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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 保健室の少女
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1年目9月「交流」


「ちわーっす」


 ガラッ。


「あれ。どうしたの、不知火さん?」


 とある金曜日の昼休み、俺が保健室のドアを開けるとベッドの上には見慣れた光景――上半身を起こした歩の姿があった。


 返事はひとまずおいといて保健室の中を見回す。

 どうやら山咲先生はどこかに行っているらしい。


「なんだ、歩。また倒れたのか?」


 後ろ手にドアを閉めてベッドに近付いていくと、歩は照れくさそうに笑って、


「そんなおおげさなことじゃないよー。ちょっと気分が悪くなっただけなんだけど、山咲先生が寝てなさいって」

「なら大人しく寝てろ」


 上半身を起こしていた歩の肩をポンと押してやる。


「うぁ……」


 体に力が入らないのか、あるいはもともと貧弱なのか。

 歩は無抵抗のまま、ころんとベッドの上に転がった。


「うう、大丈夫なのにー」

「お前の大丈夫は大丈夫じゃない。だろ?」


 山咲先生の口ぐせを真似ると、歩は不満そうな顔をしながらも黙り込んだ。

 俺は部屋の隅からパイプ椅子を持ってきて、ベッドの横に座る。


「不知火さん、あのー……」

「なんだ?」

「お昼は食べないのかなー、と」

「食べるに決まってんだろ」


 そう言って俺は持参した弁当を膝の上に乗せた。


 あの日――神崎歩と知り合った日から10日ほどが経過していた。

 お互いにあのときが完全に初対面だったのだが、山咲先生に言われて渋々家まで送ってやったからなのか、あれ以来俺は妙に彼女に懐かれていた。


 休み時間なんかもたまにウチのクラスに顔を出すようになったし、廊下で姿を見つけるなり、まるで子犬かなにかのようにちょこちょこと駆け寄ってくるようになったのだ。


 もちろんそんな風に慕われたら俺だって悪い気はしない。


 性格的には明るくて元気なものの、ちょっと角度を変えれば弱々しく、どこか守ってやりたくなるようなタイプ――少しだけ妹の雪に似ているところがあったからだろうか。

 俺はこのあまり天才っぽくない天才少女のことをいつしか気に入っていたのだった。


「お前のほうこそ、昼はどうするんだ?」

「いつもは食堂で食べてるよー。今日は食欲ないけど……」

「弁当は? 母親とか家で作ってくれないのか?」

「うん。仕事が忙しいから」

「ふーん」


 そんな歩の表情を横目に見ながら弁当のふたを開ける。


 今日のおかずはミニハンバーグに煮物。ほうれん草のソテーに定番の玉子焼き。あとはウサギの形をしたリンゴがひと切れ。

 もちろんこれは由香の作った弁当である。


(……ガキの弁当だな、完全に)


 ついついそんなことを思ってしまったが、もちろんせっかく作ってくれた弁当にケチをつけるほど恩知らずな人間でもない。

 俺は早速その弁当に手を付け始めた。


 ……と。


「ん?」


 歩が俺の手にしている弁当箱の中身をジーッと見つめていた。

 といっても別に物欲しそうにしていたわけではない。


「なんだ? 何か変か?」

「あ、ううん。ただねー」


 歩は顔を上げるとニコニコしながら、


「不知火さんのお母さんってきっと優しい人なんだろうなー、って思っただけ」

「あん? どうしてだ?」

「お弁当から、そういう匂いがするの」

「……ふーん」


 弁当箱に顔を近づけてみたが、ハンバーグソースの匂いしかしなかった。


「あはは、そういう意味じゃないよー」

「いや、わかってるけどさ」


 いくらなんでも本気でボケたわけじゃない。ちょっとやってみただけだ。


「でもま、弁当作ったの母親じゃないけどな」

「え? ……もしかして不知火さんが自分で?」


 歩が驚いた顔をする。


「んなわけあるかい。これは……あれだ。俺の友だちが作ったもんだ」


 適当に誤魔化したほうがいいかとも思ったが、こいつにならしゃべってもいいだろう。


「え? お友だち? 女の人?」

「男友だちだったらさすがにアレだなぁ……」


 歩は、へぇ、と笑顔になって、


「やっぱり不知火さんってそういう人がいるんだー」


 なぜか楽しそうだった。

 3つ下とはいえ一応は思春期の女の子。そういう話は大好物なのかもしれない。


 が、俺はそんな歩に残酷な真実を告げなければならなかった。


「残念だが、アレはお前が言うところの"そういう人"じゃないぞ」

「?」

「本当にただの友だちだ」

「ええっ? お友だちがお弁当を作ってくれてるの?」


 やはり驚いた。

 いや、それはそうだろう。由香のことを知らないのだからなおさらだ。


「変わったヤツだろ?」


 そう言うと、歩はベッドの中で首をかしげて、うーん、と考え込むと、


「……うん。その人は不知火さんのことが好きなんだよね、きっと」

「嫌いならそもそも友だちになってないっての」


 そう返すと歩は苦笑して、


「あはは。ええっと、そういう意味ではなくー……」

「……」


 俺は無言のまま歩に向かって両手を伸ばした。


「?」


 不思議そうな歩のほっぺたに両手を当てると、ぐいっと軽く引っ張ってやる。


「あやややや! 痛い! 痛いー!」

「お子様のクセに生意気なことを言った罰だ」

「ご、ごめんなさいー!」


 頃合いを見て手を離してやると、歩はちょっとだけ涙を浮かべた目で恨みがましく俺を見た。


「うう、イジメっ子……」

「お前が悪い」


 俺はそう言ってベッドから離れる。


「……あれ? 教室に戻るの?」


 歩が少しだけ赤くなった頬を両手でさすりながらそう聞いてくる。

 俺はそんな歩を肩越しに振り返って、


「パンかなにか買ってきてやる。なにがいい?」


 すると歩は慌てた様子で手を振った。


「わ、悪いからいいよー」

「よくねーよ。食うもの食わないとまた倒れるぞ」

「でも……」

「たいした手間じゃないから遠慮すんな」

「……うん。ありがとー」


 そんな俺のお節介に、歩はまだ少し遠慮しながらも嬉しそうな笑顔になるのだった。




-----




 一方そのころ、1年1組の教室では――


「あいつ、最近変だよなぁ?」

「うん。確かに変」

「そ、そうかな……?」

「まあ、いつもと比べるとちょっとね」


 教室の一角で、4人の男女がなにやら深刻そうな話をしていた。

 順に、将太、藍原、由香、直斗の4人である。


 話題となっているのは言うまでもなく、今この場にいない優希のことであった。


「元凶はやっぱり、あの例の天才少女だよな。絶対」


 口の中に物を入れた状態の不明瞭な発音でそう言って、将太は箸の先を正面の直斗に向けた。


「元凶って、別に悪いことしてるわけじゃないんだから」


 直斗がそう返すと、その隣の藍原が勢いよく首を横に振る。


「悪いってば~。絶対洗脳とかされてるって、あれ~」

「洗脳って……」


 由香が苦笑すると、藍原は真面目な顔でずいっと由香に迫った。


「笑いごとじゃないってば。相手はこの学園始まって以来の天才だよ。不知火みたいな単純な男を洗脳するぐらいたやすいに決まってるよ」

「え、でも……」


 冷静に考えればそんなことあるはずもないのだが、藍原の真面目な表情と口調に由香が少しだけたじろいだ。

 そこへ将太が藍原の言葉に同調する。


「そうそう。だいたいあの優希が自分からあんなマメに会いに行くなんて、絶対普通じゃねえって!」

「そう? 優希の保健室通いは結構前からだよ。別に神崎さんに会いに行っているわけじゃないと思うけどな」


 ひとり冷静な直斗はそう言うと、少しだけ考えて、


「まあ、昼休みとかに行くのは確かに珍しいかな。普段は授業中が多いから」

「ほら! やっぱりおかしいんじゃねえか!」


 ここぞとばかりに将太が主張すると、直斗は苦笑する。


「だとしても、優希の気まぐれでしょ。洗脳されたなんて話よりよっぽど現実的だと思うけどね」

「ううん。あれは絶対洗脳だってば~!」


 藍原はどうしても洗脳されたことにしたいらしかった。


「で、でも」


 と、由香が反論する。


「神崎さんって子、体が弱い子なんでしょ? 優希くん、そういう子を放って置けなかったり、優しいところもあるから……」


 いつもどおり控えめに言ったが、残念なことにその場にいる他の人間からの賛同は得られなかった。


 やがて、将太がポツリとつぶやく。


「……あるいは、実はロリコンだったとか」

「……」

「……」


 直斗と由香が沈黙した。


「あ、その可能性あるかも~」


 藍原がひとり、将太の意見に同意する。


「でも不知火ってば、シスコンにロリコンじゃいよいよ救いがないね」

「それ、優希が聞いたらすごく怒るよ、きっと」


 直斗がさすがに見かねて口を挟む。

 由香が取り繕うように言った。


「でも私、その神崎さんって子にちょっと会ってみたいかな」

「あ、あたしも~!」


 藍原が興味津々の様子で勢いよく手をあげる。


「なんたってあの不知火を洗脳しちゃうほどの実力者だかんね! これは興味あるね!」

「えー。俺はガキにはあんま興味ねえんだけどなぁ」


 将太は乗り気ではない様子だ。

 が、しかし。


「といっても3つしか違わないんだけどね、神崎さん。将来有望な顔立ちしてるし」


 直斗がそう言うと、将太は一転、


「……よし! じゃあいっちょ見に行ってみるか!」


 他の3人に向かって親指を立て、真っ先に教室を飛び出していったのだった。




-----




 と、いうわけで。


「……なにがどういうわけなんだ?」


 いきなりぞろぞろ保健室にやってきたメンバーを、俺は冷たい視線と言葉で出迎えてやった。

 が、残念なことに、先頭を切って入ってきた面々は、そんな言葉の刃など気に留めるような連中ではなく。


「いやぁ、俺もうわさの天才少女とやらをひと目見たくてよー」

「私も~」


 将太に続いて藍原。

 そしてその後ろから、俺の不機嫌そうな顔に気付いた由香が少し申し訳なさそうに入ってくる。


 ちなみに俺も今、パンを買って戻ってきたばかりだった。

 山咲先生はまだ戻っていない。


「? どうしたの、不知火さん?」


 歩が寝ているベッドはカーテンで仕切られていて、こちらの様子は見えていないらしい。


「こんちは~」

「あ、お前!」


 俺が制止する間もなく、藍原がズカズカと歩の寝ているベッドのほうへと侵入していく。


「あ、ども。こんにちはー」


 突然の乱入者にも驚きもせず、愛想よく挨拶する歩の声が聞こえてきた。

 俺はため息をついて、藍原の後に続いて歩のもとへと戻る。


「やっ! 俺、こいつの親友で藤井将太ってんだ。よろしくな!」


 明らかに作った声で将太はそう言った。

 本人は爽やかな好青年を演じたつもりだったらしいが、正直不自然でインチキくさいことこの上ない。


「あ、えっと……神崎歩です。よろしくお願いしますー」


 歩も少し戸惑ったようだが、やはり将太に対しても愛想よく挨拶を返した。


「歩ちゃんね。あ、歩ちゃんでいいのかい?」

「あ、はい。じゃあ私は藤井さんでいいですか?」

「藤井さん? うーん、ちょっと他人行儀だなぁ」

「え、じゃあ……」


 歩が少し困った顔をする。

 将太は相変わらずのインチキ笑顔のまま言った。


「遠慮することないさ。俺のことはズバリ、将太お兄ちゃんと呼んでくれ!」

「将太……お兄ちゃん……?」


 歩が戸惑ったような顔で笑う。

 冗談だと思ったらしい。


(そいつはきっと大真面目だぞ、歩……)


 そんな俺の推測の正しさを裏付けるかのように、将太は胸の前で手を組んでうっとりした。


「ああ、いい響きだなぁ。実は俺ずっと妹が欲しかったんだ……」


 ……うぜぇ。


「え、えっとー……」


 歩がどう対応していいのかわからずに視線を送ってくる。

 俺は言った。


「そこのバカはかまわなくていい。なんならいないものとして扱っても一向に問題ない」

「そうそう。このキモチ悪い人は気にしなくてもいいからね~」


 藍原がそう言って将太をカーテンの外側に押しのけようとする。 


「ちょっ……な、なにを言うか貴様ら! 妹といえば世の中のひとりっ子男子の永遠の憧れなんだぞ!」

「はいはい。っていうか、藤井以外にひとりっ子男子いないしね、ココ」

「うぉっ、ちょっ、藍原! 貴様!」


 藍原に押されて、将太の体は本当に歩の視界からフェードアウトしていった。


 そんな藍原の言葉で思い出したが、直斗は来ていない。

 あいつも将太と同じひとりっ子男子だが、妹が欲しいなんて台詞を聞いたことはなかった。


 将太を押しのけた藍原は先ほどまで俺が座っていたパイプ椅子に腰を下ろす。


「あたしは藍原。藍原美弥ね。どういう風に呼んでも構わないよん」

「えっと……はい。美弥さんですね」

「美弥お姉ちゃんでもいいよ!」


 大げさな身振りで藍原がそう言うと、歩は今度は吹き出すように笑った。

 そのリアクションに藍原は満足げにうなずいて、


「んでもって……」


 くるっと俺のほうを振り返り、俺の少し後ろに立っていた由香を指差す。


「あの子が由香ちゃん」

「あ、えっと……水月由香です。よろしくね」


 由香は急に紹介されてちょっと慌てたようだが、すぐに自己紹介をした。


「はい! こちらこそよろしくですー」


 歩もニッコリと笑顔でそう返した。


 そうして――


「あ、そうですそうです。あの俳優さん、オジサンですけどカッコいいですよねー」

「ほほぅ、歩ちゃんはなかなか渋い趣味だねぇ~。由香なんてこんな大人しそうな顔して結構ミーハーだったりするのに」

「み、ミーハーじゃないよ。たまたま好きなドラマに出てたから――」


 なんて。

 女子の会話が始まってしまったわけである。


 これで他に患者がいるのなら迷惑以外のなにものでもないが、唯一の患者である歩が楽しそうにしているのだから、これはこれでまあいいのだろう。


 ただ――


「お前、結局なにしに来たわけ?」

「……俺も今、それを考えていたところさ」


 完全に仲間外れにされてしまった将太の背中には、なんともいえない哀愁が漂っていた。

 まあ、同情する気にはまったくなれないが。


「あら。ずいぶんと賑やかですね」


 そうこうしているうちに保健室の主、養護教諭の山咲先生が戻ってくる。

 時計を見ると、昼休み終了まであと5分。

 そろそろ潮時かもしれない。


 俺は言った。


「なんかこいつら、保健室を遊び場と勘違いしてるみたいっすよ。注意してやってください」


 山咲先生は間髪いれず、


「あなたも含めて、でしょう?」

「俺はちゃんと休憩に来てるんですって」

「何度も言いますが、保健室は休憩所ではありません」


 山咲先生はきっぱりとそう言って、定位置である窓際の椅子に腰を下ろす。

 そして机の上の冷めたコーヒーを口にしながら、親指で柱にかかった時計を指して、


「さあ、キミたち。そろそろ授業が始まりますよ。本当に調子の悪い人以外は戻ってくださいね」

「あ、はい。お騒がせしてすみません」


 素直に返事をした由香が、歩に笑顔を向ける。


「じゃあ、歩ちゃん。また今度お話しようね」


 歩も嬉しそうに笑顔を返す。


「はい。また遊んでやってくださいー」

「じゃあね~」


 と、藍原も立ち上がって手を振った。

 そのふたりが離れたところで、俺はようやくカーテンの中をのぞき込むと、


「これ、買ってきたパンな。あんま無理すんじゃねえぞ」

「あ、ありがとー。……無理なんかしてないよ。私、おしゃべりしてるのすごく好きだから」

「そうか」


 俺はうなずいてベッドから離れると、山咲先生のほうを見て、


「じゃ。しょうがないんで俺も授業に出てきます」

「しょうがあっても授業に出てください。それがキミの仕事なんですから」


 机の上から視線も上げずにそう言った山咲先生に俺は軽く頭を下げ、最後にもう一度ベッドの上の歩に視線を送ってから保健室を後にしたのだった。




-----




「……神崎くん」


 優希たちが保健室を去って、授業開始のベルが鳴ったころ。


 晃は歩のベッドの隣まで椅子を持ってきてそこに腰を下ろすと、近くにあった小さなテーブルの上に新しく淹れたコーヒーカップを置く。


「なかなか楽しそうでしたね」


 ベッドに仰向けになっていた歩は、晃のほうへ視線を向けニッコリと笑顔を浮かべた。


「はい。誰かとこんなにおしゃべりしたのは久しぶりで」

「そうですか」


 晃はそう言うと、布団を歩の肩近くまで引き上げる。


「でも今日は調子がよくなかったのでしょう? 不知火くんも言ってましたが、無理をしてはいけませんよ?」

「そんなことないです。確かに最初は調子悪かったんですけど……」


 たはは、と照れたような笑みを浮かべる。


「私って現金なもので。不知火さんたちとおしゃべりしているうちに気分がよくなってきちゃいました」

「そう。ならいいのですが」


 晃がホッとしたような顔をすると、歩は少し目を細めてそんな晃を見つめた。


「……先生のおかげですよー。先生、私にあんまり友だちいないの知ってて、それで不知火さんと引き合わせてくれたんですよね?」

「そこまで深い意図はありませんよ。あの日、彼がここに来たのも単なる偶然ですしね。……でもま、多少は」


 言いながらコーヒーに軽く口を付ける。


「キミがクラスに馴染めなかったのは我々にも原因がありますし、学校にいるときくらいは楽しく過ごして欲しいですから」

「え?」


 その言葉に歩は驚いた顔をする。


「事情は多少聞いています。神村くんが話してくれました」

「沙夜さんが? ……そうですか」

「それについては私にはどうにもできないですしね」


 と、晃はすまなそうな顔をした。


 沈黙。

 室内の雰囲気が重く沈んだ。

 ただ、それは一瞬のこと。


「あはは。先生、そんな顔しないでくださいよー」


 歩は明るく笑った。


「私、こう見えて色々体験してますし、色々なこと知ってるんですから。ちょっとしたことじゃめげたりしないんです」

「……そうでしたね」

「それに新しいお友だちがたくさんできましたから。ぜんぜんへっちゃらです」


 歩がそう言うと、晃もようやく笑みを浮かべた。


「そうですね。ま、不知火くんはちょっとアレですが、悪い子ではないですよ」

「ひどーい。アレってなんですかー」


 歩が笑う。


「ご想像にお任せします。……じゃ、ゆっくり休んでください」

「はいっ」


 歩が元気に答えたのを見て、晃は静かにベッドから離れた。


 もちろん晃は歩の口から出た言葉すべてが本心でないことはわかっている。

 ただ同時に、彼女が心を痛めているその原因に対し、自分にしてやれることは限られているということも理解していた。


 だからこそ、それ以上を追求はしないのだ。


「……彼がなにかの助けになってくればいいのですが」


 歩に届かないほどの小さな声で晃はそうつぶやいた。

 かすかな期待を、その言の葉に込めて。


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