3年目6月「高貴なる蒼炎」
すべての炎を意のままに支配する、蒼い炎――
純のギフト"高貴なる蒼炎"が本当にそういう能力なのであれば、まともにやっても勝てる見込みはほとんどないといってもいいだろう。
ただ、俺もいきなりそれを鵜呑みにするほどバカではなかった。
探りを入れる。
「そんな都合のいい能力が本当にあるってのか? 信じられねーな」
仮にそういう類の能力なのだとしても、なんらかの弱点や欠点があるかもしれない。とにかく今は少しでも情報をつかむべきだ。
「ま、信じるか信じないかはお前の自由だけど、言うほど使い勝手のいいモンじゃないんだなぁ」
そんな俺の意図にはもちろん気づいただろうが、純は素直に答えた。
「なんつっても相手が炎使いじゃなきゃなんの意味もない。その代わり、お前みたいな相手には効果てきめんってことさ」
その言葉に俺はハッと気づく。
「……まさか。それでわざと氷騎の姿を目撃させたのか?」
南東の要に向かう氷騎が、こちらの偵察にわざわざ見つかるように移動した理由。それは、楓と氷騎をぶつけるためではなく、純と俺が当たる確率を高めるためだったんじゃないか、と。
もちろん俺と雪のどちらが来るかは運任せになるが、2分の1の確率でこれだけ好相性の組み合わせになると考えれば悪くない賭けのようにも思える。
そして純も、それを否定はしなかった。
「もう1ヵ所には妹ちゃんが行ったんだろ? そっちなら俺もまいったするしかなかったかもしれんけど、勝利の女神はこっちに微笑んでくれたらしいな」
その態度は相変わらず自信に満ちていて、隠し事をしようとする素振りもない。
(……こりゃ、ハッタリってわけではなさそうだな)
わざわざ俺と当たるための策をめぐらせたぐらいだ。弱点がまったくないかどうかはともかくとして、まともにやったら厳しい相性であることは認めたほうがいいかもしれない。
その前提で、どう対処するかを考えるべきだろう。
ただ、こちらの選択肢は限られていた。
まだ試していない接近戦、俺が得意とする"太陽の拳"で攻めてみるか。
あるいは、なにかボロを出すまで戦いを引き延ばしてみるか。
それとも――
思考を巡らせながら、俺は時間稼ぎの会話を続けた。
「で? 南西の要を守ってるのはやっぱり晴夏先輩なのか? それとも竜夜か?」
「ご想像のままに。ただ、こっちは全部勝つつもりでやってる、とだけは言っておくかな」
「全部ってことは、楓のところもか?」
「もちろんさ。お前たちと同じで、極力仲間の犠牲は出したくないし、出さないつもりでやってる。俺も竜夜もな」
純は自信ありげだった。
「……」
雪も楓も、順調ならそれぞれ結界の中に突入して戦っているころだろう。
無意識に右手の小指に触れる。
"山茶花"は、しっかりとはまったままだ。
ひとまず雪はまだ無事ということだろうか。
安堵するとともに、少し恐ろしい想像が頭をよぎった。
……もし戦いの最中にこの指輪が外れでもしたら。
俺はこの指輪の神通力を完全に信じたわけではないからまだいいとしても、雪のほうは動揺して戦うどころじゃなくなるかもしれない。
つまり俺の敗北は、連鎖的に雪の敗北も招く可能性があるってことだ。
指輪を軽く指でつまみ、そして気持ちを奮い立たせる。
弱音など吐いてはいられない。
まず俺が先陣を切って勝利しなければ。
(……やるか)
純の"高貴なる蒼炎"を打ち破る方法は、おそらくある。成功するかどうかは多少のギャンブルになるが、正攻法で行くより勝算は高いだろう。
俺は心を決めると、大きく息を吸って、吐いた。
そして、集中――
自分の中にある感覚のすべてを、たったひとつの力へと集約していく。ゴールデンウィーク中から続けている特訓の成果もあって、その手順はかなりスムーズに行えるようになっていた。
視界が狭まり、聴覚が薄れていく。
風の音も、草木の香りも、次々と俺の世界から切り離されていった。
さらに精神を研ぎ澄まして意識を広げていくと、すぐにひとつの”感触”に行き当たる。
(……これか)
俺は、その感触をつかんだ。
その瞬間、流れ込んでくる。
目の前にいる、男の鼓動。
力。
その内面。
……そして俺は"同調"する。
「"万象の追跡者"」
能力を発動すると、俺の中に無数の情報が急流のように押し寄せてきた。
吉川純。
上級炎魔のハーフ。
どことなく怠惰な雰囲気を漂わせ、特に強い主張もなく、唯一の個性といえば怪しい関西弁ぐらい。
だが、実のところその内面は、仲間に対する責任感と、強い使命感にあふれている。
命の恩人である竜夜と、同志であり弟妹でもある仲間たちに対する強い想い――
「……じゃあそろそろ決着をつけようか、優希」
会話がとぎれると、純は再び青い炎を身にまとった。
それはまたたく間に大きくなり、俺の命を奪うのに充分な大きさへと膨れ上がっていく。
「……"高貴なる蒼炎"!」
その両手から放たれる、青く巨大な炎の渦。
まともに打ち合えば、おそらくこちらの炎も取り込んで威力を増し、俺の体は間違いなく灰と化すだろう。
だが、俺はその場から一歩も動かないまま。
確かな"手ごたえ"を感じ取っていた。
目を開く。
(つかんだぞ、純……!)
全身の魔力を両手に集め、俺の中のフィルターを通してそれを炎の形へと成形する。
ただ、そのフィルターはいつも俺が使っているものとはまったくの別物だ。
たった今、俺のギフト"万象の追跡者"によって純の精神から"写し取った"もの。
つまり――
俺は成功を確信し、そして宣言した。
「"高貴なる蒼炎"ッ!」
「!」
純が驚きの声を発したのがわかった。
俺の全身から立ちのぼったのは、深く美しい藍色の炎。
純と同じ"高貴なる蒼炎"。
俺はギャンブルに勝ったことを確信し、迫りくる青い炎の渦を見据えた。
こうなれば条件は同じ。
あとは純粋な力比べだ。
それなら――
「"太陽の拳"!」
立ちのぼる青い炎の魔力をすべて右腕に集約した。
両手にサファイアブルーの太陽が生まれる。
同時に、俺は地面を蹴ってまっすぐに前に出た。
「吹き飛ばせぇぇぇぇ――ッ!!」
眼前に迫った炎の渦に対し、真正面から右こぶしをブチ当てていく。
ゴ……ッ!!
強い衝撃があって青と青の炎がぶつかり合った。
俺の"太陽の拳"の圧力に押された純の炎が、まるでしだれ花火のように後方へ飛び散っていく。
「おぉぉぉぉぉ――ッ!!」
さらに力をこめると、純の炎はあっという間に霧散した。
「……」
一瞬の間。
純はなにが起きたのかわからない顔で呆然としていた。
そして、
「……ありえん! お前どんなイカサマを使った!」
さすがにこれは予想外だったのか、純が明らかに動揺した様子で、再び炎の渦を打ち出してくる。
おそらくはさっきのでトドメのつもりだったのだろう。
となると、この攻撃は向こうのほぼ全力と考えていいかもしれない。
俺は純の追撃に対し、今度は左こぶしの"太陽の拳"を突き出した。
「イカサマを隠してたのは、そっちだけじゃねーってことだよ!」
今度は先ほどよりもあっけなく、炎の渦は四散する。
思った通り。
単純な力比べなら、こちらにいくらか分がありそうだ。
そして勝負を決めるなら、純が動揺している今が最大のチャンスだろう。
俺はそのまま前に出た。
接近戦で確実に決める。
「ッ……!」
純がハッとした顔をする。
次の一手に迷いを見せていた純と俺との距離は、あと数歩でこぶしの届く範囲にまで縮まっていた。
再び両腕に"太陽の拳"を宿す。
「これで、決めてやるッ!」
「……調子に乗んなやぁぁぁッ!」
意外なことに、純も前に踏み出してきた。
そして向こうも同じように両腕に炎をともす。
おそらくは俺の"太陽の拳"と同じような技。
その威力は未知数だが、もちろん引き下がれない。
2つの"太陽の拳"が真正面からぶつかり合った。
衝撃が周囲の空気を外に押し出し、地面が震える。
俺は前に出した左足を踏ん張り、右こぶしをさらに強く前へ押し出した。
「うぉぉぉぉぉ――ッ!」
「うらぁぁぁぁぁッ!!」
純も引かない。
だが、"太陽の拳"の威力はどうやらこちらが上回っていたようだ。
「……ちぃ……ッ!」
純が顔をゆがめる。
俺のこぶしは少しずつ純のそれを押し返していた。
「くそ……ッ!」
やがて諦めたのか、純は瞬間的に力を緩め、俺の力を利用するように後ろへと飛ぶ。
だが、
「逃がすかッ!」
もちろん俺はその隙を逃さなかった。
純が飛びのくのとほぼ同じ速さで追いかけ、今度は左の"太陽の拳"を繰り出していく。
「――ッ」
純の表情がこわばるのがわかった。
それはおそらく、自らの死を悟った者の表情――
「……!」
一瞬だけ迷いが産まれた。
だが、これはお互いに命をかけた戦いだ。俺が手心を加えることで、雪やそのほかの仲間、神村さんの命が危険にさらされる可能性がある。
手を緩めてはいけない。
決して。
そう心を決めて。
「これでっ……終わりだぁぁぁぁ――ッ!!」
俺は純の胸元を目がけ、左の"太陽の拳"をそのまま振り抜いていった――。