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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第6章 暮れの閑話祭り
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1年目11月「文化祭後半戦」


 雪がガラの悪い男に連れて行かれた、とする藍原の話は、簡単に要約するとこうだった。


 昼の混雑時間を過ぎ、雪がウェイトレスの仕事を終えたころ、藍原はトイレに行くために偶然4組の教室の前を通ったらしい。

 その時間になるとさすがに行列も小さくなって少し落ち着き始めていたらしいのだが、その教室前にガラの悪そうな男が立っていたというのだ。


 そのときは藍原もそれほど気にしたわけじゃないらしいのだが、藍原がトイレから戻ってきてまた4組の前を通ると、ちょうど雪がその男に連れて行かれるところだった、というのである。


「で、雪とそいつがどこに行ったのかわかるのか?」


 廊下を移動しながら、先頭を歩く藍原に確認する。


「体育館裏のほうに向かったよ。間違いない」

「体育館裏ね……」


 念のため、と、付いてきていた直斗を振り返る。

 視線が合うと、直斗は無言のままでちょっとだけ首をかしげてみせた。


 ……直斗もきっと俺と同じことを考えているのだろう。

 俺にはこの先のオチがある程度予測できていたのだ。


 そして――


「……うん。ごめんね」


 ようやく駆けつけた体育館裏では予想通りの光景が展開されている。


「そう……」


 そこには雪と、藍原曰く"ガラの悪い男"がいた。


 男は落胆の表情。

 雪はいつもと変わらない穏やかな表情。


 どう見てもガラの悪い男に拉致された状況ではない。

 中等部時代に何度も見せられたのと同じ、告白もとい玉砕シーンである。


 ……念のため断っておくが、俺がその光景を何度も見たのは、友人たちの玉砕覚悟の突撃に何度も付き合わされたせいであり、決して自らがのぞきに行っていたわけではない。


 ちなみに俺の知る限り玉砕率は100パーセント。

 1回では諦めないやつもいて、中等部の3年間で計5回フラれたヤツもいた。


 なんとも諦めの悪いことだと思うのだが、これに関しては雪の断り方も悪かった。


 アイツはこうして告白されると、最初にとても嬉しそうに微笑む。

 そうしてからすぐに"ごめんね"と来るのだ。


 これでは諦め切れないヤツらが出てくるのも仕方がないというものである。


「……ていうか」


 物陰からその光景を眺めていた俺は藍原に抗議した。


「お前がアレのどこを見て"ガラが悪い"と判断したのか俺にはさっぱりわからん」


 その男、背は高くて体格はいいが、どう見てもそれほど悪そうには見えない。

 ガラが悪いというよりは生粋のスポーツマンという感じだ。


「言われてみるとそうでもないかも。先入観って怖いね」

「……絶対ワザとだろ、お前」


 突っ込むと、藍原はあっけらかんと笑って、


「まあまあ。おかげで面白そうな場面に出会えたんだし。他人の告白シーンなんてドラマ以外じゃ滅多にお目にかかれないよ」


 まったく反省の色がなかった。

 というか、その滅多にお目にかかれない場面を俺は目が腐るほど目の当たりにしてきたのだが……本当、こいつに付き合うとロクなことがない。


「バカバカしい。行こうぜ、直斗」

「そうだね」


 同じくこの結果を予想していた直斗は、すぐに俺の言葉に同意して腰を上げた。


「あ、ちょ、ちょっと、不知火~。なんで~? 気になるでしょうよ~」

「これっぽっちも興味ねーよ」


 というか、どう見てももう結果が出ている。

 出てないとしてものぞきなんて褒められた趣味じゃない。


「藍原さん。ほどほどにね」


 結局俺たちは藍原がなんやかんや言っているのをすべて無視し、校舎へ戻ったのだった。






「……ねぇねぇ、どうなったか気にならないの?」


 藍原が再び俺のところに姿を現したのは1時間ほど後のことだ。


 図書館の古本バザーへ向かった直斗とは別行動をすることになり、ひとりでまた校舎をブラブラしていたのがまずかった。

 同じくフラフラしていたらしい藍原とばったりとはち合わせてしまったのである。


「だから興味ないって言ってるだろうが」

「薄情者~。妹にちゃんとした恋人ができるかどうか把握しておくのは兄として当然の義務でしょうよ~」

「なんだそのトンデモ常識。初めて聞いたぞ」

「も~、わかってないなぁ」


 藍原はピッと人差し指を立てて、


「もしも雪ちゃんが悪い男に引っかかっていたら大変でしょ~。そこは兄としてなんとかしてあげるのが常識でしょう」

「だからそんな常識はねえっつーの。だいたい悪い男かどうかなんて誰が判断すんだよ」


 兄貴がそんなことをやったら、どう考えても余計なお世話である。


「じゃあ兄じゃなくて父代わりとしてさ。ふたりきりの家族なんでしょ。だったら不知火は雪ちゃんの親代わりみたいなものじゃない」

「まあ、それはなくもないが」


 周りが見てどっちが親代わりだと思うかは知らないが、少なくとも俺は雪の保護者のつもりでいる。

 双子とはいえ俺が一応兄なのだし。


「じゃあ話ぐらい聞いておくべきだと思うな、あたしは」

「……はあ」


 あまりにもしつこいので、俺はついに根負けしてしまった。


「わかったわかった。で、なんだ? あれから超展開でも起きたか? 雪に50歳の恋人がいることが発覚したか?」

「ううん。あの人は普通にフラれたし、恋人もいないって言ってたよ」

「あっそ。じゃあ俺の出る幕はないな」


 そう言ってスタスタと歩き始める。


「あ、ちょっ、ちょっと待ってよ! まだ続きが~」

「もういいだろ。俺は保護者として雪のことを充分に理解した」

「この先が大事なんだってば~」


 藍原は懸命に俺の服の裾を引っ張る。


「不知火ってば! 人の話はちゃんと最後まで聞くべきだって教わらなかったの!?」

「ためになる話なら、な」

「あたしの話にはそれだけの価値があるよ!」

「豚の鳴き声をエンドレスで聞いていたほうがマシだ」

「うわ、ひどっ」


 藍原は口を尖らせたが、服を離すつもりはないようだ。


「あのなあ……」


 なぜこいつはこんなどうでもいいことに無駄な情熱を燃やしているのだろうか。

 根性を発揮するならもっと有効な場面がいくらでもあるだろうに。


「冗談じゃなくてさ~。不知火には聞く義務があるのよ、この話は~」

「……」


 ため息。

 再び根負けして、俺は無言のまま藍原に先を促した。


「お、やっと聞く気になったのね」

「いいからさっさと言ってみ」


 ほとんど投げやりだったが、それでも藍原は満足そうにうなずいた。


「あのねぇ。雪ちゃんが言うには、恋人はいないんだけど好きな人はいるんだって」

「ああ」


 別に驚くことじゃない。


「で、なんだ? その好きなヤツってのが俺の知り合いかなんかなのか?」

「厳密に言うと違うけど、だいたいそんなとこかな」

「それで?」


 さらに先を促すと、藍原は急に上目遣いになって、


「聞いても、後悔しない?」

「……お前なぁ」


 今までずっと話したがっていたくせに、今度は急にもったいぶり始める。

 わざとやっているのだろうが、これはウザい。


 ここでまた突き放してやってもいいのだが、それだとまたさっきまでの繰り返しになるのが目に見えていた。


「後悔しねーから。さっさと話せ」


 なんとなくコイツの術中にはまってしまった気がしないでもないが、さっさと言わせてしまったほうが早いだろう。


 藍原はちょっとだけ声を低くして、


「ホント? 絶対に後悔しないんだよね?」

「ああ、しないしない」


 適当に答えると、藍原はピッと人差し指を立てた。


「?」


 その人差し指が俺の鼻の頭を指す。


「……お兄さん」

「は?」

「自分のお兄さんだって。好きな人」

「……」


 数秒、沈黙。


「……お前なぁ」


 俺は大きなため息を吐いた。


「なにを言い出すのかと思えば……お前、よりにもよって……」


 だが、藍原は俺の鼻先に突きつけていた指を下ろして、


「これ、冗談じゃないよ。本当にそう言ってたの。あたし聞いたんだから」

「……」


 俺が黙り込んだのを見て、藍原の目には少しだけ好奇心の光が蘇った。


「ねえねえ、どうするの? あたし、そういう背徳的なお話が大好物なんだけど!」

「……どうするもなにも」


 藍原は俺がなにかショッキングな反応をすることを期待しているようだが、残念ながらそうはいかない。


 繰り返すが、俺は同級生たちが玉砕する光景を何度も見ているのだ。

 そして当然、断られた中にはその理由を求めるヤツらもいた。


 そういうときに雪は決まってある言葉を口にする。

 藍原にとっては残念なことだろうが、俺はその言葉も何回も耳にしているのだ。


「兄より大切に思えないから、ごめんなさい……だろ」

「へ? なんで知ってんの?」

「だから何回も聞いてんだって」


 俺にとっては不思議なことでもなんでもない。


 別に告白シーンだけに限らないのだ。

 あいつ相手に、彼氏を作らないのか、なんて話をすると、いつもこう答えるのである。


『ユウちゃんより大切な人ができたらね』


 と。


 恋人より兄貴のほうが大事なんてことは一般的にはないだろうから、あいつはごくごく当たり前のことを言っているだけなのだ。断るときに俺のことを引き合いに出すのは、俺たちが仲のいい兄妹であることがそれなりに知られていて、断るのにわかりやすい理由だからだろう。


「それをどうやったら、雪が俺のことを男として好き、なんて結論になるんだか。歪曲しすぎだろ」

「……ちぇっ。もっと面白い反応があるかと思ってたのになぁ」

「変なマンガの読みすぎだ。だいたい兄妹ってのはだなあ……」


 と。


「あれ、ユウちゃん?」

「!」


 振り返る。


「美弥ちゃんも。どうしたの? なにか言い合ってたみたいだけど」


 雪がゆっくりと近づいてきた。

 方向からして、どうやら教室に戻る途中のようだ。


「あ……あー、これは雪ちゃん。どもども。こんちゃ~」

「?」


 突然の登場に焦ったのか、藍原はちょっと挙動不審になっていた。

 ただ、雪は別に盗み聞きしていたわけでもないようで、不思議そうに首をかたむけただけだ。


 俺は仕返しの意味も込めて藍原に言ってやった。


「おい藍原。今の話コイツに直接聞いてみたらいいじゃないか? なにがどうなったら面白いんだっけ?」

「わーわー! 冗談! 冗談だってばさ! おっと、そんじゃあたしお店の当番があるから、これにて御免ッ!」


 そう言うと、巻物をくわえた忍者のようなポーズをして、さすがは元スプリンターと感心してしまうスピードで走り去っていってしまった。


 ウザいことに変わりはないが、優位に立って眺めている分には愉快なヤツである。


「美弥ちゃん、どうしたの?」

「さぁな。……って、お前その格好」

「うん?」


 先ほどは気付かなかったが、雪も瑞希と同じ学生服姿だった。


「あ、これ? 似合ってる?」


 そう言ってクルリと回転する雪。

 俺は即答した。


「まったく似合ってない」

「そう? お気に入りなのに……」


 凛々しい系の瑞希と違い、雪はいかにも女の子っぽい外見だから違和感しかない。

 しかもよく見るとズボンの裾と上着の袖の長さがあってなくてダボダボだ。


「っていうか、お前のその学生服――」

「え? あ、うん。これユウちゃんが中1のときに着てた制服。背が伸びてすぐ着れなくなっちゃったんだよね。……あ、2年と3年のときのは瑞希ちゃんが着てるよ」

「……あのなあ。だからお前らはどうしてそう勝手に――」


 俺は再抗議しようとしたが、


「ほら」


 と、雪は両手で自分の体を抱きしめるようにして言った。


「こうすると、なんだかユウちゃんに抱きしめてもらってるみたいじゃない?」

「ぶっ! ……やめんかッ!」


 コイツ、本当は俺と藍原の会話を聞いていたんじゃないだろうか。


「冗談だよ」


 くすくすと笑い、雪はぴょこんと俺の隣に並んで腕を取る。


「おい……」

「ね」


 雪は下から俺の顔をのぞき込むようにして言った。


「ユウちゃん、この後は暇だよね? せっかくだし一緒に見て回ろ?」

「……まー、別に構わんが」


 断る理由はなかった。

 が、


「まさかその格好のままでか?」

「うん。たまにはナオちゃんみたいなポジションもいいなって。ね? こうすると仲のいい男友だちみたいじゃない?」


 ニコニコしながらピッタリと隣に並ぶ学生服姿の雪。


「……いや、見えないだろ。男同士でこんなにくっつくことねーし」


 というか、この光景は本当に大丈夫なんだろうか。

 なんだか二重の意味であらぬ誤解を生みそうな気がしてならないのだが――


 結局、その日は妙にベタベタしてくる学生服姿の雪に付き合って、学校中を見て回ることになったのであった。


 そして次の日の朝。

 俺の下駄箱にはラブレターが入っていた。


 差出人は男だった。


 ……中身を見ずにその場で燃やしてやったことは言うまでもない。


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