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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第7章 誰かを守りたくて
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1年目1月「宣告」


 真の病室で感じた不安が目の前に具現化したのは、それから5日後の金曜日の放課後のことだった。


 この日は明け方に珍しいドカ雪が降ったり、健康だけが取り柄みたいな藍原が風邪を引いて学校を休んだりと、普段起こらないようなできごとが立て続けに起こっていたので、今日こそは木陰で俺を見つめ続けてきた美少女が勇気を出して告白してくれるんじゃないかと密かに期待をしていたのだが――


「不知火さん」


 どうやらそれらの前兆は、別の希少なイベントを暗示したものだったようだ。


「神村さん?」


 そのときの俺はさぞかし間抜けな顔をしていたに違いない。


 帰りのホームルームが終わって、すぐに神村さんが教室に入ってきたこと自体には気づいていた。

 ただ、どうせまた直斗に用事だろうと思い込んでいて、そんな彼女が俺の机にまっすぐやってくることなんて想像もしていなかったのである。


「お話があります。時間、ありますか?」


 神村さんはまるで愛の告白をする美少女のように照れくさげに……しているわけもなく、いつもと変わらぬ淡々とした口調でそう言った。


 俺は手にしていたカバンを机の上に置いて、


「まあ……とりあえずヒマだけど」

「では、屋上までお付き合いください」


 神村さんは簡潔に言って背中を向けると、残っていた生徒たちの奇異の視線をまったく気にした様子もなく教室の出口へと向かっていく。


「あ、おい、ちょっと待ってくれって」


 なんとなく予感はしていた。

 神村さんの話が、少なくとも明るい話題ではないだろうということを。


 しかし――


「……真が、暴走するかもしれない?」


 案の定、というべきか。

 俺の悪い予感は的中してしまっていた。


 しかもかなり最悪な方向に。


「いいえ。かも、ではなく、彼はすでに血の暴走を始めています。神崎さんや不知火さんと会う前から予兆はありました。幸いまだ被害は出ていませんが、おそらくもう手遅れでしょう」

「手遅れって……」


 血の暴走。


 それは悪魔の血を持つ人間が、ある日突然に破壊行動を繰り返すようになる現象のことだ。

 俺はそういった悪魔と戦ってきた経験があるし、伯父さんからも話を聞かされているから、それについてはそこそこの知識がある。


 血の暴走は、人間の血と悪魔の血を両方持っている者にのみ発生する現象で。

 どうやら精神的ななにかがきっかけとなること。

 それまで力を発現できなかったような薄い混血も、魔力を行使できるようになること。


 そしてもうひとつ大事なことがある。


 それは、暴走してしまった人間が"二度と元には戻らない"ということだ。


 ……脳裏によみがえる。

 真の笑顔と、その隣にいる歩の――


「不知火さんもご存知のこととは思いますが」


 そんな俺の心の動きを見透かしたかのように神村さんは言った。


「暴走した悪魔はやがて人を殺すようになります。我々はそれを退治しなければなりません」

「ちょっ、ちょっと待て!」


 淡々と言い放った神村さんに、俺は反射的に反論していた。


「暴走を始めているもなにも、あいつはまだ普通じゃねーか! どうして暴走し始めてるなんてことがわかるんだ!?」


 しかし神村さんはまったく動じることなく返答する。


「私たちはずっと彼を監視していましたから」

「監視?」

「はい。事故の日の夜、彼が病院で暴れたときから暴走は始まっていたようです。軽傷だった彼が未だに入院しているのを不思議に思いませんでしたか?」

「それは……確かに」


 言われてみれば、俺が訪ねて行ったときも真はピンピンしていた。

 事故の際も母親にかばわれて、真は軽傷だったらしいということも歩から聞いている。


「あの病院は私たちの管理下にあります。だから暴走の疑いがあった彼を入院という名目で監視してきたのです。そうした結果、彼の暴走がすでに取り返しのつかないところまで進行しているとの結論を得ました」


 整然と続ける神村さんに、俺は返す言葉を失っていた。


 神村さんが嘘をつく必要はおそらくない。

 そんな彼女に食って掛かったところでなんの解決にもならないだろう。


 深呼吸する。

 まずは落ち着くことだ。


 ひとつ、ふたつ、みっつ……

 心臓が正常な鼓動音を刻み始めたのを確認して、俺は再び口を開いた。


「教えてくれ。真が暴走するかもしれないとわかってて、どうしてそれを止められなかった?」

「いえ、手は尽くしました。組織の者が精神のケアを試みたり、わずかな効果しか望めませんが血の暴走を抑える効果が確認されている薬も使用しています。ですが、最終的には本人の心の強さ次第。予見したからといって確実に止める手段はないのです。運悪くきっかけを得てしまった場合、怒りや悲しみ、強い欲望の感情を抑えられなければ血の暴走は避けられません。そして……」


 言葉がいったん途切れる。


「……神村さん?」


 怪訝に思ってその顔を見ると、神村さんはほんのわずかに視線を横にそらしていた。


「残念ながら、あの男の子にそうするだけの強さはありませんでした。母親の死を受け入れ、その上で血の暴走を抑えられるだけの強さが」

「……」


 ぐっとこぶしを握り締める。


 あまりに酷な話だった。

 あの年齢でそんな強さを持っている人間など、そうそういるはずもないのに。


 もし真が普通の人間だったら、悲しみに泣き叫ぶだけで終わっただろう。いや、仮に悪魔の血を持っていたとしても大半はなにも起こらず、時間の経過とともに解決するはずのことなのに。


 しかし、真は血の暴走を引き起こしてしまうなんらかの要因を持っていて。

 そして引き金となる不運な事故が発生した。


 いずれかでも欠けていれば起こりえなかった暴走なのだ。


 ……運が悪かった。

 そう考えるしかないのだろうか。


「不知火さん。心の準備はしておいてください。そう遠い未来のことではないはずです」

「……」


 なにも言えなかった。

 珍しく視線すら合わせようとしない神村さんに対して、俺にそれ以上なにが言えただろうか。


 本来であれば、神村さんがその事実を俺に明かす必要はないのだ。

 あの病院が悪魔狩りの管轄であるというのならばなおのこと、俺や歩になにも知らせず、いきなり事を成してしまうことだってできたはずだろう。


 それでも彼女は、おそらく責められるであろうことがわかっていながらそれを伝えにきた。

 俺、というよりは、おそらく歩のことを気遣ったのだろう。


 ……責められない。

 神村さんが悪いわけではないのだから。


 俺は重苦しい息を吐いて、頭上に広がる赤みがかった空を見上げた。


(……歩)


 どう伝えればいいのだろう。

 いや、そもそも本当に手立てはないのだろうか。


 暴走した悪魔が元に戻らないのは俺にもよくわかっている。

 だが、俺が会ったときの真は元気のいいただの少年だった。俺がこれまで見てきたような、理性を失い破壊行動を繰り返していた連中とは明らかに違う。


 だったら、今からでもなんとか暴走を抑える手立てがあるんじゃないか、と。


「神村さん、それって――」


 その疑問を口に出そうとした、そのときだった。


「……っ!」


 突然、頭の中に泡が弾けたような痛みが走る。


(これは……)


 "耳鳴り"だ。

 しかもかなり強烈。


 またいつもの――と無視することができないほどの嫌な予感。


「不知火さん?」


 神村さんが怪訝そうにしている。

 その疑問に答えるのは後に回して、俺は目を閉じた。


 集中する。


 "同調"

 流れ込んでくる意識――

 

『……ロ……ヤ……!』


 抑えきれない怒り。

 抑えきれない憎しみ。

 抑えきれない悲しみ。


 白い壁。

 白い天井。


 そして、狼狽した表情の、見覚えのある少女――


「……神村さん!」


 そこまで見えたところで俺は"同調"を切断した。


「病院だ! 病院へ、早く!」

「……」


 神村さんは一瞬だけ考えるような顔をしたが、


「はい。急ぎましょう」


 すぐに状況を察したらしく、うなずいたと思ったときには屋上の入口まで移動を始めていた。

 そのまま俺が追いつくのも待たずに階段を駆け下りていく。


 俺もすぐに後を追った。


(歩……)


 網膜には、なにが起きたのか理解できずに狼狽する歩の表情が焼き付いたまま。


(……無事でいろよ!)


 神村さんを追って走りながら、俺は強くそう祈っていた。


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