1年目12月「今はまだこのまま」
期末テストが終わった――
……と、俺が言うと、なぜかみんな『だろうねー』みたいな同情の顔で俺を見る。
どうやら意味を勘違いされているようだ。
それはともかく。
俺たちは2学期の最大の山場を越え、あとは間近に迫った冬休みを待つだけとなった。
クリスマスなんてイベントが控えていることもあって、思春期真っ盛りの高校生たちは否応なしに盛り上がる時期である。
話題の中心はもちろん色恋沙汰で、先日流れた俺と由香のうわさもその一環といえるだろう。
彼氏彼女のいる生徒はクリスマスをどう過ごすかで盛り上がるし、いない奴らはとりあえずクリスマスまでに相手をゲットしようと手遅れな努力を繰り返したりする。
さて、そんな時期。
俺の周りはというと――
「優希くん。付き合ってくれないかな……」
「ああ、別にいいけど」
これで目の前にいるのが超がつく美少女で、場所がたとえば誰もいない校舎裏とか屋上だったりするなら言わずもがなのシチュエーションなのだが、残念ながら俺の目の前にいるのは一応女の子ではあるものの死ぬほど顔を見飽きた幼なじみであり、場所はまだ何人もの生徒が残っている教室内。
そして彼女がラブレターの代わりに手にしているのは学級日誌だった。
要するに今日はたまたま俺たちが日直で、日誌を職員室まで届けるから付き合ってくれという、なんとも色気のない話なのである。
……そうそう。
先日の由香とのうわさは前にも言ったとおり自然に収まってくれたのだが、実は俺たちに思わぬ効果をもたらしていた。
俺と由香、それに直斗の関係について、周り(特に俺たちのことをそこまで知らない高校からの入学組)が"そういうものだ"ということをさらに強く認識してくれたことである。
雨降って地固まるとでも言おうか。
それによって、俺は以前よりも気軽に由香と接することができるようになったのだった。
「もうすぐクリスマスだね」
そんな事情もあって、学級日誌を職員室まで届けた後、自然の成り行きで由香とふたりで下校することになった。
「クリスマスって、俺たち恋人いない組にはあんま意味のないイベントだろ」
あまり興味もないので素っ気なくそう答え、俺はくもり空を見上げた。
数日前、この辺りでは今年の初雪が降った。
この冷え込みを考えるとまた近いうちに降るかもしれない。
「なんだか去年もまったく同じ話をした気がする」
由香が俺の吐く白い息を見つめながらそうつぶやいた。
「そうだったか?」
「うん。それで、私と優希くんと雪ちゃんと直斗くんの4人で、誰が一番最初に恋人を作るだろうねって、そんな話をしたの」
「あー」
微かに覚えていた。
「そういやそうだったな。結論は確か直斗だったよな?」
「そうそう。その次が私で、優希くん、最後が雪ちゃん」
「あれ。なんで雪が最後だったんだっけ」
「うーん」
由香は微妙な顔をした。
どうやら覚えていないらしい。
「しかし、ま、要するに1年経っても相変わらずってことか」
「相変わらずだね」
「……つか、お前ら本気で恋人作る気あんの?」
そんな由香を横目に見て、軽く聞いてみた。
雪にしろ直斗にしろ、そしてこの由香にしろ、その辺の男子女子と比べてなにか特別に劣っているとは思えない。むしろ大きく優れている部分もあるぐらいだ。
雪と直斗は言うまでもなく人気者だし、由香だって斉藤のようにちゃんと好いてくれるやつが実際にいる。
巡り合わせが悪いのか、あるいは俺や直斗の世話を焼きすぎてそういう連中がなかなか間に入ってこられないのか――後者だとしたら俺にも責任の一端があるということになるのだが。
「直斗くんはわからないけど、私はあるよ。好きな人とふたりでクリスマスを過ごしたいって思うもん」
「ホントかよ。やる気が見えねーぞ」
「そんなこと、見た目でわかるものじゃないよ……」
「そんなもんかね」
ほっ、と白い息を強く吐き出して、冷たくなった右手から左手へとカバンを持ち替える。
右手はそのままポケットの中へ。
「だいたいお前、前に話してた好きなヤツのことはどうしたんだ?」
「え? ……どうもなってないけど」
「ほら。やっぱやる気ないじゃん」
俺に言わせりゃ、そんなにはっきり好きだと思っているならとっとと告白でもなんでもすればいいのだ。
言いもせずに相手が振り向いてくれるかも、なんてのはあまりにも虫が良すぎるだろう。
そういうのは女だからって遠慮することないのだ。
「そ、そうじゃないよ。今はちょっと……タイミングを計ってるというか、今どうにかしようとしても多分うまくいかないから」
「んなことわからんだろ」
「わかるよ。だって私を相手にしてくれるような人じゃないし……」
そんな風に自分を卑下するようなことを言ったので、俺はちょっとムキになって言い返した。
「だからわかんないだろって、そんなこと。それに私なんかっていうけど、お前だっていいところあるし、魅力がないわけじゃないぞ」
言いながら、斉藤の顔が脳裏に浮かぶ。
そう。
少なくとも最低ひとりはこいつにベタ惚れしているヤツがいるのだ。
「……」
すると由香はなにを思ったのかちょっと意外そうに俺を見た後、おかしそうに笑って、
「……珍しいね。優希くんがそんなお世辞を言うなんて」
「お世辞っていうほど褒めてもねーけど」
魅力がないわけじゃないって言葉がお世辞に聞こえるほど、普段の俺の言動がひどいってことだろうか。
ただ、俺の本心をいえばさらに褒めてやってもいいぐらいなのだ。
「その相手が誰だか知らねぇけど、お前から告白されて断るなんて、特別な理由でもない限りありえないと思うけどなー、俺は」
見た目だって(たぶん)悪くないし、ちょっとトロいところはあるが、料理がうまいとか世話好きとか、長所はその欠点を補って余りある。
すでに彼女がいるとか、気の強い女以外はノーサンキューとか、そういう信念でもない限りこいつを彼女にして損をしないことは俺が保証してやってもいいぐらいだ。
由香は不思議そうな顔で俺を見ていた。
もちろん俺がこんなことを言うのは珍しいし、そんな顔をする理由もわからなくはない。
ただ、やがて俺の言葉が冗談じゃないことを察したのか、
「じゃあ……優希くんだったら?」
「なにが?」
主語、あるいは目的語の欠けた問いかけに、俺は当然のごとくそう聞き返した。
「私が優希くんに告白したら、優希くんは断らない?」
「……あー」
まあ、この質問を予想していなかったわけじゃない。
俺だって一応男なわけだし、こいつにしたら参考意見を聞くのに絶好の相手だろう。
とはいえ。
俺にとっては答えづらい質問でもある。
「……俺の答えはきっと参考にならないぞ?」
「どうして?」
「だって俺らは男とか女とかあまり区別ないころからの付き合いだろ? そんな俺がどんな答えを返しても、一般的な意見から離れてる可能性が高いんじゃないか?」
と、答えた。
俺が回答するのが難しいのもその辺が理由だ。
要するには俺は、自分がこいつから告白される場面というのをまったく想像できないのである。
他の幼なじみといわれる連中がどうなのかは知らないが、少なくとも俺はこいつのことをそういう風に見ることができないのだ。
というより。
正直な気持ちを言えば、俺はこいつのことが好きだ。
ただ、俺の感じているそれが単なる友情なのか、それとも恋愛感情を含んだものなのかは俺自身にもわからない。
なぜならその感情は、俺が性別の違いを意識する前から変わらずに抱いているものだからだ。
そもそも俺は、男と女という性別の違いを認識するタイミングが他の子どもよりも圧倒的に遅かった。
初めてそういうことを意識したのは小3ぐらいときで、極端に言えば俺はそれまでの間ずっと、直斗が男で由香が女だということすらほとんど認識してなかったのだ。
そういう事情もあって、俺がこいつを見る目は少なくとも"男の目"じゃない。
小さいころは当然のようにそうだったし、今もたぶんそうだ。
そんな人間の意見が、恋愛話に役立つはずもない。
「だからま、参考意見が欲しいなら別のヤツに聞いたほうがいいぞ。それこそ、お前の好きなヤツと立場とか年齢とかが近いのがいいんじゃねーか?」
が、しかし。
由香は小さく息を吐いて首を横に振った。
「……ううん。優希くんの意見はきっと参考になるよ」
そう言ってから正面を向き、ほんの少しだけ視線を落とす。
「私の好きな人も、私のことを昔から知ってる人だから」
「……」
だけど、いつからだったろうか。
もしかしたら――と、そんなことを感じるようになったのは。
それを考えるときに、いつもは一番最初に可能性を否定するのに。
最初からその可能性だけは除外してしまうのに。
ある瞬間に、ふと頭を過ぎるのだ。
いつもの弁当を受け取るときに。
一緒に帰ろうと誘われたときに。
「クリスマスはね……」
カバンを抱える由香の手に微かに力が入ったように見えた。
……でも。
俺にとってそれはいつまでたっても"もしかしたら"でしかない。
現実になることは考えないようにしていたし、少なくとも今は現実になって欲しくなかった。
俺のそばにはすでに幾人かの大切な友人たちがいる。
今はそれで充分。
なにか変化があってその中から誰かが消えてしまうことになるのなら、今はまだこのままがいい。
たとえいつか、区別できない感情に答えを出さなきゃならない日が来るのだとしても。
「クリスマスはまた、みんなで一緒にパーティがしたいな……」
だから、一瞬のためらいの後に続いた由香のその言葉に。
俺の周りを黙って通り過ぎただけの"もしかしたら"に、俺はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「……だな。雪に直斗に歩に。ま、ウチでやるなら瑞希のヤツも仲間に入れてやるか」
俺は肩にかけていたカバンを持ち直す。
そのときにはもう、どちらもいつもの空気に戻っていた。
「将太くんと美弥ちゃんは?」
「ミヤちゃん? 誰だっけ?」
「藍原さん」
「おぅ、そういえばそんな名前だったか。美弥ねえ。なんつーか、あいつに似合わねぇ名前だな」
そう言うと由香は控えめに笑って、
「美弥ちゃん、優希くんが思ってるほど変な子じゃないんだけどなぁ……」
そんな由香に、俺は一言。
「変だなんて一言も言ってねーけど?」
「え?」
由香はきょとんとした後、ハッとした顔をして、
「あっ……だ、だって、優希くんいつも――」
「そっか。お前は藍原のことをそんな風に思ってたんだな。変な子ねー」
畳み掛けるように言うと、由香は困った顔をする。
こんな冗談でもまともに受けてしまうのが、こいつのこいつたるゆえんだろう。
「まあ冗談だ。とにかく将太と藍原も呼んでパーティだな。あまり気は進まんが」
「……うん」
と、由香は安心したように笑った。
「そろそろ準備しとかないとな、いろいろと……」
俺は再び厚い雲のかかった空を見上げた。
今年のクリスマスも、多少メンバーの入れ替えがあるだけで去年と同じ雰囲気になるのだろう。
もちろん来年はどうなっているかわからない。
ただ、今の俺にとってはいつも通りであることがなによりだった。




