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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第8章 進むべき道
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1年目3月「開戦」


「……不知火さん!」


 神村さんの合図に、俺は即座に悪魔の力を解放した。

 腹の辺りに渦巻いていた熱が全身を駆け回り、髪が一瞬にして真紅に染まる。


 全力で玄関のドアを思いっきり蹴り飛ばすと、古くなっていた錠はいともたやすく弾け飛んだ。


 視界に入ったのは、生活の色を完全に失った薄暗い玄関。


 2階に続く階段の下には、ひとりの老人があお向けに倒れている。

 首がおかしな角度に曲がっていて、ひと目で息をしていないのがわかった。


「っ……」


 一瞬こみ上げた吐き気が、煮えたぎる怒りに変わる。


(神村さんは……)


 左右を見回すと、リビングに続く曇りガラスの向こうにまばゆい閃光のほとばしりが見えた。

 迷わず突入する。


 ……いた。

 右ななめ前方、おそらくは裏口に続いている台所の入り口付近に、神村さんが光り輝く刀を構えて立っていた。


 そして正面。

 リビングの中央辺りには、悪魔の証である大きく尖った耳を持つ金髪の男がいた。


 歳はおそらく20歳前後。

 その目は――


(やっぱ血の暴走か……!)


「ぅ……ぅぅ……」


 意味のないうめき声をあげて、暴走妖魔がギョロッとした目をこちらに向けてくる。

 うつろな目は明らかに正気の色を失っていた。


 少し迷う。

 敵の出方を見るか。

 こちらから仕掛けるべきか。


 ……いや、待つ理由はない。


 すぐに結論を出すと、俺は右手に力を集めた。

 そこに野球ボールサイズの炎の塊が生まれる。


 まずは先制攻撃。

 遠距離で使う技としては敵に到達する速度がもっとも速い、文字通りの“炎の直球(ヒノタマストレート)”だ。


(くらえ……っ!)


 小細工はない。

 心の中で引き金を絞ると、ドンという音と強烈な反動があって火球が一直線に飛び出していった。


 時速200km近い速度の炎の剛球。

 それはたやすく暴走妖魔の体を捕らえ――なかった。


「な……っ!?」


 暴走妖魔は考えられないような反応速度で横に飛び、その軌道から姿を消していたのだ。

 標的を失った火球が背後のタンスを破壊する。


(速い! しかも……)


 ギラリ、と、金色の瞳が俺の体をとらえる。

 背筋にゾクリと悪寒が走った。


 身にまとう魔力の大きさ。

 その雰囲気。


 今まで相手にしてきた暴走悪魔とは明らかに違っている。


 そうして俺が次の手を考えているうちに、敵の足がバネのように収縮した。

 床がきしむ。


(……まずい!)


 標的はもちろん俺だ。

 意識を防御に回す。


 ――速い。


 約6メートルほどの距離は100分の数秒でほぼゼロになった。


(受けられるか……!?)


 凶器らしきものは持っていない。

 こぶしか。それとも蹴りか。


 しかし、そんな敵の攻撃に俺が対応するよりも速く。


 100分の1秒の世界に"光"が侵入してきた。


「神村さん!」


 俺との距離を詰めた暴走妖魔の側面に、神村さんがピッタリと張り付いていた。

 その勢いのまま、刀をななめ下から斬り上げる。


「!」


 鈍い音。

 暴走妖魔は俺の眼前で足を止め、闇の魔力に覆われた左手で神村さんの攻撃を受け止めた。


 ふっ、という短い呼吸音。

 神村さんが続けて斬撃を繰り出す。


 暴走妖魔が下がる。

 神村さんが踏み込む。


 薙ぎ、体をさばき、振り下ろす。


 宙に躍る光のエフェクト。

 光と闇の魔力が相殺しあい、いくつもの破裂音を残していく。


 しかし――


 ニィ、と、暴走妖魔の口元が残虐な笑みを浮かべた。

 それを見た神村さんが唇を固く結ぶ。


(……予想以上に厄介な相手、ってことか)


 神村さんの表情は、そんな彼女の心情を表していたように見えた。


 俺はこの立ち合いで勝負が決することはないだろうと察し、再び“炎の直球(ヒノタマストレート)”を、今度は両手に準備した。


 戦いは一見、神村さんが一方的に攻撃しているようにも見える。

 ただ、実際には有効打はまだひとつもなく、そして俺の耳は次第に荒くなってくる神村さんの呼吸音をとらえていた。


 そろそろか、と、そう思った瞬間。


「……神村さん、危ねえッ!」

「!」


 暴走妖魔がいきなり反撃に転じ、不意をつかれた神村さんが体勢を崩した。

 絶妙なタイミングだった。


 接近戦での立ち合いの技術はおそらく神村さんが上だったのだろう。

 だが、暴走妖魔は彼我の持久力の差を敏感に察していて、それが技術の差を埋める時、つまり神村さんのスタミナが切れかける瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。


 暴走しても失われていない、いや、あるいは本能が前面に出ることによって戦闘勘がより研ぎ澄まされていたのか。


 体勢を崩しながらも神村さんが引く。

 暴走妖魔が追う。


 俺は迷うことなく右手の“炎の直球(ヒノタマストレート)”を放った。

 が、間に合わない。


 暴走妖魔の左手が神村さんの刀を振り払い、右こぶしがその脇腹に吸い込まれる――。


「っ――!」


 うめき声。

 まるで車にはね飛ばされたかのように神村さんの体は軽々と宙を舞い、ふすまを突き破って隣の和室まで吹っ飛んでいった。


「神村さんッ! ……てめぇッ!!」


 俺の放った火球は避けられていた。

 いや、厳密には"当たりには行かなかった"という表現が正しいだろう。


 俺は援護が間に合わないと悟り、神村さんへの追撃を阻止するため、攻撃目標を暴走妖魔の体からその移動ルート上、つまり敵の眼前へと瞬時に変更していたのだ。


 暴走妖魔は神村さんを追撃せず、足を止めていた。

 だから当たらなかったのである。


 追撃する気が最初からなかったのか、あるいは俺の攻撃に気づいて止まったのか、それはわからない。

 いずれにしても。


(……落ち着け。ここで対応を誤ったら確実に全滅だ)


 熱くなりそうな頭を必死に冷やす。


 神村さんの状態を確認したい。

 目の前の敵をぶっ飛ばしたい。


 それらの欲求をすべて押しとどめて考えた。


(……強い。どうする?)


 闇雲に食って掛かっても、まともに敵う相手でないことは確かだ。


 隣室で人の動く気配がした。

 ピクリと暴走妖魔が反応したのを見て、牽制のためにその鼻先向けて左手の火球を放つ。


 暴走妖魔は軽く後ろに飛び、もちろん火球は命中することなく壁時計を破壊した。


「……神村さん、無事か?」

「平気です」


 隣室から神村さんが姿を現す。


「……そうか」


 まずいな――と、思った。


 暴走妖魔から目を離せないので正確な状態を確認できるわけじゃないが、声と呼吸音にかなり苦痛の色が混じっている。

 無視できないダメージを身体のどこかに負ったのだろう。


 ……いや。

 あの勢いで飛ばされてそれだけで済んでいるのはむしろ幸運というべきか。

 普通の人間なら内臓破裂に全身骨折でもおかしくはない。


 だが、いずれにせよ。

 こうなると、サポートに徹するなんて悠長なことは言っていられなかった。


(やれるか……?)


 今日の俺の調子だと、放出系の攻撃ではあの強い闇の魔力に相殺されるのがオチだろう。


(……やるしかねぇよな)


 とすれば。

 ここはもう直接叩き込む近接攻撃しかない。


 右こぶしに力を込める。

 腹から生まれた熱が全身を駆け回り、やがて右のこぶしに収束した。


 "太陽の拳(フレアナックル)"。


 肉体の力と炎の魔力の相乗効果。

 今日の俺が繰り出せるものとしてはおそらく最高威力の技だ。


 小太陽と化した俺のこぶしを見て、暴走妖魔がうなり声を上げる。


 だが、神村さんがそんな俺の横に並んで肩に手を置いた。


「……ダメです。不知火さんはサポートに徹してください」

「おい、無茶言うなよ。その体で」


 止めようとすると、神村さんは正面の暴走妖魔を見つめたまま言った。


「無茶なのはあなたのほうです。確かにあの暴走妖魔の魔力は強大ですが、問題はそれよりもあの反応と動きの俊敏さです。……おそらくは人間の時点でなんらかの格闘術を修めていたのでしょう。それが悪魔の身体能力を得たことでうまく昇華されてしまっている。なんの技術も持たないあなたが接近すれば、ものの数秒で殺されてしまいます」

「……」


 人間の時点で修めたなんらかの格闘術。

 それがさっき神村さんが表情に見せた“予想以上”の正体というわけだ。


 確かに神村さんの言うとおり、俺は瑞希のように格闘技を習っているわけじゃない。

 昔のさまざまな悪行のせいでケンカはそこそこできるほうだと思うが、悪魔の力を使わずにプロボクサーに勝てるわけでもない。


 そしてこの場では、悪魔の身体能力の優位性も失われていた。

 炎の魔力も、今日の調子では敵を倒す切り札とはならない。


 神村さんはそのすべてをわかった上で、俺には任せられないと判断したのだろう。


「私がやります」


 神村さんがさらに一歩、前に出る。

 俺の"太陽の拳(フレアナックル)"に向いていた暴走妖魔の注意が彼女に向けられた。


「私がやるっつったって……」


 最初より状況は悪化している。


「平気です」


 平気なはずがない。


 ……どうするべきか。


 協力して接近戦を挑むには、俺と神村さんは共闘経験が少なすぎた。

 即興で息を合わせて戦う自信はないし、逆に俺の存在が神村さんの技を鈍らせることにもなりかねない。


 しかし俺が単独で仕掛ければ、神村さんいわく秒殺だそうだ。

 かといって神村さんに任せても、結果はおそらく先ほどの二の舞、いや、おそらくはそれよりも悪い結末だろう。


 思わず舌打ちしてしまう。


(せめて今日の調子がこんなに悪くなければ……)


 遠距離で援護するにしても、今日の俺の力は弱すぎるのだ。

 先ほど放った“炎の直球(ヒノタマストレート)”だって、あの暴走妖魔の力ならガードするまでもなく、身にまとった闇の魔力だけで打ち消してしまうに違いない。


(……ん?)


 そこでふと。

 俺は違和感に襲われ、神村さんの持つ刀に目を向けた。


 光り輝く神秘的な刀。

 見た目にも物理的な質感はなく、すべてが光の魔力で形成されたものなのだろう。


 強い力だ。

 今日の俺の炎など及びもつかない。


 視線を左右に動かした。


 壊れたタンス。

 焦げ跡のついた壁。

 砕け散った壁時計。


(……もしかして)


 その可能性に思い至る。

 試してみる価値はあるな、と思い、俺は右手に宿した"太陽の拳(フレアナックル)"を解除した。


 ピクリ、と、暴走妖魔が反応する。

 それを視界の端にとらえながら、俺は再び全身に魔力をめぐらせた。


 脳裏に浮かべるのは、夏の夜空に弾け飛ぶ花火のイメージ。

 全身を巡った熱が、両手10本の指先に分散していく。


「不知火さん……?」


 神村さんが怪訝そうな声を出したのも当然だった。

 俺の指先に宿った炎は、先ほど放った火球の10分の1にも満たない微々たるものだったのだから。


 だが、それでいいのだ。

 これは攻撃ではない。


 "花火"だ。


 ぐっ……と、こぶしをにぎり締め、両腕を交差させる。


「いけッ! "爆裂花火(サマーナイトボム)"ッ!」


 振り払うように両腕を広げると、シュルルルルという音を立てながら、10本の花火が変則的な軌道で飛んでいく。


「!」


 暴走妖魔はすぐに反応し、後ろに飛んだ。


 パン! パン!


 "爆裂花火(サマーナイトボム)"はその名のとおり小さな花火のように破裂し、周囲にいくつもの火花を咲かせて飛び散っていく。


 暴走妖魔は超人的な反応速度で、それらをことごとく避けていった。

 妖魔族の高い身体能力ゆえか、それとも神村さんの言う、人間の時点で修めたという格闘術の恩恵なのか。


 しかし――


 すべての"爆裂花火(サマーナイトボム)"を避け切った暴走妖魔は、金色の瞳を怒りに染めて俺をにらみつけてきた。


 ……この反応。

 どうやら間違いなさそうだ。


「……不知火さん。まさか」


 神村さんも気づいたらしい。


「ああ。たぶんな」


 と、うなずいてみせる。


 俺の攻撃に対する暴走妖魔の反応は明らかに不自然だった。

 さっきも言ったが、"炎の直球(ヒノタマストレート)"にせよ"爆裂花火(サマーナイトボム)"にせよ、秘めた力は神村さんの光の刀にははるかに劣っている。


 にもかかわらず。

 この暴走妖魔は神村さんの刀を素手で受け止めておきながら、俺の攻撃はことごとく相殺しようともせずにすべて避けていたのだ。


 つまり――


(……理由はわからんけど、こいつは火を怖がってる)


 ピタリ、と、神村さんの体が俺の隣に密着した。


「……仕掛けます。私と妖魔が打ち合いになったら今の攻撃をお願いします」


 ささやく声で、神村さんがそう言った。

 さすがに決断が早い。


「打ち合いになってからか? けど、それじゃ神村さんも巻き込むぞ?」

「私の体はこの刀の加護を受けています。あの程度の攻撃なら巻き込まれても問題はありません。それよりも」

「敵の気をそらす効果のほうがはるかにデカイ、か」

「はい。あの妖魔が火を怖がる理由はわかりませんが、中途半端に追い詰めると克服してしまう可能性もあります。……次で確実に決めます」


 神村さんの手の中で、刀が輝きを増す。


 荒く乱れた呼吸。神村さんのダメージはかなり大きそうだ。

 暴走妖魔が火を克服するかどうか以前に、彼女の状態的にもこれが最後のチャンスだろう。


「わかった」


 悠長なことは言っていられない。

 俺は再び両手に10本の"爆裂花火(サマーナイトボム)"を準備した。


「行きます」


 神村さんが床を蹴る。


(……!)


 その後ろ姿にハッとする。

 今まで見えなかった彼女の背中は血で真っ赤に染まっていた。


 ドクン、と、心臓が大きな鼓動を鳴らす。


 ……しくじるわけにはいかない。


 下手に力を込めすぎないよう、さっきと同じ量に魔力を調整した。


 前後左右。

 暴走妖魔の意識を最大限にそらすよう、方向、時間差、10本の花火の軌道を頭の中に思い描く。


 ふっ、という短い呼吸音が聞こえて、神村さんの刀が振り下ろされた。

 余裕の笑みでそれを受け止める暴走妖魔。


 直後に放つ。

 リビングいっぱいに広がった"爆裂花火(サマーナイトボム)"。


 その効果は想像以上だった。


「ぁぁ――ッ!?」


 神村さんの刀を受け止めた暴走妖魔の耳元で"爆裂花火(サマーナイトボム)"が炸裂すると、その口から尋常ではない叫び声が上がった。


 続けて炸裂する。

 左右で3発ずつ、頭上でも2発。


「ぁぁぁぁぁッ!!」


 ダメージ自体はまったく通っていない。

 だが、先ほどまで浮かべていた余裕の表情が消え失せていた。


 神村さんはその好機を逃さない。


「ふ……ッ!」


 短く、鋭い呼吸音。

 火の粉は神村さんの体にも降り注いでいたが、言葉どおり彼女はまるで怯むことなく、それどころかさらに鋭さを増した斬撃を繰り出していく。


 やがて、その一撃が暴走妖魔の右肩をとらえた。


「がぁっ!」


 暴走妖魔の体を包んでいた闇の魔力が弾けるように四散する。


 直後。


 パン、パンッ!


 時間差で足もとに飛んでいた"爆裂花火(サマーナイトボム)"が炸裂し、右肩を押さえた暴走妖魔はそれを嫌って後ろに飛んだ。


 だが。


「神村さんッ!」


 その動きを完璧に読んでいたのか、神村さんは暴走妖魔とほぼ同時、同じ速度で同じ方向に飛んでいた。

 神村さんにとって絶好の間合いのまま――。


 刀がさらなる輝きを放つ。

 追い立てられて飛んだ暴走妖魔は迎撃の体勢にはない。


「浄化します」


 刀の軌跡が複数の弧を描いた。


 左肩。

 右足、左足。


 目にも留まらぬ速さで3つ、まるで四肢を切断するかのように打ち込む。

 暴走妖魔の体からは血が吹き出ることもなく、一見なにごとも起きていないように見えたが、


「がぁぁぁぁぁ――!!」


 暴走妖魔は花火が炸裂したとき以上の悲鳴を上げていた。


 おそらくは物理的な攻撃ではないのだろう。

 ただ、暴走妖魔の体を包んでいた強大な闇の魔力が、その太刀を受けるごとに小さくしぼんでいくのがわかる。


 あとひと押し。

 斬り下ろした神村さんの刃が返る。


 返した刃が狙ったのは、人体の急所中の急所。

 首だ。


(いける……!)


 そして大きく回りこむように飛んでいた最後の"爆裂花火(サマーナイトボム)"が、飛びのいた暴走妖魔のさらに後ろで破裂した。


 それは暴走妖魔の逃走を防ぐために放った保険の1発。


 ……が、しかし。


 その瞬間、敵は予想外の行動に出た。


「……ッ!?」


 飛びのいた足が床につくなり、暴走妖魔は背後で炸裂した"爆裂花火(サマーナイトボム)"から逃げるように、逆方向――つまりは正面、神村さんのほうに向かって急突進したのだ。


 神村さんの攻撃はすでに放たれている。

 自殺行為だ。


 だが――


「く……ッ!」


 暴走妖魔の突進の速さは常識を超えていた。

 急に距離が詰まったせいで、斬り上げた神村さんの刀は首に届かず、その左脇腹辺りに命中する。


「がぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」


 苦痛の叫び。

 だが、暴走妖魔はそれも意に介さず、錯乱した様子でそのまま神村さんに体当たりしていった。


「……ッ!」


 受けていたダメージのせいだろうか。

 神村さんの体はまったく踏ん張りが利かず、横に弾き飛ばされてそのまま床に倒れこむ。


「神村さんッ!」


 俺は用意していた次の"爆裂花火(サマーナイトボム)"を放つ準備をした。

 それはもちろん、暴走妖魔による神村さんへの追撃を防ぐための牽制のつもりだった。


 が、しかし。


「……!?」


 暴走妖魔はすぐ近くで倒れこんだ神村さんには目も向けず、正面に向かって突進したのだ。

 つまりは、俺のほうへ。


 憤怒の瞳。

 体に斬り付けた神村さんより、花火を撒き散らした俺のほうが憎いということか。


 予想外の行動だった。


「ちぃ……!」


 俺はバックステップを踏みながら、用意した10本の"爆裂花火(サマーナイトボム)"を放つ。


 しかし。


「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」

「っ……こいつ!」


 止まらない。

 暴走妖魔はまるでマタドールに突進する闘牛のように、炸裂する花火に悲鳴を上げながら一直線に突っ込んできた。


 一瞬の思考停止。


「不知火さん! 逃げてッ!!」


 聞いたこともない、悲鳴のような神村さんの声が聞こえた。


(逃げるったって……!)


 後ろは壁。

 神村さんの攻撃を受けて多少鈍っているとはいえ、突進してくる暴走妖魔の動きは速く、とても逃げられるような距離じゃない。


『数秒で殺される』


 そんな神村さんの言葉が頭を過ぎり、悪寒が背筋を駆け抜けた。


「……ままよッ!」


 腹をくくる。

 もう迎え撃つしかない。


 神村さんが背後から加勢してくれるまで、おそらくは数秒。

 その数秒を生き延びればいいだけだ。


 俺はその場で戦闘態勢を取り、右手に"太陽の拳(フレアナックル)"を宿した。


 ……瞳孔の開ききった金色の瞳。

 ……飲み込まれそうなほど強大な闇色の魔力。


 時間の流れが急に遅くなったように思えた。

 コンマ数秒が、まるで数分のようにも感じられる。


(数秒って、何時間だっけ……)


 頭の奥では、冷静なようでちっとも冷静じゃない自分が意味不明なことを考えていた。


「不知火さん――ッ!」


 立ち上がって追ってくる神村さん。

 殺意の瞳で闇の力に包まれたこぶしを伸ばしてくる暴走妖魔。


 全身を巡る戦慄。

 さらに遅くなる時間の流れ。


(あ、やべ……俺、死んだかも)


 俺がそれを覚悟した、その瞬間――。


 ……世界が変わった。


「え……?」


 まるで故障したテレビのように。

 辺りの景色が、モノクロに染まっていた。


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