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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第5章 保健室の少女
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1年目9月「体育祭」


 9月も中盤を過ぎて、体育祭の日がやってきた。


「ねぇ、優希くん!」


 校舎裏で水を飲んでいた俺のところに、どこか興奮した様子の由香がやってきたのは、昼休みの少し前のことだった。


「あのね、あのね。400メートル、斉藤くんが1位取ったんだよ。それでね、私たちのクラス、全体で総合4位だって!」

「まあ、落ち着け」


 蛇口をひねって水を止める。


 喉をうるおして見上げた空は、ススキ雲が少しかかっている程度の体育祭びよりだった。

 グラウンドからは大きな歓声と悲鳴のような声援が聞こえてくる。

 由香の様子を見てもわかるとおり、盛り上がっているみたいだ。


 ちなみにこの風見学園は1学年5クラスで全部で15クラス。

 その中で総合4位なら1年生としてはかなりの好成績といえるだろう。

 由香が興奮するのもわからないではなかった。


「斉藤のやつ、サッカー部でも1年レギュラーだしなぁ……」


 400メートルで1位をとった斉藤というのは、サッカー部期待のエース候補で俺とも比較的仲のいい男子のひとりだ。


「ホントすごいよね、斉藤くん。2年生と3年生の人も一緒に走ったのに」

「ああ……ん? ってことは、もうそろそろお前も出番じゃないのか?」

「あ、うん」


 由香の出場する女子100メートルは次の次あたりだ。


「応援しててね、優希くん」

「気が向いたらな」


 ひらひらと手を振って由香と別れ、学校の敷地内をブラブラと歩く。


 そうそう。

 ウチの体育祭は日曜日開催で、父母や家族の観戦がある。

 だからこうして敷地内をブラついていると、小学校の運動会ほどではないが、生徒の家族らしき人たちの姿も目に付いた。


(……そういや雪のヤツも応援に来るとか言ってたな)


 日曜日だから雪も瑞希も普通に休日だ。

 ただ、瑞希のヤツは部活があるはずだから、来るとしたら雪だけだろう。


 ……本当に来るのだろうか。

 俺としてはあまり来て欲しくない。


 なぜかというと――


「おーい。彼女はまだ来ないのかー?」

「次、俺の種目なんだけど、雪さん見ててくれるかな?」

「おいコラ、優希。彼女はいったいいつごろ――」

「……知らん!」


 というやり取りを、中等部からの繰り上がり組――つまりは雪のファンを自称する連中と繰り返すハメになっていたからである。

 俺がクラスの応援をほっぽってこうしてブラブラしているのも、そんなやり取りに嫌気がさしたからに他ならない。


 と。

 ワァァァァ、というひときわ大きな歓声が聞こえた。


 どうやら午前中の花形競技、男女100メートル走が始まるようだ。


 この100メートル走には各クラスから男女ふたりずつ、1年生から3年生の合計15クラスで計60人が参加する。それを男女別に1年生から3年生までごちゃ混ぜにし、くじで6人ずつの男女各5グループに分けて競うのだ。


 ウチの学校の方針として、1年生も3年生もハンデはつけないことになっている。

 高校生にもなればそれほど運動神経に差はないだろうというのがその理由だが、それでもやはり1年と3年では結構差があるものだ。


 だから3年生ばかりのグループに1年生が入ったりすると結構悲惨だったりするのだが――


「……あいつって、そういうヤツだよな」


 俺は100メートル走の順番待ちをしているグループを遠くから眺めて思わずそう呟いていた。


 視線の先にはジャージ姿の由香。

 そしてそこに並ぶ他の5人は、履いているジャージの色から全員が3年生であることがわかる。


 周りを最上級生で固められた由香は、ひとり肩身が狭そうにちっちゃくなっていた。


(……南無)


 遠めに見てもかなり緊張しているようだ。

 周りが3年生ばかりということ以外にも、ウチのクラスが現在総合4位で、1年生としてはかなりいい位置につけていることもプレッシャーになっているのかもしれない。


(やれやれ……)


 ちょっとぐらいアドバイスしに行ってやろうかな、なんて思っていると、ちょうどその由香に近づいていく直斗の姿が見えた。

 どうやら考えることは一緒だったらしい。

 あいつなら俺よりもよほど上手いアドバイスをすることだろう。


 ……結果、由香は6人中4位だった。

 他が全員3年生だったことを考えればほめてやってもいいだろう。


 そんなこんなで種目は進んでいく。

 女子100メートルのもうひとり、藍原はぶっちぎりで1位になっていたようだが、あまり興味はないので詳細は割愛しよう。


 続いて男子の100メートル。

 足の速い直斗とサッカー部の斉藤は別の種目に出場が決まっているため、半分捨てる形で将太と、あいつと仲のいい谷というお調子者のデコボココンビが出場したが、それぞれ3位、4位と健闘した。


 その後の障害物リレーでは竜二――忘れている人も多いかと思うがあえて説明はしない――が、2位と大健闘。


 結果、ウチのクラスは苦戦が予想された種目で思った以上の成績をあげることができていた。


「……みんな頑張ってんなぁ」


 そんな中、俺は相変わらず敷地内をブラブラさまよっている。


 時間は11時半。

 午前中の競技はいよいよあと2種目――二人三脚と玉入れを残すのみとなり、俺はそのころになってようやくクラスの待機場所へと戻ってきた。


 もちろん、二人三脚に参加する直斗と由香の様子を見るためである。


「あ、優希」


 行くと、ちょうど直斗と由香がクラスの女子の助けを借りて、足をタオルで縛っているところだった。


「どーなんだ? いけそうなのか?」


 ジャージのポケットに手を突っ込んだまま歩み寄っていくと、


「あ。じゃ、頑張ってね」


 手伝っていた女子がそそくさと立ち去っていく。


「……」


 中等部でも同じクラスになったことのある女子だった。

 嫌われているってほどではないにしろ、避けられているのはわかっている。


 実のところ、学校の中――特に中等部から上がってきた連中には結構多い反応で、こちらとしてもある程度慣れっこではあった。


「ちょっとしか練習してないけど、由香となら合わせられると思うよ」


 そんな空気に気づいているのかいないのか。

 直斗がなにごともなかったかのようにそう言った。


「そうか。俺のおかげだな」

「なんで?」

「毎朝遅刻しそうになっているから、こいつの走りに合わせるのはもう慣れっこだろ?」

「あ、そうかも……」


 なんて、由香は納得しそうになっていたが、直斗は苦笑して、


「自分の寝坊を正当化しようとしないでよ。ったく」

「なんだよ。だったらどうしてお前らはいきなり息が合うんだ? 愛の力とでもいうつもりか?」

「そうかもね」


 直斗はさらりと流してしまった。

 こういう返し方をされると、俺としては非常に面白くない。


「ああ、そうかいそうか。だったらふたりでせいぜい楽しくやってくださいな」


 すねたように言ってその場を立ち去ろうとすると、由香が言った。


「あ、優希くん。応援しててね」

「イヤだ。お前らの愛の力だけでなんとかしてくれ」


 捨てセリフを吐いてその場を立ち去ることにしたのだった。


 ……結果、直斗・由香組は見事1位となった。

 愛の力があったかどうかはともかく、やはり10数年の付き合いは伊達ではなかったらしい。


 そんなこんなで、午前のプログラムは残すところ玉入れのみとなった。


 はっきりいってこの競技こそまったく見どころがない。

 さっさと昼飯の準備でも始めるとしようか、と、そう思っていると――


「……ん?」


 玉入れの準備中、ふと待機している選手のところに視線が止まった。


 1年3組。他所のクラスの待機場所に、見覚えのある三つ編みのお下げの女子が立っていたのだ。

 神村さんである。


(どうして玉入れ……?)


 正体を隠しているとはいえ、悪魔狩りである。

 彼女が戦っているところを見たことはないが、一般の生徒と比べて運動神経が悪いということはないはずだ。


 ……と、一瞬そう考えたが、俺はすぐにその理由を推測することができた。


 まずひとつめに、神村さんは見た目からして大人しそうで、決して運動が得意そうには見えないこと。

 ふたつめに、彼女はおそらく自分をアピールするようなタイプではないということ。

 そしてみっつめに、俺のように話し合いに参加しない人間は勝手に出場種目が決められてしまうということだ。


 これらのことを総合して考えてみると、なるほど、神村さんの出場種目は玉入れしかないような気がしてくる。


(……ま、そもそもこういう行事に興味なさそうだしな、あの人)


 なんて、そんなことを考えながらも、俺はずっと神村さんのほうを眺めていた。

 すると、


「……ん?」

「……」


 いつの間にか神村さんがこっちを見ていた。

 視線がぶつかり合う。


「……」

「……」


 5秒、10秒……


(……え――っと)


 視線が離れない。


 困った。

 話しかけるには遠すぎる距離だし、目をそらすのも失礼な気がする。かといって、にこやかに手を振ったりするのは俺のキャラじゃないだろう。


 だいたい、俺と神村さんの関係ってのはなんなのだろうか。

 赤の他人より親しいといえるのか、といっても友だちってわけじゃなし。例の悪魔がらみの話をするのならともかく、日常的に気軽に話しかけていい関係なのかどうかもわからない。


 こういうときにテレパシーなんてものがあれば便利なのにな――なんてことを思っていると、笛の音がして競技が始まった。


 神村さんも俺から視線を外し、足元の玉を拾い始める。

 俺はホッと視線を外して、昼食の準備をすべくクラスの待機場所へと再び足を向けた。


 ……途中、もう一度神村さんのほうを見ると、彼女は淡々と玉をカゴに投げ込んでいた。

 が、全然入らない。


(……意外と不器用なんだな)


 そう考えると妙におかしくて、俺はひとりで笑いながらクラスの待機場所へと戻ったのだった。






「うげぇ……食いすぎた」

「優希くん、大丈夫?」


 隣には心配そうな由香の顔。


「だから食べ過ぎないようにって言ったのに」


 正面には少し困ったような顔の直斗。

 俺は右手を口もとに当てながら、


「もうダメだ……非常に残念だが、こんな状態で800メートルを走っても皆に迷惑をかけるだけだろう。俺は保健室に行ってくる。だから直斗、お前が代わりに――」

「ダメ。僕はもう2種目決まっているから代理では出られないよ」

「ちっ……」

「ったく」


 直斗は呆れながらも笑って、


「優希は運動神経いいんだからさ。真面目にやれば1位だって狙えるでしょ。頑張ってよ」

「頑張ったら疲れるじゃないか」

「たまには疲れるぐらい頑張らないと。そのために普段なまけて力を貯めているんでしょ?」

「……」


 嫌味なのか、あるいは普段の俺のなまけっぷりをフォローしようとしてくれているのか。

 どうにも判断のつかない言い回しである。


「だいたいよぉ。別に勝ったからって大金持ちになれるわけじゃねぇし。これで勝ったら冬休みが延びるってんなら頑張るが、いまいちモチベーションがなぁ」

「でもみんな頑張ってるし……」


 と、俺の屁理屈に由香が真面目に返答しようとしたところで、


「あ、由香! ちょっと、ちょっと!」

「え?」


 クラスの女子が遠くで由香を手招きしていた。


「あ、……ちょっと行ってくるね」


 由香はわざわざ俺たちに断ってから立ち上がる。


「おぅ。……ってことで」


 走り去っていく由香の後ろ姿を見送りながら俺は話を続けた。


「走って得することがあるならいくらでも頑張るが、なにもないのに頑張ることはできないと、俺はこう主張したいわけで――」


 言いかけたところで、由香と入れ違いに近づいてくる影に気づく。


「それって勝つ自信がないから負けたときの予防線を張ってるだけでしょ、どうせ」

「な、なに!?」

「本気を出して負けるのが怖いから、やる気がないフリしてるだけじゃない」


 そう言いながら歩み寄ってきたのは、黒を基調にしたシックな装いの女性――瑞希だった。


「こんにちは、ナオちゃん」


 そのちょっと後ろでは、瑞希と対照的な白っぽいブラウスにふわっとした長めのスカートを合わせた雪が微笑んでいる。


「いらっしゃい、雪。牧原さんも、応援に来てくれたの?」


 直斗がにこやかにふたりを迎える。

 俺は挨拶より先に抗議した。


「おい、雪。お前が来るらしいことは聞いていたが、こんな余計なものがついてくるなんて聞いてないぞ」


 そう言って瑞希を指すと、当人は涼しげな顔をして、


「別にあんたの許可なんて必要ないでしょ? 私は直斗くんや由香ちゃんを応援しにきたんだから。あんたの結果なんかどうでもいいし」

「……いきなりケンカ売ってんのか、このヤロウ」

「売って欲しいなら売ってあげるわよ。高いけど」

「くっ……」


 そんな俺たちの様子を見かねた雪が口を挟む。


「瑞希ちゃんね。今日は部活午前中だけで、どうしてもユウちゃんのカッコイイところを見たいっていうから」

「言ってないでしょ、そんなこと」


 瑞希は呆れ顔でそう突っ込むと、ちらっと横目で俺を一瞥して、


「行ってらっしゃい。あんたが無様に惨敗する姿をしっかりカメラに収めてあげるわ」

「このアマ……」


 そこへ、ちょうど800メートル走の開始を告げる場内アナウンスが流れた。


「ほら。さっさと行って負けてきなさい」


 瑞希は妙に楽しそうだ。


「……」


 俺はしばらく黙って瑞希をにらみつけていたが、


「……ふん、わかったよ。お前の口車に乗るのはシャクだが、負け犬呼ばわりされるほうがムカツクからな」


 そう言い捨てて、グラウンドのほうへ足を向ける。


「頑張ってね、ユウちゃん」


 後ろから聞こえた雪の声に軽く手を上げて応え、俺は800メートル走のスタート地点へ向かっていった。


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