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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第1章 悪魔と双子の兄妹
3/239

1年目4月「早朝登校マラソン」


 入学式から1週間ほどが経ち。


 タタタタタタッ……


 時は早朝、登校時刻。

 晴れ渡る空の下には軽快な足音が響いていた。


 足音の主は3人。

 いずれも風見学園の制服を着て、片手にはカバン。

 その中のひとりはセーラー服、つまりは女生徒である。


「……ったく! なんでこんな朝っぱらから町内マラソンなんだよ!」


 俺は悲痛な叫びをあげた。


 マラソンは自分との戦いだなんて言葉をよく耳にするが、今の俺にとっての敵は自分自身ではない。

 学校の門である。


「君が寝坊したからって以外の理由は見つからないと思うけどっ」


 並走する直斗が的確かつ冷静な突っ込みを入れてきた。


「うっ……いや、違う! これは陰謀だ!」

「誰がそんな陰謀を企むのさっ」

「わからん!」


 自分でも意味不明だった。

 たぶん脳に回る酸素が足りていないのだろう。


「ちょっ……ちょっと待ってよー!」


 そんな俺たちの後ろを、少し遅れて由香が追いかけてきていた。


「ふたりとも速すぎてっ……私、そんなに走れないよーっ!」

「死んでもいいから走れ!」

「そんなぁ……」


 由香は今にも泣き出しそうだった。

 直斗が後ろを気にしながらため息を吐く。


「僕らはゆっくり歩いても大丈夫な時間に家を出たはずなんだけどね……」

「俺だって大丈夫な時間に家を出たぜ。思いっきり走ればな!」

「……今度、大丈夫の定義について話し合おうか、優希」


 そんなやり取りをしつつも、俺と直斗はペースを落として由香に合わせた。

 が、この速度では間に合いそうにない。


「おい! 中央公園抜けるぞ!」


 俺の言葉に、わかってる――という顔でふたりがうなずいた。


 ゴールである風見学園は、ここから大きな公園を挟んだ向こう側にある。

 直線距離にするとたいしたことはないのだが、普通に行こうとするとこの公園を大きく迂回する必要があり、これが非常に痛いタイムロスとなるのだ。


 しかしそこをあえて直線、公園の奥の茂みを抜けていけば大幅にタイムを短縮することができる。


「あ、でも……」


 速度を緩めずに公園に突入し、入り口付近の砂場で遊ぶ幼児や母親たちの注目を集めたところで、由香が急にためらいの声を発した。


「あそこ通ったら、新しい制服が汚れちゃう……」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ! 気にするな!」

「そんなぁ……」


 再び泣きそうな声をあげながらも、由香はしっかりと後をついてきた。


 ガサガサガサッ!!


 俺が先頭に立って茂みに突入すると、直斗、由香の順で追いかけてくる。

 草やら枝やらを掻き分けていくことになるので、多少汚れてしまうのはどうやっても避けられないが、背に腹は変えられないだろう。


 茂みを抜けると、そこには身長と同じぐらいの柵がある。

 そのてっぺんに両手をかけ、軽々と乗り越えて歩道へ出ると、片道二車線の道路を挟んだ向こうに学校の門があった。


 俺はすぐに横断歩道のボタンを押し、背後を振り返る。


「由香、大丈夫?」


 ちょうど由香が直斗の手を借りながら柵を登り、地面に降りたところだった。

 由香の運動神経は性格ほどには鈍くないのだが、さすがに自分の身長よりも高い柵を越えるには多少苦戦するようだ。


「おい、由香。いい加減にそれぐらいすぐに越えられるようにしておけよ」

「う、うん……頑張る」


 由香が自信なさげにうなずくのを見て、直斗が苦笑する。


「優希が早起きできるようにした方が確実だと思うけど……」

「お! 信号青だぜ!」


 俺は意図的に直斗の言葉を無視してやった。


 キーンコーンカーンコーン……


 同時に学校のチャイムの音が鳴る。

 これが鳴り終わると、学校の門が閉まり始めるのだ。


「急げっ!」


 そう言いながら(正確には言う前に)、俺はダッシュで横断歩道に飛び出した。


 周りでは同じように遅刻寸前の生徒たちが横一列になって走り出している。

 端から見れば、まるでオリンピックの短距離走が始まったかのようである。


 ダダダ、と足音を鳴らして、幾人もの生徒たちが校内に滑り込んでいく。


 しかし、


「……おい、由香!」


 横断歩道の途中、俺はハッと振り返った。

 さっきまでの走り詰めが祟ったのか、由香のダッシュがとても間に合いそうにないスピードだったのである。


「ゆ、優希くん、直斗くん! 私はいいから先に行って!」


 由香はまるで物語のヒロインみたいなことを言って(たぶん本人は無自覚だ)、肩で大きく息をしていた。


「バカ野郎! お前を置いていけるかよ!」


 とりあえずノリでそう答えておいて、俺は直斗に目配せする。

 以心伝心。

 直斗はわかってる――といわんばかりにうなずいて由香の隣に並んだ。


 俺はふたりが来るのを待って、由香を挟むように直斗の逆側にポジションを取る。


「……?」


 由香が怪訝そうな顔をするのに構わず、俺は直斗と目だけで合図を交わすと、


「せーのっ!」

「えっ……きゃぁ!!」


 同時に由香の両脇に身体を入れ、膝の裏に手を入れてそのまま抱え上げる。

 突然のことに由香は悲鳴をあげて俺と直斗の首にしがみついたが、バランス的にはむしろ好都合だった。


 歩幅と速度を完璧に合わせ、由香を持ち上げたまま走る。


 ギィィィィィィ、と、校門が閉まり始めた。


「直斗! ラストスパートだッ!」


 最後の力を振り絞って門まで駆ける。


 ダダダダダダダダダッ!!

 ガシャーンッ!!


 門が閉まる。

 俺たちは――何とか校内に滑り込むことが出来ていた。


「はあっ、はあっ……」


 さすがの俺も疲れきり、門を抜けると同時に地面にしゃがみ込んでしまった。

 それは直斗も同じだったようで、肩で息をしながら由香を地面に降ろし、やはり地面にしゃがみ込む。


「……何とかセーフだったね」

「ああ。今日のは3人で来た中では新記録かもな」


 腕時計を見る。

 俺の家から学校までは通常で20分かかるところを、今日はなんと7分だ。

 驚異的な記録だった。


「あ、ありがとう。ふたりとも……」


 由香はそう言いながらも少し恥ずかしそうだった。


「おうよ。イケメンふたりに抱っこされて登校なんてとんだ役得だったな。むしろ遅刻しそうになってよかっただろ?」

「え、その……」

「手の込んだ自己弁護だね、まったく」


 パンパンと制服の汚れを払いながら直斗が呆れ顔をする。


「ほら、由香。スカートの後ろ、葉っぱついてるよ」

「あ、うん。ありがと」


 由香は少しふらつきながら立ち上がり、スカートの皺を直す。

 そして急にハッとした様子で、 


「……あ!」

「ん? どうした?」


 由香は少し焦ったような顔をして、こっちを見た。


「早く教室に行かないと! ホームルーム始まっちゃう!」

「……げ!」


 同時にホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

 担任が教室に来るまでに間に合わなければ、やはり遅刻扱いになってしまうのだ。


「急げっ!」


 結局、俺たち3人は再び走らされるハメになったのである。






「相変わらずだなあ、お前ら」


 朝のホームルームが終わると同時に、将太が俺の席までやってきた。


「あー、なにがだ……?」


 疲れた顔で見上げると、将太は笑って、


「遅刻寸前になっても一緒に来るもんな。直斗も由香ちゃんもホント辛抱強いわ」

「……」


 俺は将太の言葉を聞きながら朝の状況を思い出す。


 学校の門が閉まるのは8時25分。

 そして直斗と由香がウチにやってきたのは7時55分だった。


 ウチから学校まではさっきも言ったように20分ほど。

 つまり7時55分に家を出ればゆっくり歩いても充分に余裕があるのだ。


 しかしながら、直斗が再三言っていたように俺はそのときまだベッドの中だった。


 妹の雪に起こされたのが7時30分。

 そこから25分間の記憶は抜け落ちている。


 ただ、


『ユウちゃーん。起きないとナオちゃんたち来ちゃうよー』

『もう放っておきなさいってば。遅刻しちゃうから』


 という、雪と瑞希の声だけは妙に頭に残っている。

 この状況から推測される結論はおそらく一つだ。


 "二度寝"である。


(ちぇっ、瑞希め。相変わらず薄情なやつだ)


 俺の思考はそこで自分の反省には向かわず、放っておけ発言をした瑞希に責任転嫁する方向へ向かっていた。いつも物理的に痛めつけられているのだから、心の中で責任を押し付けるぐらいやってもバチは当たらないだろう。


 で、俺が不法侵入してきた直斗と由香に起こされ、支度を終えて家を飛び出したのが8時18分ぐらい。

 どうやら直斗たちに起こされるときも俺はかなり粘っていたらしい。


「大丈夫大丈夫。直斗も由香ももう諦めてっから」

「ホントしょうがねーやつだな、お前は」


 呆れられてしまった。


 瑞希に言われるのとはまた別のベクトルで腹立たしいのだが、この件に関しては言い返す材料がない。

 何しろ将太は意外にも学校に来るのが早いのだ。


 曰く、『早朝の学校っていうのは、色んなネタが転がってるのさ』ということである。


 分が悪いので、俺は話題をそらしてやることにした。


「で? 今日はどんなデマ話を聞かせに来たんだ?」

「ん? ああ、そうそう」


 将太はポンと手を叩いて懐からメモ帳を取り出す。


「……あのな。言っておくが、デマ話なんかじゃないぜ」

「どっちでもいいっての。聞いて欲しいんだろ?」

「聞く前から興味なさそうにすんなっての。今日のはちょっと今までとは違うんだぜ。なんたってお前の幼なじみに関する話だからな」


 自信満々の将太。

 逆に俺の興味は急激に失せていった。


「あー、それならパスだわ」


 しっしっ、と手を振る。


「なんだよぉ! 聞きたいだろ!?」

「どーせ由香が間違って男子トイレに入って慌てて飛び出してきたとか、そういう話だろ?」

「おいおい。いくら由香ちゃんでもそれはないだろ」


 将太は冗談だと思って笑い飛ばしたようだが、実際にあったことだ。


 小学校5年のときの話である。

 俺たちの通っていた小学校は2階建てで、1年から4年が1階、5年と6年が2階という配置だった。まあ、それは普通だ。


 問題は1階のトイレは右側が男子、左が女子だったのに対し、2階のトイレは配置が逆になっていたということである。


 これについては始業式の日に先生から注意されていたのだが、ちょうど風邪を引いて始業式を休んでいた由香はそのことを知らず、始業式の次の日、いつも通り左側の扉を開けて、悲鳴を上げながら飛び出して来た、というわけだ。


 ちなみに俺はそのとき直斗と一緒にトイレで用足し中で、ばっちり現場を目撃してしまった。

 俺らはともかく、由香はしばらく気にしていたようである。


 中学から一緒の将太はどうやらまだ誰からも聞いてないようなので、ひとまず彼女の名誉のために黙っておくことにした。


「それによ。今回のは由香ちゃんじゃなくて直斗の話だっての」

「直斗? ネタ的には由香の方がおいしいだろ、いろいろと」

「お前、なにげにひどいな……」

「で、直斗がどうした?」


 少しだけ興味を引かれた。

 9割以上デマ話だとは思うが、もし本当の話だとすると、なにかの切り札にあいつの秘密を握っておくというのも悪い話ではない。


 そんな俺の反応を見て、将太はしてやったりという顔をした。


「実はよ。……ついに直斗の奴に彼女ができたらしいんだ」

「……あー」


 一瞬で冷めた。


「待て待て! 今回のは確かな情報だ! 相手もしっかりわかってる!」

「ほぉ」


 それでも俺はすでに聞く気をなくしていた。 

 だいたい直斗や由香のことに関しては俺の方がずっとわかっている。直斗に彼女なんかが出来れば、俺が気付かないはずはない。


 とはいえ、一応聞いておいてやろうかと思い、


「で、その相手ってのは?」

「え、えっとだなぁ」


 将太は俺が興味を失わないうちにと、慌ててメモ帳をめくる。


「同じ学年の子さ。ええっと……3組の神村。神村かみむら沙夜さよ

「神村? 知らんな」

「おいおい。お前、中3のとき一緒のクラスだぜ」

「同じクラス? 去年?」


 その言葉を聞いて再び考え直してみたが、やはり記憶にはない。

 そもそも、中3のクラスメイトの女子なんて半分ぐらいしか思い出せなかった。

 名前が思い出せたとしても顔と一致しない。


 将太はメモ帳をさらにペラペラやりだして、


「神村沙夜、15歳、女。88点。寡黙でかなり協調性に欠ける性格、ぶっちゃけ暗い。友だちらしい友だちはは学校内にはいない模様。成績は中の中で中学のときは3年間帰宅部。趣味、特技、スリーサイズは不明。自宅は山の麓の神社だ」


 呆れて将太を見上げる。


「お前さぁ……そんなことまで調べてんの? ヒマなの?」


 すると将太はなぜか自慢げにふふん、と鼻を鳴らして、


「千里眼の将太様と呼んでくれてもいいぜ」


(……千里眼というか、野次馬根性というか)


 正直あまり興味はなかったが、一応質問してみることにした。


「最初のほうの88点っていうのはなんだ?」

「ん? これは俺が独断と偏見でつけた点数だ。一応100点満点になってる」

「だからなんの点数だよ」

「バカ。可愛さの点数に決まってんだろ」


 将太は得意げにそう答える。

 なるほど、単純だ。


「88点ってのはいい方なのか?」

「そりゃそうさ。きちんと50点を平均に取ってるからな。神村さんはアレだな。根暗美人ってやつだ」


 根暗美人なんて言葉があるのかどうか知らないが、どうやら可愛い部類らしい。


「けど、お前の趣味に左右されるんじゃ信憑性は薄いなぁ」


 そう言うと将太は特に反論もせず、


「ま、こればかりは人それぞれだからな。ちなみに雪ちゃんは95点だぜ」

「95点? ……つかお前、人の妹の顔に勝手に点数つけてるとか、マジひくわ」

「なんだよー。俺だって同級生だったんだから別にいいだろ。それに学校一の評価だったんだぜ、これ」

「へぇ。お前、ああいうのでいいのか。ふーん」


 適当に流したが、なんかあまり気分は良くない。

 これがアレか。お前なんぞにウチの娘はやらん! 的な心境か。


 将太は不満げに口を尖らせた。


「ちぇっ。お前は毎日見慣れちゃってるからそんなこと言うんだよ。あんな妹、誰がどう見たって可愛いじゃんか」

「なにを言う。俺はちゃんと客観的に見た意見を述べてるぞ」

「じゃあ、お前から見たら何点なんだよ?」

「ん、そうだなあ」


 俺は頭の中に雪の顔を思い浮かべてみた。


 特別劣っているところはない(と思う)。

 鼻がつぶれてもいなければ、タラコ唇でもない。目はぱっちりしているし、卵型の小顔で全体のバランスも悪くない。

 欠点をあげれば全体的に童顔で幼く見られそうなところだろうか。


 考えた末に俺は答えた。


「まあ、75点ってところだな」

「75点、だと……!?」


 将太がホラー漫画の登場人物みたいな顔になった。


「お前いつか天罰が下るぞ、てか下っちまえ、コノヤロウ……」

「あのなぁ、75点だぜ。4分の3は行ってるんだぞ。5段階評価にすると4だぞ」


 そう言って反論する。


 だいたい、自分の妹の顔に95点とかつける兄貴がいたら見てみたいものだ。

 たとえ思っていたとしても恥ずかしくて口にできたもんじゃない。


 そんなバカバカしい話を将太としているうちに1時間目の授業が始まった。


 1時間目は数学。

 ちなみにこう見えて俺の成績はめちゃめちゃ良く、授業の内容もバッチリわかるので、それほど退屈することもない――はずもなく。


(……おやすみー)


 下から数えた方が早い残念な成績の俺にとって、特に苦手な数学の授業というのは馬の耳に念仏状態であった。


 というか、人間が勝手に作った念仏とやらを無理やり押し付けられる馬も迷惑な話である。それをもって宝の持ち腐れ的な例えにされてしまうのは、たまったものではないだろう。


 そんなわけで(?)、あとは睡魔に身を任せることにした。


 で、アッという間に昼休み。


 再び将太が俺のところまでやってくる。


「忘れてた! 直斗の話だよ!」

「ああ……」


 どうやら脱線したまま話が終わったことにいまさら気づいたらしい。


「優希……お前、忘れてただろ」

「忘れてねーけど、終わったと思ってた」

「あのなあ……」


 将太は力の抜けた顔をする。


「今回の話はマジなんだって! 月曜日にふたりが仲良く学校から帰ってたって証言もあるんだよ!」

「由香と見間違えたんじゃねーのか?」

「……あれ、なんの話?」


 そこへやってきたのは話題の張本人。

 直斗と由香だった。


 なんともグッドタイミングだったが、将太は少し慌てた様子で、


「……あ、あー、いや、な」


 将太も本人を前にデマ話をする気にはなれなかったらしく、


「と、とにかく、さっきの直斗の話は本当だからな!」


 そんな捨て台詞を吐いて、去っていってしまった。


「? 将太、どうしたの?」


 直斗が不思議そうな顔で見送る。


「いつものことだ。気にすんな」

「どんなデマ? 僕の名前言ってたよね」


 将太のいつものこと=デマ話は、俺たちの間での共通認識である。


「ああ、お前が3組の何とかっていう女と付き合ってるとか、そういう話だ」

「3組? ……あ、もしかして神村さんのこと?」

「お? なんでわかった?」


 意外に思って聞くと、直斗は仕方なさそうに笑った。


「この前……月曜日だったかな? ちょっと用を頼まれて神村さんと一緒に帰ったんだ。もしかしたらそれを見たのかなと思って」


 そう言えば将太もさっき月曜日と言っていた気がする。

 ということは、目撃情報そのものは珍しく本当のことだったらしい。


「でもよ……っと、それより昼メシにするか」


 カバンの中から弁当箱を取り出す。


「机くっつけようぜ。由香、そっち頼む」

「あ、うん」


 俺の前の席の住人は必ず昼休みにバスケをしに体育館に行くので、チャイムが鳴るまでは戻ってこない。

 その机を俺の机と合体させ、近くから椅子をひとつ借りて3人用のランチテーブルを確保するのが毎日の習慣だ。


 弁当箱を開けた。


 余談だが、諸事情により俺の弁当は由香の家で作ってもらっている。

 小学生のときもよく運動会の弁当なんかを由香の母親に用意してもらったが、今は由香が自分で作ったりもしているようだ。


 そんなわけで、俺と由香の弁当は分量以外まったく中身が同じだったりする。


(……あー。こういうのもアイツに見られたら、そういうことにされちまうんだろうな)


 今後、気をつけようと思った。


「ところで」


 俺は弁当の中に入っているタコさんウインナーを箸で弄びながら切り出した。


「神村なんてやつ、俺は知らないな。誰なんだ?」


 すると直斗がびっくりした顔をして、


「え? 去年って優希と同じクラスじゃなかった?」

「それは将太からも聞いたよ。同じクラスでお前と交流あるやつなら、さすがに覚えてないはずないんだけどな」

「うーん、まあ、僕もそれほど親しかったわけじゃないからね」


 直斗は曖昧な表情で首をかしげた。


「神村さんとは家同士の付き合いがあってね。僕と彼女が親しいわけじゃないんだ。良く知らないけど、遠い親戚みたい」

「あー、そういうことか」


 ようやく納得したところで、由香が横から口を挟んできた。


「神村さんって、山のふもとの神社の子?」

「そうだよ」


 直斗がうなずくと、由香はうれしそうな顔をして、


「あ、やっぱり。三つ編みのお下げの子だよね? 神社でたまに巫女さんみたいな格好でお掃除してるの見たことあるよ」

「実家が神社なら巫女さんみたいじゃなくて、本当に巫女さんなんじゃないのか?」

「あ、うん、そうだね」


 俺の突っ込みに由香が照れくさそうに笑う。


(……あれ、お下げの子?)


 そこでふと思い出す。


 入学式のときに直斗と一緒にいた女生徒。

 由香の言うように、三つ編みのお下げだった気がする。


(ってことは、あれが神村さんか)


 あのときは後ろ姿しか見えなかったが、思い出してみると目撃したのはちょうど3組の教室の前だった。


「おとなしそうだけど美人だし、巫女さんがすごく似合ってるよね?」


 由香が同意を求めてくる。


「知らんぞ」

「え? 初詣のときとかに見ない?」

「行ってねーし」


 俺は基本、そういう行事はスルーしている。


「あ、そうなんだ。今年は雪ちゃんに会ったから、一緒に優希くんも来てたのかと思った」

「何が楽しゅうてあいつと初詣に行かにゃならんのだ……っと」


 俺は話をしながらもしっかりと弁当の中身を腹に収めていた。


「なかなかうまかった。おばさんにもよろしくな」


 今のうちに弁当箱を返しておく。


「あ、おかずとかしょっぱくなかったかな? 優希くん、味は濃い方がいいって言うから、いつもより濃いめにしてみたんだけど」


 と、由香は少し心配そうな顔をする。


「別に気にならなかったぜ。……てか、そんな細かいことまで気にしなくていいぞ」


 さすがの俺も、ほぼ無償で提供される弁当にケチをつけるほど人でなしではない。


「うん、わかった」


 由香は俺の弁当箱をヘンテコな動物柄の袋に入れる。


(……しかし山の麓の神社、ね)


 もちろん存在は知っている。行ったことも、たぶん何度かはあると思う。

 しかしあの神社はなんというかあまり人気がなく、不気味な場所だという印象しかなかった。


(そこの娘が同じ学年に、ねぇ)


 特に興味はない。

 ないのだが――なぜだか俺は彼女の存在が妙に気になっていた。


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