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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 後輩たち
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2年目4月「唐突な告白」


 タッタッタッタッ……


 早朝の春風を首筋に感じながらアスファルトをリズミカルに蹴りつけていく。

 眠気が残っているせいか、あるいは脳の酸素が不足しているのか。頭の中は少しボーっとしていて、はっ、はっ、ふっ、ふっ、という自分の呼吸音以外はほとんど耳に入ってこない。


 少し伸ばした髪が汗でこめかみや首筋に張り付いていた。

 髪を長めにしているのは床屋にあまり行きたくないからだったが、こうなってくると少し短くすることも考えたほうがいいのかもしれない。


 ゆるく長い坂道を登りきって大きく息を吐き、ペースを落としながら軽く脇腹をさする。

 ここまでくればゴールまであと少しだ。


 それにしても苦しい。


 喉がカラカラだ。足が重い。

 肺の中がズキズキと痛む。すぐにでもやめたい。


 たいていのスポーツは走り込みが基本だというし、陸上競技の多くは走ることそのものが目的だったりもするが、どうやら俺にはそういったアスリートの資質はなさそうだった。


 昨晩の雨が残していった水たまりを避け、長く続く塀が途切れるところを右へ曲がる。


 あと約200メートル。

 自宅の屋根が視界の奥に見えてくる。


 ラストスパート。

 最後の力を振り絞ってペースを上げると、自宅のシルエットがみるみるうちに近づいてきた。


 最近気づいたのだが、人間の体ってのはゴールが見えるとどこかから力がわき上がってくるように作られているらしい。

 ゴールがわからないうちは、無意識に力をセーブしていたりするものなのだろうか。


 鈍った思考の中でそんなことを考えつつ。


「……あっ」


 自宅の前には、ちょうど新聞を取りに出てきた妹の姿があって。


「お疲れさま、ユウちゃん」

「ただ……い、ま……」


 そんな呼びかけに返事をする気力も残っていなかった俺は、崩れ落ちるように門の前にへたり込んでしまったのだった。






 短い春休みもあっという間に最終日。

 明日は風見学園の入学式と始業式があって、俺たちはもちろん全員が進級して2年生となる。


 この1年間、個人的には色々なことがあったものの、学生生活という点においてはさほど大きな変化が訪れたわけでもなく。


「なぁ、由香」

「どうしたの?」


 由香は頭の上にハテナマークを浮かべて俺の顔を見上げた。


 俺から見て斜め後ろ、約1メートル。

 特に意識することはないのだが、ふと気づくとこいつは大抵そのぐらいの位置にいる。どうやらそこが指定席らしいのだ。


 俺はそんな由香からいったん視線を外し、廊下の窓から夕焼けに染まった校庭を眺めながら言った。


「なんかおかしくねーか? なんで俺たちだけ、この貴重な春休みの最終日に学校に出てこなきゃならんのだ?」

「え? だってそれは明日の入学式の予行演習で……」

「いや、そりゃわかってる。俺が納得いかんのは、どうして俺らがその予行演習とやらをやらされなきゃならんのかってことだ」


 いったいなにをどう間違ってしまったのか。

 俺と由香は明日の入学式で2年生代表スピーチとやらをさせられることになってしまい、今の今までその予行演習をやらされていたのだった。


「これがくじ引きとかじゃんけんで決めたとかならいいけど、いきなりだぜ? 担任から名指しで俺らふたり。理不尽じゃね?」


 別にそのとき揃っておしゃべりをしていた罰というわけでもないし、たまたま学校を休んでいたというわけでもない。終業式の日にいきなり担任の岩上先生からパパッと名指しされ、春休みの最終日に学校に来るように言われてそれっきりなのだ。


「ど、どうなんだろうね? でも……ほら。男子と女子ひとりずつだから、どうせだったら仲のいい人同士のほうがって考えてくれたんじゃないかな?」

「んー、いまいちピンとこねーなー。そもそも岩上のヤツ、俺らが仲いいこと知ってんのか?」


 あの定年間際の担任とは1年間付き合ってきたが、いつも飄々としているし、そもそも生徒にあまり関心がありそうには見えない。

 まあ放任主義なだけかもしれないし、特別に悪い先生というわけでもないのだが。


「それにお前と仲いいやつを選んだとしたって、俺より直斗のがよっぽど適任だろーに」

「そこまでは私にもちょっと……」

「そりゃそうか。まあいいや」


 確かにこいつに聞いても仕方がない。

 それにあの先生のことだから、結局のところは大した理由もなくて単に運が悪かっただけなのだろう。


 そんなことを話しながら階段を下りて1階へ。

 今日は2階の元いた教室を使ったが、明日からは3階の2年生の教室に通うことになる。


「そういやクラス発表見たか?」


 と、由香に聞く。

 新しいクラス割は昨日から1階の掲示板で発表されているはずだった。


「ううん。いま帰りに見ていこうかと思って。みんなまた同じクラスだといいね」

「あー、でもたぶん違うクラスになるんじゃね?」

「どうして?」

「だって、お前と2年連続で同じクラスだったことなんて今まであったっけ?」

「あったよ。小学校の1年と2年のとき」

「あ、そうだったか」


 よく覚えているもんだ。

 俺が感心していると由香はニコニコしながら、


「3年はクラス替えないし、今回一緒だったら初の3年連続だね」

「んー」


 正直、同じクラスであることのメリットはあまり感じない。

 クラスが変わったところで毎朝登校時に顔を合わせることに変わりはないし、クラスが一緒だと忘れ物をしたときに借りられないというデメリットも大きい。

 仲のいいやつはひとりぐらい他のクラスに行ってくれたほうがむしろ都合がいいのである。


 まあ5クラスもあるのだから、今の知り合いが全員同じクラスに集まるなんてことはないと思うが。


「……あれ?」


 と、そこで由香が急に不思議そうな声をあげて立ち止まった。


「どうした?」


 振り返って尋ねると、由香は先の廊下を見つめて、


「あの人、ここの生徒じゃないよね?」

「ん?」


 正面に向き直ると、確かに廊下の奥には風見学園以外の制服を着た男子生徒が立っていた。


「ああ、たぶん下見に来た新入生だろ」


 ここの中等部の制服でもないから、おそらく余所の中学校からやって来た新入生なのだろう。


「あ、そっか。でもキョロキョロしてるね。もしかして迷ってるんじゃない?」


 と、由香は心配そうな顔をした。

 どうやらお得意のおせっかいスキルが発動したようだ。


「まさか。玄関まで戻れば案内図があるだろ」

「玄関がわからなくなったとか……」

「すぐそこだぞ? 相当の方向音痴でもないとありえねーよ」


 さすがにそんなやつはいないだろうと、俺は笑い飛ばしたのだが、


「あ、こっち来る」


 由香が反射的に俺の後ろに隠れた。

 こいつは基本的に社交的ではあるが、見知らぬ男子に対してはちょっとだけ人見知りするのである。


 男子生徒は相変わらずキョロキョロしながら、やがて俺たちの存在に気付いたらしく、


「あの……」


 そう言いながら駆け寄ってくる。


 近づいてみるとかなり背が高かった。俺よりもおそらく5センチ以上高く、180センチは越えているだろう。

 ただ顔立ちは幼く、なかなかの美形だ。

 テレビでよく見るアイドルグループの誰かに似ているような気がした。


(……って、まさか)


 男子生徒が困ったような顔をしているのを見て、俺は思わず心の中でそうつぶやく。

 そのまさかだった。


「すみません。正面玄関ってどっちでしたっけ……?」






「木村です。木村栄二といいます」

「えっと、水月です。今月から2年生になります」

「みなづき? 水の無い月、ですか?」

「あ、違います。水の月で水月です」

「へー、どっちにしても珍しい名字ですね。あ、下の名前も聞いていいですか?」

「え? あ……由香、です」

「いい名前ですねー。じゃあ由香先輩でいいです?」

「あ……えっと」


 由香が困った顔でチラッとこちらを見る。

 しかし俺が反応する前にそれに気づいたのか、


「あ、ごめんなさい。ちょっとなれなれしかったですね。遠くから来て知り合いがいないもんで、つい。でもこれもなにかの縁ですし、今後も親しくさせてもらえたらありがたいなーって。あ、水月先輩って呼ばせてもらいますね」

「あ、はい……」


 木村と名乗ったその新入生は帰る方向が俺たちと一緒だったらしく、学校を出てからもついてきて、ずっと将太を彷彿とさせるマシンガントークを由香の隣で繰り広げていた。


 自分で言ったとおり初対面にしてはかなりなれなれしい態度で、別にそれに悪い印象を受けたというわけでもなかったのだが、疲れているときに関わりたいタイプでもなかったので、俺はずっと後ろで高みの見物を決め込んでいた。


 幸い、木村も俺のほうにはそれほど関心がないようだ。


「……じゃあ木村くんは今年の新入生なんだね」

「はい、そうです。で、僕ってばめちゃくちゃ方向音痴で。でもおかげで水月先輩とこうして出会えましたし、むしろラッキーでした」

「ええっと……」


 由香は何度も困った顔をしながら視線を送ってきたが、とりあえず無視しておいた。

 もとはといえばこいつがおせっかいを焼こうとしたのが原因なのだから、最後まで責任を取ってもらうことにしよう。


「ところで……」


 木村がこっちを振り返った。


「先輩の名前も教えてください。先輩、でいいんですよね?」

「ん?」


 俺はあらぬ方向に向けていた視線を戻して、


「不知火優希。ちなみに珍しい名字だって感想はかなり聞き飽きてる」

「……あはは、先に言われちゃいました。でも本当に珍しいですよね」


 木村は笑った。

 それ以上の会話は続かない。


 別に意識して無愛想にしているわけじゃなかったが、どうせここで別れたらそうそう会うこともないのだろうし、無理して愛想を振りまく理由も思いつかなかった。


 そんな風に他人事を決め込んでいた俺と由香を交互に見て、木村は言った。


「ところで、おふたりは付き合ってたりします?」

「え?」

「しない」


 その言葉に困惑した由香と素早く返した俺との差は、その問いかけを事前に予想していたかどうかだろう。


「あ、うん。違うよ」


 少し遅れて由香があいづちを打つ。

 すると木村はわざとらしいぐらいにパッと表情を輝かせて、


「やっぱりそうでしたか。だって僕がずっと水月先輩と話してても、不知火先輩は全然顔色変えませんでしたし」

「いい観察力だな」

「じゃあこれから付き合う予定があったりとかは?」

「予定?」


 その問いかけに今度は俺の反応が遅れ、先に由香が答える。


「そんな予定立ててる人いないよ……でも先のことはわからない、よね?」


 途中で自信なさげに同意を求めてくる。

 俺は苦笑して、


「まあ、そうかもな。人生なにが起こるかわからんし」

「でも、今はそういう予定はないんですよね? じゃあそれ、僕が立候補してもいいですか?」

「……はあ?」

「立候補……って?」


 俺は呆気に取られて木村の顔を凝視したが、由香はなんのことかわからなかったらしい。

 そんな俺たちに対し、木村が付け加える。


「水月先輩の彼氏に、です。僕、柄にもなく一目ぼれしちゃったみたいで」

「……え?」


 あまりにも唐突な告白に、さしもの由香も慌てふためくことすらできなかったらしく。

 俺たちは思わず顔を見合わせてしまったのだった。


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