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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目5月「協力要請」


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 優希たちが姿を消してから約3週間。


 香月唯依は不穏な気配をずっと感じていた。


 彼らの日常は表向きいつもと変わらない時間が流れていたが、実のところ周囲で起きる異変はまたその数を増やしているようだった。


 優希たちが生きているらしいことは唯依も聞かされていたが、それ以降の接触はなく、彼らが現在どうしているのか、この町がどういう状況に置かれているのか。


 唯依にはそれを知るすべがなかった。


 知らないところでうごめく”なにか”の正体はいったいなんなのか。この半月あまり、唯依の心をとらえ続けているのはそんな不安である。


 と。


「……さん。香月さん」

「え? あ……」


 教室の窓からどんよりと曇った空を見つめていた唯依は、ようやく自分が呼びかけられていることに気づいた。


「あ、委員長。ごめん、なに?」


 その声の主が隣の席のクラスメートであることを確認し、唯依は考え事を中止して彼女のほうへ向き直る。


 くすくすと笑って、女生徒は隣の席に腰を下ろしながら、


「いえ、なんにも。深刻そうな顔をしていたので、ちょっと気になって声をかけさせていただいただけですわ」


 と、言った。


 肩口まで伸びたウェーブの髪、首にはチョーカーのようなものをつけている。お嬢様然としているが、似た雰囲気の舞以とは違って和よりも洋の印象が強い。


 クラス委員長でもある彼女とは、席が隣というだけで特に親しいというわけでもなかった。


「? ……なにか?」


 視線が合う。

 唯依はそこで彼女をじっと見つめていたことに気づき、慌てて目をそらした。


「ご、ごめん。ぼーっとしてて」


 我に返って時計を見ると12時40分。

 机の上に出した弁当箱はまったくの手つかずで、隣の彼女もそれを見て不審に思ったのだろう。


(ああ、ダメだダメだ。しっかりしないと)


 首を振って弁当箱を開ける。

 そんな唯依の様子が興味を引いたのか、


「ところで香月さんは、いつまで私を委員長呼ばわりなさるんです? クラスメートになってもう1ヵ月半にもなるのですが」

「あ、ご、ごめん。え、ええっと……」


 特に怒っているという口調でもなかったが、唯依はさらに慌てて、必死に彼女の名前を思い出そうとする。


「は……花見さん、だよね。花見華恵さん」

「はい。はじめまして、香月唯依さん」


 冗談っぽくそう言って、委員長――華恵はにっこりと微笑んでみせた。





 その日の夜。


「ああ、華恵ちゃんなら去年同じクラスだったよ。なになに、どうしたの? 唯依くん、まさか好きになっちゃったの? だったらおねーさんが相談に乗ってあげよっか?」


 バリッ、と、お菓子の袋を破る音がする。


「ちょっと真柚、今ご飯食べたばっかじゃないの」


 真柚にチクリと一言やってから、亜矢は電話台の上に置いてあったマンガを手に取ると窓の下あたりに腰を下ろして、


「でも花見さんって確か、かなりいいとこのお嬢さんじゃなかった? 唯依にはさすがに高嶺の花じゃない?」

「ふふ、そうですよ、唯依さん。お嬢様っぽいのがよろしいのでしたら、私がいくらでもお相手して差し上げますのに」


 夕食の食器を片付けていた舞以がからかうように続けた。


「だからそういう話じゃないんだってば、もう……」


 余計なこと話さなければよかった、と、唯依はため息をつく。


 時刻は20時。

 夕食とその片付けも終え、ちょうとみんな手持ちぶさたになったタイミングだった。


「ごめんごめん。で、華恵ちゃんがどうかした?」


 と、真柚がテレビのリモコンに手を伸ばしながら尋ねる。

 それで唯依もちょっと気を取り直して、


「ああ、うん。その、昼休みが終わるまでちょっと話をしたんだけどさ。そのうち例の失踪事件の話になって……」


 失踪事件という単語に、3人がそれぞれに反応を見せる。

 唯依は続けた。


「4月中にいったん収まった失踪者数が、5月に入ってからまた急増してるんだって。ウチの学校にもその疑いがある生徒が何人かいるらしくて」

「ずいぶん色気のない話してるのねえ」


 亜矢は冗談めかしてそう言ったが、すぐに表情を改める。


「5月に入ってからってことは、ちょうど優希先輩が姿を消した時期と重なるってことか……」


 唯依が真面目な顔でうなずくと、亜矢は納得顔をして、


「なるほどね。それが気になって、また帰ってからずっとふさぎ込んでたわけだ」

「え? ……そんなにふさぎ込んで見えた?」


 意外そうな顔の唯依に、亜矢は笑いながら、


「そんなのバレバレに決まってるじゃない。真柚ですら気づいてたんだから、ねえ?」

「私ですら、って言い方はなんか気になるけど……」


 真柚は少しだけ口をとがらせたが、すぐに心配そうに唯依のほうに視線を向ける。


「ほら、唯依くん、優希先輩たちがいなくなってからぼーっとしたり、事件のニュースを食い入るように見てることが多かったじゃない。だから……うん、なにか悩んでるんだろうなってのはね」

「そ、そうか……」


 もともと唯依は隠し事の苦手な性格だ。

 気づかれたのはむしろ当然だろう。


「それで、唯依さんはどうなさりたいのです?」


 そう言ったのは舞以だった。


「それは……」


 唯依は言葉に詰まる。


 言うまでもなく唯依が悩んでいるのは、今が明らかに異常な状況であるということに気づいていながら、ただ傍観しているだけでいいのか、ということだ。


 ただ厳密にいうと、本当に唯依を悩ませているのは、やるべきかやらざるべきか、という単純な問題ではない。


 本当の悩みは、この3人を再び戦いに巻き込んでいいのだろうか、ということのほうだ。


 彼女たちの性格を思えば、唯依がなにかしようとすれば間違いなく手を貸そうとするだろう。それはつまり、彼女たちの中に残る女皇の力を再び借りるということにもなるだろう。


 女皇の力と意識の一部が残っていることは、唯依が信頼するほんのひと握りの人間しか知らない。それが知れれば、再び彼女たちの命に危険がさらされる可能性が高いからである。


 もちろん唯依はそのことをずっと隠し通すつもりでいた。

 そのためには2度と力を使わないことが一番であることは言うまでもない。


 しかし――


 3人は黙って唯依の言葉を待っている。

 おそらく彼女たちは唯依がなにを望んでなにを悩んでいるのかもだいたい察しているのだろう。


 その上で、唯依の言葉を待っているのだ。


「……」


 それでもしばし悩んで。


「僕は、できれば――」


 と、そうやく決意を固めて口を開こうとした、そのときだった。


 ……ピンポーン。


 鳴り響いたインターホンの音に全員が壁時計を見る。


 20時10分。

 来客にしては珍しい時間だ。


「宅配かなあ? 誰かなにか頼んでた?」


 最初に立ち上がったのは真柚だった。

 返事も待たずに玄関へと向かっていく。


「はーい」

「……」


 タイミングがいいのか悪いのか。

 ひとまず緊張の糸が切れて、唯依はホッと息を吐いた。


 が、その直後、奇妙な感覚に襲われる。


「……えっ?」


 耳がキーンと鳴った。

 まるで周囲の空気が止まったような錯覚。


「これは……」

「なによ、これ……?」


 舞以も亜矢も同じ異常を感じたようだった。


 険しい顔で舞以が立ち上がる。


「これは夜魔の結界――!」

「あなたは……!」


 玄関からは警戒心むき出しの真柚の声が聞こえてきた。

 そしてそれと重なるように、


「その反応、やっぱり少なくとも記憶は残しているか」


 聞こえてきたのは青年の声。

 唯依にも聞き覚えのあるものだった。


「……」


 玄関に向かおうとした舞以を手で制し、唯依は玄関へと足を向ける。


 そして――


「よっ、久しぶりだな、唯依くん」

「……青刃さん。いえ……」


 玄関にいた青年は唯依が想像していたとおりの人物だった。

 青刃と呼ばれていたその男の本当の名を唯依は知らない。


「竜夜だよ。俺の本当の名前だ」

「竜夜さん、ですか……」


 暮れの戦いで味方だったはずの彼が、実は女皇たちと通じていて、最後に双方を裏切ったという話は聞いていた。


 直接会うのはそれ以来のこと。

 どう対応していいのか、とっさにはわからなかった。


 ただ、そんな唯依の戸惑いをよそに竜夜は話を進める。


「ああ、先に誤解を解いておきたい。念のため結界は張らせてもらったけど、ケンカをしに来たわけじゃないんだ。だから唯依くん。君には彼女たちが暴発しないように手綱を握ってて欲しい。……中に入れてもらってもいいかい?」

「……」


 隣の真柚を見ると、その顔は明らかな嫌悪感と不信感でいっぱいになっていた。


 本来の真柚と竜夜の間に接点はないはずで、この表情だけでも彼女の中に女皇の記憶が残っていることには気づかれたに違いない。


 であれば、まずは向こうがなにを考えて訪ねてきたのかを確かめなければならない。


「どうぞ……竜夜さん」


 そう考え、唯依は彼を中に通すことにしたのだった。




「……どうぞ」

「どうも。君がそうやって給仕をしている姿はどうにも新鮮に見えるな、アイラ」


 そんな竜夜の言葉に、インスタントコーヒーを淹れて持ってきた亜矢が困惑の表情を浮かべる。


 真柚と舞以の2人は唯依をはさむようにして竜夜と同じテーブルを囲み、油断なく竜夜のことをじっと見つめていた。


 竜夜は亜矢から舞以、真柚と視線を移動させ、最後に唯依のところで動きを止める。


「まず最初に言っておいたほうがいいか。俺は君たちの中の女皇たちが完全に消えていないことを知ってる。その辺のまどろっこしい探り合いは無しでいこう」


 カマをかけられているのかもしれない、とは思ったが、ここまでの態度を見る限り、少なくとも確信に近いものは得ているのだろう。


 ただ、それでも少し慎重にいこうと、すぐに返事をしないでいると、竜夜のほうから言葉を続けた。


「もうひとつ、俺は君たちと敵対するつもりはない。君らがいつかのように暴走してこの町を占拠したりしようとしない限りはね」

「唯依さん」


 口を開いたのは舞以だった。


「この方はメリエルやミレーユだったころの私たちを直接知っています。おそらく誤魔化すことはできないでしょう」

「……うん、わかった」


 その言葉で吹っ切れた唯依は、ようやく竜夜に対して質問を向けた。


「それで竜夜さん。僕たちになんの用ですか? 僕たちにはもうこの町に悪さをする気なんてないですよ」

「それはわかってる。今回、君らにはぜひ協力をお願いしたいと思っててね」

「協力?」


 それに真っ先に反応したのは唯依ではなく隣の真柚だった。


「よくもそんなことを言い出せるね。利用するだけ利用したくせに、まだなにかさせようっていうんだ」

「まあまあ、ミレーユ。そう邪険にしないでくれ」

「……」


 ピリッと空気が張りつめる。


「……私はもうミレーユじゃない。間違ったりしないほうがいいよ」

「ああ、そうだったな」


 竜夜は動じない。

 先ほど亜矢のことをアイラと呼んだところを見ても、わざとそう言って反応を確かめているのだろう。


(……真柚、ずいぶんイライラとしてるみたいだ)


 こういう彼女を見るのは珍しい。


 ただ、真柚のように口には出さないものの、舞以も険しい表情を崩さないままだ。


 それだけこの竜夜を警戒しているのだろう。


 そんな中、亜矢はひとりだけ、みんなから離れた食卓の椅子に座って黙っていた。


 彼女だけは他の2人と違い、母である女皇と記憶を共有していない。口を挟もうとしないのはそのためだろうか。


「ああ、そうそう、本題に入る前にひとつ」


 そんな張りつめた空気の中でも、竜夜の口調に変化はない。


「あの戦いで姿を消したクロウの居場所を知っていたら、教えてもらいたいんだが」

「ッ……そんなの私たちが知るわけ――!」

「真柚さん」


 真柚が少し腰を浮かせたのを、舞以が静かに押しとどめた。

 そのまま、まっすぐに竜夜を見据える。


「探り合いはなしと言っておきながら、そうやって私たちを試そうとするのですね。そんな態度では私たちも心を開いてお話することはできません」


 その声は落ち着いていたが、口調には強い非難の調子が含まれていた。


 竜夜は少し肩をすくめて、


「わかったよ、じゃあ本当の本題に入ろうか。……3月ぐらいからこの辺を騒がせている失踪事件のことは君らも知っているだろ?」

「はい」


 と、唯依はうなずく。

 知っているどころか、つい先ほどまで話題にしていたことだ。


 少し気になって隣の真柚を見ると、不満そうな顔をしてはいたものの一応は落ち着いた様子だった。


 再び竜夜の言葉に集中する。


「実はその事件については悪魔狩りのほうでもほとんど調査が進んでいない。というのも、今はそっちに手を回す余裕がない状況でね」


 そこでようやく、竜夜の口調が真剣味を帯びた。


「俺はこの件に、クロウのやつが絡んでる可能性があると考えている」

「!」


 亜矢をのぞく3人がそれぞれの反応を見せる。


「どういうこと? なにか証拠でもあるの?」


 一番最初に口を開いたのはやはり真柚だった。

 ただし、先ほどのような怒りの調子は消え、まるで探るような声色に変わっている。


「はっきりとした証拠はないが、君らにはなにか心当たりがあるんじゃないか? いや、君らのお母さんたちには、と言うべきか」

「……」


 黙り込んだ真柚に代わって、舞以が問いかけた。


「仮にそうだったとして、私たちになにをさせようというのですか?」


 竜夜はコーヒーを一口飲む。

 そしてまっすぐに唯依を見つめた。


「君らにはこの町を守ってもらいたいんだ」

「町を……守る?」

「そう」


 カチャ、と、コーヒーカップを置く。


「悪魔狩りのゴタゴタが落ち着いて、そっちの対策に本腰を入れられるようになるまで、できる範囲で構わないから連中の行動を邪魔してもらいたいんだ。連中がなにを企んでいるかはつかめてないが、少し嫌な予感がしていてね」

「……」


 それは唯依にとっては少し意外な申し出であり。

 そしておそらく、断る理由を探すのが困難な申し出でもあった。


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