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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 暮れの閑話祭り
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1年目11月「勘違いから始まる友情の危機」


 たとえば高校生ぐらいの男女が一緒にプールに行って夕方近くまで遊び、帰りに喫茶店に寄って雑談を交わした上、辺りが暗くなってから男が女を家まで送ってそこで別れる、という光景の一部始終を目撃したとしよう。


 それに対して男が『いや、別に俺たち付き合ってねーけど?』と言ったとして、はたしてどれだけの人間がその言葉を信じてくれるだろうか。

 当事者と質問者の関係にもよるだろうが、多くの人間がそれなりに疑いの目を向けることだろう。


 それについては至極当たり前の反応だと思う。客観的に見れば俺だってきっとそう思う。

 その男女がどういう関係なのかを深く知らなければなおことだ。


 ……しかし、である。


 だからといって、どうして俺がこんな苦労をしなければならないのか。

 その辺りがどうにも納得できないのだった。






 文化祭が終わると2学期の主なイベントは残すところ期末テストのみとなる。

 その難関を越えるとあとは冬休みにクリスマス、正月と楽しいイベントが目白押しなわけだ。


 そんな、周りが少しずつ浮き足立ち始める11月中旬の、とある月曜日のこと。

 俺はその朝、いつものように直斗と由香、そして先月から一緒に登校するようになった歩の4人で学校へと向かっていた。


「今朝は寒いね、歩ちゃん」

「ホント、寒いですねー、由香さん」


 意味のないことを言い合って、意味もなく笑い合っている後ろのふたり。

 仲がいいのは結構なことである。


 俺はそんなふたりを横目に見ながら大きくアクビをした。


「ふわぁ……ぁ。やっぱ月曜の朝はだりーなー」


 白い息があがっていく。

 11月も中旬を過ぎればもう立派な冬の空気だった。


「優希の場合、"月曜日は"じゃなくて"土日以外は"の間違いでしょ」


 直斗の的を射た嫌味に反論するほどの気力もなく、


「まー、そーだが。もっと正確にいえば金曜日の放課後から日曜日の夕方まで以外、かな」


 もう一度アクビをすると、俺は意味もなく通りのあちこちを見回した。


 電柱の根元には昨日の夜に降った雨が少しだけ残っている。

 あと1ヶ月もすれば、あの表面に氷が張るような寒さになるのだろう。


「そういえば優希くん、昨日はちゃんと濡れずに帰れた?」

「あー、さすがにちょっと濡れたな」

「大丈夫だった?」

「まぁな。たいしたことねーよ」


 そんな俺と由香のやりとりに、直斗が不思議そうな顔をする。


「昨日、なにかあったの?」

「うん。実は昨日ね――」


 唐突だがここで、この水月由香という人間が俺たちの学校でどういうポジションなのかを少し説明しておくことにしよう。


 俺たちと一緒にいるときのコイツってのは大人しくて控えめで、ちょっと地味なところが前面に出ていることが多いが、実のところ学校ではそういう扱いばかりではなかった。


 対人関係については、女子に対してはかなり積極的に話しかけていくほうだし、それこそ自分から友だちを作ろうとするタイプだ。その上、いまどきの高校生にしては珍しく真面目で世話好き、クラスの仕事も面倒がらないし、人の好き嫌いがない。


 だからコイツに対するクラス内の評価ってのは"控えめだが真面目な明るい子"といったもので、どのグループにも混ざれるから、ある意味ではクラスの潤滑剤的ポジションだったりするのだ。


 女子の友だちはクラス内外を問わずに多いし、男子については友だちといえるほどではないもののちょっと言葉を交わす程度の相手はそこそこにいる。


 つまり人気者と言っても過言ではない。

 中等部時代の雪のようなアイドル的な人気ではないが、誰からも好感を持たれているという意味での人気者なのである。


 さて、一方。

 前にも何度か説明したとおり、俺の学校での評価は基本的によろしくない。


 直斗経由で耳にした限りの話だが、仲のいい一部の男子からの評価は"変なヤツ"。

 あまり交流のない男子からは"協調性がない"。

 女子の評価は"無愛想でちょっと怖い"。


 どれもこれも、斜め読みしたところで賞賛の言葉に化けたりはしない、そんな酷評ばかりなのである。

 "変だけど面白いヤツ"なんて言われたこともあるが、これは発言者が藍原なのでまったく喜べない。


 と、いうわけで。

 そんな"真面目な明るいクラスの人気者"である由香と、"協調性がなくて無愛想な厄介者"である俺との仲がいいことを、クラスの多くの生徒が未だにいぶかしげに思っているようだった。


 実際、初めて会ったのが高校に入ってからだったとしたら、きっと俺と由香は3年間をほとんど関わりなく過ごしていたんだろう。

 だから、俺たちがこうして仲よくしていられるのは、いわゆるめぐり合わせの妙というやつなのだ。


 で、結局。

 俺がなにを言いたいのかというと――


 ……ピタッ、と。

 ざわめきが急に止まったかと思うと、視線が一斉に集まった。


「……?」


 風見学園の2階に並ぶ1年生の教室。

 階段を上りきったところで歩だけが別れ、俺と直斗と由香の3人は1年1組の教室のドアを開けた。


 その瞬間、教室内で起きたリアクションが先ほどのものである。


「?」


 俺はもちろんのこと、直斗と由香もその異様な雰囲気に気付いたようだった。


 ただ、それはほんの一瞬のこと。

 次の瞬間、俺たちに向けられてた視線は次々に外れ、教室内はまた喧騒を取り戻した。


(……なんだ?)


 ただ、妙な空気がそれで完全に消えたわけではなかった。


 席に向かう途中、由香が周りの女子から矢継ぎ早になにごとか質問されているのが視界の端に映る。

 会話の中身は聞こえなかったが、単なる朝の挨拶という雰囲気ではない。


 俺は怪訝に思いながらも窓際の最後尾にある自分の席に行くと、カバンを置いて腰を下ろし、それからもう一度由香の席のほうへと視線を移した。


 周りにはいつの間にか4~5人の女友だちが集まっていて、やはりなにごとか話しかけている。

 由香本人はなにやら困惑した表情で軽く手を振りながらそれに応じていた。


 しかも――


(……なんだ、この空気)


 異常があったのは由香の周りだけじゃなかった。

 俺のほうも直接来る人間はいなかったが、いくつかの視線が刺さっているのを感じる。そのうちのいくつかは直斗のほうにも向けられているようだ。


 こういうときはとりあえず"歩く情報掲示板"の将太に聞いてみるのが早い。

 と、思ったのだが――


(……休みか。使えねーなぁ)


 将太の席は空席だった。カバンもない。

 いつも"情報を集める"とかいうわけのわからない名目で早く来ているあいつのことだ。この時間にいないということは風邪かサボりか、とにかく今日はもう来ないと思って間違いないだろう。


 もう一人の情報源である藍原の姿もない。

 まあ、こっちはいつもどおり時間ギリギリにやってくるのだろう。


 そうこうしているうちに、だんだんと面倒くさく思えてきた。


(……ま、いいや。俺に関係あるんならそのうち誰かなんか言ってくるだろ)


 結局その疑問を解明することのないまま、俺は机に突っ伏して授業が始まるまで仮眠を取ることにしたのだった。


 と。


「おい、不知火」

「ん……?」


 そして期待した"誰か"は意外にも睡魔より早くやってきた。


「……なんだ。佐久間か」


 机の横に立っていたのは比較的よく話すクラスメイトのひとり、佐久間だった。


 かなり厚めの眼鏡をかけていて真面目で秀才チックな外見をしており、そのとおり学業優秀で生活態度もよく、先生たちからは典型的な優等生のレッテルを貼られているのだが、その実、裏ではタバコを吸うし酒も飲むという、いわゆる知能犯的な不良である。


 もちろんいいやつではないのだが、あまり周りに迷惑をかけるようなことはないし、逆に有用な情報をくれたりすることもあるので、それなりに付き合っていた。


「不知火。お前そんなのんきにしてて大丈夫か?」

「あん? ……ああ、なんか騒いでるやつか? やっぱ俺が関わってんのか」


 俺が無関心に言うと、佐久間は小さく肩をすくめてみせる。


「関わってんのか、じゃないぞ。斉藤のやつがひどく怒ってたぜ」

「斉藤? なんで斉藤のヤツが?」


 斉藤もクラスメイトで友人のひとりだ。サッカー部に所属していて、そっちは目の前の小悪党と違って本物の優等生だが、俺や佐久間とも仲良くしていることからわかるように交友関係の広い社交的な男だ。


 ついでに顔も良くて人望もある。

 クラス内の立ち位置からすると、由香の男版みたいなものと言えるかもしれない。


 ……ああ、そうそう。

 由香に斉藤といえば、忘れちゃならない。


 実は斉藤は中等部からの友人なのだが、そのころから由香に惚れているのである。


 サッカーをやってるバリバリの体育会系にしては珍しく色恋には奥手らしく、中等部時代からまったく進展がない、というか、斉藤は実質、俺を挟まずに由香と会話をしたこともないのだ。

 別に女が苦手というわけではないようなのだが、どういうわけか由香と話そうとすると緊張して言葉が出なくなってしまうらしい。


 俺も過去にそのことで何度か相談されていて、なりゆきで協力を約束させられたなんて経緯もあった。


「斉藤がお前に怒るっていったらひとつしかないだろ」

「あー……まあそうだろうなあ」


 俺はチラッと由香のほうを見た。

 由香は未だ3人の女友だちからなにやら質問攻めにあっていて、相変わらず手を横にブンブンと振っている。


「要するに由香のことか。昨日のことが誰かに見られていたと」

「わかってるじゃないか」


 佐久間は少しだけ笑った。


 実を言うと、今朝登校時に話していた雨がうんぬんという話は、俺が昨日由香とプールに遊びに行ってきた帰りの話なのである。


 誤解のないように言っておくが、これは別にデートとかそういった類のものじゃない。

 もともとは夏休みに一緒に海に行けなかったのを残念がっていた由香のために、俺と直斗それに雪の3人で計画したものが、雪と直斗が風邪と家の用事でドタキャンとなり、結果的に由香とふたりきりになってしまったものだ。


 そのシチュエーションに嫌な予感がなかったかといえば嘘だ。

 ただ、プールのシーズンはとっくに過ぎていたし、隣町だから誰にも見られることはないだろうと、互いにタカをくくっていたのである。


「温水プールで遊んで、喫茶店で軽く晩メシ食って、仲よく帰ってきたんだって?」

「なんでそこまで筒抜けになってんだ……」


 げんなりした。


 昨日俺たちがプールに着いたのは昼近くで、最終的に家に帰ったのは午後の7時である。

 そこまでの行動が全部筒抜けになっているとすると、俺か由香のどちらかにストーカーでもついているんじゃないかと疑いたくなってしまう。


「ま、どういう経緯かは知らないけど、とにかく斉藤の誤解ぐらいは解いておいたほうがいいんじゃないのか?」


 佐久間はにやりとしながら言った。

 迷いなく誤解と決めつけるあたりは、周りのうわさに流されないコイツらしい。


「ま、ほんとに誤解なのかどうかは知らないけどな」


 わかっていて意地の悪いことを言うのも、やはりそう。

 基本的には人の困っている顔を見て喜ぶ嫌なヤツなのだ、コイツは。


 俺はため息をつく。


「しゃーないな。どこかの木陰で俺を見つめている健気な女の子を悲しませないためにも、誤解を解いておくとするかな」

「ま、がんばれ」


 突っ込みもせず佐久間が俺の肩を叩く。

 そしてホームルーム開始のチャイムが鳴った。






(……と、言ってはみたものの)


 あっという間に昼休み。

 早めに弁当を食べ終えた俺は、廊下をブラブラしながら考えていた。


 誤解を解くと簡単に言ってはみたものの、よくよく考えるとこれが結構難しい。

 うわさ話をしている連中はそのほとんどが俺と親しい人間じゃないし、そんな連中を捕まえていきなり『それは誤解です』なんて主張したらドン引きされること間違いなしだ。


 できればそういうことをせず、なるべくスマートに全員の誤解を解いてしまいたいものである。


(……ん? あれは)


 そのとき、廊下の向こうからやってきた見知らぬ3人組の女生徒を見て、


(あ、そっか。簡単じゃないか)


 ピンと閃いた俺はすぐさま教室へとUターンした。

 向かった先は直斗のところだ。


「おーい、直斗」

「ん? どうしたの?」


 男性ファッション誌を読んでいた直斗が顔を上げた。

 ちなみに校則の緩いウチの学校は、よほどいかがわしいものでない限りこういう雑誌の持込みは禁止されていない。


 ちょうど直斗の前の席が無人だったので、俺はそこに横向きに座って切り出す。


「ちょい頼みがあるんだ」

「頼み? やっかいごとじゃなければいいよ」


 直斗は雑誌を閉じてカバンにしまう。


「お前、今日の放課後は暇か?」

「なにもないけど。遊びの誘い?」

「じゃあ決定」


 俺はポンと軽く手を叩いた。


「お前、今日はデートな」

「デート?」


 直斗は困惑顔をする。


「デートって、優希と?」

「んなわけあるかい」


 冗談なのはわかっているが、真顔で言うので俺も思わず真顔で突っ込んでしまった。


「由香のヤツとだよ。買い物でも映画でもなんでもいいや。とにかく適当にデートしてきてくれ」

「……あぁ、なんだ、例のうわさ? 僕と由香を一緒に歩かせて、誰かに目撃させればうわさが消えるんじゃないかってこと?」


 さすがに理解が早くて助かる。


「そういうことだ。由香のヤツには俺から指令を与えておくから頼む」


 そう言って肩をポンと叩くと、直斗は仕方なさそうに苦笑して、


「残念だけどそれは断る」

「……へ?」


 一瞬固まってしまった。

 まさか断られるとは思っていなかったのだ。


 直斗はそんな俺の考えを見透かしたかのように言う。


「いくら幼なじみだからって、僕もそこまで無神経に付き合ってるわけじゃないよ。この歳になると色々あるからね。休日にふたりきりで出かけるなんてこともまずないし」

「いや……ちょっと待てって。そんなの俺だって同じだっつーの。けど、昨日のは仕方ねーだろ。つか、もとはといえばお前と雪がドタキャンしたせいでもあるんだからな?」

「わかってる。それが悪いって言ってるんじゃなくて、うわさを消したいから誰それとデートしろなんて発想がそもそも無神経だってこと」

「……」


 そうなのだろうか。

 そりゃ見知らぬ男とデートしろなんて言えば、無神経というか横暴だとは思うが――


「そんなのいまさらだろ。昨日だって俺とふたりで遊びに行ったんだから」


 俺はそう反論したが、直斗は引き下がらなかった。


「それは由香が自分の意思で行ったんでしょ。でも今日僕と、ってのは違うじゃない」

「なんだそりゃ。俺がよくてお前はダメってことはないだろ」

「そりゃ由香のことだし、用事でもない限り断らないとは思うけど」

「だろ? なにが言いたいのかわからんぞ」


 うーん、と、直斗は少し難しい顔をして、


「じゃあもっと簡単な話にしちゃおうか。……昨日、君とデートらしきことをしていた由香が、今日は僕と学校の帰りにいちゃいちゃしてる。これ、僕らのことをよく知らない人が見たらどう思う? 本当にうわさが消えるだけで終わるかな?」

「ん……むぅ」


 うわさをしているのは由香のことを知っている人間ばかりだろうから、そんな風に悪いほうに転がることはまずないだろう。

 が、確かに可能性としてはゼロではない。

 誰からも好かれているとはいえ、本当に100パーセントの人間が好意的であるはずもないのだ。


 難しい顔をしている俺に直斗は言った。


「だから今回のことは放っておくのが一番いいよ。昨日のことは嘘でもなんでもないんだし、そのことで誰がどんな想像をしても別に関係ないでしょ」

「いや、まぁそれは俺もどうでもいいんだが……」


 斉藤のこともあるからそう簡単には引き下がれない。

 直斗は斉藤のことはもちろん知っているが、由香との仲を取り持つように俺が依頼されていることまでは知らないからこちらの事情がわからないのだ。


「……たとえば」


 許可なくそれをばらすわけにもいかないので、少しひねって伝えることにした。


「あるところにひとり、由香に惚れている男がいるとする」

「いるの?」

「いるとして、だ」


 コホン、と咳払いをする。


「もしその男が今回のことで俺と由香の関係を誤解したとすれば、やっぱ色々問題があるだろ?」

「つまり君の友だちの中にいるんだ?」

「……お前な」


 いちいち核心を突いてくる。


「あ、ごめんごめん。……なるほど。それで放っておけないってことか」


 直斗はようやく納得してくれたようだった。

 しばし考えた後、ため息をついて、


「じゃあ、とりあえずあとで由香と相談しようか? あっちにはあっちの事情もあるだろうし」

「アイツに相談するのか?」

「もちろん斉藤くんの話はしないよ」

「……知ってんじゃねーか、てめえ」


 直斗は笑ってごまかした。


 ただ、確かに事情も話さずに『直斗とデートしろ』よりは、由香にも協力を頼んだほうがスムーズにいくのかもしれない。

 そう考えて、俺はそんな直斗の提案に乗ることにしたのだった。


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