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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
232/239

3年目6月「静かに迫る影」


-----


(最近こんな天気ばっかだなあ……梅雨入りといっても)


 憂鬱な月曜の空気と、どんよりとした空。

 教室の窓ガラスを強い雨がノックし、ときおり稲光が薄暗い教室を照らしていた。


「~~~~~~」


 教壇の英語教師の話は、唯依の耳にはほとんど届いていない。


(この町って、こんなに暗かったっけ……)


 ――異常な事態は依然として続いていた。


 2週間ほど前、竜夜からの要請を承諾した唯依たちは、悪魔狩りが使っているという魔力探知レーダーを借り、空いた時間に町中のパトロールを続けている。


 レーダーといっても、町全体の悪魔を見つけ出せるような便利なものではなく、効果範囲は半径1キロメートル程度。2人ずつ2組に分かれ、1日平均2時間ほどのパトロールだ。


 ただ、その程度にもかかわらず。

 唯依たちはこの2週間ですでに4件の事件に遭遇していた。


 いずれも人通りの少ない夜間、下級夜魔とおぼしき連中が複数で一般人をさらおうとしていたケースである。


 唯依は窓から視線を外し、教室をぐるっと見回した。


 最近まで埋まっていたはずの席がひとつ空いている。


 風邪で休んでいるわけでも、不登校になったわけでもない。

 この2週間の間に、新たに行方不明になったものだ。


 調べたところ、この風見学園全体だとここ3か月の間に1

0名以上の生徒が登校しなくなっているらしい。


 ……事態は加速している。


 唯依は強くそう感じていたのだった。




 午前の最後の授業が終わると、唯依は待ちきれずにすぐ席を立った。


 弁当箱を手に、足早に教室の出口へと。

 隣の席のクラス委員長が少し不思議そうな顔をして唯依を見たが、特に声をかけられることはなく。


 向かった先は隣の教室。


「あ、きたきた、唯依くん」


 その教室の隅にはすでに亜矢、真柚、舞以の3人がそろっていた。

 机が4つ繋げられ、そのうちのひとつは空いている。


 唯依はまっすぐ彼女たちのもとへ向かい、空いている席に腰を下ろした。


 彼らの関係はおおやけになっていないので、女子3人の中に入っていくことには多少の勇気が必要だったものの、今はそんなことを気にしている状況でもなかったし、この2週間でさすがの唯依も慣れっこになっていた。


 唯依が持参した弁当箱を机に置くと、さっそく亜矢がその話題を口にする。


「昨日もひとり、入学したばかりの1年の子がいなくなったそうよ」


 亜矢の言葉に唯依はうなずいて、


「僕も花見さんから聞いたよ。やっぱり昨日僕が取り逃がしたやつなのかな……」


 と、暗い表情をした。

 それを見た真柚が言う。


「あれは唯依くんのせいじゃないよ。同時に2か所なんて対応できるわけないじゃない」

「そうですね。そもそもレーダーに反応があったというだけですから、あの連中だったかどうかもわかりませんし」


 そう言ったのは舞以だ。


 そんな2人のフォローをありがたいと思いながらも、その翌日に学校の生徒が行方不明になったと聞かされては、唯依がそう簡単に割り切れるはずもなく。


「関係なければいいんだけど……」


 そう言いながら唯依は制服のポケットに手を入れ、そこから直径5センチほどのガラス玉のようなものを取り出した。


「……今は異常なしか」


 竜夜から借りた”魔力探知レーダー”である。


 悪魔そのものではなく魔力に反応するものなので、もちろん今の唯依たちに反応するようなことはない。


 亜矢が少し話の方向を変えた。


「ところで思ったんだけど、そろそろ向こうも私たちの存在に気づき始めるころじゃないかしら。だとすると少し注意したほうがいいと思うわ」


 そう言いながら、買ったばかりの紙パックのカフェオレにストローを刺す。


「ねえ、真柚、舞以。あの竜夜さんという人が言ったように、もしクロウって人がバックにいるんだとしたら、どう? 私たちが邪魔してることに気づいたらどう出てくるかしら」

「そうですね……」


 舞以は少し考えて、


「クロウは私たちの母――女皇の力がこの世に残っているとは考えていないはずですから、向こうから安易に接触してくるようなことはないと思います。そのうち不審に思うときは来るかもしれませんが……」

「なるほどね。そうなる前に悪魔狩りのゴタゴタというのが片付いてくれればいいんだけど」


 そんな亜矢の言葉に、真柚が小さくため息を吐いて、


「にしても、悪魔狩りってホント大事なときになにもしないよね。竜夜だってあれっきりなんの連絡もないし」


 と、不満の声をあげる。


「内紛かなにか知らないけど、人々を守るのは自分たちの使命だなんていって、こういうときになにもできないんだから」

「今それを言っても仕方ないですよ、真柚さん」


 舞以がそうたしなめると、真柚は口を尖らせたまま黙り込んだ。


 そこへ唯依が口をはさむ。


「もし優希先輩たちがいれば、そんなことにはならなかったんだろうけど。僕らがどうすべきか相談することもできただろうし……」


 と、困り顔で言った。


 竜夜の要請に応えたといっても、もちろん唯依たちは彼の味方になったというわけではない。あくまでこの町を守るという一点において協力しているというスタンスである。


 そして唯依はふと思いついて、


「ねえ、舞以。そのクロウって人が本当に裏にいるんだとして、逆にこっちから接触して説得をする、なんてことはできないのかな?」

「説得、ですか? それはつまり、私たちがメリエルやミレーユとして、ということですか?」


 舞以の問いかけに、唯依はうなずく。


「うん。僕もクロウって人には悪いイメージしかないんだけど、彼は僕の父さんの弟で、メリエルさんたちにとっては仲間だったんだよね? だったら話し合う余地はないのかなって」

「……クロウは少し神経質なところもあったけど、でも仲間思いだったことは確かだよ」


 それに答えたのは真柚だった。


「クレインはどっちかというと後先を考えずに行動することが多かったから、その細かいフォローをするのが彼の役目だった。まったく話の通じない人じゃないと思う」

「……昔はそうだった、ということです」


 真柚の言葉をさえぎるように、舞以が口をはさんだ。


「仲間思いだったからこそ、今の彼は復讐以外考えられなくなったのでしょう。暮れの戦いで私はそう感じました。唯依さんのお気持ちはわかりますが、おそらく私たちが説得したところで止めるのは不可能ですし、リスクも大きいでしょう」


 そう言って、同意を求めるように隣の真柚を見る。


「……たぶんそうだね」


 それについては真柚も反論がないようだった。


 その後、少し無言が続く。


「じゃあ結局のところ」


 10秒余り経って、その沈黙を破ったのは亜矢だった。


「現状のまま、不知火先輩たちが戻ってくるのを待つしかない。そういうことね」


 決して前向きな結論とはいえないものの。

 結局その日はそれ以上実りのある結論は得られず。


 ――そんな彼らを。


 教室の外から見つめるひとつの視線があった。



「……」


 どこか疑わしげに。

 あるいは興味深そうに。


 やがて数十秒。


 その人物はそっと、彼らに気づかれないようにその教室を離れていったのだった。






「……唯依さん。少しお時間いいですか?」

「え? あ、うん。もちろんだけど」

「では、こちらへ」


 その日の放課後。


 帰り支度をしていた唯依のもとへひとりで現れた舞以は、そう言って彼を教室の外へと連れ出していた。


「あれ? どこに行くの? ほかの2人は?」


 てっきり玄関へ向かうのかと思いきや、舞以の足が向かった先は上の階、美術室や音楽室などのある方向だった。


「おふたりには先に帰ってもらいました。パトロールも今日はあのおふたりで組んでいただく予定でしたし」


 怪訝そうな唯依を連れ、舞以の足が止まったのは音楽室の前。


「唯依さん、少しピアノでも聞いていかれませんか?」

「え? どういうこと?」


 本来であれば放課後には合唱部が使用している教室も、事件の影響ですべての部活動が休止されているため無人だった。


 もちろん彼女たちがそれぞれ所属している部もしばらく活動していない。


 ドアを開けて中に入り、後に続いた唯依が後ろ手にドアを閉めると、舞以はいったんぐるっと教室を見回した。


 誰もいないことを確認したのだろうか。

 一周した視線が唯依のもとへと戻ってくる。


 そして舞以は言った。


「唯依さん。……実は真柚さんのことで少しお話があります」

「真柚のこと? なにかあったの?」


 黒板の上にある音楽家たちの肖像画を見上げていた唯依は、改まってなんだろう、と思いながらそう聞き返す。


 舞以は静かにピアノの前に移動すると、鍵盤のふたを開け、ひとつ音を出した。


 綺麗な音が流れる。


(そういや舞以ってピアノもやってたんだっけ……)


 良家の養女として育てられた彼女は、武芸のほかにも様々な習い事をしていたと聞いたことがあった。


 舞以はピアノの前に腰を下ろす。

 そうしていくつかの音を鳴らしながら話を始めた。


「正確には真柚さんではなくミレーユのことです。唯依さん。最近の真柚さんに、違和感を覚えたことはありませんか?」

「え? えっと……」


 逆に質問されて唯依は少し戸惑いながら、


「そ、そういや最近少し感情的というか……いや、真柚は前から感情豊かだけど……ううん、そうだ。ちょっと攻撃的というか、怒ることが多くなった気がする」


 ようやくひねりだした回答だったが、どうやらそれは舞以の期待どおりのものだったらしい。


「今日もそうだったよね。亜矢が舞以にクロウさんのこと聞いて、そして悪魔狩りの――」


 そして唯依自身、口に出してから気づいた。


 最近の真柚のその攻撃性が、いつも”ある話題”のときに限ってのものだ、ということに。


 先日、竜夜が訪ねてきたときも。

 今日の昼休み、悪魔狩りに不満を漏らしたときも。


 事件の話題。

 特に”ある人物”の名前を出した直後に、いずれも強い怒りや不満を見せていたのだ。


 偶然か。

 あるいは――


 舞以の表情を見て、唯依はそれが自分の思い過ごしではないことを悟った。


「唯依さん。これは本来話す必要のないことですが、こんな状況です。一応知っておいてください。ミレーユは――」


 そうしながら舞以は目を閉じた。

 そうすることで、過去の記憶を掘り起こそうとしているかのようだった。


「クロウとはかつて、将来を誓い合う仲だったんです。あなたのご両親と同じ、恋人同士でした」

「え?」


 予想しなかった言葉に、唯依は目を丸くした。


 それは彼の知っているクロウの人物像と、ミレーユ――もちろん彼が知っているのは真柚の外見を借りた彼女だが――その2人の並びがひどく不釣り合いだったからだ。


 ただ、実際のミレーユは彼らよりも15歳ほど年上であり、もちろん15年前のクロウも今とは印象の違う少年だっただろう。


 舞以は続けた。


「あの戦いさえなければ、彼らもまたあなたのご両親のように結ばれていたかもしれません。子供がいれば、唯依さん。あなたのいとこということになっていたでしょう」

「え……じゃあ真柚のお父さんって、もしかして……」

「いいえ」


 唯依がその可能性を口にする前に、舞以がそれを否定した。


「真柚さんの父親はクロウではありません。唯依さんもご存じのとおり、私たちは母である女皇たちが戦いを続けられるようにと体外受精によって生まれました。クレインの術の成功率を高めるため、真柚さんの父親にはミレーユと同じ夜魔の男性が選ばれました」

「そ……そうか。そうだよね」


 唯依はホッとした。

 最悪、真柚が血を分けた父親と戦う可能性を想像していたためである。


 ただ、それとは別のことに気づいて、唯依はハッとする。


「でもそうか。ミレーユさんの記憶を持っている真柚は……」

「ええ、そうです」


 舞以は深くうなずいた。


「真柚さんはもちろん知っています。クロウがかつて母の想い人であったということを。……疑う余地もないでしょう。その記憶そのものが真柚さんの中にあるのですから」

「……そっか」


 それは果たしてどんな気持ちなのだろう。

 恋愛経験そのものがほとんどない唯依にとっては、あまりにも複雑すぎて想像することもできなかった。


「じゃあ真柚があんな様子だったのはそのせい? 単にミレーユさんが悪魔狩りを嫌っていたからとかじゃなくて……」

「それだけとは限りませんが、その影響がまったくないとは考えられません。クロウが以前と違うことはミレーユも理解していましたが、簡単に割り切れたわけでもないでしょう」


 ゆっくりと、舞以は鍵盤を叩く手を止めた。

 余韻が教室を支配する。


「ですから唯依さん。彼女が少なからずクロウをかばうような発言をするのは、多少は仕方のない面もあるのです。真柚さん自身は自覚していないかもしれませんが」

「うん。いや、僕もそれはあまり気にしてないよ」

「いいえ――」


 舞以は体の向きを変え、まっすぐ唯依と向き合った。


「気にしていて欲しいのです。……真柚さんが今後、自ら主導権を手放したりすることがないように」

「……え?」


 その言葉は、唯依の心臓を激しく打った。

 舞以は視線を伏せる。


「最近、真柚さんの中でその境界線があいまいになってきているのではないかと心配しているのです。あくまで勝手な憶測でしかありませんが」

「で、でもそれって、真柚がミレーユさんに共感してるからってだけじゃないの?」

「……わかりません」


 舞以も断言はしなかった。

 ただ唯依にも、彼女の心配がただの杞憂だと決めつけられるほどの確信はない。


 特にここ最近の真柚の態度を思い返してみると――


「もちろん唯依さんのおかげで、私の中のメリエルも、真柚さんの中のミレーユも、継続的に体を占有するようなことはできなくなっています。ただ、真柚さん自身が積極的に協力するということであれば話は違ってくると思います」

「そんなことは……」


 ない、と思いたい。

 そしてそれは舞以も同じ気持ちのようだった。


「ないと思ってはいます。ただ、念のため事情をお伝えしておきたかったのです」


 そう言って、舞以は話題を終わりを告げるように鍵盤のフタを閉じ、椅子から立ち上がった。


「……わかった」


 確かにこんな状況だ。

 万が一のことはいつも考えておいたほうがいいのだろう。


 そして舞以は、明るい声色を出した。


「それでは帰りましょうか、唯依さん。用もないのにいつまでも残っていたら叱られてしまいます。……ああ、いえ」


 そう言って、少し冗談っぽい笑みを浮かべてみせる。


「唯依さんが私との危険な逢瀬をもっと楽しみたいというのでしたら、少しは考えてさしあげなくもないですが……」


 さすがの唯依にも、その冗談が舞以の気づかいだということぐらいはわかる。


「どうせ僕が首輪をつけてワンと吠えたら、とかでしょ?」

「3回まわって、が抜けてます」


 舞以がくすくすと笑う。

 唯依も苦笑した。


「……じゃ、帰ろっか」

「はい」


 そうして唯依は舞以とともに帰宅の途についた。


(真柚……ミレーユさんとクロウさん、か……)


 もちろん、その舞以の心配事が、ただの杞憂で終わることを願いながら。


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