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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 悪魔と双子の兄妹
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1年目4月「おととしの冬」

 我が家の隣は現在空き地となっている。


 現在というからには空き地ではなかった時期があるということだが、それはそんなに遠い昔のことじゃない。


 今から1年半前。

 俺たちが中学2年の11月まで、そこには家があって人が住んでいたのだ。


 30代の夫婦に小学生と幼稚園児の4人家族。

 父親は公務員、母親は2日に1回ぐらいのパートをしていると聞いた。


 2人の男児は妹の雪によく懐いていたが、健哉という名の小学3年生の上の子供は、俺の姿を見ると何も言わずに蹴りを入れてくる生意気なやつだった。


 もちろん俺はそのたびに制裁を加えてやったのだが――


 …………


 明晰夢というらしい。

 俺が今見ている、この夢のことだ。


 つまり自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。

 何度か見たことがあったので、何の夢かはすぐにわかった。


 夢の中の俺たちは中学2年生。

 風が急激に冷たさを増した11月、夕方からは小粒の雪がチラチラと降り始めていたころ。


 パチ――という、あの奇妙な耳鳴りが初めて聞こえた日の記憶だった。


『積もると思うか?』


 夢の中の俺は台所で洗い物をする雪にそう問いかけていた。


『うん』


 台所からそう答えた雪は、やはり今より少し幼い。


『かまくらは作れないけど、小さな雪だるまぐらいなら作れるかな?』

『いや、聞いてない』


 雪は不思議そうな顔をした。


『え? 作らないの? 雪だるま』

『作るのが当たり前のように言われても困るが……お前は作るのか?』

『うーん』


 少し首を傾けて考える仕草をする。


『ユウちゃんがどうしてもって言うなら』

『言ってないし、言うつもりもない。……終わったぞ』


 テーブルを拭き終わって、ふきんを台所まで持っていく。


『ありがと、ユウちゃん』

『おう』


 テーブルを拭いただけで礼を言われるほどのことではないのだが、まあいつものことなのであえて偉そうに答えておく。


 その後は特にすることもなく、俺はただソファに座ってテレビを眺めていた。


 時折、リビングの大きなガラス戸から外を眺めて積もり具合を確認する。

 庭はうっすらと白いものに覆われており、この勢いで朝まで降り続いたらそこそこに積もるのではないかと思われた。


『どう? やっぱり積もりそう?』

『かもな』

『……あ、そうだ。2階のベランダに出てみない?』


 俺と雪の部屋は2階にあって、ちょうど俺たちの部屋の間には大きなベランダがある。

 そこは眺めも良くて、景色を見るには最適の場所だった。


『ああ、じゃあ行ってみるか』


 特に断る理由もない。どのぐらい積もっているのか興味もあった。


 そうして俺たちは2階へと上がっていく。


 2階には部屋が4つある。

 そのうち南側に位置しているベランダを角に繋がっているのが俺と雪の部屋で、他の2部屋と1階の和室は来客用になっているが、俺たち以外でこの家に泊まるとすれば伯父さんと伯母さん、従姉の瑞希がたまーに来るぐらいでかなり持て余している状態だ。


 なんというか、ホント、俺たちだけで住むには広すぎる家なのである。


 伯父さんなどは『お前らが結婚した後でも使えそうでいいだろ』なんて言うのだが、結婚後も同居する兄妹なんてあまり聞いたことがないから、たぶんその活用方法は実現しないままで終わるだろう。


 2階のホールからベランダへと出た。

 ベランダは俺と雪の部屋からも繋がっていて、鍵さえかけていなければ自由に出入りすることができるようになっている。


 ひゅぅっ、と。

 ドアを開けた瞬間、冷たい空気が家の中に飛び込んでくる。


『……寒いな』


 俺も雪も部屋着のままなので外の空気は当然のように冷たかった。

 耳の辺りに針で突いたような軽い痛みを感じたが、少しぼーっとしていた頭が覚醒していく心地よさもある。


『寒いけど、気持ちいいね』


 雪も俺と同じような感想を漏らした。

 冬に生まれたからだろうか、俺も雪もどうやら夏より冬のほうが好きな類のようだ。


 10畳ほどの広さのベランダに出て手すりまで進む。

 そこに腕を乗せて町の景色を眺めると、ところどころで街灯に照らされた空間がうっすらと白くなっているのが見えた。


『また強くなった、かな?』


 雪も俺の隣にそっと並んで、同じように町並みを眺める。


『もしかしたら、かまくらも作れるかも。ね?』

『……作らないからな?』


 まさかとは思うが、こいつの場合は本当に作りかねないのだ。


 そうして3~4分ほども眺めていただろうか。


『さて、と。いい加減、風邪引いちまう』


 手すりから離れる。


『うん』


 雪もうなずいて手すりから離れた。


 ……と、そのときだ。


『……あれ?』


 雪が怪訝そうに動きを止めたのと。

 パチ――という、奇妙な耳鳴りが聞こえたのはほとんど同時だった。


『どうした?』


 気のせいかと思って右耳を軽く押さえながら雪を振り返る。


『うん……』


 雪は何やらはっきりとしない口調で、


『なんだか、変……』


 その視線を追う。

 手すりの向こう。

 町並みよりはずっと近く。


 雪の視線が向いていたのはちょうど隣家のある辺りだった。


『なにが変だって?』

『……』

『おい、雪――』


 パチン。


 ――ガシャン!!


 何かが割れる音。

 それは確かに隣家の中から聞こえていた。


『?』


 雪と顔を見合わせ、同時に隣家へと視線を戻す。


 カーテンが閉まっているので中の様子はわからなかった。

 夫婦ゲンカだろうかと思ったが、あそこの夫婦はバカみたいに仲が良いし、まだ子供も起きている時間だ。


 それに――


『なんだ、あれ……』


 カーテンが揺れている。

 窓が開いているわけでもないのに、まるで風に煽られているかのように、バタバタ、バタバタ、と。


『ユウちゃん……』


 雪が不安そうな顔で俺を見ていた。

 俺も嫌な予感がしていた。


 あの家の中でなにか悪いことが起きているのかもしれない。


『……行ってみよう』


 そうして俺たちは家を出たのだ。


 …………


 夢の映像は幸いにしてそこで途切れた。


 その後、隣家を訪れた俺たちの目に最初に飛び込んだのは、床に倒れているおじさんの姿だった。

 少し離れたところには、うつぶせに倒れるおばさん。

 その両腕に抱えられるようにしてふたりの子供。


 血まみれになった、4人の家族と――

 色白の、狂気色の瞳の――


 ――ああ。

 今思い出してもドス黒い感情が胸にあふれ出す。


 この世には"悪魔"と呼ばれる異能の生物がいる――


 かつて伯父さんから聞かされたそんな突拍子もない話を、俺たちは信じざるを得なかった。


 当然だ。

 自分たちがその"悪魔"だったのだから。


 俺がこの力に目覚めたのは小学校5年生のとき。

 雪が目覚めたのはそれから3年ほど後で、中学2年のときだった。


 俺たちの伯父――つまり瑞希の父親はなぜかその手の話に詳しく、俺が持っている知識はそのほとんどが伯父から得たもの。


 悪魔がずっと昔からこの地に存在していたこと。

 俺たちの両親が悪魔だったこと。

 この地には悪魔の血を引くものが数多く残っていること。


 そして悪魔の血を引く者はまれに、その血が持つ本能――破壊の衝動に侵され"血の暴走"を起こすことがあるということ。


 一度暴走した者は何があろうと決して元には戻らないこと――


 隣家の4人を襲ったのは血の暴走を起こした、近所に住む大学生の男だった。

 4人を殺した男はそのまま俺たちにも同様の牙を向け――


 すでに力に目覚めていた俺たちは、その日、初めて他人の命を奪ったのだ。


 すぐに割り切れたわけじゃなかったと思う。

 ただ、その後しばらくして、俺と雪は暴走した悪魔を探して退治するようになった。


 偶然にも俺たちにはそのための力があって。

 そして隣家で起きたような悲劇をできる限り繰り返さないように。


 そうして俺と雪はいつしか、日常と非日常の間を行き来する存在となったのだ。


 日常は日常。

 非日常は非日常。


 それは夢と現実のように、完全に断絶された関係にあるもの。


 俺はそう信じて疑っていなかった。

 5月に入ったある日に、あの事件が起きるまでは――

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