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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 暮れの閑話祭り
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1年目12月「神村さんのクリスマス」


 どうしてそんな突拍子もないことを思いついたのだろう。


 永遠に続くかのような長い階段。

 見上げた先、階段の終着地点から吹き付けてくる風は相変わらず冷たい。


 空の雲は昨日よりも厚みを増しているような気がした。

 そういや最近はまともに太陽を拝んだ記憶がない。


 階段はまだ3分の1ほど残っている。

 ぜぇぜぇと息を切らすほどではないが、運動不足がデフォルト設定となっている俺にとってこの階段はなかなかの強敵。


「こりゃ今年も初詣はパスだな……」


 妹の雪はいつも初詣に誘ってくるのだが、俺はこれまで毎年断ってきた。

 理由は色々あるのだが、年寄りに優しくないこの長い階段もそのひとつだ。


 そもそも神社ってのは高いところに作らなきゃダメって決まりでもあるのだろうか。


 そりゃ神を祭るところなのだから低い場所に作るのは問題なのかもしれないが、先ほども言ったようにこの高さは年寄りの体には相当こたえるはずだ。

 こういう地味な神社ほど、参拝に来るのは年寄りのほうが圧倒的に多いはずだというのに。


「それともこれはアレか? 年寄りの体力を地味に削ることによって平均寿命を縮め、高齢化社会の難しい問題を解決しようという姥捨て山的なアレなのか?」

「違います」


 驚いたことに、俺のこの完璧でブラックな推測に異論を唱える者がいた。


「そうは言うが、この階段の長さは確実に命を削るぞ……」

「それはあなたが運動不足なだけです」

「俺は毎日1000歩以上あるくことを心がけている」

「少なすぎます」

「なるほど。つまり君はアレか。この俺が運動不足だと、そういうことが言いたいわけか」

「最初からそう言ってますけど」

「……そうか」


 俺はコホンと咳払いして斜め上を見上げた。


「それはそうとこんばんは、神村さん」

「……」


 箒を手にした神村さんが、いつもの無表情で俺を見下ろしている。

 見下ろしている、といっても別に見下した視線を向けられているというわけではなく、単純に神村さんの背が俺よりも高いだけだ。


「不知火さんが階段の途中で足を止めているだけでしょう」

「悪魔狩りってのは心も読めるのか?」

「あなたがいちいち口に出しているだけです」

「ちなみに直斗は162センチしかないんだ。知ってたか?」

「知ってます」


 それは意外だ。


「それはそうとこんばんは、神村さん」

「……」


 階段の途中で見上げる俺を、神村さんは完璧な無表情で引き続き見下ろしていた。


「……そうか。なにがなんでも挨拶はしてくれないわけか」

「そうですね。まだお昼ですから」

「神村さんは昼には挨拶をしないのか?」

「少なくとも『こんばんは』とは言いません」

「じゃあ、こんにちは」

「……」


 無言。


(……これは手強い)


 どうにか会話を成立させようという俺の努力も空しく、神村さんとの間にはまったくコミュニケーションが成立しなかった。

 こっちのペースに巻き込んで糸口をつかもうという作戦はどうやら空振りに終わってしまったようだ。


「不知火さん。懺悔をしたいのならばここではなく教会へどうぞ」

「……どういう意味だ」


 神村さんは俺を犯罪者かなにかと勘違いしているのだろうか。


「それで、私になにか用ですか?」


 先ほどの言葉が本気だったのか冗談だったのかを確認する暇は与えられなかったが、それでもようやく本題に入れそうなきっかけを神村さんのほうから提示してくれた。


 そこで俺は答えた。


「今日はいい天気だな」

「用がないのなら帰ってください」

「うわッ! ちょっと待ってくれ!」


 きびすを返そうとした神村さんを必死に呼び止め、俺はようやく階段を上りきった。


「今のはつかみっつーか、枕詞っつーか。ちゃんとした用があるんだ」

「なんですか?」


 どうにか神村さんは立ち止まってくれた。

 そんな彼女が再び背中を向けてしまわないうちに切り出す。


「神村さん、24日って暇か?」

「暇じゃないです。学校があります」


 取り付く島もない。

 ……いや、これは俺の聞き方も悪かったか。


「いや、そうじゃなくて。学校が終わった後に空いてる時間があるかって」

「ないことはないです」


 つまり用件次第ということだろうか。

 俺は本題に入った。


「24日、ウチに遊びに来ないか? 直斗とか呼んで、みんなでクリスマスパーティをやることになったんだが、よかったら神村さんもどうかと思ってさ」


 そう。

 俺が今日ここにやってきたのは、数日後に控えたクリスマスパーティに神村さんを誘うためだったのである。

 直斗の名前を真っ先に出したのはもちろん作戦のうちで、おそらく俺たちの中で一番交流の深いあいつがいれば、神村さんも顔を出しやすくなるんじゃないかと考えたためだった。


 が、しかし。


「いやです」


 即答だった。


「……だよなぁ」


 我ながら、いくらなんでもいきなりすぎた。

 しかし……まあ、なんというか。


「あのさ」


 しつこく誘う気はもちろんなかったが、この際なので気になっていたことを聞いてみることにした。


「俺、神村さんになにか嫌われるようなことしたっけ?」

「なんです?」


 そこで初めて、神村さんの表情が怪訝そうになった。


「いやさ。俺、もしかして神村さんに嫌われてないかと思って」

「いいえ。嫌いになるほど親しくないですから」

「あー」


 喜ぶべきか悲しむべきか。


「じゃあ今のところ、好きか嫌いかで言ったら?」

「嫌いです」

「……」


 完全にハートを抉られた。

 ああ、いや。女子に嫌われるのは結構慣れっこだったりもするのだが、神村さんの真顔と淡々とした口調が余計に胸を抉るのだ。


 ……と。


「どっちかで言うしかないのであれば、ですけど」

「ん? ……ああ」


 俺は試しに続けて聞いてみた。


「じゃあ普通か嫌いかで言えば?」

「普通です」


 なるほど、そういうことか。

 だったら――


「じゃあラブかライクかで言えば――」

「圧倒的にヘイトです」

「……」


 やはり神村さんは手強かった。


「冗談です」


 神村さんはそう付け加えながら、今度こそきびすを返して背を向けた。


「他に用がないのなら帰ってください。ここはあなたにとって居心地の良い場所ではないはずです」

「居心地、ねえ」


 俺はそう言いながら周囲を見回した。

 この神社の奥に"御門"という悪魔狩りの本部があるという伯父さんの話を思い出す。


 俺は答えた。


「別に居心地悪くもないけどな。この奥に俺たちを嫌ってる連中がいるのは知ってるけど、神村さんはそうじゃないんだろ? ……でもま、確かに用は済んだから今日は帰るか」


 そう言って俺も背中を向ける。


「じゃあまた、学校かどっかでな」

「……不知火さん」

「ん?」


 階段を下りようとしたところで呼び止められる。

 振り返ると、神村さんはこちらに向き直っていた。


「どうして、私を誘おうと?」


 そう言った神村さんの表情には、微妙に戸惑いの色が浮かんでいるように見えた。

 俺は正直に答える。


「ただの思いつきかな。まぁ、神村さんと仲良くなりたかったってのもあるけど」

「私に近づいても不知火さんにメリットはありません」

「可愛い女の子と仲良くなれるならそれで充分だろ」


 軽口を返すと、神村さんはなにも言わずにじっと見つめてきた。

 茶化すな、ということらしい。


 言い直すことにした。


「いや……な。別になにか企んでるとかじゃねーんだ。ただ……んー、なんだろな。ただの好奇心っつーか、神村さんがどういう人なのか気になるっつーか」

「私はこういう人です」


 いつもの素っ気ない言葉。

 ただ、真顔の神村さんが妙におかしく思えて、俺はつい笑ってしまった。


「……おかしいですか?」


 相変わらずの無表情。

 だけど、その奥で多少の感情が動いているらしいことに俺は気づいた。


「いや、悪い。妙に真面目な顔で言うからさ」


 俺はそれでも笑いをこらえながら、不思議そうな神村さんの顔を見つめる。


「でも、いつもそういう顔をしてる神村さんがどういう風に笑うかってのは興味あるかもな。ま、神村さんにとっちゃ迷惑な話だろうけど」

「そんなこと言われても、意味なく笑顔になんて……あっ」


 神村さんは急に黙り込んだ。


「あ? どうした?」

「いえ……」


 神村さんは視線を泳がせながら、


「少し前に、楓さんに同じことを言われたのを思い出しました」

「楓に?」


 意外な名前が出てきて俺は驚いたが、神村さんはほんの少し、注意していなければ気づかない程度に表情を和らげた。


「クリスマスの時期はいつも正月の準備で忙しいです。だから今年に限らず時間は取れないと思います」

「……そっか。じゃあ仕方ないよな」


 それですっきりした。

 同じ断られるのでも、理由があるのとないのとではだいぶ違う。


「不知火さんは初詣には来ますか?」

「え?」

「神楽を舞いますので」

「かぐら? 神楽ってあの、巫女さんが踊ったりするやつ? 神村さんがやるのか?」


 聞くと、神村さんは静かにうなずいた。


 はっきりとは言わないが、どうやら見に来ないかと誘われているようだ。

 もしかしたらクリスマスパーティに誘ったお返しという意味なのかもしれない。


「わかった。じゃあ今年は見に行くかな」


 もちろん俺はそう答える。

 つい先ほど初詣をパスしようなんて考えていたことはとっくに忘れていた。


「そうですか」


 神村さんは相変わらず素っ気ない。

 が、今となってはそんな仕草すらちょっと可愛らしく見えてしまう。


(無愛想っていうより、もしかしたら不器用なだけなのかもな……)


 体育祭で玉入れに苦戦していた姿を思い出すと、ますますおかしくなってしまった。


「なんですか?」

「いや、なんでもない。……ああ、そうそう」


 そして俺はそんな神村さんに向かって言った。


「さっきの、半分は本気だったわ」

「なにがですか?」

「仲良くなりたい理由。神村さんが可愛いから、ってやつ」

「……」


 無反応だった。

 まあ別に口説いているつもりはないし、良い反応を期待していたわけでもない。


「んじゃ、また明日な」


 そして今度こそ別れを告げる。


「つっても学校で会うことはあまりないか。またそのうちってことで」

「そうですね」


 そんな俺の言葉に神村さんもほんの少しだけ表情を緩め、足音ひとつ立てずに背中を向けるとそのまま境内の奥へと消えていった。


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