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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 暮れの閑話祭り
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1年目1月「緑刃と青刃」


 大みそかってのはたいてい遅くまで起きてるもんだ。


 昼間には大掃除の残りを片付けて、夕方にはこの日の夕食と正月に使う食料の買い出し。

 いつもよりも豪華な夕食を終えた後は年末恒例のテレビ番組を見たり、滅多にやることのない花札やカルタなんかを持ってきて遊んだり。


 そして日が変わる直前になると年越しそばを食べ、除夜の鐘を聞いた後、ようやくひとりずつ自分の部屋へ戻っていく。


 最初に引き上げたのは瑞希だ。

 あいつは部活の朝練があるものだから早く寝るクセがついているようで、年越しそばを食べる前からかなり眠そうにしていたのだが、除夜の鐘が鳴り終わるなりさっさと部屋に戻っていった。


 雪と歩のふたりはその後も台所でなにやらゴソゴソとやっていたのだが、午前1時近くなると雪が先にそこから離脱した。


 普段から意外と夜更かしな歩がそこからさらに台所で粘っていて(といっても別に怪しい匂いとか煙が出てきたりとかはしなかった)、あいつが寝たのがだいたい午前2時ぐらいだっただろうか。


 そして俺はそこからさらに1時間、午前3時ぐらいに部屋に戻って布団に入った。


 ……さて。


 ここで少し話は変わるが、人間の平均睡眠時間ってのは6時間から7時間ぐらいらしい。

 もちろん国や年代によっても違うのだろうが、俺の場合は普段から夜更かしなこともあって、朝起きるのが遅い割に睡眠時間はだいたいその平均に収まっている。


 6時間から6時間半。

 午前3時に寝ていつもどおりの睡眠時間だとすれば、目が覚めるのはだいたい9時だ。


 これなら大丈夫だろう。

 と、俺がそう考えていたのはもちろん神村さんに誘われた初詣のことだ。


 あれから詳細な時間を確認したところ、神村さんが神楽を舞うのはだいたい10時半ぐらいとのことで、9時に起きれば支度と朝食に30分、神社までの移動が多めに見て30分、合計1時間だから、さらに30分ぐらいの余裕がある。


 そんな計算だった。


 ただ、そんな俺の計画に穴があったとすれば、ふたつほど。


 その日の朝がかなり冷え込んでいたこと。

 そして、雪のヤツに"今年は俺も初詣に行く"ということを宣言しておかなかった、ということである。




「……そりゃ、いくら予定が狂ったとしても5時間もずれ込むはずないわなぁ」


 腕時計が示す時刻は15時27分。

 目の前には木で組み立てられた舞台らしきものが残っていたが、左右の燭台の火はとっくに消えていて、周りを囲んでいたであろう参拝客もいなくなっていた。


 境内を見回しても、交通安全のお守りや破魔矢を売っているところにさえ人影は少なく、おそらくはバイトであろう巫女服姿の女の子数人が暇そうにしている。

 残念ながらそこに神村さんの姿はなかった。


「こんな日に限って10時間以上も爆睡しちまうとは……」


 ガックリとうなだれる。

 とはいえ、過ぎてしまったことは仕方がない。


 もちろん俺が見に来ていたかどうかなんて、神楽を舞っている最中の神村さんに確認はできなかっただろうし、確認する気もなかったとは思うが、後で一応謝っておいたほうがいいだろう。


 と、まあ、そんなこんなで。

 せっかく来たので、俺は神社の境内を少しブラブラすることにした。


 まずは挨拶代わりのおみくじを引いてみる。


(……また小吉か)


 おみくじによる吉凶なんてちっとも信じてない俺としては、大吉とか凶とか、入っているのなら大凶とか、そういう極端な結果のほうが話の種としてありがたいのだが、ここ数年はそういう極端な結果を見た記憶がない。

 どのくらいの割合で入っているものなのかはわからないが、たぶん引きが悪いのだろう。


(……そういう意味での運試しにはなってるのかもな)


 つまり、今年もあまりいい年にはなりそうにないということか。

 それ以上お金を使うのもバカらしかったので、あとは適当に歩くことにした。


 ちなみにこの神社の境内は結構広い。

 鳥居をくぐって少し歩くと門があり、そこをさらにくぐっていくと神社の本体(本殿?)があって賽銭箱が置かれている。

 さらに奥には大きな林が広がっていて、伯父さんの言葉によればそっちはもう神社の敷地ではなく、"御門"という悪魔狩りの本部がある場所らしい。


「……ん?」


 そんなことを考えながら奥の林を眺めていると、林道らしきところから見覚えのある女性が歩いてくるのが見えた。


 神社の関係者らしく巫女のような衣装を着ていて、女性にしてはかなり背が高い。

 170半ば、180センチ近くあるだろう。ただ、横幅はそれほどでもなく、細身でしなやか。

 イメージとしてはテレビで見る女子バレーの選手みたいな感じだろうか。


 目付きは鋭く、年齢は20代前半から半ば。


(……あれ。誰だっけな)


 見覚えがあるといっても、しょっちゅう顔を合わせている人ではなかった。


「ん?」


 女性のほうも俺の姿に気づいたようだ。

 そして少し視線を泳がせると、すぐに納得したような顔をしてこっちに歩み寄ってくる。


「不知火優希くん、だったかな」


 近くまでやってきて女性はそう言った。

 やはり顔見知りだったようだ。


 そして、その声で俺も思い出した。


「ああ。あんたは確か……」


 半年ほど前、雪の事件で最後に楓と一緒に現れた悪魔狩りの女性だ。

 名前は確か――


緑刃りょくは。本名ではないけれど」

「そうそう。緑刃さんだったっけ」

「今日は初詣か?」


 最初に会ったときも感じたが、緑刃さんはまるで男のような言葉遣いだった。

 ただ、見た目からして男勝りな雰囲気があるので、それはそれでピッタリとはまっている。


「ええ、まあ。緑刃さんはここの人なんですか?」


 もちろんこの奥に悪魔狩りの本部があるのは知っているが、一応とぼけておいた。

 ただ、緑刃さんは特にそれを隠そうとする気もなさそうで、


「ああ、そうだ。そういえば君に会うのはあの事件以来か」


 そう言ってから小さく頭を下げた。


「すまなかったな。あのときはなんの非もない君たちに大変な思いをさせてしまった」

「え? ……あ、いや。結果的には無事だったんで。もう昔の話だから気にしないでください」


 というより、この緑刃さんはどちらかというと俺たちを助けてくれた側だし、組織の一員として謝っているというのはわかるが、正直彼女に謝ってもらってもどうしようもない。


 ただ、少なくとも悪い人ではなさそうだった。


 緑刃さんはゆっくりと頭を上げて、


「そう言ってもらえたらこっちもありがたい。ゆっくり話をしたい気持ちもあるのだが、今日は私も忙しくてな。重ね重ねすまないが」

「ああ、いや、構いませんよ」


 そう答えると、緑刃さんはもう一度『すまん』と言って、そのまま横を通り過ぎていった。


「……ああ、そうだ」


 と思いきや、緑刃さんは思い出したように振り返る。


「優希くん。君は確か沙夜と同じ学年だったか?」

「ええ。クラスは違いますけどね」

「そうか。私が言うのもおかしいが仲良くしてやってはくれないか? 同年代の友人があまりいないようなのでな」

「神村さんと親しいんですか?」


 すると緑刃さんは一見無愛想にも見えるその顔に、意外なほど柔和な表情を浮かべた。


「親しいというより小さいころから知っている。年の離れた妹のようなものだ」

「へえ、なるほど」


 納得する。

 確かに今の緑刃さんは年下の家族を語るような表情だった。


「君の負担にならない程度で構わないから頼む。……同年代の話し相手がアイツだけでは、そのうちねじ曲がってしまうのではないかと心配でな」

「アイツ?」


 そう問いかけようとしたとき緑刃さんの背中はもう遠ざかっていて、疑問に答えてくれることはなかった。


「……アイツって誰だ?」


 ひとりでつぶやく。

 もちろん、そんな俺の疑問に答えてくれる者はいなかった。


「もちろん楓のことさ。君も知ってるだろ?」


 いや、いた。

 振り返る。


「……あんた、誰だ?」


 そこにいたのは緑刃さんよりもさらに背の高い、軽薄そうな印象の男だ。


 俺は少し警戒した。


 その男が立っている場所は、俺から2メートルほどの距離。

 にもかかわらず、俺は声をかけられるまでその存在にまったく気がつかなかったのである。


 ただ、男のほうは敵対する態度を見せるようなことはなく、


「はじめまして、不知火優希くん。俺は青刃せいはという。以後よろしくな」

「青刃……?」

「もちろん本名じゃない。美琴みこと……ああ、いや。緑刃と同じ役職名さ」


 青刃と名乗った男はそう言って右手を差し出してきた。


「青刃さん、ですか」


 つまりこの男も悪魔狩りの一員ということだろう。

 俺は警戒しながらも、青刃さんの手を握り返した。


「不知火優希。純血の上級氷魔族である不知火雪の兄ということになっているが、炎の力を操ることから便宜上の兄妹である可能性が極めて高い」

「……?」


 俺が怪訝な目を向けると、青刃さんはにやりと笑って手を離した。


「力の程度から下級炎魔、あるいは人間との混血である可能性も考えられるが、それを上回る力を見せたとの未確認情報もある。こちらの世界に滞在する目的については現在調査中……と。まあ、これがウチで持ってる君についての概要だ。あとは楓のヤツと繋がっているらしいという情報もあるのだが、さて、どう思う?」

「……どう思うって言われてもな」


 俺は戸惑っていた。


 悪魔狩りにとって、俺はまだ敵か味方か判別できてない存在のはずだ。

 それは先日の神村さんの『ここはあなたにとって居心地が良くないはずの場所』発言からもはっきりしている。


 にも関わらず。

 この青刃という男は、組織が持っている秘密の一端を意味もなく俺にさらしたのだ。


 大した情報ではないにしろ、公開する必要があったとも思えない。


「別に、どうも思いませんけど」


 警戒を強めていたこともあって、俺は少しぶっきらぼうにそう返答した。


 悪魔狩りに対する敵対心はないが、向こうが俺や雪を危険視しているのはわかっている。

 今のところ心を許していいのは、神村さんや楓、それにさっきの緑刃さんぐらいだろう。


「どうも思わない、か。なるほどね。……いや、君が中級夜魔をふたり同時に相手にして撃退したらしいって情報を耳にしたものでね。それが本当だとすると下級炎魔や半炎魔という情報はどうにもつじつまが合わない」

「なにが言いたいんです?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 警戒心まる出しの俺の問いかけに、青刃さんはおどけたように両手を広げた。


「先に言っておくけど俺は君の敵じゃない。うちの組織には確かに色々な連中がいるが、俺は君たちを敵対視している連中とは別だ。むしろその連中から疎まれてるぐらいさ。じゃなきゃ、こうして君と世間話をしたりしない」

「……」


 意外にも嘘を言っている感じはなかった。

 ただ、先ほどの緑刃さんと違って、すんなり信用する気になれない。


 うさんくさいというか、腹に一物抱えていそうというか。

 単に俺が好きになれないタイプだということもあるが、それに加えて――


「ま、いいか。いや、俺が言いたかったのはさ。君、ひょっとして突然変異種イレギュラーなんじゃないかと思ってね」


 頭の回転が良くて勘が鋭いタイプ。

 つまりは油断ならない相手ということだ。

 敵か味方か見極めるのに少し時間をかけても損をすることはない。


「なにを企んでるのかはわかりませんけど」


 青刃さんのペースの惑わされないように、俺は努めて冷静に言葉を返した。


「俺、初対面の誰かもわからない人になんでもかんでもしゃべるほどアホじゃないです。そう見えるのかもしれませんけど」

「いいや、君は賢い子だよ。話をしてみて確信した」

「よくわかりませんけど、敵じゃないっていうならありがたい話です。……じゃ、俺は帰りますんで」


 俺はそう言って青刃さんに背中を向けた。


 敵であるにしろ味方であるにしろ、これ以上は無駄話をしないほうがいい気がした。

 まずは楓か誰かに素性を確認してからのほうがいいだろう。


「用心深いのは結構なことだ。これからよろしくな、優希くん」


 背中にそんなつぶやきが聞こえたが、結局俺は振り返ることはなかった。


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