表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第4章 海に行こう
23/239

1年目7月「みんなで白い砂浜に行こうツアー」

 この日、隕石が俺たちの町に落下した。


 宇宙をただよう無数の隕石の中でみればごくごく小さなサイズの隕石だったが、それはとてつもないスピードで地表に落下すると、そこから生じた衝撃波によって俺たちの町を一瞬で粉々に吹き飛ばしてしまったのだ。


 その被害は俺たちの学校にも例外なく訪れて――


「それで?」

「いや、そうなればいいなあ、と思っただけ」


 隣の直斗にそう返して、俺は正面の掲示板を見つめた。


 7月中旬。

 夏休みを間近に控えたこの時期、俺たち高校生には休み前の最大の難関ともいうべきイベントが訪れる。


 "期末試験"である。


 この風見学園ではすべてのテストの成績――順位と総合得点が、優等生・劣等性の区別なく1階の掲示板に貼り出され衆目にさらされることになっていた。


 さらされるのがあくまで総合得点であり、とある科目における俺の壊滅的な点数が公表されないのはまだマシだが、それでもまあ、俺のようなお世辞にも成績優秀とはいえず、かといって学校のテストなんてどうでもいいというほど割り切ってもいない生徒にとって、この結果発表というのはなかなか歓迎できない呪いのイベント以外のなにものでもないのだった。


「あーあ。町は吹き飛ばなくてもいいから、学校のテストぐらい燃えてくんねーかなぁ」

「自然災害にそんな器用なこと求めても……」


 と、直斗が苦笑する。


 さて。今まさに、俺の目の前の掲示板にはその期末試験の結果が貼り出されていた。

 こいつが貼り出されるのはだいたい1時間目の最中なのだが、その直後は全校生徒が集まってかなり混雑するため、俺と直斗が見に来たのは昼休みになってからのこと。


 1年生は40人前後のクラスが5つで約200名いるが、なんらかの理由でテストを受けていないヤツもいるらしく、今回の期末試験での最下位は194番だった。

 とりあえず最下位のそいつは知らない名前だ。


 視線を最上段へ向ける。


 最初に目についた名前はやはり直斗のもの。

 19位だ。


 この風見学園はエスカレータ式であることの影響か、上位と下位の生徒の学力差が大きい。

 上位には近隣の進学校の上位陣を上回る生徒が固まっている反面、下位には大学進学はおろか、卒業すら危うい生徒たちがそれなりにいる。


 そんな中で上位に食い込む19位はかなり優秀といっていいだろう。

 これでもこいつのいつもの順位に比べるとちょっと低いぐらいで、いずれにしても俺のような一般人からみれば雲の上の成績である。


 視線を少し下に移す。


 次に目に付いたのは由香だった。

 61位。


 うちの学年はだいたい20位と50位付近に超えがたい壁が存在しているらしく、直斗のいる辺りからすれば2ランク下の成績ということになる。

 ただ、全体から見れば十分に好成績だといえるだろう。


 次に意外な人物の名前が目に飛び込んできた。


「うぇ。藍原のやつ93位かよ。真ん中より上じゃねーか」


 ネコのような目をしたくせっ毛のうるさい女生徒の顔を思い浮かべる。


 あいつが93位ということは、アレより下が100人、つまりは半数以上いるってことだ。

 当然俺もその中に入っているわけで、なんというか納得できない。


 しかし直斗は言った。


「藍原さんは中間試験もそのぐらいだったよ。実際、授業とかまじめに受けてるしね。優希と違って宿題もやってくるし」

「くっ……」


 確かにそうなのだが。

 なんか納得できん。


 と。ここでようやく俺の名前を発見した。

 107位。


 意外に上のほうだなと思ったならそれは正解だ。

 今回はヤマが当たっていつもより順位が上がっている。

 いつもはこの2割増しぐらいの順位だ。


 最後にまだ名前が出ていない将太は――いや、これは本人の名誉のために伏せておくことにしようか。

 とりあえず俺よりも下で、10の位が5より大きいことは確かである。


「……あれ?」


 と。

 今回はもうひとり、その近辺の順位で目に付いた名前があった。

 神村さん、148位。


「意外と成績悪いんだな、神村さん」


 これこそ俺の勝手な想像でしかないのだが、てっきり優等生の類なのかと思っていた。


「神村さん? ああ、家の手伝いとか忙しいみたいだし、あまり勉強する時間ないみたいだよ。休みの日もほとんど手伝いしてるし、それで学校休むことも多いしね」


 と、直斗は言った。


 家の手伝いというのはつまり先日の事件のような、ああいう類のものだろうか。

 そう考えると勉強する暇がないというのもうなずける話ではある。


 そうそう。

 先日の事件で思い出したが、竜二のヤツは49位だった。

 ああ見えてなかなか勉強のできるやつなのである。


「お、谷のやつは149位だな。あいつ、将太だけには負けねえって気合入れてたからなぁ」


 その後も俺は知り合いの名前(真ん中より下の連中ばかりで、今回に関してはほとんどが俺より下である)を探しては、明日はわが身とわかっていながらバカにして笑っていたのだが。


 ふと。


「……900?」


 俺のような人間にはまったく縁のない領域、つまりは最上位の面々に視線を移して思わずそんなつぶやきを漏らしてしまった。


「え? なに?」


 直斗が俺の視線を追っていく。


「ああ、神崎さんね。すごいよね、いつも満点なんて」


 そこには"1位、神崎歩900点"と書かれていた。

 我が校の期末試験は全部で12教科あるのだが、うち半分の6教科が50点満点のため、900点というのは全教科満点ということなのである。


「え、なに? お前こいつのこと知ってんのか?」


 驚いて聞くと、直斗は逆にびっくりしたような顔で、


「え? 優希、知らないの? 神崎さんはこの学校始まって以来の天才だって有名じゃない」

「知らん。どこから来たやつだ? ここの中等部じゃないよな?」


 いくら俺でも、そんな天才と中等部3年間を一緒にいれば知らないはずがない。


「うん、違うよ。確か――」


 直斗は少し考えて、


「どこだか忘れたけど、隣町のなんとかって小学校から来たって言ってたかな」

「ああ、隣町か」


 それなら知らなくても仕方ない。


「隣町の……隣町の、なんだって?」

「小学校だよ」

「小学校?」


 あまりにも直斗がさらっと言うので危うく聞き逃すところだった。


「うん。飛び級なんだって」

「お……おい待てって。中学校飛ばして高校に入るなんて、そんなことってあるのか?」

「普通はないみたいだけど特例中の特例らしいよ。小6のときに大学入試問題で満点取ったらしいし」

「小学生が大学入試で満点!?」


 あまりのとんでもなさに、俺は思わず大声を出してしまった。

 どうやらほんまもんの"天才少年"というやつらしい。


「……ついにこの学園にも地球外生命体がやってきたわけか」

「そんなことないよ。普通の子だよ。年相応のね」

「年相応ねえ」


 小学校から飛び級してきたってことは12歳か13歳。

 普通なら中学1年生で、数ヶ月前まではランドセルを背負っていたわけだ。


「ん? ってか、お前、そいつのこと詳しそうだな?」


 俺たちは掲示板の前を離れ、2階の教室へと足を向けていた。


「うん。神崎さんとは遠い親戚だからね」

「遠い親戚?」


 どこかで聞いたフレーズだ。


「お前、神村さんのときもそんなようなこと言ってなかったっけ?」

「うん。だから神村さんと神崎さんも親戚ってことになるのかな。どっちが近いのかわからないけど」

「ふーん」


 神薙、神村、神崎……名字だけ並べてみると確かにどことなく親戚っぽい。

 直斗はそんな俺の考えを見透かしたかのように、


「僕の家も神崎さんの家も、元々は神村さんみたいな神社の家系だったみたいだね」

「ああ、なるほど」


 それっぽい話だ。


 そんな話をしながら教室へ戻ってくると昼休みは3分の2ほどが過ぎていて、ちょうど昼食に出ていた生徒たちが戻り始めたところだった。


 そんな中、


「お、戻ってきた戻ってきた!」


 教室の入り口をくぐろうとした俺たちを見つけるなり、そう声を張り上げて駆け寄ってきた生徒がいる。


「よぅ。182番目の男じゃないか」

「182番目? なんの話だ、そりゃあ」


 と、将太は眉間に皺を寄せた。

 この反応を見ると、どうやらこいつは期末試験の結果発表すら見に行ってないらしい。


「で、なんの用だ、将太? 金なら貸さんぞ?」

「金の話ならお前に振るかよ。だいたいもうメシは食い終わってんだしよ。……んなことより」


 将太は俺の肩をポンポンと叩きながら、半ば強引に教室の中に引っ張っていった。


「なんだ? おい」


 ニヤニヤしている将太は気味が悪いことこの上ない。

 こいつがこういう態度のときは大抵ろくでもないことを企んでいるのだ。


 そのまま俺の席まで移動すると、将太は空いていた前の席へ腰を下ろして切り出した。


「同士優希よ。俺たちにとって最大の難関であった期末テストも終わって、あとは楽しい夏休みを待つだけとなったな」

「それがどうかしたか?」

「いや、つまりさ……あ、おーい。直斗、お前もこっち来てくれー」


 いったん自席に戻って授業の準備をしていた直斗が怪訝そうな顔でやってくる。


「ふたりとも聞いてくれ。俺から提案があるんだ」

「提案?」


 嫌な予感しかしない。


 将太はすうっと一息。

 バン! と机を叩いた。


「楽しい夏休みの計画、その名も"みんなで白い砂浜に2泊3日で行こうツアー"の提案だ!!」

「……」

「……」


 俺は無言で直斗と顔を見合わせた。

 そんな俺たちの反応を勘違いしたのか、将太が得意げに説明を始める。


「あまりに魅力的な提案に声も出ないか。そうだろうそうだろう。実はなぁ。俺の親戚が海のそばで旅館をやってるんだ。格安で泊めてくれるってことですでに話を通してある。……ああ、いや、礼はいらんぞ。俺はただみんなに楽しい夏休みを過ごして欲しいだけだからな」


 一気にまくしたてる将太に、俺は右手を上げて発言した。


「海で、しかも2泊? 遊びに行くならカラオケでもゲーセンでもいいんじゃないか?」

「愚か者!」


 ずいっと将太の顔がどアップで迫ってくる。


「夏といえば海と相場が決まっているだろ! 海といえば砂浜! そして砂浜といえば可愛い女の子の水着ではないか!」

「……あー」


 将太の口から熱く語られたその内容は、悲しいほどに予想通りだった。


(……どうすっかなぁ)


 泊まり、しかも2泊ってことで少々面倒くさくはある。

 が、その提案自体は確かに魅力的でもあった。

 泳ぎは得意なほうだし、水着の女の子にも興味がある。


 ただ――

 ひとつ懸念があった。


「行くか行かないかはとりあえずおいといて、メンバーはもう決まってるのか?」


 将太のことだからこの3人でということはないだろう。

 このまま海水浴場にいったところで一緒に遊んでくれる女の子が見つかるとは限らないし、それなら最初から誰かを誘って行ったほうが賢明である。


 すると案の定、


「この3人は決定な。けど、男だけで海ってのはやっぱ寂しすぎるだろぉ? せっかく2泊3日で行けるっていうのによ。そこで俺は考えた。まだ時間はある。これから俺たちで女の子を誘えばいいのだと!」

「で?」


 そこまでは予想通りで聞くまでもない。

 問題はその先だ。


 将太は言った。


「お前と直斗でふたり、あるいは3人誘ってきてくれ」

「3人? 誰のことだ?」

「由香ちゃんと雪ちゃん。んで、できれば――牧原さんっていったっけ、お前の従姉」

「……」


 思わずため息が出てしまった。


「お断りします」

「なに!? なんでだよ!」

「なんでじゃねーよ! その人選は俺にメリットがなさすぎんだろ!」


 妹に従姉の同居人ふたりと、幼なじみひとり。

 ドキドキもワクワクもあったもんじゃない。

 これなら水着姿を見たことのないその辺のクラスメイトを適当に誘ったほうがまだましだ。


「メリットはあるだろ。彼女たちと水着でキャッキャウフフ――」

「興味ねーよ。だったらお前が誘ってお前だけ行ってきてくれ。せめてもの情けだ。邪魔はしないでおいてやる」

「無茶言うなよぉ」


 将太は急に情けない顔になって俺のそでをつかんだ。


「俺ひとりで誘ってあの子たちが来るわけねぇだろぉ。由香ちゃんだってお前か直斗がいないと絶対断るってばぁ」

「だったら諦めろ!」

「優希ぃ~」

「だあああ! そでを離せ! 暑苦しいからくっつくな!」


 ぶんぶんと腕を振りほどいてシッシッと手を振る。

 だが、将太は諦めなかった。


「わかったわかった! じゃあ俺もがんばって女の子をひとり連れてくる! それならどうだ!」

「……ふーん」


 追っ払おうとした手を止める。

 それは興味深い話だった。


 こう見えて将太は女友だちが非常に少ない。

 その将太が連れてくる女の子という辺りに少しだけ興味を引かれた。


「本当に連れてくるのか?」

「男に二言はない……げほっ!」


 ドン、と胸を叩いて、将太は咳き込んだ。

 ならいいか、と俺はうなずいた。


「けど誘ってみるだけだぞ。来なくても責任は取らないからな」

「それで問題ない! 由香ちゃんと雪ちゃんは来るに決まってるしな!」

「決まっちゃいねーと思うが……まあいいや」

「よし、じゃあ頼んだぞ! さあ忙しくなってきた!」


 将太は嬉しそうに自分の席へ戻っていった。

 メモ帳を取り出したところをみると、これから綿密なスケジュールでも組み立てるのだろうか。

 そういうことに労を惜しまないところは、あいつの唯一褒められるところかもしれない。


「あれ? 行くことにしたんだ?」


 いまさらながら直斗が発言した。

 左手にはいつの間にか文庫本が握られている。途中から話を聞いていなかったらしい。


「まあ最初から断る気なかったけどな。たまにはいいだろ」


 俺がそう言うと直斗は苦笑して、


「意地悪だなあ。だったらすぐに行くって言ってあげればいいのに」

「バーカ。あいつにも苦労してもらわねーとつまらんだろ」

「そういう優希はなにも苦労しないじゃない。雪と由香に行くぞーって言うだけでしょ?」

「んなことねーよ」


 雪だけならそうかもしれないが、瑞希を誘うのは俺にとってかなりの負担だ。

 といっても、実際には雪から声をかけてもらうだけだが。


(しかし海か。久しぶりだなー)


 と。

 なんだかんだ言いながらも、俺の気持ちはすぐ間近に迫った夏休みへと飛んでいたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ