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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 保健室の少女
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1年目10月「もうひとりの妹」


 1週間後。


「君が……優希くんかい?」


 開いたドアの向こうにいた男性は俺を見て少し意外そうな顔をしたが、それはこっちも同じだった。

 いや、意外というより拍子抜けといったところだろうか。


 公営住宅やアパートの立ち並ぶ住宅街の一角。

 その中でもそこそこ年数の経ったアパートの2階にある歩の自宅。


 半ばケンカも辞さない意気込みの俺を出迎えたのは、以前会ったあの神経質そうな歩の叔母ではなく、なんとも気の抜けたような顔の男性。

 その男性が歩の叔父であると理解するためには、3秒ほど時間が必要だった。


「……いや、びっくりしたよ。てっきり牧原さん――君の伯父さんと一緒に来るものだと思っていたからね。麦茶しかないけどいいかい?」

「いえ。お気遣いなく」


 部屋の中に通された俺は、前回訪問したときと同じようにリビングの中央にある丸テーブルの脇に腰を下ろし、それからゆっくりと家の中を見回した。


 そんな俺の仕草を歩の叔父は目ざとく見つけて、


「妻ならいないよ。仕事でね」

「日曜日も仕事ですか?」

「休日が不定期なんだ」


 叔父はそう言って麦茶の入ったコップを俺の目の前に置いた。


 アパート裏の広場から、子どもの声と注意を促す男性の声が聞こえてくる。

 休日の朝、家族サービスをする父親の図、といったところか。


 俺は置いたコップから離れていく叔父の手の動きをなんとなく目で追いかけながら、


「なら、出直したほうがいいですかね。俺、伯父さんから今日のこの時間って聞いてたもんで」

「ああ、いやいや」


 と、叔父は手を振った。


「違うんだ。妻はもともとこの話に参加するつもりはないらしくてね。だから問題はないよ」

「ああ……そうですか」


 別に驚きはしなかった。

 というよりも、ああ、やっぱりか、という感覚だった。


 ……と。

 そんな俺の態度になにか感じたのか、叔父は少し言いにくそうに口を開く。


「その、なんだ。妻は、自分が入ると話がこじれるからと言ってね。別にどうでもいいと思っているわけじゃないんだよ」


 なぜか言い訳のようなことを口にした。

 俺は意外に思いながら改めて観察する。


 歳はおそらく30代前半だろう。

 見た目から神経質そうだった叔母とは正反対で、大きな目、丸っこい輪郭の童顔。こちらはなるほど、歩の血族であると納得できる外見をしていた。


 しゃべり口調は穏やか。

 悪く言えばボソボソという感じで少し聞き取りにくい。


 それだけで、この夫婦の関係が薄っすらと透けて見える気がした。


「悪いけど信じられません。血がつながってないとはいえ、一緒に暮らしてきた姪がこれからどう生活していくかって話に参加すらしようとしないんですから」

「……」


 叔父は少し驚いた顔をして視線を泳がせた。


「……君は結構はっきりモノを言う子だねぇ」


 意図のわからない苦笑い。


「いや、正直ね。歩の友だちだというから、もっとこう、違う感じの子を想像してたんだ。……あ、いや、別に君が悪いという意味じゃなくてね」

「はあ」


 叔父は慌ててフォローのようなことを口にしたが、言いたいことはなんとなく伝わってきた。

 要するにもっと優等生、直斗みたいなタイプを想像してたってことだろう。


 そして叔父はふぅっと息を吐いた。


「でも良かった。あの子が君のような友だちに巡り会えて」

「……?」


 感慨深げにつぶやいたその言葉は、本当に安堵しているように聞こえて少し意外だった。


 ……いや。最初からついつい悪いイメージを重ねて見てしまっていたが、もしかするとこの叔父は、叔母と違って歩を嫌っているわけではないのかもしれない。


 そんなことを考え始めた俺に対し、叔父は言葉を続けた。


「あの子を君たちの家に預かってもらうという話、最初に聞いたときはいったいなにを言っているのかと思ったよ。牧原さんからの話も突然だったしね」

「まあ、そうでしょうね。伯父さんは――あの人はいつも唐突な人ですし」


 素直にうなずきつつ、俺はちょうど1週間前のことを思い出す。


 歩の意思を確認して連れ帰ったあの日、電話口に出た伯父さんはすぐに事情を察したらしく『わかった』とだけ言うと、歩の家の番号を聞いてすぐに電話を切った。


 再び伯父さんから電話がかかってきたのは、その約3時間後。

 しかも『話をする場は作ったからあとは自分でなんとかしろ』と、1週間後の午前10時、つまり今日のこの時間を指定して、さっさと電話を切ったのである。


 だから俺も今日、ここで誰が待っているのか、向こうが伯父さんからどんな話をされたのか、まったくわからないまま来たのだった。


「でも、それでよく伯父さんの話を真に受けましたね」


 疑問に思ったことを尋ねてみた。


 歩の叔父の言い方からすると、伯父さんと話をしたのはそのときの電話が初めてだったようだ。

 にもかかわらず、電話一本でその日のうちにこんな場をセッティングしてしまえるなんて、いくらなんでも手際がよすぎる。


 そんな俺の疑問に対し、歩の叔父は小さく笑って答えた。


「もっともだね。……いや、これは偶然なんだけど、ちょうど私の知人が牧原さんのことをよく知っていてね。それで話が比較的スムーズだったんだよ」

「……ああ。そういうことですか」


 もちろん初耳だ。が、伯父さんはもともとこの町の出身だし、昔から顔の広い人だったみたいだから、そういうことがあっても不思議ではない。


 ひとまず納得すると、歩の叔父は言った。


「さて、それじゃあ本題に入ろうか。……あ、遠慮せずに飲んで」

「じゃあ……いただきます」


 それほど喉は渇いていなかったが、せっかくなので出された麦茶を飲むことにした。


 一息に飲み干し、空のコップをテーブルに置いて歩の叔父を見る。

 本題といっても、どうやらこちらの考えはすでに伝わっているようだ。とすると、あの叔母が参加していない以上、あとは目の前のこの叔父がどういった結論を出すか、それを聞くだけである。


 叔父は言った。


「基本的には……君たちの申し出をありがたく受けようと思っている」


 あっさりと。

 本日2度目の拍子抜け。


「いいんですか?」


 思わず逆に質問してしまった。


「うん。……というか、ね。これは私にとって渡りに船の話だったよ。最近は妻のヒステリーもひどくなっていてね。そのうちあの子に大怪我をさせてしまうんじゃないかと、気が気でなかったんだ」

「……」


 俺が無言で小さく眉を動かすと、叔父はその動きを目ざとく見つけて、


「今、私のことを情けないと思ったかい? そんな心配するぐらいならどうして止めなかったのかって」

「ええ。正直」


 即座にうなずくと、やっぱり容赦ない子だなぁ、と、叔父は苦笑いした。


「確かに私の性格もあるんだ。でも、妻は昔から精神的にもろいところがあってね。それがここ1~2年……私が失業してしまったことや仕事の忙しさ、それに色々な不幸が重なってノイローゼになってしまったんだ。服用している薬の影響で浮き沈みも激しくてね。……それを理由にしちゃいけないことはわかってるんだが、それでも私は症状がさらに悪化するのを恐れてあまり口出しができなかった」

「……」


 そう話す叔父の言葉は相変わらず言いわけじみてはいたが、少なくとも嘘ではなさそうだった。


「君は信じてくれないと思うが、妻は今でもときどき私に懺悔するんだよ。今日は歩に悪いことをしてしまった、明日からは絶対に気をつける、ってね。……残念なことにずっとその繰り返しなんだが」


 申し訳なさそうな顔をする叔父から、俺は少し視線を横に逸らして、


「……俺、そういう話は正直よくわかりませんけど。でも、色々なことの責任を歩に押し付ける理由にはならないと思います。ましてや両親と死に別れて、不安や悲しみでいっぱいで、それでも明るく笑って生きていこうとしてる、あんなよくできた子を相手に」


 責めたてる意図はなく、ただの率直な感想だった。

 別に彼らに同情したわけではないが、彼らにも彼らなりの事情があるのだとわかって、ここへ来たときほどの嫌悪感はなくなっている。


 そんな俺の言葉に、歩の叔父はやはり申し訳なさそうな顔をした。


「それは妻もわかっていたよ。見てのとおり私たちには子どもがいないし、最初は姉夫婦よりもたくさんの愛情を注いでやろう、なんて意気込んでいたぐらいでね。わかってはいたんだが……」


 ポツリと言った。


「……いい子すぎたのかな。よくも悪くも文句ひとつ言わないから、逆にいつまでたっても心を開いてくれないんだって、そう感じていたみたいなんだ」

「……」


 ひとり言のようだったので、それについては俺はなにも言わなかった。

 ただ、確執の原因が本当に単なるすれ違いだったのだとすれば、あるいは何年か後に、その関係が修復することもあるのかもしれない、と、心の中でそう思った。


 結局――

 話し合うというほどのことはなにひとつなく話はまとまった。というよりまとまっていた、というべきか。

 つまり『自分でなんとかしろ』と言った伯父さんの言葉はほぼハッタリだったのだ。


 あとは細かい条件――というほどのことではなかったが、歩の叔父が1ヶ月に1回ほど様子を見に来ることと、養育費(といっても歩は学費が免除されているのでほぼ食費のみだ)は向こうが負担することを約束事として提示してきた。


 養育費についてはいったん辞退した。

 ウチには両親の遺産があって生活には困っていないし(高校を卒業して働かなくても30歳ぐらいまではふたりで暮らしていけるほどの金額らしい)、歩のヤツがそれほど大喰らいだとは思えない。


 それに口にこそ出さなかったが、歩の叔父は現在失業中で、そうするとその養育費は叔母の稼ぎから払われるものだ。それが将来的な関係修復の妨げになるんじゃないかという懸念もあった。


 が、叔父は引かなかった。


「これは妻の言い出したことなんだ。だから断らないでほしい」


 そう言われ、結局考え直すことにした。

 あの叔母も、もしかすると関係断絶まではしたくないと考えているのかもしれない。


 あとの細かい問題についてはすでに伯父さんとの間で話し合いがあったようで、俺はその辺の話をただ聞かされただけだった。

 別に戸籍を動かしたりするようなことがあるわけでもなく、ただウチに居候するという形なので、当事者同士の了解さえあれば特に大きな問題はなかったようだ。


 それらの話を終え、最後に『歩をよろしくお願いします』と頭を下げられてアパートを出ると、日はまだ昇りきっていなかった。


 ほとんど仕事らしい仕事はしていない。

 それでも俺は少しの達成感を覚え、大きく伸びをした。


 まずはウチで待っている連中と伯父さんに結果を報告するとしようか。


 そう思って歩き出す。

 と。


「……ん?」


 ふと気付く。


 アパートを出たすぐのところ。

 大きな通りとの合流地点にひとりの男が立っていた。


「……」


 男というよりは少年というべきか。

 年齢はおそらく俺と同じぐらいだと思うが、大きな目と、やせ型ながらやや丸みのある顔立ちのせいで幼く見える外見。男にしては少し長めの、肩ぐらいまである髪を後ろでひとつに束ねている。


 少年はこちらを見ていた。

 ……いや、正確に言うと見ていない。


 支離滅裂だが、状況だけを説明すると、少年は電柱に背中を預けてその場でうつむいていた。

 見られていると思ったのは、地面を凝視するその少年の意識が俺に向けられていると感じたからだ。


 気のせいだろうか。

 もちろん面識のない少年だった。


「……」


 俺も同じように意識を向けながら、その少年に近づいていく。

 が。


「……」


 目の前を通り過ぎても少年は何も反応しなかった。


 すれ違い、3歩、4歩――

 さらにしばらく歩いて振り返ると、いつの間にか少年の姿はなくなっていた。


(……気のせいか)


 最近の色々なできごとのせいで、少し過敏になっていたのかもしれない。

 俺はすぐにそう結論付けて、再び家への帰路を歩き出す。


 すると、


「……優希お兄ちゃーん!」

「ん?」


 今度は遠くから俺の名を呼ぶ声が聞こえてきて視線を上げた。


 "お兄ちゃん"。

 実の妹である雪は、俺のことをそんな風には呼ばない。


 つまり――


 真正面に視線を向けると、手を振ってこちらに駆け寄ってくる歩の姿が見えた。

 その後ろには雪の姿もある。


「迎えに来たよー!」


 ちょっと恥ずかしくなるぐらいの大きな声で叫びながら駆けてくる歩。

 その姿に俺は既視感のようなものを感じて、


「おい、歩。走ると危な――」

「……あっ」


 案の定。

 歩は割れたアスファルトの小さな隙間につま先を引っ掛けて派手によろめいた。


「……うわっ、と、っと……」


 ちゃんと窪みにつまづいたのだから、なにもないところで転びそうになった前回より少しはマシか――なんて。

 その展開を予測していただけに、俺にはそんなことを考える余裕すらあって。


 よろよろ、よろよろと。

 まさに転倒する寸前の歩に向かって手を差し出す。


「……」


 歩はよろめきながら懸命に顔を上げて俺を見た。

 そして――


(……ああ、そうか)


 そのときになって俺はようやく、こいつを放っておけなかった理由に気がついた。


 まっすぐにこちらを見つめる大きな瞳。

 そこに浮かぶ信頼の色。


 きっとこいつは、能天気な明るい笑顔を浮かべながらもずっとそうやって俺に訴えかけていたのだろう。


 目は口ほどに物を言う、なんて。

 そんな古臭いことわざを、こいつは無意識のうちにずっと体現していたわけだ。


「歩――」


 差し出した手が、同じように伸ばした歩の指先に触れた。


 歩はすがるように俺の手をつかむ。

 俺はそんな歩を、転ばないように力いっぱい引き上げた。


 ……こんなにも信頼してくれるのなら、俺もその期待に応えたい。


 俺のこの手が必要なくなるまで。

 こいつがひとりで歩き出せるようになるまで――


 転倒しそうになっていた少女は俺の手を借りてバランスを取り戻し、ようやく地面に両足をつける。


「たはは……いつもいつもすみません」


 そして歩はいつもの照れ笑いで俺を見上げた。

 俺はそんな歩に悪態をつきながら答える。


「……ったく。悪いと思うなら少しは学習しろよ。次は助けねーからな」


 すると、歩はくすっと笑った。


「ごめんなさい。でもそれは嘘、ですよねー。だって……」


 そう言って嬉しそうに目を細めると、両手で包み込むように俺の手を強く握った。


「だって、こんなにも優しく私のことを想ってくれているから……」

「?」


 俺はそんな歩の言葉を一瞬怪訝に思ったが、すぐに脳裏にひとつの単語が過ぎる。


 ――"精神感応力"。


「……あああ! お前まさか! 俺の心を読んだのか!?」

「え、あ……」


 歩はしまったという顔をしてパッと俺の手を離すと、


「あ、その、今のは読んだというか、読めてしまったというかー」


 あたふたと弁解を始める。


「読んだのは今のが初めてで、えと、私の場合は手の平で相手の肌に強く触れると流れ込んできてしまうというか――そ、それに読めるといってもなんとなくイメージがわかる程度で、具体的になにを考えているかわかるというわけではー」


 そしてガックリとうなだれる。


「ふ、不可抗力です……」

「……あー」


 そんな歩を見ていると、すぐに、まあいいか、という気持ちになった。

 悪気がないのは明らかだったし、なにかやましいことを考えていたわけでもない。


 ただ、俺はふと気づいた。


「けどお前、初めてってのは嘘だろ。先週も同じように転びそうになって俺の手をつかんだじゃないか」


 そう言うと歩は首を横に振って、


「だ、だって、あのときは嘘の手だったじゃないー」

「……あ、そういやそうか。あれは傑作だったな」


 すっかり忘れていた。


「あのときなにも流れ込んでこなかったから、優希お兄ちゃんって見かけによらずクールな人なのかなーって思っちゃった」

「見かけによらずって、それじゃなんだか俺が頭の悪いヤツみたいじゃないか」

「そ、そういう意味じゃないよ、もうー……」

「……ところでお前」


 そこで俺はようやく、最初から疑問に思っていたことを投げかける。


「その"お兄ちゃん"ってのはいったいなんなんだ? 昨日まで普通だっただろ?」

「え? あ、えっと、せっかく今日から家族になりますので皆さんのことをお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼ばせていただこうかと思いましてー。……ダメですか?」

「別にダメじゃないが……って、え? 家族って、なんでお前もう結果を知ってんだ?」


 そんな俺の疑問には、歩の後からゆっくりと近づいてきた雪が答えてくれた。


「さっき伯父さんから電話があったの。それで、歩ちゃんと一緒にユウちゃんを迎えにきたんだよ」

「あー、そういうことか」


 おそらくは歩の叔父からすぐに伯父さんへ連絡がいったのだろう。


「それでふたりでなんの話をしてたの? ずいぶん楽しそうだったけど」


 俺は答えた。


「こいつの手には絶対触れるなよって話」


 歩が抗議の声を上げる。


「ひどい! それじゃ私がまるで、ばばっちい人みたいじゃないー!」

「似たようなもんだろ。……ああ、雪、お前も気をつけろよ。こいつに手握られたら心の中読まれちまうからな」

「あ、そうなの?」


 雪はそれほど驚いた様子もなく歩を見た。


「じゃあ今は私に触れないほうがいいよ、歩ちゃん」

「え? どうしてですかー?」


 歩が不思議そうに聞くと、雪は真顔で答える。


「唯一の妹の座を歩ちゃんに奪われそうになって、今まさにダークサイドに堕ちそうになってるから、私」

「えッ!?」

「おいおい……」


 こいつの冗談は冗談だとわかりにくいからタチが悪い。

 雪はおかしそうに笑って、


「じゃ、買い物行こっか? 今日は歩ちゃんの歓迎会だから、たくさん準備しないとね」

「買い物? ……ああ。ってことは、俺を迎えに来たってのはついでの話か」


 そういやこの通りはデパートに買い物に行くときの通り道だ。


「あ、それじゃ私もお料理手伝いますー」

「ホント? じゃあみんなで一緒にやろうね。瑞希ちゃんもお昼すぎには帰ってくるって言ってたから」

「はいー」


 並んで歩き出す雪と歩。

 後ろから眺めると、仲のよい姉妹にしか見えなかった。


 それを見て、再び胸に湧き上がる達成感。

 歩はきっと雪たちともすぐにいい関係を築けるだろう。


「優希お兄ちゃーん。早く来ないと置いてっちゃうよー」


 明るく俺を呼ぶ声に、軽く手を上げて応える。

 そして、


(……こんなとこ、将太や藍原に見られたらなにを言われるかわからんな)


 ひとまず歩がウチに居候することは隠しておこう、と、俺はそう決めてふたりの後ろ姿を追いかけることにしたのだった。




-----




 ――そんな3人の後ろ姿を遠くに見送って。


「……歩」


 お下げの少年はしばしその場にぼんやりと立ち尽くしていたが、やがて小さなため息とともにうなずいてきびすを返した。

 すると、


「よぉ、氷騎。そんなとこでなにしとんのや?」


 そんな少年に声をかける人物がいた。


 顔を上げた少年の視線の先から歩いてきたのは、デニムのパンツにチェックのシャツというカジュアルな服装に身を包んだ、眼鏡で長身の大学生風の青年だった。


「……純か。いや、なにも。ただぼんやりとしていただけだ」


 氷騎と呼ばれた少年はそう返し、再び背後の通りに視線を向ける。

 見送った3人の姿はもうその視界から消えていた。


 そんな氷騎の仕草をなんとなしに眺めながら、純は言った。


「どや、氷騎? 俺、これから大学の女の子たちと遊びに行くんやけど、お前も飛び入り参加せぇへんか?」

「……興味ない」

「なんや。相変わらず暗いヤツやのぅ」


 本当につまらなさそうにそう言った純に対し、氷騎は冷めた口調で、


「お前こそ、相変わらずのその胡散臭い関西弁、いい加減やめたらどうだ?」

「ん? ああ、これか? どや、なかなか様になってきたやろ? なんや、合コンじゃ関西弁のほうがモテるらしくてな。最近はあっちのほう出身ですかって真面目に聞かれることも多くなってきたぞ」

「……遊び回るのはいいが、ほどほどにしとかないとまた晴夏に怒られるぞ」

「平気やて。晴夏は今ブルーの護衛で、それこそ関西方面に行っとるからな。案外戻ってきたらふたりとも関西弁になっとるかもしれんぞ?」

「……」


 呆れた様子で肩をすくめ、氷騎は純とすれ違っていった。


「……相変わらずやのう」


 そんな氷騎を見送った純は、彼が見つめていた通りの先を見つめて、


「普通の生活を楽しめるのはせいぜいあと1年か2年。せめて今だけでも充分に楽しんでおけばええのになぁ。……ま、性格ならそれもしゃーないか」


 ポツリとそうつぶやいて歩き出す。

 それは不穏な空気など微塵も感じない、秋晴れの日だった。


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