1年目9月「2学期」
終わった。
おそらくこうなることはずっと前から決まっていたのだろう。
"運命"。
そんな言葉を俺は信じたくはないが、それでもこれはそう呼ぶしかない。
決して逃れることのできない運命なのだ。
たとえ、その日が訪れることを誰も望まなかったとしても。
神が作り上げた運命からは逃れることができないのだ。
そうして俺はこうしてひとり、学校の屋上から変わり果てた世界を見つめている――
「学校が始まったぐらいで大げさだよ……」
「む?」
その言葉で俺は我に返った。
振り返った視線の先には、風見学園のセーラー服に身を包んだポニーテイルの女子生徒がひとり、腰の後ろあたりで手を組み、苦笑しながら立っている。
「今日の突っ込み役はお前か」
屋上から視線をグラウンドへ移す。
間近に迫った体育祭の準備だろうか。新しく引かれた白いラインがこげ茶色のグラウンドにくっきりと浮かんでいた。
「そんなに学校イヤなの?」
「いや、別に」
「……」
即答すると、沈黙が返ってきた。
怒ったのかと思って振り返ったが、どうやら返す言葉に迷っていただけのようだ。
……と、いうわけで。
俺たちの学校では10日ほど前から2学期に突入していた。
あの海水浴の後、夏休み中は特筆するようなイベントはなく。
ただ毎日をダラダラと過ごし、最後の2日間ぐらいは宿題に精を出して夏休みは終了した。
そして2学期。
ひと夏を越してクラスメイトにもなにか変化があるかと思いきや、少なくとも俺の周りはこれといって変わらなかった。初日に行われた席替えでも俺は奇跡的に前とまったく同じ窓際の最後尾を引き当て、本当になんの変化もなく始まったわけである。
そして今。
「ところで由香。……なにがどうなって、俺は屋上なんかでお前と一緒にいるんだ?」
「え?」
俺の素朴な疑問に由香は不思議そうな顔をした。
さっきもちらっと言ったがここは学校の屋上である。
風見学園の屋上はベンチや花だんなどが綺麗に整備され、昼休みなどには大いに賑わう憩いの場所なのだが、今は放課後、しかも最後の授業が終わってから1時間近く経っている。
放課後のこの時間ともなると屋上には人影がほとんどなく、現に今ここにいるのは由香と俺のふたりだけだった。
「どうしてって、優希くんが話があるって呼んだんでしょ?」
「そうだっけ?」
言われて、俺は今日のできごとを思い返してみるが、まったく思い当たらない。
というか、由香を待っている間にベンチでウトウトしていたせいか、今日のできごとがまったくもって思い出せなかった。
だいたいどうして屋上に呼び出す必要があったのか。
話があるのなら別に教室でもいいはずだ。
(これじゃまるで愛の告白をするようなシチュエーションじゃないか)
由香も微妙にそんなことを感じていたのか、どことなくそわそわしている。
ただ、念のため言っておくと俺はこいつに告白する気もプロポーズする気もない。
と。
――カサ。
「ん? ……ああ」
なにげなく突っ込んだポケットの中に、乾いた紙切れの感触。
それで俺はようやく思い出した。
『水月さんにこれを渡してくれないか?』
なんて、今日の昼休み、中等部時代にクラスメートだった同級生に呼び出されて手紙を受け取ってしまったのである。
確認するまでもなく、それがいわゆるラブレターであることはすぐにわかった。
なぜ俺に、とも思ったが、そいつの話によれば、最初は直斗に相談を持ちかけたものの断られてしまい、自分と由香をつなぐ共通の知人は他に俺しか思い当たらなかった、ということらしい。
最初にその話を聞いたときは直斗同様に断ろうと思ったのだが、以前由香にちょっとした恋愛相談を受けたことを思い出し、万が一その男子が思い人だったりしたら千載一遇のチャンスを逃すことになってしまうので、とりあえず引き受け取ることにしたのだった。
(……けど、まあ)
正直、可能性は低いだろう。
その男子は由香とクラスメイトになったこともあるが、こいつの口からその名前を聞いたことはないし、仲良くしゃべっているところも見たことがない。そもそもこいつは人見知りだから、よく知らない相手からいきなりラブレターをもらっても困惑するだけだろう。
たぶん、そうなる。
(それに上手くいってもそれはそれでなあ……)
もちろんあの男子も最初のうちは俺に感謝するだろうが、そのうち俺の存在がわずらわしくなってくるに違いない。
いくら幼なじみとはいえ、自分の彼女が別の男と親しくしているのを見るのは嫌だろう。
(ふーむ……そうすると今作ってもらってる弁当もなしになるな)
それは困る。
こいつの作る弁当は少なくとも購買のパンや学食の定食よりはるかに上だ。
「優希くん?」
考え込む俺を由香がきょとんとしながら見守っている。
が、俺は構わずに思考を続けた。
(……そもそもどうして俺がこんなことをせにゃならんのだ? 上手くいったら俺が損をする恋の仲立ちとか、俺になんのメリットもねーし)
そんなことを考えているとだんだん腹が立ってきた。
(だいたい……なんていったかな、あの男。……福田、だったか。自分で告白できないようなやつが、料理ができて、世話好きで、いかにも理想的な奥さん予備軍であるこいつの彼氏だなどと――)
「ねぇ、優希くん!」
俺が思考の世界に旅立っていることを察したのか、由香が少し強い調子で俺の制服の袖を引っ張った。
「……ふむ」
思考を一時中断し、由香の顔をじっと見つめる。
「しかも、少なくとも不細工ではない」
「え?」
「いや、待てよ。見慣れているからそう思うだけか? 赤の他人が見たら不細工なのかもしれんな」
「……あの。優希くん?」
じっと見つめていると、恥ずかしがりやの由香らしく頬が少し紅潮してくる。
そういう照れ屋なところも、ある一定数の支持を得られるポイントになるだろう。
「……ま、いいや」
いずれにしても、いったん引き受けてしまった以上はこのまま手紙を握りつぶすわけにもいくまい。
俺はポケットから少し皺のついた紙切れを由香の眼前に差し出した。
由香は予想通り困惑顔をする。
「これ……?」
「お前に渡してくれって頼まれた。まあ、なんだ。中身は知らん」
「あ。そうなんだ……」
さらに困惑した様子で、由香は少しの逡巡の後その手紙を受け取った。
おそらくこいつも、それがラブレターであることはわかっただろう。
「……」
「……」
少しの沈黙。
俺は言った。
「……中、見ないのか? ああ、差出人は中にちゃんと書いてると思うぞ」
「あ、うん。家に帰ってからにしようかな」
「そうか。……まあ、そうだよな」
なんだろうか、この気まずい空気。
たとえるなら息子がベッドの下に隠していたエロ本を見つけた母親のような気分とでもいおうか。
……いや、そんなもの俺にはわかりゃしないし、これから一生体験することもないだろうけど。
そんな空気を向こうも感じ取っていたのか、言葉を探していた由香が口を開く。
「……でも、どうして優希くんが?」
「ん? まあ、たぶん俺しか頼る相手がいなかったんだろ」
「そうなんだ」
そう言って由香は手紙をカバンの中にしまい、それから顔を上げて俺を見た。
「じゃあ、返事も優希くんにお願いしていいのかな?」
「……別に構わんけど」
俺がそう答えると、由香は小さくうなずいて、
「じゃあ……他に好きな人がいるからごめんなさいって、そう伝えて?」
「中、見なくていいのか? それがお前の好きなやつって可能性は?」
「……うん。絶対にないから」
なるほど。
「それじゃ仕方ないな」
「うん」
確かにこいつは片思いの相手がいながら他の男のことを考えられるほど器用じゃない。
可哀想だが、福田にはそのまま伝えてやるしかないだろう。
「呼び出した用って、それだけ?」
「ああ、そうだけど?」
すると由香はちょっとはにかんだ表情で手にしていたカバンを目の前に出して、
「じゃあ、たまには一緒に帰らない? 今日は友だちももう帰っちゃってるし……」
「ん……?」
少し考える。
本当はこいつとふたりきりで帰るのはあまり好ましくないのだが、まあ今日は俺が呼び出して引き止めてしまったのだし、俺たちが友人であることは一応知られているからたまになら問題ないだろうか。
「……だな。ま、帰る方向も一緒だし別々に行く理由もないだろ。じゃ、行こうぜ」
「うん」
由香は大きくうなずいて後を付いてきた。
階段を下り、人の少なくなった廊下を進んで玄関へ。
男女の下駄箱は列が別々になっているのでいったん別れ、その出口で合流して校舎の外へ出る。
(夕暮れか……)
下校時間ぐらいに外がオレンジ色に染まっているのを見ると、ああ、夏が終わったんだなぁと思う。
グラウンドから聞こえる部活の声。
どことなく寂しい秋の気配。
「そういやお前」
校門を抜けたところで、俺は斜め後ろを付いてきていた由香を肩越しに振り返った。
「体育祭、なんの種目に出るんだ?」
「……えっ? 私?」
考えごとでもしていたのか、由香がハッと顔をあげて自分を指差した。
「お前以外に誰がいるんだよ」
「そ、それもそうだね」
と、由香は照れくさそうにうつむいた。
我が校には春と秋、年2回の体育祭があり、春は球技、秋は陸上と種目が分けられている。
間近に迫っている秋の体育祭は選抜リレーや100メートル走などの定番から、玉入れなどという本当に陸上なのかと疑問符を付けてしまいたくなる競技まで幅広く、陸上競技というよりはいわゆる運動会のイメージに近い。
「私は女子の100メートルと二人三脚だよ」
「へぇ」
俺は納得してうなずいた。
由香はこういう性格なので勘違いされることが多いが、運動神経自体はむしろいいほうである。足の速さだけならクラスの女子で5本の指には入るし、持久力も結構あるから長距離走も無難にこなす。
ただ、同じ運動でもいわゆる球技はからっきしだ。
バスケのシュートなんて入ったところを見たことがないし、バレーボールはサーブの番が回ってくると失点確定という体たらくである。
その点、由香にとってこの秋の体育祭は、春の体育祭でかぶった汚名を晴らす絶好の機会といえるだろう。
「100メートルはやっぱ華だからなぁ。ま、頑張れよ」
「うん。応援しててね。美弥ちゃんほどは無理だけど」
「藍原? ああ、100メートルのもうひとりはあいつか」
これまた納得。藍原はあのネコのような外見のイメージどおりに足が速い。
中学時代には陸上部に所属していて、中学女子100メートルの地区記録を持っているというから、まあ当然である。
「で? 二人三脚は誰とだ?」
そう尋ねる。
驚くことに、ウチの学校はいまどき珍しく男女ペアの二人三脚である。
思春期まっただ中の高校生にはちょっときついんじゃないかと思うのだが、不思議と今のところ廃止になる気配はない。
由香の口から出てきた名前は予想通りだった。
「直斗くんだよ」
「……だろうな」
そうでもなきゃ由香が出場を承諾するはずがないのだ。
こいつのことだ。よく知らない男子と体を密着させるだけで、恥ずかしがって競技どころじゃなくなるだろう。
「けど、もったいねーな。直斗のヤツ、二人三脚なんかに出るのか」
大きな通りを右に曲がって住宅地の中へ。
近くの公園から子どものはしゃぐ声が聞こえてきた。自転車の買い物かごにビニール袋を乗せた主婦が俺たちを追い抜いていく。
「うん。私がお願いしたの」
「ふーん。直斗だったら、もっと活躍できる種目があるだろうになぁ」
この体育祭では、基本的に同じ生徒が出られるのは2種目までである。
逆に、どんなに運動が苦手なヤツでも最低1種目には出なければならないので、誰をどの種目に出すか、というのは結構重要な問題なのだ。
ま、男女問わず、運動神経の悪いヤツは玉入れというのがだいたいのパターンであるが。
「で?」
俺は続けて聞いた。
「俺はなんの種目に出るんだ?」
「え? ……あ、そっか。優希くん、その時間はいなかったよね。どこに行ってたの?」
「まあ、それは聞くな。委員長にはなんでもやるから適当に決めといてくれって言っといたんだ。その代わり1種目だけって約束でな」
「そうなんだ」
由香は納得顔でうなずく。
「そうだよね。優希くんが800メートルに出るなんて珍しいなって思ったんだ」
「げ。やっぱり800かよ……」
800メートル走は単独で走るものとしてはウチの体育祭で最長の競技だ。
長い距離はみんな嫌うので、当然といえば当然の結果ではある。
「頑張ってね。応援するから」
「……ま、適当にな」
そう答えた視線の先に俺の家の屋根が見えてきた。
「じゃ、また明日ね、優希くん」
「おぅ」
そうして俺たちは玄関先で別れたのである。
"組織"
楓がそう呼ぶ悪魔狩りの組織は1000年ほど前にこの地に誕生したらしい。
楓から聞いたところによれば、概要は次のとおりだ。
この国にはいくつも悪魔狩りの組織があり、俺たちが"組織"と言っていたのはその中のひとつで、"御門"という、このあたりの地名と同じ名前の悪魔狩りらしい。
"御門"のトップは"光刃"と呼ばれる人物。
といってもこれは個人名ではなく役職のようなもので、世襲によって受け継がれているらしい。
そして"御門"には光刃直属といわれる重要な役職が5つある。
光刃の両腕、あるいは両翼といわれる"空刃"と"海刃"。
光刃の護衛として常のそのそばに仕える"青刃"と"緑刃"。
そして、この地を滅多に動くことにない光刃に代わり、地方の部隊を統率する"影刃"。
この5人である。
このうち緑刃という人物には雪の事件のときに俺も会っていた。
20代半ばと思しき背の高い女性だったが、薄暗かったこともあって顔はあまり覚えていない。
なお、この5つの役職のうち、空刃と海刃については光刃と同じく世襲制。
青刃と緑刃、そして影刃についてはその時点でもっともふさわしい者が選ばれることになっているそうだ。
まあ、その辺の内部事情は俺にはあまり関係ないので興味はない。
問題はこの先だ。
まず、現在の光刃はまだ未成年で後見人というべき親族がいる。
その人物は"紫喉"といい、組織の現ナンバー2であり実質的な最高権力者。
そしてその紫喉こそが、俺や雪を狙った張本人ということらしい。
じゃあ、なぜそのナンバー2が俺たちを狙うのかということだが――
悪魔狩りといっても、"御門"は昔から悪魔の力を借りてきたそうだ。
光刃直属の役職のひとつである空刃などは、代々悪魔の血を引く家系だというのだから、もともと悪魔はなんでもかんでも排除するというような組織ではないらしい。
これについては神村さんも同じことを言っていた。
ただ、同時に組織内ではそのことに疑問を唱えるものも絶えなかったという。
つまり"悪魔許容派"と"悪魔排除派"が常に混在していたというわけだ。
「そして色々あって何年か前、悪魔排除派の急先鋒である紫喉が組織の実権を握ったところへ、とてもタイミングの悪い事件が起きた」
電話の向こうから聞こえる楓の声はどこか愉快そうに聞こえた。
「これまで"御門"が悪魔の存在を受けいれざるを得なかった最大の要因。悪魔の中で一番の身内である空刃の後継者が、組織に属することを拒否した。紫喉のヤツはそれを幸いに、組織内やこの町から、強力な力を持つ悪魔を排除する企みを始めたってわけだ」
淡々と話を続ける楓に、俺は質問した。
「俺や雪が急に狙われた理由は?」
「たまたまだ。お前らが夜中にコソコソとやっていたことがたまたまかぎ付けられた。お前らは上級悪魔だからな。連中にとって無視できない力だったってことだ」
「じゃあ瑞希のことは?」
「あれこそイレギュラーさ。連中は本来一般市民に手を出すことはない。……ま、あの女の能力が一般人の枠に収まるかどうかはわからんが」
と、楓は答えた。
少なくとも悪魔狩りは一般の人間に危害を加えることはない。つまり、今後瑞希に再び危険が迫ることや、由香たちにさらなる手が伸びるような心配はまずないだろうとのことだった。
それを聞いて俺はひとまずホッとする。
しかし――
俺はさらに質問を続けた。
「じゃあ俺たちが悪魔狩りに狙われないようにするにはどうすりゃいい? 今の話だと、もともと俺たちが狙われなきゃならない理由はないんだろ? その――なんつったっけ? 紫喉とかいうオッサンをぶっ飛ばせば解決するのか?」
楓は笑った。
「それも面白いが、それじゃ向こうに理由を与えるだけになるな。雪の事件にしろ先日の事件にしろ、あんな手の込んだことをしなきゃならなかったのは、そもそもお前たちの命を狙う正当な理由が向こうにないからだ。組織は表向き、害のない悪魔を退治してはいけないことになっているからな」
「じゃあ――」
「今はとりあえず大人しくしていろ。夜中にコソコソやっていたのも今は止めているんだろう?」
「……まあな」
雪の事件以降、暴走悪魔を退治するのはとりあえず中止していた。
また悪魔狩りともめたくなかったのと、すぐに立ち直ったとはいえ雪に続けて力を使わせることに少し迷いが残っていたからだ。
「今はそれでいい。それと前にも言ったが、悪魔がらみでなにかあったらすぐに沙夜のやつに相談するんだ。勝手に動ぎすぎるとまた連中の罠にはまる可能性があるからな」
「神村さんも悪魔狩りなんだろ? あの人は味方だと思っていいのか?」
「味方? ……ま、今のところ敵じゃあないな」
「……」
なにか含みがあるのか、あるいはこいつ特有のただの意地の悪い言い回しなのか。
その場では判断がつかなかった。
「とにかく今は連中に理由を与えなければいい。向こうだって偶然を装った作戦が2度も失敗したんだ。そう何度も手は出せない。しばらくは大人しくしてるだろう」
「わかった。こっちには判断できるほどの材料がないからな。お前の言うとおりにしとく」
「それが賢明だ。じゃあな」
そう言って、電話は一方的に切られた。
ツー、ツー、という音を発する電話の子機を無言で見つめ、俺はベッドの上で大きなため息を吐く。
窓の外はもう真っ暗になっていた。
時間は22時40分。
しばらくボーっとしていたが、やがてベッドから起き上がり部屋を出た。
1階に下りるとリビングは真っ暗。
雪も瑞希も自室に戻ったらしい。
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。
(……とりあえず)
そこでようやく俺は思考を再開した。
楓の言葉を信じれば、日常が侵食されるんじゃないかという俺の最大の懸念は払拭されたことになる。
命を狙われることがあるとしてもそれは俺と雪だけで、他の連中に危害が及ぶことは心配しなくてもよさそうだ。
もちろん自分と妹の命が引き続き狙われる可能性があるというだけでも気分のいいものじゃないが、楓によるとそれもしばらくは考えなくていいようだ。
まずは平穏な日常が戻ってくるということだろう。
ただ、次に狙われるときまでなにもしないで待っている、というのも性に合わない。
(……楓のやつに頼りっぱなしってのも、どうもな)
ただ、下手に動けばやぶ蛇にもなりかねない。
(どうしたもんかな……)
コポコポと透明なコップに茶色の液体が注がれていく。
それを一気に飲み干すと、少しだけ思考がすっきりとした。
「……よし」
とりあえず寝よう。
とりあえず寝て、明日あたり……そう、まずは神村さんに再び接触してみるのがいいだろうか。
あの人から情報を引き出すのは少し骨が折れそうな気がするが、なにもしないよりはマシだろう。
「……ふぁぁぁぁ」
大きなアクビを一つ。
そうして俺は自室へと引き上げたのだった。