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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 暮れの閑話祭り
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1年目12月「伯父さんの家庭査察」


 12月も中旬に差し掛かった、とある金曜日の夜。

 我が家にはちょっと珍しい客人が訪れていた。


「はじめましてー。私、神崎歩と申しますー」


 歩がそう言ってペコリと頭を下げると、ソファにどっかりと腰を下ろしたその軽薄そうな人物は、あごに右手を当てて無精ひげをこすりながら値踏みするように歩の全身を見回した。


「ほほぅ。優希のやつが言葉巧みにさらってきた女の子というのは君か」

「はいー。さらわれてきちゃいましたー」

「……ちょっと待て」


 初対面にもかかわらずいきなり和気あいあいと、しかも俺の評判がいちじるしく傷つけられそうな会話を始めたふたりに対し、俺は即座に横から口を挟んだ。


「久々に来ていきなり人聞きの悪いこと言ってんじゃねーよ。……おい、歩。お前も適当にあわせんな」


 そう言って頭を軽く小突いてやると、歩は悪戯が見つかった子どものように小さく舌を出した。


「ったく。ほら、挨拶が済んだら雪のとこ戻れ」

「はーい」


 軽い足取りで歩が台所に戻っていく。

 俺はため息をつきながらソファのほうを振り返った。


「なかなか素直で可愛らしい子じゃないか。お前が放っておけなかったも無理はない」


 ソファにいた人物が感心したようにつぶやく。


「私にも弟はいたが、しょっちゅうケンカばかりだったのでな。あのように慕ってくれる可愛い妹が今からでも欲しいものだ」

「妹って、あんたなあ……」

「自分の娘より小さい子捕まえて、なにが妹なのよ」


 俺の言いたかったことを、台所から現れた"娘"が代弁してくれた。


「別におかしくはないだろう。娘より年下の弟や妹がいたって」

「いつの時代の話よ……」


 ため息をつきながら、持ってきたビールと枝豆をテーブルに出す瑞希。

 今さっき部活から帰ってきたばかりで、まだ制服から着替えていない。


 ……と、まあ、ここまでの会話でだいたい予想はつくだろうと思うが、ソファに座っている珍しい客人というのは瑞希の父親、つまりは俺たちの伯父さんである。


 牧原まきはら雅司まさし。雅司伯父さんだ。

 年齢は確か40歳を少し過ぎたぐらいだっただろうか。


 以前はここから近いところに住んでいたのだが、今は仕事の都合で伯母さんと遠くの町に引っ越していて、今日は急な出張で近くに来たついでに寄ったらしい。


 見ての通りちょっとすっとぼけた感じで多少アウトローな匂いを漂わせているが、先日の歩の件で色々と根回しをしてくれたのもこの人で、昔住んでいたこの町では特に顔が広く、いざというときには非常に頼りになる人だ。


 ちなみにこの伯父さんの奥さん、つまり伯母さんは宮乃みやのさんといって、伯父さんとは正反対に折り目正しく温厚な人である。

 俺なんかは小さいころから実母のように接してもらい、色々やんちゃをして困らせたりもしたが、怒った姿をほとんど見たことがなかった。


 ただ、伯父さんに言わせれば『本気で怒らせるとハンパなく怖い』そうである。


 ちなみに娘である瑞希は両親のどちらとも性格が似ておらず、雪なんかに言わせると、


『むしろユウちゃんがそっくりだよね、伯父さんと』


 とのことだ。


「伯父さん、お風呂沸きましたよ」


 その雪が脱衣所から顔を出してそう言った。


「おお、わざわざすまんな」


 ビールを一気に飲み干した伯父さんがゆっくりと腰を上げ、軽く首を回しながら風呂場へ向かう。


 と。

 伯父さんは風呂場に向かうその途中、なにごとか思いついたように振り返って、


「そうだ、雪。なんなら久々に一緒に入らんか? 昔みたいに頭をガシガシ洗ってやるぞ」

「え?」


 雪はきょとんとした顔をしたが、すぐにいつもの微笑みを返した。


「私はいいですけど、伯母さんにばれたら怒られますよ?」

「……ちょっとパパ! バカなこと言ってないで早く入ってきて!」


 眉間に皺を寄せた瑞希が怒鳴る。


「はいはい。わかった、わかったよ」


 伯父さんはおどけた調子でヒラヒラと手を振ると、ようやく脱衣所へと消えていった。


 瑞希がため息をつく。


「……ったく。いい歳して子どもなんだから」


 まあ、気持ちはわかる。


「なぁ、雪」


 そして俺は念のため確認することにした。


「俺って、伯父さんとそっくりなんだっけ?」

「え? うん。伯母さんも言ってたよ。ユウちゃんって、大きくなるたびに昔の伯父さんに似てきてるんだって」

「……」


 ってことは、俺も将来はあんな感じのエロオヤジになるってことだろうか。

 ……あまり考えたくない。






 夕食後。


「……さむっ」


 食器の片付けをしている女3人組を置いて、俺と伯父さんは寒空の下に出ていた。

 ビールが切れたので買いに行くという名目だったが、なにか話があるらしいことはもちろんわかっていた。


 太陽はとっくに沈んでいて、街灯の明かりも人通りも少ない。

 そんな静かな冬の夜道を、俺と伯父さんは並んでコンビニに向かっていく。


「で?」


 そしていくらも歩かないうちに、伯父さんは前置きなく切り出した。


「あれから雪の様子はどうなんだ?」

「見てのとおりだよ。ずっとそっちには関わらせてない」


 その質問を予測していた俺は即座にそう答えた。


 伯父さんが言っているのはもちろん5月に起きた悪魔狩りとのトラブルのことである。

 あの事件のことはすぐに伯父さんに連絡して状況を説明していたし、なにか困ったことがあったらすぐに連絡しろとも言われていたのだ。


 俺は続けて言った。


「ま、代わりに俺のほうは色々あったけどな」

「お前のことは最初から心配しとらん」


 伯父さんはそう言って笑ったが、すぐに真剣な顔になった。


「本当なら私がそばにいてやれればいいのだが。瑞希のことにしろ、お前には負担をかけるな」

「……」


 俺は無言で足元の小石を軽く蹴り飛ばす。


「……ま、確かに迷惑してるわな。あいつ、なにかっつーとすぐ手や足が飛んできやがる」


 言葉の意味をわざと曲解して答えた。


「俺に負担かけてると思うなら、あいつの暴力癖をまずなんとかしてほしいもんだ」


 すると伯父さんは鼻を鳴らして笑う。


「それは無理な相談だな」

「父親のくせにか?」

「あの歳になると、私なんてお前がさっき蹴っ飛ばした小石のような扱いだよ。父親ってのはなかなかどうして悲しい生き物さ」

「はっ、よく言うわ。そんなささいなことで落ち込む性格じゃねーだろ」


 そう言いながら、冷えてきた手を上着のポケットに突っ込んだ。


 白い息が黒い夜空にのぼっていく。

 街灯の下の水たまりの表面には薄っすらと氷が張っていた。

 辺りは完全に冬景色だ。


 そして少しの空白。


 俺は言った。


「……負担とか迷惑とか、そんなの考えたこともねーよ。あんたは俺たち兄妹を"人間"として育ててくれた恩人だからな」


 夜空を見上げて小さく、ひとり言のようにそうつぶやく。

 すると伯父さんも懐かしそうな目で俺の視線を追った。


「約束だったからな。お前の両親との」

「……」


 伯父さんと俺の両親。

 その関係について俺が聞かされていることはそれほど多くない。


 ただ確実なのは、血縁という点において伯父さんと俺の両親は赤の他人だということだ。


 俺の両親はどちらも純血の悪魔だから、そもそも人間である伯父さんと血縁であるはずがなく、詳しい事情は知らないが、行方不明扱いになっていた伯父さんの弟夫婦の戸籍を俺の両親がそのまま使っていて、記録上はちゃんとした親戚関係になっているそうだ。


 そのことは俺も雪もかなり前に聞かされていたが、瑞希だけは知らない。

 それは伯父さんの意向であり、おそらくは俺たちを普通の人間として育てたいという意志の表れでもあったのだろう。


 俺は言った。


「悪かったと思ってるよ。そんなあんたの努力を無駄にしちまってさ」


 だが、伯父さんは素っ気なく、


「わかっている」


 とだけ言った。


 それからはお互い、コンビニに着くまで無言だった。


「いらっしゃいませー」


 店員の声が俺たちを出迎える。


 ここのコンビニは家から一番近いのでよく利用するのだが、ちょうど深夜シフトに変わったところなのか、店内にいた大学生と思われるふたりの店員はどちらも見覚えがなかった。


「こら、優希」

「ん?」


 カゴにお菓子類を適当に放り込んでいるところを伯父さんに見咎められた。


「雪に頼まれたのは3つか4つだったろう。お前が個人的に買う分は自腹だぞ」

「はぁ? 雪の頼みはよくて俺はダメなのか?」

「当たり前だろう。あいつは可愛い姪っ子なんだ」

「こっちは可愛い甥っ子だろ」

「お前は"可愛くない"甥っ子だ」


 そう言って伯父さんは意地悪くニヤッと笑った。


「……ちぇっ。ケチくせーなぁ」


 俺は悪態をつきながらカゴに放り込んだ10個ほどの菓子類を棚に戻していったが、結局半分ほどは買ってもらえることになった。

 その他、缶ビールを6本と少量のつまみを買ってコンビニを出る。


「ありがとやしたー」


 抑揚のない店員の言葉を背に受けながら、相変わらずひと気のない通りに出る。

 缶ビールの入った重いほうの袋は菓子代として俺が持つことになった。


 そして帰り道の途中、再び伯父さんが真面目な顔で口を開く。


「この町はな。この近辺で一番悪魔の現れやすい土地なんだ」

「……どうしたんだ、急に?」


 怪訝に思って伯父さんに視線を向けると、


「お前もだいぶ関わってしまったみたいだから、もう少し色々教えておこうかと思ってな。同じ説明はしないからきちんと聞けよ?」

「……おぅ、わかった」


 今までは俺たちが関わるのを嫌ってか、伯父さんは最低限の話しかしてくれなかったのである。

 だからこれは俺にとってもありがたい話だった。


 伯父さんは言った。


「この町には巨大な"ゲート"があるんだ」

「ゲート? ゲートってあれか、ゲートボールのゲートか?」


 伯父さんは笑う。


「まあ語源的にはそうだな。簡単にいえば悪魔が本来住んでいる世界とこっちとをつなぐ出入り口のことだ。ほとんどの悪魔はそこを通ってこっちにやって来る。"ゲート"は世界各地にあるが、この町にあるのはどんな強力な悪魔でも通ってこられる国内最大級の"ゲート"だ。だからこの町にはこの国で有数の悪魔狩りである"御門みかど"の本部が置かれている」


 伯父さんは一気にそこまで言って、ある方角を指差した。


「向こうにある神社のことはお前も知っているだろう?」

「そりゃ知ってるよ」


 そこは神村さんがいる神社のことだ。


「……って、もしかしてあそこが?」

「そう。あそこが"御門"の本部だ。正確に言えばあの神社の奥の林の中だがな」

「あそこが、ねえ……」


 少し驚いたものの、考えてみればあの神社の娘である神村さんが悪魔狩りの一員なわけだし、神社の奥の林は背後の険しい山に続いていて、そこは難所だか伝承だかいろいろと危険なうわさがあって滅多に人が寄り付かない場所である。


 そういう意味では、なるほどと納得できる部分もあった。


「じゃあ、神社はいわゆるカモフラージュってことか?」

「いや、神社もあれはあれで本物だ。でなきゃ参拝に来るこの町の人間に申し訳ないだろう」

「そりゃそうか。……って、伯父さんはどうしてそんなに悪魔狩りに詳しいんだ? 悪魔狩りってのは一般には知られてない存在なんだろ?」


 疑問に思ったことを伯父さんにぶつけてみた。

 今までは単純に、俺の両親と関わったからそういう方向の知識が豊富なのだろうと考えていたのだが、今みたいに悪魔狩りの内情らしきことも知っているとなると、それだけじゃ説明できないような気がしたのだ。


「ああ、それはな……」


 伯父さんは急に足を止めた。


「?」


 俺も同時に立ち止まる。

 ゆっくりとこちらを向いた伯父さんはいつになく真剣な表情だった。


(……なんだ? なにか言いづらい事情でもあるのか?)


 少しの沈黙。

 それほど強くもない風の音が聞こえてくるほどの静寂。


 そして伯父さんは言った。


「……それはひとまず置いといて、お前の高校生活の話でもしようか」

「おい、ふざけんな! そこまでもったいぶったなら答えろよ!」


 肩透かしもいいところだ。

 重大な告白があるのかと思って心の準備まで済ませていたというのに。


 だが、伯父さんはとぼけて、


「どうでもいいじゃないか、私のことなんて。伯父としてはそんなことよりお前の学校生活が気になるんだ。どうなんだ? 彼女の3人や4人はできたのか?」

「……ったく」


 ため息をつく。


 先ほどの伯父さんは少し迷っていたように見えたが、どうやら最終的に"しゃべらない"ほうの結論を採択したらしい。

 この人がこうなったら押しても引いても無駄だ。


「つか、彼女って3人も4人も作るもんじゃねーだろ、フツー」

「なんだ。つまりひとりもいないのか」


 俺の皮肉を軽く受け流し、伯父さんはさっさと歩き出した。


「でもまあ落ち込むな。いざとなれば瑞希のやつをくれてやる」


 実の父親とは思えないセリフだ。

 こんなんだからそこらの小石を同じ扱いを受けるのである。


「いざとなってもあんな凶暴なのいらねーよ。俺は殴られて喜ぶような変態趣味はないんだ」

「なんだ? お前、未だにあいつに頭が上がらんのか?」

「……ちげーよ」


 違わない。


 伯父さんは笑いながら、


「まあ、そんなに嫌わないでやってくれ。あいつは昔から恥ずかしがりやなだけなんだ」

「うそつけ。あいつのどこにそんな要素があるってんだよ」


 適当にあしらうと、伯父さんは逆に意外そうな顔でこっちを見た。


「あいつは男っ気のない環境が長かったから、男に対する接し方がちょっと不器用なんだ。それで対処に困ったときに手が出る」

「……俺とあんたの認識には致命的な食い違いがあるようだ」


 アレはどう考えてもそういう類のものではないし、そもそも男なら誰に対しても手が出るってわけでもない。夏休みにナンパされたときのようなケースもごく稀にあるが、あいつは基本的に俺しか殴らないのだ。


「あいつは相手が男だろうが女だろうが基本的に変わんねーよ。ただ、男連中はたまに下心全開であいつに近づくからな。そういうやつらには対応が厳しくなるだけだ」


 俺がそう言うと、伯父さんはにやりと笑った。


「なんだ。仲が悪いわりによく知ってるじゃないか」

「……」


 誘導されたらしい。

 俺は深いため息をついて、


「あー、もう。寒ぃから先行くぞ。じじぃのペースにゃ付き合ってらんねーわ」

「おー、好きにしろ。私はオリオンでも探しながらのんびり行く」

「……ったく」


 足を速める。

 いいようにからかわれた挙げ句、話も完全にそらされてしまった。


(……ま、焦って聞き出すこともねーけど)


 それに、俺には予感があった。


 伯父さんが先延ばしにしたその話。

 伯父さんのことや俺の両親のこと。


 それらはきっと近い将来、黙っていてもわかるはずのものだと。


 それを知ったときに、俺の生活がどう変わるのかはわからない。

 大きな変化があるかもしれないし、別になにも変わらないのかもしれない。


 どちらにしても、焦ることはない。

 そのときが向こうからやってくるまではこれまでどおりでいいのだ。


 それが伯父さんと俺の両親との約束だったらしいから――


 そして俺は夜空を見上げる伯父さんをひとり残し、一足先に家へ向かったのだった。


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