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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第8章 進むべき道
61/239

1年目3月「同調」


-----


 ――またこの夢か。


 これでいったい何度目になるだろうか。


 薄暗い部屋。

 ひんやりとした空気。

 揺れるカーテン。


 同じ服の詰まったクローゼット。

 そこには今日も"ひとつ分"の空きがある。


 ――ああ、面倒くさい。


 そう思いながらも俺は、その隙間に新しい服を詰め込んでいく。

 ぎゅうぎゅうになって、夢の中の俺はようやく満足した。


 さあ、窓を閉めて寝よう。


 腹が減った。

 時間は4時42分。

 いつもどおりだ。


 窓を閉めて。

 部屋を出る。


 と。

 マンションの呼び鈴が鳴って。


 俺は、覚醒した――。




-----




「っ……!」


 4度目の"同調"が途切れる。


「不知火さん、汗が……」


 タオルを差し出そうとした神村さんを手で制し、俺は詰めていた息をゆっくりと深く吐き出した。


 時計を見る。

 午前5時17分。


 途中で1~2分ほどのインターバルを挟んでいたとはいえ、1時間近い能力の連続開放はかなりの負担だった。


 が、どうやらその甲斐はあったようだ。


「神村さん、地図を取ってくれ」


 タオルの代わりに差し出された地図を受け取り、テーブルの上に広げて視線を落とした。

 そして、覚醒した後の犯人が見ていた景色を慎重に思い出す。


 朝もやの中に薄っすらと浮かんだデパートの看板には見覚えがあった。

 いつも雪が買い物に行くこの町唯一のデパートだ。


 つまり犯人は殺人事件のあった隣町ではなくこっちの町、しかも俺が今いる神村さんの家――神社からそう遠くない場所にいる。


 さらに記憶を掘り起こす。


 かすかに顔をのぞかせた朝日が左手から差し込んでいたところを見ると、窓の向きは南あるいは南東。

 デパートの看板が目線より下に見えていたところから、部屋があるのは5~6階ぐらいか。おそらくは一軒家ではなくアパートかマンションだろう。


 看板までの距離を考慮し、地図上の可能性のありそうな場所に赤ペンで印をつけていく。


 その作業がひとしきり終わった後、


「これで……ええっと、君。名前なんだっけ」


 と、俺はその場にいたもうひとりの少女に声をかけた。


「あれ、自己紹介まだでしたっけ」


 俺よりもひとつかふたつぐらい年下に見えるその少女は、容姿、態度ともに神村さんとはまったく似ておらず、コスプレなのかなんなのか、まるで時代劇に出てくる女忍者のような格好をしていた。


「沙夜姉様の妹の美矩みのりです。今後ともヨロシクー」

「……」


 言いたいことは色々あったが、残念ながら今はそれに突っ込んでいる状況でもない。


「ああ、美矩だったっけ。それで――」

「ちなみに職業は隠密です。将来の夢は歌って踊れるアイドル忍者になることでぇす!」

「聞いてねーし! 今はそういうノリ求めてねぇんだよ!」


 結局突っ込むハメになってしまった。


 美矩は口を尖らせて、


「む、意外と堅い人なんですね、優希兄様は。わざわざ着替えたのにちっとも反応してくれないし……まぁいいです。さぁどうぞ、なんなりとお尋ねください」


 ちょっと投げやりだった。


 神村さんの反応を見るといつもと変わったところはない。

 ということは、これが普段のテンションなのだろうか。


 俺は気を取り直して、美矩のほうに地図を向ける。


「この印をつけた範囲で5階以上ある建物、わかるか?」

「5階以上でいいんですか?」

「窓から見えたデパートの屋上の看板が目線より下に見えていたんだ。だからそのぐらいの高さはある」


 俺がそう言うと、美矩はチラッと地図を見て、


「ヒノキの木は見えませんでした?」

「ヒノキ?」


 俺は記憶を掘り起こして、


「……そういや、看板にかぶるように細長い木の影が見えてた気がするな」

「じゃあたぶん2階か3階です。この――」


 美矩は地図の上、俺がつけた赤い印の辺りに青いマーカーで色を塗った。


「このエリアには最近になってヒノキが大量に植樹されています。高さは2階半ぐらいのはずです。この辺りは少し小高くなったところに建っている家も多いので、ヒノキが見えてデパートの看板が下に見えたってことは建物が高いんじゃなくて地面が高いんです。で、優希兄様が印をつけたこの範囲でヒノキの木がデパートの看板に被るように見える建物というと――」


 と、俺が赤でつけた印に次々とバツを書き込んでいく。


「おそらくはここか、ここ。あるいはここ。いずれもマンションではなく一軒家ですね」

「一軒家ですか」


 神村さんのつぶやきに、俺は嫌なものを感じた。


「美矩。そこに人が住んでいるかどうかってのはわかるか?」

「直近の状況はわかりませんけど、無人ではなかったと思いますよ。もし犯人が潜伏先として一軒家を占拠したのだとすると、多少でも頭を働かせたのならここですね」


 と、地図上の1か所を指さす。


「他の2軒は子どものいる家で、学校を休めばすぐ不審に思われます。ただ、この家は確か老夫婦が住んでいるだけで、数日姿を見せなくても騒ぎになりにくいです。当面の潜伏先としてはベストかと」

「……そうか」


 うなずいて、俺はひとまず嫌な想像を振り払った。

 そこが犯人の実家で、ただ逃げ込んだだけという可能性もないわけじゃない。


 神村さんが立ち上がって、


「いずれにしても当たってみましょう。不知火さん、ありがとうございました」

「すぐ行くのか?」

「はい。不知火さんの能力を信用しないわけではありませんが、それでもその人物が件の妖魔であると確定したわけではありません。時間は有限ですから」


 どうやら急いでいる。

 それが彼女のいつものスタンスなのか、それとも楓の命がかかっているからなのか。


 しかし――


(……今日は1割ちょいってとこだな)


 右手に軽く炎を灯して軽く舌打ちする。

 今日の調子は極端に悪いというわけではないが、決して良いほうでもない。


 俺は立ち上がった神村さんを見上げて、


「神村さん。その敵が仮に例の妖魔だったとして、俺たちだけで勝てる相手か?」


 妖魔の力というと、俺の中には昨年見せられた楓の力のイメージが強く焼きついている。


 あのとき楓にたやすくかき消された俺の炎は、今日の俺の軽く4倍はあったはずだ。

 もし相手が楓並みの力の持ち主だとすれば、俺はあまり役に立てないかもしれない。


 と、そう思ったがゆえの質問だったが、


「純血であれ暴走であれ、妖魔族はすべて手強い相手となります。ただ、不知火さんが楓さんのことをイメージしているのであれば、そこまでのものではないでしょう」


 楓さんはその中でも特別です、と、そう言いながら神村さんは袖を縛っていく。


 彼女が着ているのはいつもの巫女服と似たデザインだったが、赤ではなく黒がベースとなっていて、特に袴の部分はかなり動きやすそうな作りになっていた。


 そういえばいつだったか、緑刃さんも同じものを着ていた気がする。

 とすると、これは女性の悪魔狩りの仕事着なのだろう。


「不知火さんはどうしますか?」

「え? どうってのは?」


 問いかけの意味がわからずに聞き返すと、


「今回の行動は私の独断で、組織のバックアップはありません。手に余る相手だった場合、死の危険があります」


 死の危険。

 つまり同行を強要するつもりはない、ということだろう。


 俺はため息をついて、


「バカ言うなっての」


 立ち上がり、怪訝そうな神村さんを正面から見下ろす。

 こうして近くで見ると、彼女は思った以上に小柄で華奢だった。


「その覚悟はとっくに済んでるっての。じゃなきゃ最初から協力したり、ボランティアで悪魔退治やったりしてねーって」


 背の低い神村さんは少し上目づかいに俺を見つめて、


「今回の敵は、不知火さんがこれまで接してきた中でもっとも危険な相手の可能性もあります」

「だったら神村さんにとっても危険ってことだろ? なおさらひとりじゃ行かせらんねぇよ」


 おー、という感心したような声を上げたのは美矩だ。

 少々茶化すような色が含まれてはいたものの、好意的な反応だった。


「わかりました」


 神村さんは小さくうなずき、美矩へ視線を向ける。


「美矩さんは戦闘になったら結界の維持に努めてください。住宅地なので強い結界が必要になります」

「はい、準備はできてます。……でも、沙夜姉様。本当にこのメンバーで大丈夫ですか? もうひとりぐらい手伝いが必要じゃないです?」

「心当たりでもあるのか?」


 味方は多ければ多いに越したことはない。

 ただ、美矩はあっけらかんと、


「私はないです。そりゃ、この情報を組織に流していいなら集められるかもしれませんけど、いやーな連中に先を越されて取り返しのつかないことにもなりかねませんし」

「……お前な」


 だったら言わないで欲しいものだ。


 ……と。

 そう続けようとしたのだが。


「でも、優希兄様にはもしかしてあるんじゃないですか? 心当たり」

「……」


 雪のことを言っているのだろうか。


 確かにあいつの力は戦力にはなるだろう。

 ただ。


「いや……ないな」


 俺が言えば間違いなくついてはくるだろう。

 言わなくても、首を突っ込んでいることを知ればついて来たがるに違いない。


 ただ、いまさらだがあいつはもともと戦いに向いてない性格だ。

 自分の強い意志で参加していた暴走悪魔の退治はともかく、俺が勝手に首を突っ込んだこの件に巻き込みたくはない。


「そうですか。じゃあこのメンバーで行くしかなさそうですねぇ」


 美矩はしつこくは言ってこなかった。

 神村さんが言う。


「美矩さん、車の手配をお願いします。近くまではそれで移動します」

「りょーかいです!」

「それと不知火さん。戦闘になったときは私が前に出ます。不知火さんはサポートをメインにお願いします」

「ああ、わかった」


 準備のために美矩が部屋を出て行き、すぐに戻ってくる。


 外に出ると軽自動車が止まっていた。

 どうやって下におりるのだろうかと思ってしまったが、神社の横手には目立たない自動車専用の林道があるのだという。


 神村さんは助手席へ。俺は後部座席、運転席には美矩が座った。

 明らかに未成年なのに免許とかどうなっているのだろうかと思ったが、まあ深く考えても仕方ない。


 そうして自動車に揺られること十数分。

 目的地付近に到着したころ、朝日はその姿を半分以上現していた。


(あの家か……)


 2階建て、築年数は少なく見積もっても30年は経っているだろう。かなり広い庭には家庭菜園があり、大きな木が――梅の木だろうか、白い花をまばらに咲かせている。

 庭と家の中をつなぐ大きなガラス戸の向こうは、厚めの茶色いカーテンが引かれていて中の様子はまったくわからなかった。


 2階部分はあとから増築したのだろうか。

 壁の色が違っていて、そこだけ少し新しく見える。


 振り返ってみると、少し小高いその場所からは町が大きく見渡せた。

 眼前にはヒノキの木と、その奥にデパートの看板。


 再び家のほうへ視線を戻す。

 2階の窓を見ると、カーテンが開いていた。


 ……間違いない。

 同調している最中に見たのは、あの窓からの景色だ。


(……それにしても)


 時間は6時の少し前。

 多くの人々が目覚め、1日が始まろうとする時間。


 しかし、その時間になってもその家の中では人の動く気配がまったくなかった。


 目配せすると、神村さんは静かにうなずく。


「2階に人の気配はありません。外に出ていないのであれば、おそらくは1階に下りてきているはずです」

「どうするんだ?」


 そう尋ねると、神村さんは後ろにいた美矩に目配せする。

 美矩はうなずいて、辺りの様子をうかがうように周囲に視線を向けた。


 神村さんはこちらに向きなおって、


「美矩さんが結界を張ったら、不知火さんは正面から呼び鈴を鳴らしてください。素直に出てくることはないと思いますが、念のため警戒をお願いします。相手がそれに気を取られている隙に、私が裏口から中に侵入します。敵を確認したら不知火さんをお呼びしますので、どのような方法でも構いません。中に突入してください」

「了解。気をつけることは?」

「音と光を完全遮断する結界を敷地一杯に張ります。外目には結界を張った時点での風景がそのまま映り続けますので、戦い方について遠慮をする必要はありません。ただ、外へ出ようとする者を閉じ込める力はありませんので、戦闘になったらとにかく逃げられることのないように、それだけ注意してください」

「わかった」


 チチチ、というスズメの鳴き声。

 目の前の道路を自動車が走り抜けていく。

 ゴミ出しで朝の挨拶を交わす主婦たち。


 そんな日常がひどく遠い世界のできごとに思えてしまう、緊張感。


 太陽の下で戦闘を行うのは、いつぞやの間抜けな幻魔を除けばこれが初めてだったかもしれない。

 今まではずっと夜の闇の中、日常の風景が見えにくい中でやってきたのだ。


 しかし、今回は違う。

 結界を挟むとはいえ、隣の家ではトーストとベーコンエッグの朝食が並んでいる。

 そんな状況の中で命をかけて戦うのだ。


 もちろん、いまさらためらいがあるわけじゃない。

 ただ、やはり今までと同じではない。なにかが変わるのだという感覚はあった。


「不知火さん?」

「いや。……いつでもいいぜ」


 神村さんはきっとそんなことは考えていないだろう。

 きっと、ずっと前からこんなことをやってきたのだろうから。


「では。美矩さん」

「はいはーい」


 相変わらずの軽い調子で美矩が家に近づいていく。


 無造作。

 もちろん普段着に着替えてきた美矩は日常の風景の中に溶け込んだまま、家の塀の要所要所に赤いチョークのようなものでなにかを書き込んでいった。


 神村さんが言う。


「あの赤い印が一瞬輝いたら、それが結界の発動した証です。不知火さんはゆっくりと正面玄関に向かってください。私はこのまま裏に回ります。結界が発動したらどのタイミングでも構いませんから呼び鈴を鳴らしてください」

「わかった」

「お気をつけて」


 足音も立てずに神村さんが俺のそばから離れていく。


(……6時、か。7時すぎには家に戻らねーとな)


 誰かが俺を起こすため、無人の部屋にやってきてしまう。

 俺は今日もこのあと学校があるのだ。


(……行くか)


 少しだけ決意を固めるのに時間を要して。

 そして俺はゆっくりと物陰から身を乗り出した。


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