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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目6月「ゆびきり」


 作戦会議を終えて夕食後。


「……週の中ごろまで大気は不安定で、明日以降も傘が手放せない日が続き――」


 廊下のほうにまで聞こえてきたテレビの声に、俺は思わず足を止めて窓から外を眺めた。


 昨日と同じ雨景色。とはいえ、ずっと降り続いているわけではなく、あれから降ったり止んだりを繰り返している。


(こりゃ明日明後日もこのままかな……)


 戦うのに大きな支障があるわけではないが、気分的には晴れてくれたほうがいい。


 そんなことを考えながら、俺はテレビの音声が聞こえてきた一室のふすまを軽くノックした。


「おーっす、歩。調子はどうだー?」

「ユウちゃん? どうぞー」


 部屋の中から返ってきたのは歩の声ではなかった。

 ふすまを開けると10畳ほどの部屋には雪しかおらず、歩が寝ていたはずの布団もすでに片付けられている。


「おぅ、雪。お前も来てたのか。歩は?」

「うん。いまさっき、瑞希ちゃんとお風呂に行ったとこ」

「もう大丈夫そうか?」


 後ろ手にふすまを閉じると、雪がさっと座布団を用意してくれる。


「もう平気みたいだけど、お風呂ひとりだと心配だからって瑞希ちゃんが一緒にね。今行ったばかりだから1時間ぐらい戻ってこないかも」

「いや、ちょっと様子見に来ただけで特に用があったわけじゃねーから」


 と、座布団に腰を下ろす。


 テーブル上を見ると、菓子の器にせんべいが入っていた。もしかすると三月の里からもらってきたお土産だろうか。


 ひとつ手にとって口に入れる。


 甘じょっぱい。

 個人的にはもう少し塩気があるほうが好きだが、このぐらいのほうが飽きずに食べられるのかもしれない。


「はい、ユウちゃん」


 特になにも言っていないのに雪がお茶を用意してくれる。

 テレビは天気予報が終わって、コマーシャルになったところだった。


「そういやこっち来てからテレビなんてほとんど見てなかったなあ」


 リモコンを手に取って適当にチャンネルを変えてみたが、どこもコマーシャルだ。番組表を見てもタイトルで惹かれるものは特になかった。


「だよね。私も4月から始まったドラマ途中で止まってるから、ずっと続きが気になってて」

「ドラマねえ……」


 なんとものんきな話だが、まあ俺だって戦いが終わったあとになにをするかと言われたら、こいつと似たようなことを考えるかもしれない。


「それと、久々に由香ちゃんにも会いたいよ。ね?」

「あー……? 俺は別にいいや。これまでの腐れ縁を考えたら、たまには顔を合わせないのもちょうどいいだろ」


 そう答えると、雪はおかしそうにクスクスと笑った。

 どうやら俺の言葉が本心ではないと思い込んでいるようだ。


「けど、あの半壊した家はどうすりゃいいんだろうなあ。ってか今どうなってんだ、あそこ?」

「どうなんだろう? 壊れたのはリビングの周りだけだったと思うけど、1ヵ月あのままなら荒れちゃってるかも。昔のアルバムとか記念品とか無事かなあ……」


 と、心配そうな顔をする雪。

 そんな態度を見て思う。


(昔のこととかは普通に覚えてるんだなぁ……)


 こいつの記憶がどういう形で着陸しているのか、ますますわからなくなってきた。


「戦いが終わって、なにもかも元通りになってくれりゃいいんだけどな」

「大丈夫だよ」


 雪は楽観的にそう答える。

 もちろん俺の言葉に自分のことが含まれているとは気づいていないのだろう。


「あ、そういえばユウちゃん聞いた? これの話」

「ん?」


 なんのことかと見てみると、雪は右手の小指にはまった"山茶花(さざんか)"をこっちに示していた。


「……ああ。なんか言い伝えみたいなやつのことだろ? 伯父さんも詳しくは知らないみたいだけど、一応聞くには聞いた」


 うん、と、うなずいて、雪は少し不思議そうな顔で自分の"山茶花(さざんか)"を見つめる。


「なんでかはわからないんだけどね。この指輪は本当に私たちを守ってくれそうな気がするんだ」

「ふーん」


 どうやら雪はあの言い伝え――片方が死んで遺されたほうが戦いを終わらせるという話を、縁起の悪いものとはとらえなかったようだ。


 俺は右手を目の前にかざしながら、


「俺はどっちかっつーとうさんくさい感じがしてるわ。ま、こいつの向こうに呉丸の顔がチラついてるせいだと思うけど」

「そう? 私たちのこと、だいぶ気に入ってくれてたと思うけどな」

「俺たち、ってか、お前を気に入ってただけだろ、どうせ」


 そう言いながら大きく伸びをする。


「ん~~~~……あー、なんか眠くなってきたなあ」


 そのままゴロリと後ろに倒れると、雪が苦笑しながら、


「瑞希ちゃんが戻ったら、まただらしないって怒られるよ」

「へーきへーき、あいつらどうせ長風呂だし。お前ほどじゃねーけどさ」


 テレビではなにやら動物ものの番組が始まったようだ。

 雪は興味を持ったのか、リモコンを取って2メモリほど音量を上げている。


 それを横目に、俺は大の字になって天井を見上げながら、


(……戦いが終わって元通りに、か)


 もちろんそれはこの戦いに勝利をおさめ、そして全員が無事に戻れたらの話だ。


 そう簡単に終わる戦いでないことは充分に承知している。


 昨年の暮れに戦った女皇たちも手ごわい相手ではあったが、あのときは組織的な戦力としてはこちらが上だったし、なにより迎え撃つ立場だった。


 今度は逆。こちらが攻め込む形だ。

 地の利は向こうにあるだろう。


 そしてなにより今回は、例の結界のせいでそれぞれが単独での戦いになる可能性が高く、仮に神村さんを救出できたとしても全員が無事で戻れる保証はない。


 そんな考えが、作戦会議の途中からずっと頭の中を行ったり来たりしていた。


 ほかの連中の戦いに干渉できない、いざというときに助けに行くこともできない。ただそれだけのことが、とてつもなく不吉に思える。


(結界に入る3人で一番弱いのは俺なんだけど……)


 身のほど知らずというか。

 自意識過剰というか。


 きっと他の2人は俺の助けなんか必要なくて、むしろ俺が一番頑張らなきゃならない立場なのだ。


 だから本来、そんなことを不安に思う必要はない。

 俺が大丈夫なら、他の2人も大丈夫なはずだ。


 そのはず、なのだが――


(……うーん)


 畳の上で大の字になったまま、そんなことを考えてひとり悶々としていると、


「ユウちゃん」

「……ん?」


 不意に雪が俺の右手を取った。

 ゆっくり引っ張って、それを自分のひざの上に乗せる。


 俺は怪訝に思いながら少し上半身を起こして、


「……なんだ? 急にどうした?」


 すると雪は、視線と微笑みでそんな俺の行動を制し、


「ユウちゃん、私と同じこと考えてそうだなーと思って」

「……」


 どうやらまた見透かされたらしい。

 だが、俺はいつもどおり意地を張った。


「別になにも考えちゃいねーよ。お前こそなんだ? もしかして心配事でもあるのか?」

「うん。だからユウちゃんも心配事があるんだよね?」

「……」


 憮然として沈黙を返す。


 雪は静かに笑いながら、自分の太ももの上にある俺の手にそっと指を絡め、軽く握ってみせた。


「大丈夫だよ、きっと。みんな一緒に帰れる。そのために頑張ってるんだから」

「……わかったわかった」


 起こしかけていた上半身を再び倒し、俺はため息をついた。

 右手は雪が離そうとしなかったので、とりあえずそのままにしておく。


(……大丈夫、か)


 もしかすると俺は、単に弱気になっていただけなのかもしれない。


 今回はこれまでの戦いと違い、1ヵ月もあの日常から離れたままだ。だから、本当に戻れるんだろうかという不安が、知らず知らずに育ってしまったのかもしれない。


 大丈夫。雪の言うとおりだ。

 これまでだって、どんなピンチも切り抜けてきたんだから。


 それに――そう。


 俺は雪のひざの上にある自分の右手に視線を向けた。


 小指にはまった"山茶花(さざんか)"。


 この指輪が外れるのは、俺と雪の絆が切れたときだと呉丸は言っていた。つまり言い換えると、これがここにある限り俺たちの縁はつながったままだということになる。


 もしそれが本当なら、離れて戦っていても、お互いの無事を確認する助けになるかもしれない。


 もちろん呉丸の話をうのみにするわけではないが、そう考えると、このうさんくさい指輪にも少しは価値が出てくるというもので――。


「……」


 そうこうしているうちにウトウトしてしまった俺は、いつの間にか夢を見ていたようだった。


 ……荒い息。

 ……手のひらからつたわる鼓動。


『……お願い』


 誰かがそう言って。


『……ダメだ――』


 もうひとりの誰かがそう言って。


『また同じことを――』

『絶対にあとから追いかけるから――』

『……どうして、いつも――』


 そんなような問答を何度か繰り返したあと、2人は小指を絡めあい、そして、


『じゃあ、約束しよう――』


 ……それ以外のことはあまりよく覚えていない。


 伯父さんの語った言い伝えとやらに知らず知らず影響されてしまったのか、あるいはそれは、この"山茶花(さざんか)"の指輪に残されたかつての持ち主の記憶だったのかもしれない。


 とにかくそれは、悲しげな内容の夢で――


「……あんた、なんで雪ちゃんの手を握って泣いてんの? なんか気持ち悪いんだけど」

「え? ……あ、いや、これはあくびが」


 風呂から戻ってきた瑞希に怪訝そうな顔で問い詰められ、しどろもどろに言い訳する姿を、雪や歩にまで笑われてしまうハメになってしまったのだった。




 ……そして。


 運命の日が、やってくる――


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