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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 悪魔と双子の兄妹
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1年目4月「向こう側へ」


「そーいやさ」


 その日の放課後、再び将太が俺の席にやってきた。


「なんだ? 直斗の話ならもう飽きたぞ、帰れ帰れ」

「違う違う。お前、例の怪奇事件の話、知ってるだろ?」

「怪奇事件? ああ」


 何日か前に瑞希が言っていた事件のことだろう。


「今朝、また焼死体が見つかったんだってよ。警察は通り魔ってことで捜査してるらしいけど」

「まあ自分で火をつけて死ぬ人間がそうそういるわけないからな」

「けど、おかしいよな? 縛ったりした形跡はないしガソリンとか灯油を使った痕跡もない。それで人を焼き殺すのって結構難しくね?」

「犯人に聞けよ」


 将太はこういう話にも結構食いついてくる。

 今回のように謎が多い事件だと特に好奇心を刺激されるようだ。


「ふーむ。考えれば考えるほど謎が深まるばかり。……これはついに、千里眼・将太様の出番かもしれんな」

「……おい」


 俺は眉をひそめた。


「不謹慎だのなんだの言うつもりはねーけど、関わるのはやめとけよ。人が死んでんだからな」

「お、おぉ? いきなりマジレス?」


 将太は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。


「わかってるっての。お前だって知ってんだろ、俺がホントは小心者だってことぐらい」

「知ってるよ。けどお前はそれ以上にアホだからな。なにをやらかすかわかったもんじゃない」

「……え、ひでえ!」


 ショックを受ける将太を尻目に、俺はカバンを手にして教室を出た。

 直斗と由香は掃除当番で、今日はひとりで帰宅することになりそうだ。


(怪奇事件、か)


 最近はあちこちでその話題を耳にするようになっていた。

 遺体の不自然な状況から、瑞希や将太のように怪奇現象だとする声も少なくない。


 ただ、しかし。


(これ以上、野放しにはできない……か)


 実のところ、俺はそれが怪奇現象などでないことをすでに知っていたのだ。






 その夜、俺はリビングのソファに寝転がって本を読んでいた。


 読んでいるのは直斗から借りた青年誌に連載されているマンガの単行本で、やや古臭い設定とありきたりな展開がウリのファンタジーものである。

 直斗は意外とこういうチープな展開の物語が好きらしく、ヤツに言わせると『中途半端にリアリティのある展開は現実だけで十分』とのことだ。


 ちなみに俺も、自分で買うほどではないがこの手の話は嫌いじゃない。


 30分ほどで2冊を読み終えた。

 続きが気になる。


 明日にでも借りてこようか、いや、どうせ近いんだし今からでも行ってくるかな、なんて葛藤しながらゴロンとソファの上で寝返りを打った。


 カチャカチャと食器を洗う音が聞こえてくる。


「なあ」


 ふと思い立って台所の雪に声をかけた。


「なあに?」


 雪が手を止めることなく返事してくる。

 瑞希は風呂に入っていてそこにはいない。


「もう学校慣れたか? 女子校だと今までと勝手が違ったりしないか?」


 それほど考えることなく返答があった。


「うん、慣れたよ。確かに少し違うけど、中学のときの友だちも結構来てるし、瑞希ちゃんもいるし」

「そっか。なんか女子校って俺の中じゃいいイメージないからなあ」

「どうして?」

「なんか陰湿そうな感じしないか? いじめとか」

「偏見だよ、それ」


 笑いながら雪がこちらにやってくる。

 エプロンを外したところを見ると、どうやら晩メシの洗いものは終わったらしい。


 俺はソファの上で身を起こして、


「でもあれだよな。女子校ってことは女の子がいっぱいいるってことだよな」

「もちろん」

「ふむぅ」


 想像してみた。


「一回ぐらいは通ってみてもいいな、女子校。行って可愛い子と仲良くなりたい」

「え? どうやって?」


 雪が真顔で聞き返してくる。


「決まってるだろ。お前と入れ替わるんだ。よくあるだろ、双子の入れ替わり」


 念のため言っておくと、俺たちは双子とはいえ基本的に似ていない。

 むしろ対極といってもいい。

 雪のヤツはどう見ても男のフリはできないし、その対極である俺はどうやっても女装は無理だ。


「絶対ばれるけど、ユウちゃんがどうしてもっていうならいいよ?」

「ちなみにばれたらどうなる?」

「袋叩きにされるでしょうね、きっと」


 風呂から上がった瑞希がいつもの憎まれ口で現れた。

 いつもはアップにしている長い髪をバスタオルで丁寧に拭きながら、俺の方にいつもの小バカにしたような視線を送ってくる。


「それにあんたなんかどうせ相手にされないわよ。……ああ。用務員のおじさんとなら仲良くなれるかもね」

「バカな。何が楽しゅうて用務員のオヤジと仲良くせにゃならんのだ」

「あら、残念ね。用務員のおじさんは結構若くて人気なのよ。ねえ、雪ちゃん?」

「あ、うん。そうみたい」


 雪はよく知らないのか曖昧な返事をする。


「休み時間とかに用務員室に行ったら、お茶とかお菓子とかくれるんだって」


 瑞希はそう言ってから、私は行ったことないけどね、と付け加える。


「お茶とかお菓子ぃ? なんだそりゃ。まるで下心があって餌付けしているみたいじゃないか」


 瑞希は鼻で笑った。


「あんたじゃあるまいし」

「おいおい。それじゃあまるで、俺が下心があって女子校に行きたがってるみたいじゃないか」

「それ以外に行く理由があるわけ?」

「……」


 まあ、ないだろう。


「ほら、みなさい」


 瑞希はソファに腰を下ろし、ファッション雑誌のようなものを手に取った。


 うちのリビングには長めのガラステーブルを挟んでソファがふたつ置いてある。

 瑞希が座ったのは俺と向かい合っている方で、台所から戻ってきた雪は俺の隣に腰を下ろした。


「そんな変態じみたことばかり考えてると、あんたこそいつまでも彼女できないわよ」

「む……」


 どうやら瑞希は何日か前の彼氏できない発言を根に持っているらしい。


「バカ言うな。俺はあれだ。その、別に女に不自由したことはないんだぞ、こう見えて」

「へぇ。だったらたまには女の子でも家に連れてきてみたら?」


 瑞希は雑誌から顔をあげようともせずにそう言った。

 まったく信じてない様子である。


(……むかつくな、こいつ)


 同居するようになってからやられっぱなしだし、たまにはやり返したい。


 しかし――どうしようか。


 家に女を連れてくること自体は不可能ではない。俺にだって女子の知り合いのひとりやふたりはいるのだ。


 しかし、その中でも一番連れてくるのが楽な女子――由香は駄目だ。

 今は瑞希と面識がないからまだしも、あとで俺たちの関係を知られたときによりいっそうバカにされることになる。


 由香以外でも一応協力してくれそうな顔は思い浮かんだが、見返りが高く付きそうなので却下となった。


 それ以外で、となると――


(……いや、待てよ)


 そこでパッとひらめく。


 何もこいつの言うように女の子を連れてこなくてもいいのだ。

 俺はただ、この場でこいつをギャフンと言わせることができればそれで充分なのである。


 だったら――


 俺はチラッと隣に視線を送った。

 隣の雪はいつものように穏やかな顔で俺たちのやり取りをただ聞いていた。


(……見てろ。度肝を抜かせてやる)


 俺は心の中でほくそ笑むと、瑞希に言った。


「そんな必要ねーよ。だいたい、俺にはもう将来を誓い合った仲の女の子がいるんだ」

「え?」

「知りたいか?」


 真顔の俺に、瑞希はようやく雑誌から顔をあげて不思議そうにする。


「知りたいかって、なにそれ。私の知ってる子なの?」

「ああ、お前も知ってるぞ」


 瑞希はさらに怪訝そうな顔をする。

 まあ当然だ。瑞希と俺の共通の知り合い自体それほど多くはない。


「絶対にあり得ないと思うけど、あの幼なじみの子じゃないでしょうね? えっと確か……水月さん、だっけ?」

「あ、ああ……もちろん違う」


 危ない。すでに顔見知りだったようだ。


「そう。ならよかった」

「なんだよその、よかったってのは」

「いくら神様が気まぐれでも、あんないい子にあんたみたいなケダモノをあてがうなんてこと、するわけないな、と思って」

「……この野郎」


 にらんでやったが、瑞希はどこ吹く風だった。


「で、誰なの? 雪ちゃん知ってる?」

「ん、と……」


 雪が小首をかしげて俺を見る。

 察してしまうかもしれなかったので、俺はそれを遮った。


「ふふん。わからないのならば教えてやろう」

「なんでそんなに偉そうなのよ。……まあ、どうせ脳内彼女でしょうけど」

「んなわけないだろ! ちゃんとした現実の女の子だよ。しかも、あー、標準よりは、まあ可愛い」


 瑞希は深刻そうな顔をして、


「まさか近所の幼児を言葉巧みに、とか? 子どもは確かに可愛いけど、それはちょっと……」

「ガチの変態じゃねえか! お前そんなに俺を変質者にしたいのかッ!?」

「そんなことないわよ。私だって身内から性犯罪者なんて出したくないもの。……でもさ、ほら。あんたと将来誓い合うような普通の女の子なんて、ねえ?」


 そう言って雪に同意を求める瑞希。

 雪は苦笑して、


「言いすぎだよ、瑞希ちゃん」


(……妹よ。そこはできれば真っ向から否定して欲しかった)


 まあいい。

 この後のことを考えれば、すべては大事の前の小事。夕食の前の軽い運動。

 メインディッシュをおいしくいただくためのスパイスに過ぎない。


「ま、それこそお前の見る目のなさの証明だな」


 俺の言葉に瑞希はむっとした顔をする。


「じゃあ誰よ。もったいぶらずに言ってみなさい」

「ヒントだ」


 俺は指を一本立てて見せる。


「まず、歳は俺たちと同じ」

「わからないわよ、それじゃ」

「次にお前と同じ学校に通っている」

「え?」


 瑞希がさらに混乱した顔をする。


「ユウちゃん、もしかして――」


 雪はそこで俺のたくらみを察したらしい。

 こちらを窺うように視線を送ってくる。


「雪ちゃん、わかったの?」

「あ、うん。でも……」


 ちょっと戸惑った顔だ。

 まずいと思って、俺は矢継ぎ早に言った。


「今、お前の視界の中にいる」

「……は?」


 瑞希がきょとんとした顔をする。

 小さく視線を動かし、すぐに雪のところで止まった。


「あんた、もしかして――雪ちゃんのことを言ってるの?」

「その通りだ」


 俺は胸を張ってそう答える。

 瑞希はしばらくポカンとした顔で俺を見ていたが、やがてこめかみを押さえてため息をつく。


「……ふぅ。あんたねえ」

「なんだよ、そのリアクションは」


 憮然とした口調で抗議したが、もちろんこの反応は予想通りだ。


「ため息もつきたくなるわよ。オチがあまりにもくだらないというか、もう情けなさすぎて」


 さらに深くため息をつく瑞希。


 確かにここで終わったら俺はただの哀れな、しかも完全にシスコンな男子高校生でしかない。

 だが、今日の俺には勝算があった。


 俺は余裕の表情でふふん、と笑うと、


「何を言うか。お前が知らないだけだぞ。実は俺たちは海よりも深ーい愛情で結ばれているのだ」

「はいはい。どんな愛情か見てみたいものね」


 瑞希がそう言って手を広げてみせる。

 完全にかかった――と、俺はほくそ笑んだ。


「なら見せてやる」


 そう言って口元を拭うと、俺は隣に座っていた雪の体を抱き寄せて――


「!?」


 瑞希が目を見開いた。


 それもそのはず。

 俺は抱き寄せた雪とそのまま唇を重ねていたのだ。


 1秒、2秒、3秒。

 沈黙の時が流れて――


「ちょっ、ちょっと! なにやってるの、あんたたち!」


 我に返った瑞希がガラステーブルに身を乗り出して俺たちを引き剥がそうとする。


 俺は逆らわずに雪を解放した。

 そしてもう一度口元を拭う。


「どうだ。まいったか」

「ま、まいったかって――」


 瑞希は完全に取り乱した様子で、


「あ、あんたねぇ! 自分がなにしたかわかってんの!?」

「海より深い愛情を込めてキスをした」

「っ……! あ、あのねえ! ゆ、雪ちゃんはあんたの妹で、そっ、そそそそ、それなのに……!」


 瑞希は顔を真っ赤にしていた。

 興奮してろれつがうまく回らないらしい。


 ……勝った。

 近頃まれに見る完全勝利だ。


 俺は面白くなって、ことさらに平静を装ってみせる。


「なんだよ。別に雪だって嫌がってなかっただろ」

「そっ、そうだけど、そういう問題じゃ――」


 しかし、取り乱す瑞希を見て雪が本気で困った顔をした。


「ユウちゃん……やめなよ。瑞希ちゃん、本気にしちゃうよ」


 たしなめるような口調。

 瑞希は怪訝そうに雪を見て、


「本気にって? え? どういうこと?」

「落ち着いて、瑞希ちゃん。ほら、ユウちゃんの口元を見てごらん」

「口元?」


 瑞希が俺のほうへ顔を寄せてくる。

 俺はとっさにそっぽを向いたが、隠し切れなかったようだ。


「……少し赤くなってる」

「でしょ?」


 雪は苦笑する。


「口に透明なテープを貼ってたんだよ。さっき口元を拭ったでしょ? あのときに貼ったり剥がしたりしてたの」

「テープ……?」


 瑞希はその言葉を繰り返し、もう一度俺の口元に視線を移動させる。


(……ちぇっ。もう少しうろたえるとこ見たかったのに)


 ばらされてしまっては仕方ない。


「気づかなかったでしょ? ユウちゃん、何回か同じことやってるから」

「うむ。みんなそれぞれに良い反応をしてくれたぞ」


 胸を張ってそう言うと、雪が非難の目で俺を見た。


「よくないよ。由香ちゃんなんてびっくりして泣き出しちゃったじゃない」

「そうか。そういやあいつが犠牲者第一号だったなぁ」


 ちなみにかなり小さい頃の話である。


「……ふぅー」


 そんな俺たちの会話をしばらくボーっと聞いていた瑞希だったが、しばらくして大きく息を吐き、倒れ込むように後ろのソファに腰を落とした。


「びっくりした……。本気かと思っちゃった……」


 いつもどおり突っかかってくるかと思いきや、気の抜けた表情でそうつぶやいた。

 俺は久々の完全勝利にちょっといい気分に浸って、


「普通に考えりゃわかんだろ。なにか裏があることぐらい」

「……あんたねえ。自分でわかってないみたいだけど、あんたたち――」


 瑞希はそう言いかけて止める。


「やっぱいい。なんでもない」

「なんだよ」

「なんでもない」


 変なヤツだ。


 と、そのときである。


 パチ――と、耳の奥でなにかが鳴った。


「ッ……!」

「? どうしたの?」


 顔をしかめたのを見られたらしい。瑞希が怪訝そうな顔でこちらを覗きこんでくる。

 俺は取り合わず、庭の方に視線を移した。


 さっ、と、暗闇に包まれた庭で何かの影が動いた。……ような気がした。


「ユウちゃん?」

「……」


 雪の問いかけにも答えず、庭に続くガラス戸へと向かう。


 カラカラ……

 軽い音と共にガラス戸が開いた。

 少し冷たい風が頬をくすぐる。


「……」


 目を凝らしてよく見てみたが、誰もいない。

 風で庭の樹木がカサカサと揺れる。

 さっき見たのはこの影だろうか。


「ユウちゃん?」

「なに? なにかいたの?」


 雪と瑞希がそろって質問してくる。


「いや、気のせいだった」


 そう答えてガラス戸を閉じると、厚手のカーテンをしっかりと閉める。


「のぞき、とか?」


 瑞希が嫌悪感をあらわにしてそんなことを言ったので、俺は笑った。


「だから気のせいだって」


 本当に気のせいだったのだろう。

 ただ、そんな勘違いをしてしまったことにはおそらく原因がある。


 先ほどの耳鳴り。

 そして怪奇事件。


 ちらっと見ると、案の定、雪が神妙な顔をしている。


 俺は小さくうなずいて目配せした。

 雪は言った。


「瑞希ちゃん、明日も部活だったよね? また朝早いの?」

「え? ええ、そうね――あ、もうこんな時間?」


 時計を見て瑞希が立ち上がる。

 今日は晩メシの時間が遅かったせいか、すでに夜の9時半を回っていた。


「今日は疲れたし早めに寝るわ。あ、雪ちゃん、片付けありがとね」

「ううん。お互い様」

「じゃ、おやすみ。優希も、夜更かしすんじゃないわよ」

「おー」


 片手を上げて答える。

 パタン、と、リビングのドアが閉まった。


「……」


 無言で雪と視線を交わす。


 それが合図。

 俺と雪が"あちら側の世界"に足を踏み入れる合図。


 急に、空気が重くなったように感じた。






 部屋に戻って鍵をかけ、ミニコンポの電源を入れる。

 カーテンを閉じて――いや、閉じようとしたところで俺は手を止め、その隙間から薄暗い隣家の空き地を眺めた。


 少し遅れてミニコンポの小さなスピーカーが少し大人しめのメロディを奏で始める。

 俺はリモコンをとってディスクを変更した。

 一転、アップテンポの曲が溢れ出す。


 カーテンを閉じ、ベッドに転がった。


 ……あれは、いつのことだっただろうか。

 いつもはちゃらんぽらんな伯父がひどく真面目な顔をして言った。


『そうか、やはりあいつも封印が解けたか』


 またリモコンを手に取ってディスクチェンジする。

 3枚目のディスクトレイは空のようだ。

 結局最初のディスクに戻し、お気に入りの曲をかける。


『幸いお前たちは純血だ。自分をコントロールできなくなる可能性は極めて低い』

『ただ、強制封印の影響か雪のやつは力の制御が不安定だ。気をつけてやらなきゃいけないぞ』

『もちろんお前自身も、な――』


 伯父はそう言って、まるで心を見透かそうとするかのように俺の目を見つめた。


(超常現象、か)


 数日前、瑞希が口にしたその言葉を繰り返す。

 真相を知っている人間があのときの会話を聞いていたらきっと失笑ものだろう。


 なにせ――


 ベッドから身を起こし、部屋の鍵をかける。普段滅多に使うことのない姿見の前に立った。


 ――超常現象の塊みたいな人間が、それを非常識と言って否定していたのだから。


 軽く、全身に力を込める。

 とっくに体に馴染んだ感覚。


 腹の中心辺りに熱が産まれる。

 産まれた熱は即座に全身を覆い、それは脳まで達すると、まるで渦を巻くようにして奥へ、奥へと浸透していった。


 ミニコンポの奏でる曲がサビを迎えた。

 と、同時に、俺の全身にあふれ出す力。


 それは、炎。

 揺らめく赤と橙色の、破壊と再生の力。


『お前はどうやら突然変異種イレギュラーだな』

『氷魔の夫婦から炎使いが生まれるとは、なんという数奇な――』


 ゆっくりと目を開く。

 姿見の向こう。

 立っていたのは真紅の髪に大きく尖った耳を持つ異形の少年。


 伯父さんが言うには、こっちが俺の本当の姿だという。


 指先に炎を灯す。

 調子はどうだろうか。感覚的には3割といったところか。


 力を抜いて姿見から離れる。

 再び窓の外を覗いた。


 闇が――濃い。

 パチッ、という奇妙な耳鳴りが聞こえる。


 準備は終わった。

 そうして俺たちは、今夜も闇の向こう側へと身を投じる――。


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