初で最後になることだろう。


「可愛い子いねぇかな……」


 と、そんな中。

 俺のすぐ目の前でキョロキョロと新入生の集団を眺め回している将太は、残念ながら今年も俺と同じクラスになった。


 そんな俺たちから少し前方に直斗と由香の後ろ姿がある。


 驚いたことに今年も3人揃って同じクラス、2年1組だった。

 昨日由香が話していたとおり3年に上がるときにはクラス替えがないので、誰かが留年か退学にでもならない限り3年連続で同じクラスになることが確定したわけだ。


 まあ、高校を出ればこの3人が同じ学校に通うなんてことはもうないのだろうし、これは神様の粋な計らいというやつなのかもしれない。


 ちなみに他の面々。


 歩も俺たちと同じ1組になった。

 あいつは同じクラスになったことを純粋に喜んでいたようだが、俺としてはクラス内の学力順位が確実にひとつ下がることになるのであまり嬉しくはない。


 ……まあ、ひとつ下がったところで今さらどうということもないのだが。


 喜ばしい情報としては、あのうるさい藍原が一番遠い5組に左遷となった。

 これでクラス内の騒音が3割ほどカットされることになるだろう。


 他に知ってるやつのクラスはといえば、斉藤が1組、谷が2組、佐久間と仲田、それにどうでもいいけど竜二のヤツが4組。


 ああ、大事な人を忘れていた。

 神村さんも俺たちと同じ1組だ。


 こうして改めて整理すると、かなりの数の知り合いが1組に集まったことがわかる。


「ちゅーっす」


 始業式が終わって教室に戻る途中。

 正面から顔見知りの同級生、バンダナがトレードマークの仲田が歩いてきた。


 俺は軽く手を上げながらも眉をひそめて、


「始業式に遅刻とはいい身分だな、お前」

「昨日は夜中までバイトだったんよ。眠くて眠くてしゃーないわ」


 と、大きなあくびをする仲田。

 目をこすりながら頭のバンダナをいったん外し、長い髪をかきあげて天井を見上げた。


「あー……ねむ」

「つかお前、普段だって1時間目からいること滅多にないだろ。バイトとか関係ねーじゃん」

「ん。ま、細かいことは気にしない」


 笑いながらバンダナを締めなおした仲田は小さく周りを見回して言った。


「で、オイラのクラス何組?」

「……知るか」


 さすがの俺もこいつほど適当には生きていけない。


「よぉ、相変わらずだな」


 ちょうどそこへ4組の生徒の列がやってきて、そこから秀才面した小悪党の佐久間が顔を出す。

 一見真面目そうなメガネの奥には、相変わらずの悪戯っぽい光が宿っていた。


「仲田、お前4組だよ。俺と同じクラスさ」

「あらら。またお前と一緒かい」


 仲田はポリポリと頭をかいて、


「んで。他の連中はどうなったん?」

「谷のヤツは2組だぜ」


 俺がそう答えると、


「アレはどうでもいいけどね。神薙と水月は?」

「直斗と由香?」


 こいつがなぜそんなことを気にするのだろうかと疑問に感じていると、


「ああ、そうそう。あのふたりは何組になったんだっけ?」


 と、佐久間までもが同じことを聞いてくる。


「どうしたんだ、お前ら。直斗はともかく、由香のヤツとはほとんど話したこともねーだろ」

「あー、実はオイラたち、ちょいと賭けをしとるのよ」

「賭け?」


 佐久間がうなずいて、


「あのふたりが今年も同じクラスになるかどうかってな」

「……暇だな、お前ら」

「暇なのさ」


 佐久間は自嘲するようにそう言って、


「とりあえず水月が1組だってのはわかったけどさ。斉藤の表情が明るかったから」

「結果はどうだったん?」


 仲田が聞いてくる。


「あぁ、それなら――」


 俺が答えようとしたところへ、今度は1組の列がやってきた。

 話題の直斗と由香がちょうど近くを通りかかる。


「神薙。おいーっす」

「仲田くん? 優希に佐久間くんも……どうしたの?」


 と、直斗が足を止める。

 そのすぐそばを歩いていた由香もチラッと俺たちを見たが、それほど親しくない仲田たちがいるのを見て遠慮したのか、そのままなにも言わずに素通りしていった。

 隣にいた歩もただ小さく手を振っただけで通り過ぎていく。


 そんな光景を見て仲田が残念そうに言った。


「あらら。やっぱ同じクラスになったんかい」

「賭けは俺の勝ちだな」


 佐久間がニヤリとする。


「なんの話?」


 困惑顔の直斗。

 仲田たちの代わりに答えてやった。


「お前と由香が同じクラスになるかどうか賭けてたんだと」

「ああ」


 直斗が苦笑する。


「確率的には絶対有利だと思ったんだけどねぇ……」


 なにを賭けていたのかは知らないが、ガックリとうなだれた仲田には同情せざるを得ない。


 これで直斗と由香が同じクラスになるのは何年連続だったか。

 覚えていないが、とにかく確率に直せばかなりの数字になることは間違いなかった。


 こいつらにはきっと、確率を越えた神がかり的な力が働いているに違いないのである。






「あ、優希さーん」


 教室に戻ると、俺の姿を目ざとく発見した歩が窓際の席から手を振ってきた。

 クラスメイトの視線がいくつか集まるのを感じて少し苦々しくも思ったが、まあ家にいるときのようにお兄ちゃん呼ばわりしないだけまだマシだろう。


 そんな歩の後ろの席。

 神村さんもチラッとこちらを一瞥したのが見えた。


(……ミスマッチだな、あのふたり)


 ただ、あの神村さんが迷惑そうにしていないところからして、あんな組み合わせでもそこそこ会話は成立しているらしい。


 俺はふたりに向かって軽く手を上げてみせ、そのまま自分の席へと向かった。

 クラス内には初めて見る顔もそこそこいたが、やはり見知った顔のほうが圧倒的に多い。


 そして、


「終わり。帰っていいぞ」


 教室に入ってくるなり、数枚のプリントを配ってさっさと教室を出て行ってしまった岩上先生もそのうちのひとりであろう。

 相変わらず適当というかなんというか。やる気の欠片も感じられない先生だが、まあ正直なところそんなに嫌いではない。


「優希。帰ろうか」


 顔を上げると直斗がカバンを手に立っていて、その後ろには由香と歩の姿もあった。


「どこに?」

「土に還りたいなら止めないよ」

「……いや、止めろよ」


 というか、笑顔でそのセリフはちょっと怖い。

 そんな俺たちのやりとりを見て歩がおかしそうに笑った。


「優希さんって、いつも直斗さんには敵わないよねー」

「うっせぇ」


 身のほど知らずな小娘には、あとでこめかみグリグリの刑を与えてやることにしよう。


 そんなこんなで、俺たち4人は揃って教室を出た。


「そういえば歩ちゃんとこうして話すようになったのって、去年の9月ぐらいからだったよね」


 玄関に向かう途中、由香が急に思い出したようにそう言った。


「はいー。保健室に皆さんが遊びに来てくださったのが最初でした」

「まだ半年なんだよね。なんだかもっと長く一緒にいる気がする」

「ホントですか? そうなら嬉しいですー」


 歩が嬉しそうにキャッキャッと由香とじゃれあう。


 しかしまぁ、確かに。

 こいつはずいぶんあっさりとこの風景に溶け込んでしまった気がする。

 直斗も由香も、それに歩自身もあまり人見知りする性格じゃないというのはもちろん大きいのだろうが、もともとの相性が良かったというのもあるのだろう。


 2階、1階と階段を下り、帰宅する生徒でざわついている玄関へと向かっていく。

 ……と。


「ん?」


 廊下の先、こっちに向かって歩いてくるふたつの人影が目にとまった。

 うち、ひとりは見覚えのある顔だった。


「あっ」


 その人影に一番最初に反応したのは由香。


「あ……」


 次に向こうから歩いてきた男子生徒。


 長身に、アイドルのような整った童顔。

 名前は確か――


「水月先輩。こんにちは」

「あ、えっと……こんにちは、木村くん」


 戸惑ったような由香の声。


(そうそう、木村だ。木村、栄二だったか)


 それは昨日、いきなり由香にひとめぼれしたとか言い出した妙な新入生だった。


「由香、知り合い?」


 怪訝そうな直斗。

 後ろの歩も不思議そうな顔で木村を見ている。


 そんなふたりの反応に気づいた木村が小さく頭を下げた。


「水月先輩のお友だちの方ですか? はじめまして。僕、木村栄二といいます」

「木村くん? ……もしかして桜中の木村くん?」


 直斗が意外な反応をした。


「え? あ……」


 木村が驚いたような顔で直斗を見る。

 そして、


「直斗さん……ですか? 風見学園って――あっ、そういやここの中等部でしたっけ! うわ! ぜんぜん気づいてませんでした!」

「え? 直斗くんの知り合い?」


 今度は由香がそのセリフを口にすることになった。

 直斗はうなずいて、


「知り合いというか、中学の部活がらみでね。木村くんのいる桜中のバスケ部と何度か試合をしたことがあるんだ。県大会の決勝でも当たったしね」

「直斗さんが3年のときですよね? 確かあれが最後の大会だったんでしたっけ」

「そうそう」

「……そりゃまた、偶然の大安売りだな」


 俺がそう言うと直斗は首を横に振って、


「ウチは中等部も高等部もバスケ強いから。中学の強豪チームのプレイヤーが高等部からウチに入ってくるのは珍しいことじゃないよ」

「へー」


 というか、ウチのバスケ部がそんなに有名だったことすら俺は知らなかった。

 言われてみれば毎年のように県大会の上位だの、全国大会だのに行っていたような気がする。


「でも水月先輩と直斗さんがお知り合いだったというのは、僕にとっちゃ本当に驚きです」


 目をまん丸にしている木村に、俺は言ってやった。


「知り合いどころか、もっと深い仲だぞ、こいつら」

「誤解されそうな言い方だね」


 直斗はそう言って苦笑したが、別に間違いではない。


「由香とは家が近所の幼なじみでね。そういう木村くんこそ、由香といつ知り合ったの?」

「あ、僕は昨日初めて会ったばかりでして。その場でひとめぼれした仲です」

「き、木村くん!」


 由香がちょっと慌てた声を出す。

 あっけらかんとしているというか、こういうことをあっさり口に出来てしまうのは性格だろう。


「ひとめぼれ? 由香に? ……ああ、なるほど」


 直斗はチラッと由香を見て、別に驚くこともなく納得してしまった。


「へぇ。由香さんってモテるんですねー」


 これまた無邪気にそう言った歩に、由香は顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。

 木村は直斗を俺を交互に見て、


「そうすると直斗さんも僕のライバルってわけですね」


 と、難しい顔になった。

 "直斗さんも"ってことは、俺もまだそこに数えられているのだろうか。


 俺は肩をすくめて、


「別に俺も直斗もライバルじゃないと思うが……」

「だね。ただの昔なじみだし、別に付き合ってるわけでもないよ」


 直斗が俺の言葉に同意する。

 が、すぐに、


「でも、ライバルじゃないけど、君に由香は渡せないな」

「……は?」


 その言葉に驚いたのは、信じられないことに俺だけのようだった。

 由香は困った顔で状況を見守っているだけだし、歩はよくわからない様子で、ほぇーという顔をしている。


 木村は少し表情を引き締めていた。

 そんな木村に対し、直斗はにっこりと笑顔になって、


「由香と付き合いたいんなら、まずは僕と優希を倒してからにしてもらわなくっちゃ」

「おいおい……」


 どこまで本気でどこまで冗談なのかわからない。

 ただ、木村はかなり本気で受け取ってしまったらしく、


「……まいったなぁ。でも、直斗さんと不知火先輩を倒せば望みはあるってことですよね?」

「うん。できればね」

「だから勝手に俺を巻き込むなって」


 そんな俺の抗議は聞き入れてもらえなかった。

 というか誰も聞いていない。


 木村はしばらく直斗の顔を見つめていたが、


「……わかりました。とりあえず今日はこの辺で退散します。不知火先輩と水月先輩も、また」

「うん。またね」


 ニッコリと返答した直斗に木村も笑顔を返し、それまで黙って様子を見ていた連れらしい男子生徒と一緒に立ち去っていった。






「……おい。直斗」

「なに?」

「どういうつもりだ?」

「なにが?」


 とぼけた顔の直斗。


 学校を出ての帰り道。由香と歩のふたりは少し先を歩いている。

 俺はそんなふたりに聞かれないよう声をひそめながら直斗に抗議していた。


「さっきの木村とかいうヤツのことだよ。そりゃ俺だって、いきなりひとめぼれとか変なヤツだと思わなくもねーけど、他人の恋路を邪魔しようとかお前らしくもないじゃねーか」

「そういう優希こそ、らしくないじゃない。そんなまともなこと言うなんて」

「お前な……」


 冗談だよ、と、直斗は笑って、


「昨日会ったとき、由香は木村くんの告白を断ったんでしょ?」

「ん……いやまぁ、断ったというか断りきれてなかったというか」


 アイツの性格と今日の木村の態度を見れば、まあだいたい想像がつくだろう。

 意思表示をしたことはしたのだが、やんわり断りたかったのか、まだよく知らないからとか色々と余計な理屈を付けてしまい、かえって望みがあると思わせてしまう一番悪いパターンだった。


 直斗は苦笑して、


「なんとなくわかるよ。由香のことだからね」

「アイツに代わって諦めさせようってのか?」


 それはいくらなんでも過保護というか余計なおせっかいすぎやしないかと思ったが、直斗のほうはそうは思っていないようで、


「僕はいつでも由香の味方だよ。……ま、深く考えなくてもいいじゃない。優希だって由香の作るお弁当が無くなったら困るでしょ?」

「む……」


 結構痛いところを突かれた。


 確かに由香のヤツに彼氏ができて誰が困るって、俺が、というか、俺の胃袋が一番困るのだ。

 趣向を凝らしたアイツの手作り弁当に慣れてしまった俺には、もはや学食アンド購買の貧しい昼食などまったく考えられない。


「でしょ? 僕にもそれと似たような理由があるってこと」

「……なんか納得できねーけど。ま、いいか」


 俺たちを倒すもなにも、まさかあの新入生が本気で殴りかかってくるわけもないだろうし。

 直斗の言うように、別に深く考えることでもないのかもしれない。


 ……と、そう思っていたのだが。


 あの木村が本当に俺たちを倒そうと画策しているなどとは、このときはまだ知る由もなかったのである。


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