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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第8章 進むべき道
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1年目3月「光刃の正体」


 鼻の奥をかすかにくすぐる芳香は左右に並ぶふすまの糊の匂いだろうか。

 突き当たりが見えないほど長い木張りの廊下は、時代劇よろしく十二単を着込んだ奥方が腰元を引き連れて今にも歩いてきそうな気さえした。


 ここは悪魔狩りの組織"御門みかど"の本部。

 想像していたとおりといえばそうなのだが、このおごそかな雰囲気はどうも居心地が悪かった。


 そんな廊下を歩く俺の前にはひとりの女性がいる。

 女性にもかかわらず俺と同じか少し高いぐらいの身長で、ピンと背筋を伸ばして歩く後ろ姿はなんとも凛々しい。


 悪魔狩りの中では数少ない顔見知りのひとり、緑刃さんだ。


 そして後ろにはふたつの足音。

 こちらは見知らぬ男たちで、どちらも悪魔狩りだろう。


 そんな3人の悪魔狩りに挟まれるようにして、俺は彼らの本拠地の廊下を歩いていたのである。

 はた目には悪いことをして連行されているように見えるかもしれないが、もちろんそうではない。


 今日の俺はどうやら彼らの"客人"らしかった。


『今回の件、光刃様から感謝のお言葉があるそうですよ。ヒマだったら明日の昼、神社まで来てください』


 美矩からそんな軽い調子の電話が入ったのは、あの暴走妖魔との戦いの翌日、土曜日の昼のこと。

 思わず『暇じゃなかったら行かなくていいのか』と返してみたところ、『じゃあよろしく』とだけ言って一方的に電話を切られてしまった。


 どうやら強制イベントだ。


 感謝するのに相手を呼び出す(しかも半強制的に)ってのはどういう了見なのかと思ったが、まあ偉いヤツには色々面倒くさい事情があるんだろうと勝手に納得し、また悪魔狩りのトップってのがどんな人間なのかということにも少なからず興味があったので、その翌日の日曜日――つまり今日、俺はこうしてノコノコと神社までやってきたというわけである。


 そんな俺を出迎えたのが緑刃さんだったというわけだ。


「そういや美矩のヤツはいないのか?」


 周りを見回しながらそう尋ねてみると、緑刃さんは視線だけでこちらを振り返る。


「いないよ。そういうのはもともとあの子の仕事じゃないからな」

「なら神村さんは?」

「ん? 沙夜なら……」


 緑刃さんは少し考えて、


「この先でお前を待っている」

「そっか」


 特に深く考えずに俺はうなずいた。


 ようやくたどり着いた突き当たりを左に曲がる。

 そして少し歩いたところに大きなふすまがあった。


 緑刃さんがその前で足を止める。


 客間のような場所だろうか。

 どうやらこの中で、光刃とかいう偉い人間が俺を待っているらしい。


「あーっと……」


 そこまで来て、俺は柄にもなく少し緊張してしまった。


「俺はどうすりゃいいんだ? 自慢じゃねーけど、偉い相手に対する作法とかよくわからないんだが……」

「今日はそんなことを気にしなくてもいい」


 と、緑刃さんは少し口元を緩めた。


「中には光刃様と護衛の青刃、それに若い悪魔狩りが何人かいるだけで、他の偉い方々はみな欠席だ」

「欠席? でも光刃とかいう一番偉いのはいるんだろ?」

「ああ、だが……いや、中に入ればわかるさ。光刃様。不知火優希をお連れしました」


 緑刃さんの言葉に、一拍置いてふすまの向こうから返事があった。


「どうぞ」

「……?」


 聞こえてきたその声に俺が疑問を口にするより早く、緑刃さんがふすまを開く。


 開かれた先の部屋は想像していたよりも狭かった。……といっても、それは俺が時代劇の殿様がいるような部屋を想像していたからで、実際にはそこそこの広さがある。


 長方形の部屋の左右には合計12名の男たち――いや、うち2名ほどは女性だろうか――が座っていて、ふすまが開かれると同時に一斉に頭を垂れた。


 そして正面。

 見覚えのある顔が座布団の上に正座している。


 神村さんだ。

 緑刃さんと同じくピンと背筋を伸ばしているが、もともとが小柄なせいだろうか。奥にいるということもあって、緑刃さんのように凛々しいというよりは行儀良くたたずむお人形さんのように見えた。


 さらにその後ろ。

 やはり見覚えのある男、青刃さんが彼女のななめ後ろに座っていた。


「どうした? 中に入るといい」

「どうした、って」


 もう一度部屋の中を見回す。


 左右に控える悪魔狩りらしき12人。

 正面に鎮座する神村さん。その後ろにいる青刃。


 何度見ても、中にいるのはそれだけだった。


「からかってるのか?」


 そしてこの配置。

 誰がどう見ても――


「どうぞ不知火さん。中へお入りください」


 と、正面の神村さんが言った。


「……ああ」


 仕方なく中に入って中央に用意されていた座布団のところまで歩いていく。

 ふすまを閉じた緑刃さんがぐるっと回りこんで青刃の隣、つまりは神村さんのななめ後ろに腰を下ろした。


「どうしました?」


 俺がマジマジと見つめていることに気付いたのだろう。

 神村さんが少し怪訝そうな顔をする。


「……あーっと」


 先ほどまで感じていた緊張は一気にどこかへ吹き飛んでしまっていた。


 この構図の中心にいるのはどう見ても神村さんだ。

 それがなにを意味するのか、もちろんわからないはずはない。


 が、一応確認してみることにした。


「俺は確か、光刃とかいうヤツに呼ばれてここに来たはずだったんだが……」

「はい。……あ」


 神村さんはそこでなにごとか気づいた顔をする。


「もしかして、美矩さんからなにも聞いていないのですか?」


 その反応で、やっぱりそういうことなのか、と、俺はようやく確信するに至った。


「たぶん、な」


 そう言いながら座布団の上に腰を下ろす。


 おそらくは言い忘れたわけではなく、わざと言わなかったのだろう。

 先日初めて会ったばかりだが、俺はあの美矩という少女の性格をなんとなくつかみかけていた。


「すみません。それでは改めてお話ししなければなりませんね」


 神村さんは小さく頭を下げ、それから相変わらずの淡々とした口調で説明を始めた。


「不知火さんをお呼びした"光刃"というのは私のことです。私がこの悪魔狩り"御門"の現当主です」

「なるほどな」


 そのときの俺の心境は、びっくりしたというよりは拍子抜けしたという感じだった。

 もちろん驚きがなかったわけではないのだが、ここのトップであるということがどれほどすごいことなのかまだピンと来ていなかったのである。


 それに、目の前の神村さんはいつもとなにか違っているわけでもない。

 相変わらずの無表情で、相変わらずのツンデレだ。


「だから意味がわかりません」


 そして相変わらず心のつぶやきにも見事に突っ込んでくる。

 そんないつもどおりの神村さんだったから、彼女が実は偉い人間だったと聞かされてもそれほど驚いたり気後れしたりせずに済んだのだろう。


 ただ――色々と疑問は沸いてくる。


「なぁ、神村さん。……ん? こういう場じゃ光刃さんとか呼んだほうがいいのか?」


 そう言いながら左右に控える悪魔狩りや緑刃さん、青刃さんの表情の動きを観察する。

 が、どうやらタメ口をとがめられるようなことはなさそうだった。

 緑刃さんの言ったとおり、今日は本当にそういうことは気にしなくていいらしい。


 神村さんは小さくうなずいて、


「いつもどおりでお願いします。不知火さんは御門の一員というわけでもありませんし」

「じゃあ神村さん。質問いいか?」

「なんでしょう?」


 まっすぐ見つめてくる神村さんに対し、俺は頭の中に浮かんだ疑問をぶつけた。


「そんな偉いのに、なんで毎日神社の掃除なんかを?」

「……それは今ここでする質問か?」


 呆れ顔で口を挟んできたのは後ろの緑刃さんだ。

 まあ、確かに的外れではある。


「いや、聞きたいことがありすぎて混乱した」


 正直にそう言うと、緑刃さんの隣にいた青刃さんが軽く手を広げて、


「ま、仕方ないさ。いきなりのことで驚いているだろうしな。……ちなみに聞きたいことってのが体のサイズのことなら、沙夜は身長154センチでバストは84のD――」

「聞いてねーし、聞くつもりもねーよ!」


 俺が突っ込むと同時に、緑刃さんの無言のげんこつが青刃さんの後頭部にヒットした。


「いてっ……おい、待てよ、緑刃。今のは彼の緊張をほぐすための軽い冗談じゃないか」

「だまれ! 貴様の冗談は品がなさすぎる!」

「品って、いまどきの高校生ならこのぐらい平気で話題にしてるぜ。なぁ、優希くん?」

「……俺に同意を求めないでくれ」


 心なしか左右にいる悪魔狩りのうち、女性のふたりから厳しい目が向けられているような気がした。


 しかし――


 気を取り直してあらためて周りの悪魔狩りたちを見てみると、どうやらみんな若い。

 いや、若いというより幼いというべきか。

 さっきから"女性の悪魔狩り"なんて表現してきたが、正確にはふたりとも俺とそう変わらない、どちらかといえば少女というべき年齢だろう。


 その他の男たちもおそらくは大半が10代。中には青刃さんと緑刃さんのやり取りを見て密かに笑っているような者もいて、俺の中にあった堅苦しい悪魔狩りのイメージとはだいぶ違うフレンドリーな雰囲気が漂っていた。


 昨年の雪の事件で対峙した悪魔狩りはもっと年上ばかりだったから、組織内に年長者がいないというわけでもないだろう。

 にもかかわらず、この場に集められたのが若い悪魔狩りばかりであることにはなにか意味があるのだろうか。


 に、しても。


(84のDって意外とアレなんじゃ……)


 その数値とアルファベットの詳しい意味までは男の俺にはよくわからなかったが、それが本当だとすると神村さんは結構着やせするタイプだろう。


「不知火さん」

「べ、別にやましいこととか考えてねーよ!?」

「はい?」

「……あ」


 やってしまった。


 無言の緑刃さんが座った目でこっちを見ている。

 隣の青刃さんは声を殺して笑っていた。


 ……なんだろう、この敗北感。


 ただ、そんな状況の中でも、神村さんだけは相変わらずマイペースで、


「それは家の仕事です。悪魔狩りでの立場とは関係ありません」

「え?」


 一瞬なんのことかわからなかったが、どうやら掃除の話らしい。

 相変わらず律儀な人だ。


「それと色々とご説明する前に……」


 そう言って神村さんはいったん言葉を切り、軽く左右に視線を走らせる。


(……なんだ?)


 場の空気が変わったような気がした。


 周囲から聞こえていたかすかな衣擦れの音がいっせいに止まり、緩かった空気はピンと張り詰めて。

 すべての視線が俺と、そして正面にいる神村さんへ集まっているようだった。


「まずは今回の件、御門の当主、光刃として御礼申し上げます」


 と、小さく頭を下げる神村さん。

 同時に周囲の悪魔狩りたちも深々と頭を下げた。


「危険であることも顧みず、人々を脅かす悪魔の殲滅に御協力いただきましたこと、悪魔狩りを束ねる者として感謝の念に堪えません。今後ともどうかよろしくお願いいたします」


 いつもよりも堅苦しい言葉遣いだった。


 数秒の沈黙。

 どこかから安堵の息のようなものが漏れて、


「……と、いうわけで」


 最初に口を開いたのは青刃さんだった。

 再び空気が緩む。


「ま、形式的なことも一応やっておかなきゃならなくてね。これで君と妹の――雪くん、だったか。君らふたりは正式に我々の協力者として扱わせてもらうことになった。もちろん実際に今後も協力してもらえるとありがたい」


 こちらに向けられた青刃さんの視線はどこか得意げだった。


 それを聞いて、なるほど、と思った。

 今日のこれは、ただ先日の礼を言うためだけに設けられた場ではなく。俺たちの存在を組織として認めるための、ある種の儀式だったのだ。


 悪魔狩りには悪魔容認派と悪魔排除派がいて、組織のナンバー2が強硬な排除派であることから、組織内の主流が後者であるという話は俺も聞いている。


 とすると――


 左右にチラッと視線を送る。

 若い悪魔狩りたちは皆、まるで教師の目を出し抜いて学校を抜けた学生のような、してやったりという顔をしていた。


 つまり彼らは非主流、いわゆる容認派の悪魔狩りなのだろう。


 そして、先ほどの緊張とこの安堵の空気は――あるいは今日のこのイベント自体、主流である排除派の目を盗んで催されたものなのかもしれない。

 そう考えると、昨晩の美矩からの連絡が急だったことにも納得がいく。


 ……まあ、その辺りは想像の域を出ないが。


 いずれにせよ。


「ああ、まぁ……」


 組織の派閥争いにまで首を突っ込むつもりは毛頭なかったが、この場にいる彼らが俺たちの存在を受け入れてくれるというのならありがたい話だ。


「もちろん個人的にはこれからも協力させてもらう。神村さんの友だちとしてな」


 そう返すと、青刃さんはニヤリと笑みを浮かべ、緑刃さんは小さくうなずく。


「よろしくお願いします。不知火さん」


 そして神村さんは少しだけ安心したような顔で、先ほどよりもさらに深く深く頭を下げたのだった。




-----




「――と、いうわけさ」


 悪魔狩り"御門"は全国に数か所の支部を持っている。

 その中でも総本部に次ぐ、いわば副本部とでもいうべき支部が、光刃たちのいる本部から西に数百キロ、人のまったく寄り付かないような山中にあった。


 主に地方の各支部をまとめる役目を担うこの副本部"見崎みさき"を統括するのは、現在の組織のナンバー3、光刃を影でサポートする存在としてその役職名を与えられた"影刃えいは"である。


 そして影刃は今、見崎の建物を出て鳥居をくぐり、本部と同じような長い階段を下りたところの大きな石の上に腰を下ろしていた。


 片足を地面に下ろし、もう片方の足はあぐらをかくように石の上に置いて、両手をボロっちい作務衣の長い袖の中に入れたまま、あごを上げ、目の前に立つ少年の顔を見上げている。


「楓。それで紫喉の反応はどうだった?」

「さぁな。取り巻き連中は相当頭に来てたらしいが」


 影刃の質問にそう答え、楓は愉快そうに喉の奥で笑った。


「連絡は行ってるはずなのに本人の耳には入っていない。どうやったのかは知らんが、排除派の取り巻き全員にそんな状況を作ったんだとさ。身内の恥をさらすようで、聞いてなかったから無効だとは言えなかったらしい。……青刃のやつがまた悪知恵をめぐらせたんだろうが」


 影刃は小さくため息をついて、


「お歳を召された方々は余計な情報が耳に入ってくるのを嫌う方が多くてなぁ。組織の一員としてはその空気に危機感を覚えなくもないが。ま、青刃のやつもなかなかやるようになったということか」

「そのずる賢さ、お前譲りじゃないのか?」


 楓がそう言うと、影刃の頬の皺が深くなる。


「あの軟派者に譲ってやれる物なんぞひとつもないわ。しかし、これで紫喉もあのふたりには簡単には手を出せまい。光刃様にとっても、まあ頼りになるかどうかはわからんが仲間が増えることは良いことだ」

「良かったのか?」

「なにがだ?」

「優希と雪のことさ。お前の望みに反して、もう半身ほどこっち側に浸かっちまってるようだが」

「……仕方なかろう。本人があれだけ突っ込みたがっているのでは、他人がどう言ったところで止められるものではない」


 私はとっくに諦めてるよ、と、影刃は笑った。


「それに――な」

「……なんだ?」


 影刃は視線を上げ、遠くを見つめていた。

 夕暮れにカラスの鳴き声が響く。


「先代の光刃様やお前の父が死んだあの事件から2年半になる。紫喉は犯人をあぶり出そうと必死になっているが、まだ成果は得られていない。……そろそろ、なにかあるのではないかと思ってな」


 楓が目を細める。


「今度は沙夜のヤツが狙われるってことか?」

「連中の狙いが光刃様――いや、御門にあるあの巨大な"ゲート"であるならば、必ずな。そういう意味でも戦力は多いほうがいい」


 あのふたりとてまったく無関係ではないしな、と、影刃は不本意そうにつぶやいてため息をついたのだった。


 ……そんな彼の悪い予感を裏付けるかのように。


 優希たちの住む町に、彼らを過酷な戦いへと引きずり込む"4つの影"が迫りつつあった――。


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