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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目6月「山茶花の伝説」


 俺たちが見崎へ帰ってきたのは、とっぷりと日が暮れた後、22時を少し過ぎたころだった。


「優希お兄ちゃん、雪お姉ちゃん! おかえりなさーい!」


 と、自宅にいたころと変わらず、まるで飼い犬のように勢いよく飛んでくる歩。


 そしてその後ろに少し遅れて、


「ふたりともご苦労様。……あれ? 優希、そんな指輪つけてたっけ?」


 相変わらずの目ざとさで、俺たちの小指にはまった"山茶花(さざんか)"の存在を指摘してくる直斗。


 瑞希はどこかに出かけているのか、あるいはもう寝たのか、姿を見せなかった。


「あー、ただいま。こっちは変わりなかったか?」


 放っておくと"山茶花(さざんか)”のことを変に勘繰られそうだったので、荷物を置き、靴を脱ぎながら逆にそう問いかける。


 直斗もそれ以上突っ込んでくることはなかった。


「大きな動きはなかったよ。向こうの偵察らしき隠密を楓が何人か捕まえたぐらいかな」

「楓が、ねえ」


 楓もこいつの中でこの会話を聞いているのだろうか。

 そういや、直斗がここにいることにもすっかり慣れてしまっていた。


「あ、優希さん、お荷物、私がお部屋まで持ってくねー」


 疲れているだろうと気を利かせたのか、歩が俺と雪の荷物を引きずるようにして持ち去っていく。


「おぅ、悪いな、歩」


 それを見送って、俺はすぐに直斗のほうへ向き直った。


「偵察がそれだけ来てるってことは、やっぱ向こうもこっちの動きはかなり気になってるってことか」

「そりゃあね。結局全国の悪魔狩りは大半が中立を決め込んで、戦力拮抗のまま当事者同士で白黒決めるだけの情勢になっちゃったから、お互い情報は少しでも欲しいんじゃない?」


 そういえば――、と、三月の里へ行く途中ではちあわせた史恩のことを思い出す。彼らもどうやら三月を仲間に引き込もうとしているようだった。


 ただ、そんな選挙演説期間もようやく終わって、今は投開票による直接対決を待つのみ。


 よし、と、俺は誰に言うでもなくつぶやき、後ろの雪を振り返る。


「俺はとりあえず伯父さんのとこに行ってくるわ。雪、お前は歩と部屋に戻ってゆっくりしてろ。あと、伯母さんがいたら無事に戻ったこと伝えといてくれ」

「うん、わかった。……あ、これ、呉丸さんから伯父ちゃんへのお土産。おせんべいだって」

「……そんなもんもらってたのか」


 俺はため息を吐きつつも、雪から菓子折りのような紙袋を受け取って、そのまま伯父さんのところへ報告へ向かうことにした。


「戻ったか、優希。ご苦労だったな」


 俺が部屋を訪ねると、伯父さんは自室でひとり、机に向かってなにか書いている途中のようだった。


「成果はこれだけだがな」


 後ろ手にふすまを閉め、さっそく呉丸からもらった土産を差し出すと、伯父さんはペンを置き、あいつもあいかわらずだな、なんてつぶやきつつ、こちらに向きなおった。


「ま、予想通りといえば予想通りだ。やはり呉丸も昔のように軽々しく動ける立場ではなくなったようだな」


 そう言って苦笑する。


 1週間ぶりに見る伯父さんの顔は無精ひげが生えていて、心なしか前回会ったときよりもやつれているように見えた。


 態度には出さないが、相変わらずの激務が続いているのだろう。


「悪いな、役に立てなくて」


 そんな俺の言葉に伯父さんはニヤリと笑って、


「ほぅ。珍しく殊勝なことを言うじゃないか」

「そりゃ神村さんの命がかかっているからな。真剣にもなるさ」

「心配しなくとも、お前には当日、馬車馬のように働いてもらうつもりだ」


 当日。

 その言葉に少しだけ身が引き締まる。


 それが具体的にいつのことなのかはまだ聞いていないが、おそらくそう遠い未来のことではないのだろう。


「それで、実際のところ勝算はどうなんだ? 直斗のやつは戦力拮抗だとか言ってたが……」

「ま、勝算がなければやらんさ」


 そう言いつつも、伯父さんは少し表情を引き締めた。


「ただ、正直なところお前たちの働き次第でもあるな。上級悪魔(ロードクラス)やそれに匹敵する者が複数混じる戦いは、そこでの優劣が全体の結果を大きく動かしてしまう。ひとりで多少の数の差はひっくり返してしまうからな」

上級悪魔(ロードクラス)の数、ねえ……」


 俺が知る限り、今のところその数には差があるはずだ。


 もちろん個々の強さの違いもあるとはいえ、向こうは俺が知っているだけでも御烏の史恩、水守の桐生、竜夜とその仲間である、純、晴夏、氷騎、紅葉。


 伯父さんがいう上級悪魔(ロードクラス)程度の実力の持ち主が最低でも7人、もちろんさらに増える可能性もある。


 それに比べ、こちらは俺と雪、そして楓の3人。伯父さんを戦力に数えたとしても4人か。


 単純に考えて1対2に近い戦いを強いられる気がする。


(せめてあと2、3人欲しいが……)


 ふと、唯依や亜矢たちの顔が頭をよぎったが、俺はすぐにその考えを追い払った。


 彼らの力は確かに魅力だが、そうすれば女皇の力が残っていることも公になってしまう。


 それに連絡を取ろうとして電話でもすれば盗聴される可能性があるし、使いを送ったところで察知されればやはり唯依たちの周囲に危険が及んでしまうだろう。


 彼らがせっかく手にした安息を、こちらの都合で奪ってしまうことはさすがにできなかった。


「……なあ、大丈夫なのか? そりゃ俺も全力は尽くすけど、さすがに2対1で勝ち切ることができるかどうかは」


 そんな不安を素直に伯父さんにぶつけると、


「いや、数に関しては向こうと同じぐらいそろえたから心配はない。ただ、戦闘経験が浅かったり、逆にブランクが長かったりする者が多いから、お前と雪、そして楓にはその辺のフォローも期待したいところだな」

「ああ、そうなのか」


 つまり、俺の知らない戦力がまだあるということだ。

 少しほっとする。


 ……もちろんこの時点ではまだ、その"戦闘経験が浅い"人物と"ブランクが長い"人物が、両方とも身近な人たちのことを指しているとは気づいていなかったのである。


「ところで……」


 そこで伯父さんがいったん話題を変えた。


「雪の様子はどうだった? 三月の里ではなにか変わったことはなかったか?」

「ん? いや別に……って、ああ」


 言われて、それは体調とかの話ではなく、例の記憶障害の話であると気づく。


「いや、特に変化はなかったな。ってか、普通にしてたらそのこと忘れちまうぐらい違和感ないんだよ、あいつ」

「呉丸はなにか言ってなかったか?」

「ん? いや別に……」


 そもそも雪の記憶のことについて、そんなに深く話した覚えはない。


 と、そこで俺は、右手の小指にある"山茶花(さざんか)"のことを思い出し、


「ああ。雪の話じゃねーけど、帰り際にこんなもんもらった。伯父さん、なんか知ってるか?」


 そう言って右手を顔の前あたりにかざして見せる。

 伯父さんは眉間にしわを寄せてまじまじとそれを見つめた。


「それはまさか、"山茶花(さざんか)"……か?」


 すぐにその単語が出てくる。


 伯父さんが知っているということは、とりあえずおかしなものではないのだろう。


 ひとまず安心した。


「なんかよくわかんねーけど持ってけって。つーか、はずしたくてもはずせなくなっちまったんだけどな」


 伯父さんは腕を組んで深くうなずく。


「なるほど。……私も詳しくは知らんが、その"山茶花(さざんか)"は三月の悪魔狩りに昔から伝わる魔装(まそう)の一種で、御門の"(きらめき)"や御烏の"羽撃(はばたき)"に相当するものらしい」

「は?」


 俺は驚いて、


「これ、そんなたいそうなもんなのか?」

「"(きらめき)"と同じように所有者を選ぶというから、外せないというのは、おそらくお前と雪が所有者として認められたということだろうな」

「へえ……」


 そう言われると、呪いの装備のようだった指輪が、急に価値のあるもののように思えてくる。


「ただ、それがどんな力を持っているのかは私にもわからん。三月の里に伝わる逸話のようなものは聞いたことはあるがな」

「どんな逸話なんだ?」


 俺が興味を覚えてそう尋ねると、伯父さんはひとつうなずいて、


「遠い昔、大きな戦いの最中に"山茶花(さざんか)"を身に着けた男女の片方が命を落とし、遺されたほうが悲しみに暮れていると、"山茶花(さざんか)"が急に光を放ち、彼に不思議な力を与えて戦いを終わらせた……と、まあ簡単にいえばそういう話だ」

「……遺されたほうに不思議な力、ねえ」


 伝説としてはありきたりなのかもしれないが、自分たちに置き換えて考えてみると、残念ながらあまりいい話ではなかった。


 伯父さんが俺のなんともいえない表情に気づいて笑う。


「まあ、とらえようによってはあまりよくない話に聞こえるが、あくまで伝説だ。三月の里ではそれを模したものを結婚指輪の代わりに使うらしいし、基本的には縁起物だろう」

「そりゃそうだろ。本物の呪いの指輪だったら今からでもあいつの後頭部をブン殴りに行くわ」


 伝説はあくまで伝説。


 それに、身に着けた直後の雪の態度とあの不思議な感覚からして、少なくとも悪いもののようには思えなかった。


「さて、と」


 伯父さんが視線を横に滑らせる。

 その先には壁掛けのカレンダーがあった。


「優希。あさってには御門にもぐりこんでいる偵察部隊が全員戻ってくる予定だ。3日後ぐらいにはこちらの作戦もおおむね固まるだろう」

「……ああ。わかった」


 いよいよ……ということか。


 史恩や桐生の襲撃を受け、俺たちが御門町を脱出してからちょうど1ヵ月。


 ……なんだかものすごく遠くなってしまったような気がするが、あの日常を離れてまだ1ヵ月しか経っていないのだ。


 由香は元気にしているだろうか。

 結局、ここに来た直後に電話して以来、連絡を取ることもできずにいる。


 俺だけでなく直斗も一緒に学校を休み続けているのだ。

 いくらにぶいあいつでも、俺がついた嘘の事情を疑い始めているかもしれない。


 将太や相原は。

 唯依とあの3姉妹もどうしているだろう。


 それに神村さんは本当に無事なのか。


 考え始めるとキリがない。


 直斗の正体とか、崩壊した自宅とか、完全に元通りというわけにはいかないかもしれないが、それでもやっぱり、俺の帰るべき場所はあの日常の世界なのだ。


 そのためにも――


「明日とあさっては自由にするといい。体を休めるもよし、ふもとの町ぐらいなら気晴らしに出かけても構わんからな」

「ん? あー……そうだな」


 だからこそ、まずは目の前の戦いに集中しなければならない。


 俺たちが全員そろってあの日常の中に生還するために。


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