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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 救出作戦、そして
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3年目6月「北の要へ」


 神村さん救出および御門奪還作戦が開始されたのは6月初旬火曜日の午前4時半ごろ、日の出とほぼ同時刻だった。


 とはいっても、梅雨の空はこの日も分厚い雲に覆われており、周囲はまだ暗闇の中。明るくなり始めるにはもう少し時間が必要だろう。


 まず最初に動いたのは、前日の夕方から山の周囲に部隊を展開し、その存在をあえてアピールしていた、伯父さん率いる見崎の悪魔狩り本隊だった。


 事前の計画どおり、こちらの最初の狙いが御門総本部であると見せかけ、御烏たちを陽動する作戦だ。


 そしてこちらの本線。

 神村さんが捕らわれた建物の周囲にある"失路しつろの結界"を無力化するため、まずは3ヵ所の"かなめ"に向かうチーム。


 俺と宮乃伯母さん。

 雪と瑞希。

 そして楓と桜さん。


 それぞれにサポート役の悪魔狩りが5名ずつついて計7名の3チームは、伯父さんの本隊が御烏たちと交戦を開始した午前5時前ぐらいに本陣を出発することになった。


 "要"を守るのはおそらく御烏たちではなく、竜夜が率いる混血悪魔たちがメインで、伯父さんの調査によるとそのメンバーは竜夜をのぞいて5名だという。



 その5名とは、


 上級炎魔のハーフ、純。

 上級水魔のハーフ、晴夏先輩。

 上級風魔のハーフ、紅葉。

 唯一の人間であり、念動力使いの氷騎。


 そして俺は直接会ったことはないが、瑠璃という純血の上級夜魔がいるらしい。


 これで計5名。


 瑞希や宮乃伯母さん、桜さんを含めて考えるなら、上級悪魔(ロードクラス)級戦力は6対5。竜夜を入れるなら6対6の五分ということになる。


 もちろんその一帯にいるのが竜夜たち6人だけとはさすがに考えにくいし、逆にそのうちの何人かが別の場所に散っている可能性もあるだろう。


 特に竜夜本人は御烏たちにとっても重要な存在だから、こちらではなく御烏たちの本隊と行動をともにしていることも考えられる。


 また、伯父さんの陽動作戦がうまくいくかどうかによっては、史恩や桐生と戦う可能性も考慮しなければならない。


 とはいえ。


 いろいろな可能性が考えられる中でもおそらく間違いがないのは、"孤守の結界"の中で”要”を守っているのは、少なくとも竜夜たち6人のうちの3人であろうということ。


 ちなみにそのうちの氷騎については、昨晩のうちに"要"のひとつに向かって移動する姿をこちらの偵察隊が発見している。


 氷騎は向こうにとっての切り札的存在で、わざと目撃させた可能性も高そうだが、あえてそれに乗る形でこちらも切り札である楓がそこに向かうことになっていた。


 そして残る2ヵ所に俺と雪が、それぞれ宮乃伯母さんと瑞希を連れて向かうわけである。


「じゃあ……気を付けて、ユウちゃん。伯母さんも」

「お前もな。おい瑞希。雪の足を引っ張んじゃねーぞ」

「余計な心配よ。あんたこそママを困らせるようなことしないでよね」


 出発直前、普段とあまり変わらない言葉を交わしあう俺たちを、宮乃伯母さんは少し離れたところで見守ってくれていた。


 その視線は俺のよく知る優しいものだったが、服は瑞希と同じ戦闘衣装に着替えており、昨日まで背中ぐらいの長さだった三つ編みは肩よりも高い位置にばっさりカットして、後ろでひとつにまとめている。

 

 そして腰に差している2本の脇差は鞘にびっしりと呪文の刻まれた、明らかに魔力のただよう代物。その立ち居振る舞いは、まぎれもなく手練れの悪魔狩りのものだった。


「では、行きましょうか。優希さん」


 そうして俺たちは一足先に発った楓たちのあとを追うように、御門の山中へと足を踏み入れたのである。


 また無事に再会できるように、と、それぞれが心の中で強く願いながら――。






 俺に割り当てられたのは、神村さんが捕らわれている"失路の結界"の中心から見て北の方角にある"要"だ。


 南西には雪、南東には楓が向かっており、伯父さんたちが戦っている御門総本部はそれらのさらに南。


 つまり俺が向かった北側は、本隊からもっとも離れた場所ということになる。


「宮乃様。どうやらこちらには、御烏の部隊はほとんど配置されていないようです。罠らしきものも見当たりません」


 先行していた若い悪魔狩り2人が戻ってきて、宮乃伯母さんの前にかしこまって報告する。


「わかりました。要まではあと10分ほどですね」


 うなずいて宮乃伯母さんがこちらを振り返った。


「優希さん。竜夜さんは、やはり自分たちの力だけで戦うつもりなのでしょうか。失路の結界や要について、あるいは正確な情報を御烏たちに伝えてはいないのかもしれません」


 そんな伯母さんの推測には、俺もほぼ同意見だった。


「確かにこれだけ守りが薄いとその可能性が高そうですね。伯父さんがそれだけうまくやってくれてるってことなんでしょうけど……」


 こちらにとっては思惑どおり。

 ただ、それは竜夜の思惑でもある可能性が高い。


 油断は禁物だ。


 そうして俺たちはさらに先に進んだ。


 位置関係としては、俺の向かっているところが距離的に一番遠く、他の2ヵ所はそろそろ交戦状態に入っているかもしれない。


(雨、やっぱ降ってきそうだな……)


 土曜日の夕方から降り出した雨は2日以上も断続的に続いていて、昨日の夜にはいったん止んだものの、空模様を見るとまたいつ降り出してもおかしくなさそうだ。


 そのせいもあって足もとの茂みは湿り、土は緩んでいた。


「みなさん、止まってください」


 さらに5分ほど進んだところで。

 宮乃伯母さんがそう言って立ち止まる。


 そして俺を振り返って言った。


「優希さん。おそらくこの先に結界が準備されています」

「……この先に?」


 正面に視線を向ける。


 一見なんの変哲もない――いや。


 立ち止まってよくよく観察してみると、なにか風景に違和感を覚えた。


 なにが、と一口に説明することは難しい。


 あえて表現するなら、風景の一部を切り取って、微妙に解像度を落としたものを張り付けなおした感じ……とでもいおうか。


 いずれにしろ、仮に注意していたとしても言われなければ気づかない程度の違和感で、実際メンバーの中でそれに気づいたのは宮乃伯母さんだけのようだ。


「孤守の結界が発動すれば中と外は完全に遮断され、お互いの状況を知ることも連絡を取り合うこともできなくなります。……優希さん。準備はいいですか?」

「大丈夫です」


 もちろん心の準備はとっくにできている。

 そんな俺を見て、伯母さんは少し頬をゆるめ、一瞬だけ母親の顔をのぞかせた。


「無事に戻ってくださいね。帰ったら優希さんの好きなものをなんでも作ってあげますから」

「……もう食べ物で釣られる歳じゃないですよ」


 俺は苦笑して、


「伯母さんも気を付けてください。ここまでは平気でしたけど、敵がどこに隠れているかわかりませんから」

「ええ、大丈夫です。こちらのことは気にせずに」


 うなずいて、俺はひとつ深呼吸した。


「じゃあ……せっかくなんで、伯母さんの特製からあげとハンバーグを予約しときます」

「わかりました」


 伯母さんはくすくすと笑い、そして表情を引き締めた。


「それでは、優希さん。ご武運を」


 俺も気を引き締める。


 その景色の向こう。


 待ち受けているのは純か、晴夏先輩か。

 それとも――


 俺は足を進めた。


 1歩、2歩。

 ぬかるんだ土の上を慎重に進む。


 そして、先ほど感じた違和感のある風景の先へ。


「……!」


 きぃ……ん、と、耳鳴りのような音が聞こえた。


 俺の能力ではない。

 明らかに空間の質が変化した気配。


 後ろを振り返る。


 景色は先ほどと変わっていない。

 ただ、そこにいたはずの宮乃おばさんたちの姿だけが消えていた。


 その方向に向かって手を伸ばすと、その途中に少し弾力性のある見えない壁のようなものがある。


「……なるほど」


 これが孤守の結界。


 伯父さんの言葉が正確なら、この結界は力づくで破ることは不可能で、そしてこの中には俺ともうひとりの誰かしかいないはずだ。


 さらに気を引き締め、前へ進む。


 要のある場所には、道祖神のような石碑が設置してあるとのことだ。おそらくは敵もそこにいて、そして俺が結界に入ってきたことにも気づいているはず。


 やがて――


「……なんとなく、そんな予感はしとったんよなあ」


 声。


 それらしき石碑の上に腰かけていた男が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。


「これも運命っちゅーやつか。ま、しゃーないやろ」


 ひょろっとしたやせ型に眼鏡。

 どことなく違和感のある関西弁。


「……お前か」


 俺もなんとなく、そんな気はしていた。


「あんたに恨みはないが死んでくれ、っちゅーやっちゃな」


 もちろん見覚えのある顔。

 だが、その姿は見慣れたものとは違っていた。


 明るい茶髪は明るすぎる赤髪へと変貌し。

 メガネの奥のどことなくとぼけた瞳は、燃えるような覇気をまとっている。


 俺はそこで足を止めて、言葉を返した。


「俺は死んでくれなんて言わねーぞ。おまえがしっぽ巻いて逃げ出すなら、いつでも見逃してやる」


 挑発的にそう言うと、純は軽く肩をすくめて、


「せやなあ。俺もホントはそういうんがええねんけど、こう見えてそこそこ義理と人情なんかで動く人間なもんでな」

「意外だな。てっきり晴夏先輩の尻に敷かれて無理やり付き合わされてるのかと思った」


 すると純は一瞬だけニヤリと笑って。

 そしてすぐに真顔になった。


「やろうか、優希。俺はいわば長男だ。だから弟妹たちを守るために先陣を切って戦わなきゃならねぇ。お前だってそうなんだろう?」

「……」


 聞きなれた怪しい関西弁ではなかった。

 もう戯言は必要ないのだろう。


 俺はなにも答えず、ただ力を解放した。


 全身が悪魔のそれへと変化する。

 今日の調子は3割前後だろうか。


 そういえば三月の里から戻って数日間、ずっと安定して2~3割の力を発揮できている。ただの偶然か、あるいはこれも"山茶花(さざんか)"の加護なのか。


 いずれにしても、ありがたい話だった。

 これだけの力が出ていれば、どんな相手だろうとあまり負ける気はしない。


 あとは、純がどの程度の使い手なのかだ。


 なにしろ俺は、これまでこいつが本気で戦うところを見たことがない。もちろん今回が、その最初で最後の機会となるだろう。


 そんな俺をまっすぐに見据えて。

 ゆっくりと、純が右手をこちらに向けた。


 そしてその身に炎をまとう。


「……"高貴なる蒼炎ブルーブラッドブレイズ"」

「!」


 そして俺は、目の前で起きた"その現象"に思わず目を見張った。


(……なんだ、あれ)


 純が全身にまとった炎。

 それは普通ではなかった。


 俺が操るような鮮やかな橙色ではなく。


 深く美しい藍色。

 思わず視線を奪われる。


 そして純は言った。


「優希。残念だけどお前に勝ち目はない。よりによって俺と当たるなんて運が悪かったな」


 あまりにも早すぎる勝利宣言。


 だが、それはただの慢心と呼べるようなものではなく。

 明らかな確信に満ちたものであった。


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