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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 誰かを守りたくて
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1年目1月「誰も悪くない」


 ドン、という振動が聞こえてきたのは、俺と神村さんがちょうど病院の1階ロビーに駆け込んだときだった。


 上階、おそらくは3階の入院病棟から聞こえてきたであろうその音は、ロビーではそれほど大きくは聞こえず、待合室の人々も不思議そうに辺りを見回すぐらいの反応だった。


「誰かが簡易結界を張って音漏れを防いだようです」


 と、神村さんが言った。


「……ってことは、実際にはそれ以上の大ごとになってるってことか」

「急ぎましょう」


 俺はうなずいて、神村さんとともに駆け出す。


「階段は向こうです」


 エレベータのボタンを押そうとした俺を制して、神村さんが奥へと走っていく。


 真の病室は3階だ。

 俺は神村さんの後を追って階段を駆け上がっていった。


 3階まで来るとさすがにざわついていた。

 が、看護師たちが様子をうかがおうとする入院患者を制していて、大きな騒ぎにはなっていない。


「あなたたち……」


 真の病室へ向かおうとする俺たちも制止されそうになったが、看護師たちは神村さんの顔を見るなりハッとして口をつぐみ、そのまま通してくれた。


 疑っていたわけじゃないが、この病院が悪魔狩りの管轄だっていうのは本当のようだ。


 ナースセンターの前を駆け抜けて廊下の奥へ向かうと、なにもないところで薄い膜を突き抜けたような感覚に襲われた。

 おそらくこれが神村さんの言っていた簡易結界なのだろう。


 真の病室の前ではひとりの男が壁を背に尻餅をつくようにして倒れていた。

 見覚えのない男だったが、息はあるようだ。


 その男のことは医者や看護師に任せることにして、俺たちはすぐに病室の中へと飛び込んでいく。


「歩!」


 病室に入った途端、強烈な風に襲われる。


「くっ……」


 すぐに力を開放して抵抗した。

 幸い、それほど強力ではない。


 部屋の中を見回すと、ベッドの上にいる風魔と、窓の下でぐったりとしている歩の姿が見つかった。


「歩!」


 とりあえず風魔――いや、真のことは無視して歩に駆け寄る。


「歩! しっかりしろ!」

「うっ……」


 抱きかかえて声をかけるとすぐに返事があった。

 ひとまずホッとする。


「お兄……ちゃん?」


 見たところ外傷はない。

 どうやら風にあおられて転んでしまっただけのようだ。


「あっ……お兄ちゃん! 真くんが――!」

「わかってる」

「不知火さん」


 そんな俺たちのやり取りを見ていた神村さんが、真のほうへと足を踏み出す。


 普通の人間ならよろめいてしまうほどの強風。

 それが神村さんの三つ編みを大きく揺らしていたが、彼女自身はまったく動じた様子もなく、いつもどおりの直立で真と対峙していた。


「神崎さんを外へ出してください」


 淡々とそう言って、もう一歩、真へと近づく。


「神村さん……」


 彼女は真を殺すつもりだ。

 すぐに行動に出なかったのは、歩に対するせめてもの配慮だったのだろう。


 そして、それは歩にも伝わったらしい。


「沙夜さん、やめて!」


 身を乗り出す歩。

 だが、俺はそんな歩の肩をつかんだ。


「お兄ちゃん!? 離して!」

「……」


 俺は視線をそらし、無言で首を横に振った。


 ……こうなってしまえば俺にでもわかる。

 今の真は、すでに俺が戦ってきた暴走悪魔たちと同じ状態になっていた。


 このまま放っておけば、いつか人を殺めてしまうだろう。


「……」


 神村さんがチラッと俺を見た。

 さらに真に歩み寄る。


 その右手が小さな輝きを放った。


「沙夜さん……やめて!」


 それを見た歩の表情に絶望の色が宿る。

 神村さんは応えない。


 右手の光が収束し、それが彼女の手の中で刀の形を成した。


(あれは――)


 強い力。

 見ただけでわかる。


「浄化します」


 光の中から現れた刀を構える、神村さん。


「う、あ、ぁ……」


 真――いや、風魔も本能で危険を悟ったらしい。

 それまで部屋全体に張り巡らせていたすべての力を神村さんへと向けた。


 荒れ狂う風が圧力をかけていく。


 しかし神村さんは動じない。

 力の差は、おそらく歴然としているのだ。


 が、しかし。


「……」


 神村さんは刀を構えたまま、そこから動かなかった。


 風に押されて動けないわけじゃない。

 その証拠に、神村さんの髪はすでにまったく揺れていなかった。

 彼女の手にした輝く刀が、風の魔力を完璧に相殺していたのだ。


 だったら、なぜ――


 そう思ったとき、神村さんがこっちを見る。

 そして俺は悟った。


「歩、お前……」


 歩の瞳が神村さんを捉えている。

 念動力で、神村さんの体を縛っていたのだ。


「沙夜さん、お願い……」


 歩が震える声で言葉を紡ぐ。


「真くんは悲しいだけなの。お母さんを亡くして、それが悲しくて……別に誰かを傷つけたいわけじゃない」

「……」


 神村さんは無表情に歩を見ている。


「きっと元に戻るから……ううん。私が戻してみせるから……」

「無理です」


 懇願する歩に対し、神村さんはきっぱりと断言した。


「あなたの力でどうにかなる問題ではありません。……不知火さん。早く神崎さんを外へ。その体で無理をさせればどうなるかわかりません」


 そう言い放ち、風魔へ向き直る。


「お兄ちゃん……!」


 歩が俺の袖を強く引っ張った。


(……く!)


 迷いが生まれた。


 俺にだって歩の気持ちはよくわかる。

 たった1日、ほんの数時間一緒にいただけの俺でさえ、未だにこの現実を納得したわけじゃないのだ。


 だったら1ヶ月近くも一緒に過ごしてきた歩が、はいそうですか、と納得できるはずもない。


 だけど。

 どうしようもない。


 たぶん、それが現実で――


 ……でも。


「神村さん!」


 思わず、俺は神村さんに向かって叫んでいた。


「……なんでしょう」


 神村さんは一応そう聞き返してきたが、こちらを向くことはなかった。

 おそらく俺がなにを言い出すかは想像できていたのだろう。


 だが、それでも俺は言った。


「なんとかならないのか!? このまま放っておけないのは俺だってわかってる! けど、本当に……本当にもう手遅れなのか! どうにかする方法はないのか!?」


 俺にはそこまでの知識がない。

 けど、暴走を始めて、それに染まりきってしまったのならまだしも、真はおそらくついさっきまで普通の少年だったのだ。


 それなら、まだ。


「なにか可能性はないのかッ!?」

「沙夜さん、お願い……」


 歩が苦しそうな声で呼びかける。

 怪我をしているわけではないが、かなり消耗しているようだ。


「……」 


 神村さんはそんな歩を一瞥すると、


「――」


 その口が小さく、なにごとかつぶやく。


 直後。


「あ……ッ!」


 歩が声を上げる。

 神村さんの体が動いた。


 たぶん彼女にとって、歩の呪縛を破ることは最初から簡単なことだったのだろう。


 刀がまばゆい光を放つ。


「やめて……やめて……ッ!」


 力ない歩の絶叫。

 神村さんは止まらない。


「――」


 またなにごとかつぶやいて。

 そして一閃。


「ッ……!」


 風魔が声にならない声をあげ、呆気なくベッドの上に崩れ落ちた。


 風が止む。

 静寂。


「あ――」


 ため息のような歩のつぶやきがこぼれた。


 それだけだ。

 歩はそれだけ口にして、あとは呆然とベッドの上を見つめていた。

 その目には困惑の色さえ浮かんでいるように見える。


 そして、俺もすぐにその異変に気づいた。


(殺してない……のか?)


 斬られたはずの風魔の体には、傷ひとつついていないように見えたのだ。


「神村さん……?」

「斬ってはいません。気絶させただけです」


 神村さんの右手にあった刀が、空気の中に溶け込むようにして消滅する。


「神崎さん」


 そして神村さんは歩のほうを見た。


「暴走を起こした人間が元に戻った例が過去に一度だけあります。ある方法を用いて」

「え……?」


 歩が神村さんを見上げる。

 なにか信じがたいものを見たような顔だった。


 つまり歩も頭の中ではわかっていたのだ。

 ああなってしまった人間が元に戻ることは不可能なのだと。


「本当なのか?」


 尋ねると、神村さんは俺を一瞥して……そしてうなずいた。


「……」


 俺は口をつぐむ。


「沙夜さん、それって……」

「神崎さん」


 はやる歩を押しとどめるようにして、神村さんは続けた。


「可能性は低いですが、その事例もこの少年のように暴走を始めた直後のことだったと聞いています。ですから望みはゼロではないでしょう。その方法を彼に試してみます。その代わり……」


 神村さんはいったん言葉を切って、


「神崎さんにはふたつの条件を飲んでもらいます。……いえ、これは不知火さんにもですが」

「条件? なんだ?」


 神村さんは小さくうなずいて、ベッドの上に倒れて動かない風魔――真を見る。


「ひとつは、もしもその方法が成功しなかった場合、私たちは今度こそこの少年を殺さなければなりません。それを理解していただくこと」

「っ……」


 歩が息を飲む。

 だが、それを拒絶する選択肢はない。


「……わかりました」


 数秒の空白の後、歩はうなずいた。

 神村さんが確認するように俺を見たが、この場合の歩の承諾は俺の承諾でもある。


 彼女もそれはわかっていたようで、俺の返答を聞く前に再び歩へ向き直った。


「ふたつめは、この方法が成功しようと失敗しようと、二度とこの少年の前に姿を現さないこと、です」

「え……どうして……?」


 歩が驚いた顔をする。

 おそらくはその意図が理解できなかったのだろう。


 ただ、俺にはわかった。


(……そういうことか)


 おそらくこっちの条件が本命なのだ。


 結果を歩には知らせないということ。

 それによって、事実がどうであろうと歩は信じることができる。


 真がどこかで生き延びているはずだ、と。


「……」


 俺は神村さんの顔を見た。


 彼女の言う"ある方法"とは、あるいはそもそも存在しないものなのかもしれない。

 それはおそらく、彼女が歩のことを思うがゆえにとっさに考え出した苦肉の策なのだ。


 だが、たとえ嘘だったとしても。

 歩にとって、それは希望になる。


 神村さんは表情をまったく変えないままに続けた。


「この少年には遠くに親戚がいます。成功した場合はそちらに引き取ってもらうことになるでしょう。連絡先は教えられませんし、探すようなこともしないでください。それがふたつめの条件です」


 歩がそんな神村さんの意図に気づいたかどうか、それはわからない。


「……」


 ただ、数秒間沈黙した後、なにも言わずに黙ってうなずいた。






「……ねぇ、お兄ちゃん」


 病院で検査を受けた結果、歩は軽い打撲に足のねんざと診断された。


「なんだ?」


 夕日の中、長く伸びる影。

 俺はその影を見つめながら背負った歩にそう聞き返した。


 少しの沈黙。


「真くん、きっと大丈夫だよね?」

「ああ」


 予想していた質問を、用意していた言葉で返す。

 小さな息。


「沙夜さん、嘘なんてつかないよ。真くんも強い子だから」

「ああ、そうだな」


 また少し沈黙。


「大きくなっても、私のこと覚えててくれるかな?」

「お前みたいにドジな姉ちゃんのこと、忘れるわけないだろ」

「……ひどい」


 歩は笑った。


 中央公園の前を通ると、幼稚園児ぐらいの子どもと母親の声が聞こえてきた。

 ちょうど友だちと遊んで帰宅するところなのだろう。


 駅前通りからは、部活帰りと思われる学生たちの騒ぐ声。

 自動車の排気音。


「……私、悪かったのかな?」


 ポツリと、歩がそうつぶやいた。


「私、真くんを守りたかったのに。お姉ちゃんだから、守ってあげたかったのに……」


 俺は答える。


「違う。お前は悪くなんかない」

「じゃあ、誰が悪かったんだろ……」


 歩はそう言って、俺の背中に額を押し付けた。


「あの男の人だって、きっと真くんのことを心配して駆けつけてくれたの。車の事故だって、ちょっと不運が重なっただけだったのに……」

「……誰も悪くなんかない」

「じゃあ……!」


 服をつかむ歩の指に力が入った。


「じゃあどうして? どうして真くんが……誰も悪くないのに、どうして……ッ!?」

「歩」


 俺は軽く唇を噛み、平静を装った声を背中に返す。


「泣きたいなら我慢しなくていいぞ。別に笑ったりしない」

「ッ……!」


 のどが震え、歩はさらに強く顔を背中に押し付けてきた。


 たぶん気づいている。

 神村さんの言葉の、本当の意味に。


 それでも泣かなかったのだ。

 さっきのような状況の中でも、一度たりとも。


「お前はえらいよ、歩。けど、俺の前では無理しなくていいんだぞ? 俺はお前の保護者なんだから。泣きたきゃ泣けばいいんだ」

「ッ……」


 それでも歩は声を上げることなく、押し殺して泣き続けた。


(……家族なんだから)


 かすかにぼやける夕日を見上げる。


(お前は、お前が思ってる以上にみんなに必要とされてるんだからさ……)


 心の中でそっと。


 歩が俺の心に触れていたかどうかはわからないが、どちらでも別に構わない。

 それは俺の正直な気持ちだったから。


 ……そうして結局、歩は家に着くまでずっと俺の背中で泣き続けていた。


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