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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第8章 進むべき道
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1年目2月「神村さんへの提案」


 短い2月も下旬に差し掛かったとある放課後。


「相変わらずなげぇ階段だな……」


 息を切らしながらどうにか階段を上がりきると、夕日に包まれた目的地にはいつもの光景があった。


 寂寥とした景色の境内の中、ほうきを手にたたずんでいる神村さん。

 足もとまで伸びた影で来訪者の存在に気づいたのか、声をかける前にこちらに振り返った。


「不知火さん。なにか?」


 いつもどおりの巫女服姿。

 わざわざ掃除の前に着替えてきたのだろうか、あるいはあれが彼女の私服なのだろうか、と、そんなどうでもいいことを考えながら、俺は神村さんに近づいていった。


「ああ。ちょっと話したいことがあってな」

「なんですか?」


 怪訝そうに、というよりは不審そうな顔でこちらを見る神村さん。

 俺は小さくうなずいて切り出した。


「俺も楓と同じように、神村さんに協力させてほしいんだ」


 ピタ、と、ほうきを動かす神村さんの手が止まる。


 ……悪魔や悪魔狩りのことを詳しく知りたいなら、その渦中で過ごすのが手っ取り早い。

 それが、考えた末に俺が出した結論だった。


 もちろん悪魔狩りに就職するつもりはない。

 そこで思い出したのが、どうやら組織に属さずに神村さんの手伝いをしているらしい楓のことだったのである。


「必要ありません」


 神村さんはほうきを動かす手を再開させながらきっぱりとそう答えた。


「清々しい拒絶っぷりだな」


 しかし、それは予測の範囲内。

 そこで俺はまず手持ちのカードを1枚切ることにした。


「楓のやつが言ってたぜ。人手、足りてないんだろ?」

「……」


 再び神村さんの手が止まる。

 そしてゆっくりとこちらを見た。


「楓さんが、そんなお話を?」

「いや、カマをかけてみただけだ。けど、その感じは当たらずとも遠からずって感じか?」

「……」


 注意して見ていなければわからない程度に、神村さんの眉間に皺が寄った。


 カマをかけた、とはいったものの、完全に当てずっぽうだったわけでもない。


 俺がこれまでに伯父さんや楓から聞いた断片的な情報を整理すると、神村さんが所属する"御門みかど"という悪魔狩りは大きな組織ではあるものの、今その内部は悪魔許容派と悪魔排除派にわかれてゴタゴタしているようだ。


 組織の実権を握っているナンバー2の紫喉しこうという男が悪魔排除派で、それなりに重要な職らしい緑刃さんと青刃さんが悪魔許容派という辺りからも、組織内部がいまいち統一されていないことがうかがえるし、光刃こうはという組織のトップがまだ若く指導力を発揮できていないらしいところもそうだ。


 それに加え、図書館で昔の新聞なんかを少し調べてみたところ、この周辺では2~3年ぐらい前から未解決の失踪、殺人事件などが急激に増えていることがわかった。悪魔の存在が一般的に認知されていないことから考えて、こういった未解決事件のうちの何割かはおそらく悪魔絡みだろう。


 その先は完全な想像になるが、たとえば悪魔狩りの内部がゴタゴタし始めたのがその2~3年前のことで、そのせいで悪魔退治に手が回らなくなって悪魔がらみの事件が増えているんじゃないか……というのは、それなりに筋の通ったストーリーだ。


 そう考えると、ちょうどその2~3年前から活動を始めていた俺と雪の存在に、彼らが長く気づけなかったことにも説明がつく。


 そこに今の神村さんの反応を付け加えれば、俺の推測がほぼ的を射ていたことは間違いないだろう。


「その申し出の真意を聞かせてください」


 神村さんがこちらへ向き直り、まっすぐに見つめてきた。

 その視線は相変わらず揺らぎがない。


 悪く言えば冷たく、よく言えば純粋。

 こちらになにか後ろめたい気持ちがあれば思わず目を背けてしまうだろうし、彼女に対して悪意を持つ者なら、まるで鏡のように反射して敵意と受け取ってしまうかもしれない。


 ただ、俺はこれまで見てきた神村さんの行動の数々から、そんな彼女の視線をかなり好意的に受け止めることができた。


「この町を守りたい……だと、ちょっとかっこよすぎるけどな。俺の周りの連中がわけのわからん事件に巻き込まれる確率を下げたいってのがひとつ」


 これは雪とやってきた暴走悪魔の退治と同じ動機だ。


「ふたつめは、あんたらと通じることで俺や妹の身の安全を確保したいってこと」

「それについては危険が増える可能性もあります」


 神村さんは即座にそう返してきた。


「わかってる。けど、総合的に考えればそっちのほうがいいと思ったんだ。神村さんとか、緑刃さん……だっけ? あの人みたいに話が通じる人もいるってわかったことだし。……で、最後のひとつは歩のことだ」

「神崎さんですか?」


 神村さんはそう聞き返してきたが、その言葉に不思議そうな響きはない。

 どうやらとぼけるつもりもないようだ。


「前に相談したときははっきり聞かなかったけど、歩と同じ能力を持っていた父親ってのは悪魔狩りだったんだろ? 神村さんがあいつのことを妙に気にかけてるってのもそうだけど、あいつが昔入院して今も通っている病院に悪魔狩りが絡んでるってのもそれで説明がつく」

「はい。神崎さんのご両親は"御門"の優秀な悪魔狩りでした」


 神村さんはあっさりと肯定した。


「やっぱりか。そのこと歩は知ってるのか?」

「彼女を悪魔狩りとしては育てないというご両親の方針で、はっきりとは伝えていなかったと聞いています。ただ、悪魔についての最低限の知識は与えられていたようなので察してはいると思います」

「じゃあ、歩の両親が死んだのは事故とかじゃないのか?」

「3年前の秋に悪魔との戦いで命を落としました」


 また3年前。

 色々とつながってきた。


 俺はひとつ息を吐いて、


「そういうことをもっと色々と知っておきたい。なにかあったときのために」

「だから私に協力する、と、そういうことですか?」

「ああ」

「そうですか」


 神村さんはうなずくと、やはりそれほど考えた様子もなく言った。


「わかりました。では協力してもらうことにします」

「え? いいのか?」


 拍子抜けするほどあっさりとした反応だ。


「ただ、忘れないでください。不知火さんの立場はまだ微妙なんです」

「微妙? ああ、つまり敵か味方かわからん、ってことか?」

「はっきりと組織に属しているほんの一部を除き、悪魔はすべて黒か灰色です。私たちにとっては」


 すっ、と、神村さんが横を向く。

 釣られて彼女の視線を追うと、腰ぐらいまでの柵の向こうには夕日に染まった町の景色が広がっていた。


「もちろん不知火さんに限りません。妹さんもそうですし、楓さんもそうです」

「……なら、どうして承諾したんだ?」


 神村さんの視線が戻ってくる。

 わずかな沈黙。


「個人的に、不知火さんが信用できる人だと判断したからです」


 その一瞬のためらいは理由を探していたのか、あるいはその言葉を口にすることを迷っていたのか。


「灰色、じゃなかったのか?」

「悪魔狩りにとってはそうです。私にとってはそうではありません。楓さんも同じです」

「……」

「あくまで私個人の思いです」


 神村さんは念を押すようにそう言ったが、俺にとってはもちろんそれで充分だった。


「オッケー。俺も神村さんにさえ信用してもらえりゃそれでいい。……でも意外だな。信用してもらえるようなことをした覚えがないんだが」

「何度か手伝っていただきました」

「手伝うって……ああ」


 先日の歩のことや、昨年の直斗の毒入り弁当事件のことだろうか。

 ただ、どっちも俺の周りに関係のある事件だったから、俺としては手伝ったというより手伝ってもらったという認識だった。


「それに神崎さんが、不知火さんに相当懐いているようですし」

「え……神村さん?」


 俺が意外に思ったのはそのセリフに対してではない。

 こちらを見つめる神村さんが、よく見ていないとわからないレベルではあったが口元に微かな笑みを浮かべていたからである。


 ただ、彼女が微笑んでいたのはほんの一瞬のこと。

 すぐにいつもの表情に戻って、


「では、私は掃除に戻ります。なにかあるときには私のほうからご連絡しますので、くれぐれも勝手な行動は慎むようにしてください」


 と、言った。

 神村さんの微笑に気を取られていた俺は、その言葉で我に返って、


「……ああ、わかってる。なにかあったら必ず相談する」

「お願いします」


 そうして神村さんは掃除に戻っていく。


 ……いや、その前に。


「おや?」


 境内に響いた第三者の声。


 俺と神村さんが同時に振り返ったその先。

 神社の奥へと続く林道から、厚手のジャケットに身を包んだ男がくわえタバコで歩いてくる。


 見覚えのある顔だった。


「なんだ、珍しいじゃないか。嬢ちゃんが楓以外の男を連れてくるなんて」

「青刃さん。お疲れ様です」


 神村さんは男を見てつぶやくようにそう言った。


 青刃さん。

 初詣のときに会って、俺に妙な質問をしてきた悪魔狩りの男だ。


「よぅ。優希くんだったな」


 相変わらず軽い口調の青刃さん。


「どうも」


 俺は短く言葉を返す。

 いいやつとか悪いやつとかそういうことではないのだが、どうも相性の悪そうな相手だった。


「青刃さん、なにか御用ですか?」


 と、神村さんが口を挟む。

 その口調は少し怪訝そうではあったが、とがめるようなものではなかった。

 緑刃さんが神村さんと相当親しそうだったので、もしかするとこの青刃さんともそれなりに親しい間柄なのかもしれない。


 青刃は笑いながら手を振って、


「いや、単なる野次馬さ。俺にとっちゃ珍しい組み合わせに見えたんでね。で、ふたりでいったいなんの相談だい? 俺の仕事が減るような内容だと助かるんだがね」

「……」


 ただの当てずっぽうなのか、俺たちの会話を陰で聞いていたのか。

 いずれにしても、俺たちの会話の中身は聞かなくてもわかっているようだった。


(……やっぱ苦手だ、この人)


 俺は改めてそう感じたが、神村さんは青刃さんのこういう態度に慣れているのか、いつもどおりの淡々とした口調で返す。


「青刃さんのご想像のとおりです。ですが、不知火さんはあくまで私のお手伝いをしてくださるだけです」

「組織の一員になるわけじゃないってことね。オッケーオッケー。じゃあ紫喉のおっさんには黙っていたほうがいいのかな」

「それは青刃さんにお任せします」

「おっと、そう来たか。俺がそんなこと言うわけないって、嬢ちゃんだってわかってるだろ?」

「はい。わかってて言いました」


 ふたりのやり取りには、やはりそれなりの年季が感じられた。

 俺が思う以上に気安い人なのかもしれない。


 俺は探りの意味も込めて青刃さんに尋ねてみる。


「紫喉って偉い人だっけ? 悪魔狩りの中にもやっぱうるさい上司みたいのがいるのか?」

「ああー、そりゃいるさ。とびっきりうるさい年寄り連中がな。いや、一番偉いやつは俺より若くて控えめなんだが、そのひとつ下のがうるさいのなんのって」


 青刃さんは嬉々として上司の悪口を言い始めた。


「もう50歳も過ぎてんだから、あとは若いもんに任しときゃいいのに、あーだこーだとうるさくてよぉ」

「青刃さん」


 神村さんがたしなめるように声をかけたが、青刃さんはまったく気に留めた様子もなく、


「しかも組織のトップ――あぁ、光刃ってんだが、そいつがまだ成人もしてないもんだからさ。そのおっさんが後見人面して色々取り仕切ってんだ。それに――」


 一瞬だけ。

 青刃さんが真面目な顔になった。


「いつだったか、あんたの妹を殺させようとしたのもそいつだぜ。しかも事故とか勘違いとかじゃない。明確な殺意をもって命令したんだ」

「っ……」


 俺は思わず息を飲んだ。


「青刃さん……!」


 神村さんがかなり強い声を出した。


「……おっと。調子に乗りすぎたか」


 にやっと笑う。

 反省の色は見えない。


「……」


 神村さんはしばらく青刃さんを見つめていたが、やがて俺のほうに向き直ると、


「不知火さん。今日はそろそろ帰ってください。私もまだ仕事が終わっていませんから」


 さっと背中を向け、奥のほうへ去っていく。


「……あらら。怒らせたかな」


 そんな神村さんを見送って、青刃さんは仕方なさそうに笑いながら頭をかいた。


「ああ、すまんな優希くん。話の邪魔をしちまって」

「いや、それは別に……」

「あとが怖いから俺も退散するよ。今後ともよろしくな。いろいろと」


 青刃さんは軽く手を上げてそう言うと、神村さんの後を追うようにさっさと神社の奥へ引っ込んでいってしまった。

 そして俺はひとり、境内に残される。


(……なに考えてるんだ、あいつ)


 前に会ったときもそうだった。

 青刃さんは組織の内部のことをわずかながらに俺に暴露してみせたのだ。


 確かに雪の事件の裏に紫喉という人物の思惑があったことは俺もわかっていたが、先ほどの青刃さんの言い方は、まるで敵意をあおるような調子が含まれていた。


 いったいなにを考えているのか。

 これまでの会話を聞く限り、俺たちの敵、つまり悪魔排除派ではないようだが。


(……わかんねーな)


 頭を振る。

 今の時点では考えても答えは出ない。


 境内の奥には掃除をする神村さんの姿がまだ見えていたが、もう話をする気はなさそうだった。

 なら、ここにいても仕方ないだろう。


 そして、俺はそのまま神社を去ることにした。

 少々すっきりしない気持ちを胸中に残したままで。


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