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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 保健室の少女
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1年目10月「歩の秘密」


「……それで、どうして私のところに?」


 10月に入ったばかりの月曜日。

 まるで新種の生き物でも発見したかのような1年3組の生徒たちの視線を一身に集めながら俺は答えた。


「神村さんが一番詳しいって聞いたもんで」


 昼休み、1年3組の教室。

 窓際の前から4番目の席に俺は自分の弁当箱を広げていた。


 そして、そんな俺の目の前。


「誰がそんなことを?」


 椅子に座っていながらも決して崩すことのないピンと背中を張った見事な姿勢。

 そして手元の弁当箱に手をかけたまま俺を見つめる無表情な瞳。


 そう。神村さんだった。


「保健室の山咲先生がな。歩のこと一番詳しいのは神村さんだって」

「……」


 歩のことをどうにかしてやろうと決意した先週の金曜日。

 放課後に山咲先生のもとを訪ね、単刀直入に歩の家でのできごとを打ち明けると、返ってきた答えが意外にも『神村さんに聞け』だったのである。


 それで俺は早速こうして神村さんのもとを訪ねたわけだ。


 ちなみにこれは別に今気づいたことでもないのだが、神村さんはクラス内でかなり浮いた存在のようで、昼休みに一緒に弁当を食べる友人どころか、近づいてくる生徒さえも見当たらなかった。

 神村さんもそれをまったく気にしていない様子だから、なおさら周りと関わりがなくなってしまうのだろう。


 ……で、そんな特異な存在である神村さんと、他クラスの男子である俺が一緒にいるという辺りが、冒頭で説明した周りからの視線の原因となっているわけだ。


 ちなみに一緒に弁当を食べないかとの誘いは、神村さんに速攻で断られていた。


「それでも、ここで食べるつもりなんですね」

「ん? いや、だって、たまたま同じ机で別々に弁当食べてるだけだろ?」

「……」


 神村さんは呆れたのか、あるいはどうでもいいと思っているのか、なにも言わずにゆっくりとした動作で自分の弁当箱のふたを開く。


「わかりました。なにが知りたいのですか?」


 話が早くて助かる。

 俺は言った。


「歩のこと。いや、歩が家でどうしてあんな扱いを受けているのか」

「……」


 神村さんの無表情な視線が少しだけ横に泳いだ。

 その反応は俺の言葉の意味――つまり、歩が家の人間からどういう扱いを受けているかを知っているということだろう。


「不知火さんが彼女の事情をどこまで知っているのかわかりませんが」


 神村さんはそう言うと、再びまっすぐに俺を見据えた。


「それを聞いてどうするのですか? あなたになにかできるとでも?」


 ゆっくりとした口調ながら、言葉自体は厳しい。

 それでも俺は微動だにせず彼女を正面から見返して、


「そんなの聞いてみないとわからない。けど、なにかできるならしてやりたいとは思ってる」

「中途半端になにかしたところで、逆に悪い結果を生み出すこともあります」

「やるなら中途半端になんかやらねーって。必要ならあいつの全部を背負い込む覚悟でいる」


 神村さんはいったん言葉を止めて、


「……なぜ、そんなに神崎さんを?」

「なぜ? あーっと、そうだな……」


 それには即答できなかった。


「なんとなくかな。まー……友だちっぽかったりするしな、俺ら」

「……」


 神村さんは再び黙り込み、まるで俺の心を見透かそうとするかのように見つめた。

 そして一呼吸。


 どうやら話す気になってくれたようだ。


「神崎さんのご両親は2年ほど前に亡くなられています。今一緒に暮らしているのは神崎さんの母親の弟夫婦、つまり叔父と叔母にあたります」

「……なるほど」


 納得の話だった。

 つまりあの女性と歩の間に血のつながりはないことになる。


 とはいえ、それだけですべてが納得できたわけではなかった。

 俺はさらに尋ねる。


「けど、叔母さんなんだろ? 自分の姪っ子にあんな態度取るか、普通?」


 そんな俺の脳裏を過ぎっていたのは、俺の母親代わりでもある伯母さんの顔だった。


 伯母さん――瑞希の母親である宮乃伯母さんは、2歳の頃に両親を失った俺たちを立派に育ててくれた。

 俺たちに注いでくれた愛情は、たぶん実の娘である瑞希ともそう変わらないものだったと思っている。


 もちろん歩とは両親を失った年齢も違うし、そもそも宮乃伯母さんと歩の叔母との性格の違いもあるのだろうが、叔母がああいう態度を取るのにはそれ以上のなんらかの理由があるんじゃないかと、俺はそう思ったのである。


 そんな俺の疑問に対し、神村さんは答えた。


「神崎さんが叔父叔母夫婦に養われるようになってから、その一家には立て続けに悪いことが起こりました。叔父の勤めていた会社が倒産して失業した直後、それまで住んでいた一軒家が不審火による火事で全焼。今のアパートに移り住んだ後も叔父の再就職先は見つからずかなり苦労しているようです。……叔母が彼女のことを疫病神だと思い始めるのに、それほど時間はかかりませんでした」

「……んなアホな」


 神村さんの言葉に、俺は呆れると同時に怒りがこみ上げてきた。 


「そんなん、どう考えたってただの偶然だろ。偶然の不幸を歩のヤツに押し付けてるだけじゃねーか」


 だが、神村さんは表情ひとつ変えずに続ける。


「叔母がそう思い込んだのには理由もあります。神崎さんの本当の父親は特別な力を持っていました」

「特別な力……?」


 その言葉で俺はピンと来た。


「もしかして悪魔ってことか……?」


 声をひそめる。

 だが、神村さんは首を横に振った。


「近いですが、正確には違います。……不知火さん、こんな話はご存知ですか?」


 ずっと話していたはずなのに、神村さんはいつの間にか弁当を食べ終えていた。

 弁当箱の蓋を閉じ、膝の上に両手を重ねてまっすぐに俺を見る。


「人間というのはもともとは悪魔と同じ。悪魔の中の1種族であった、という話です」

「人間が、悪魔……?」


 もちろん聞いたことはなかった。

 神村さんが続ける。


「その昔、"人間"という種族だけが魔界を出てこの世界にやってきた。そして他の悪魔たちと争うことのなくなった"人間"は種族特有の力を退化させ、それはいつしか忘れられた力となった」

「……本当なのか?」


 唐突な上、何の知識もない俺にはオウム返しのように聞き返すことしかできなかった。


「私にも真実はわかりません。ただ」


 どうやらその話の真偽はそれほど重要ではないらしい。

 神村さんは続けた。


「そのときに失ったとされる"種族特有の力"らしきものは、この時代においても一部の人間に発現しています。メディアなどでもたまに取り上げられる力――俗に言う"超能力者"がそれに該当します」

「……超能力?」


 いや、まあ俺自身がこういう存在なのだから、いまさら超能力者が実在する程度の話で驚いたりはしないのだが――


「ってことは……アレか? テレビとかで見る透視とか物体浮遊とか瞬間移動とか……ああいうのは、トリックとかじゃなくて、その超能力者が実際に力を使っているってのか?」

「いいえ、それらの大半はなんらかのカラクリによるものでしょう。超能力は基本的に念動力と精神感応力のふたつしかありません。透視などは精神感応力の応用で可能ですが、瞬間移動は不可能です」


 念動力と精神感応力、いわゆるサイコキネシスとテレパスというやつか。

 具体的にどういうものかはわからないが、神村さんが言うのであればそうなのだろう。


「じゃあ、その叔母さんが不幸の原因を歩に押し付けてるってのは……」

「神崎さんの家はそういう家系なのです。……それが遺伝で受け継がれる例は非常に珍しいのですが」

「歩もその力を持っている? それで歩の叔母さんは、その力が自分たちに不幸をもたらしている、と?」

「はい。叔父叔母夫婦は"こちら側"のことをほとんど知りません。その力がどういったものであるかもはっきりとは知らないのです」

「……なるほどね」


 これで見えてきた。

 つまり歩の叔母が"化け物"と言ったのは、俺が考えたように、歩が人間離れした学力を持っているからではなく、叔母にとって正体不明の力――歩の持つ超能力を指した言葉なのだろう。


 確かにそれは人間の常識では計れない力で、その中身を知らない人間にとっては不気味なものだ。

 そんな力を持った歩を引き取った直後、偶然とはいえそれだけの不幸が重なったのなら、そう思い込みたくなる気持ちもわからないではない。


 わからないではない、が――

 あれではなんの罪もない歩があまりにも可哀想だ。


 あいつだって両親を失ったばかりで、誰かの愛情に飢えているに違いないというのに。

 学校でもなにがあったのか、自分のクラスに溶け込めないでいる。


 ……ずっと孤独だったのだろうか。


 知り合った後、訪ねていくたびにパッと顔を輝かせていた歩の態度を思い出して、それでも俺たちの前で明るく振る舞っていたその心情を想像して、俺はなんともやるせない気持ちになっていた。


「お話しできるのはこのぐらいです」

「……ああ、そっか。ありがとな、神村さん」


 本当はもう少し聞きたいこともある。

 そもそも神村さんがなぜそんなにも歩の事情に詳しいのかとか、もしかして悪魔狩りとなにか関係があるんじゃないか、とか。


 だが、それはひとまず後回しだ。


「時間かけさせて悪かったな」


 俺はまだ半分以上残っている弁当箱を持って立ち上がった。


 あとはどう動くか。

 それだけだ。


「……不知火さん」

「ん?」


 ふと気づくと、神村さんは相変わらず感情の読めない瞳で俺をじっと見つめていた。


「食べている最中に動くのは良くないです。最後まで食べてから戻ったらどうですか?」

「え? ……ん、まあ。神村さんが邪魔でないのなら」

「どちらかといえば邪魔ですが、少しぐらいは我慢します」

「……」


 そのときの俺はきっと、かなり微妙な表情をしていたことだろう。

 彼女の好意(?)を喜んでいいものなのか、非常に判断に困るところである。


 しかし俺は結局言葉に甘えて、再びその席に腰を下ろすことにした。

 無言で弁当箱の残りを片付け始める。


「……」


 その間、神村さんは黙って外を眺めていた。

 教室の隅で生徒たちがおしゃべりする声。グラウンドからは、昼食を早めに終えてサッカーをしている生徒たちの掛け声が聞こえた。


 そんな中、


「不知火さん」


 しばらく無言だった神村さんが口を開く。


「……んむ?」


 口の中に食べ物を詰め込んだまま不明瞭な返事をして顔を上げると、神村さんの視線は外を向いたままだった。

 呼ばれた気がしたのは空耳だったのかと思いかけた、そのとき。


「……彼女はとてもいい子です」

「え?」


 突然の言葉に呆気に取られた。

 いつもの神村さんとは少し違う。かたくなにそらしたままの視線にも、なんらかの感情が渦巻いているように感じた。


「神村さん……?」


 しかし俺がもう一度問いかけたとき、神村さんはすでにいつもの表情に戻っていた。

 そしてそのまま無感動な視線を俺に向けると、


「先ほども言いましたが、中途半端に口出しするようなことはやめてください。もっと悪い状況になりかねませんから」

「……」


 感情のない言葉。

 だがその言葉も、先ほどの表情を見た後だと、まるで俺の行動に期待し応援してくれているかのように聞こえた。


 これに応えられないようじゃ男がすたるってものだ。


「なんとかするよ。約束する」

「そうですか」


 そんな神村さんの返答は、いつものごとく素っ気ないままだった。


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