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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目5月「山賊退治」


「君たちもそろそろ退屈してきたところだろう? ちょっとした山賊退治のアルバイトを頼まれてはくれないか?」


 俺と雪はそれぞれに顔を見合わせた。


 三月の里に来て3日目。

 俺たちの奇妙な”アルバイト”はこうして始まった。




 三月の里があるこの辺りの地域はお世辞にも人が住みやすい土地とは言いがたい。


 山間にぽつぽつと小さな温泉街が点在しているものの、そこを少し離れれば車通りも少ない山道ばかり。

 週末をのぞけば人通りも車通りもほとんどない。


「で、結局のところ俺たちはなにをすればいいんすか?」


 三月の里を出てふもとまで下り、そこから車で30分ほど移動。

 昼過ぎになって俺たちがたどり着いたのは山道の途中にある小さな駐車場だった。


 俺たちはその駐車場から山中に少し入ったところ、木々の陰にシートを敷き、双眼鏡を片手にかわるがわる駐車場の様子をうかがっている。


「最近、この駐車場で休む観光客を襲っては、金品を脅し取っている悪魔の集団がいるのです」


 俺の疑問に答えてくれたのは三月の悪魔狩りである蓮人はすとさん――那由さんの旦那さんだ。


「金品を脅し取る? 不良のクソガキみてーな連中ですね」

「ええ。当初は普通の強盗事件として捜査されていたのですが、どうやら犯人が悪魔の集団らしいということで、私たちが早急に対処することになったのです」

「なるほど。山賊ってのはその連中のことですか」


 要するに、本来の悪魔狩りの仕事を振られたというわけだ。


 もちろん、俺だってそういう連中のことは放っておけないし、その手伝いをすること自体に不満はなかった。


 ただ。


「ホンマしょーもない連中やなぁ。早いとこ俺らでいてこましたらんと」


 その場にいたのは俺と蓮人さんだけではない。


 双眼鏡をのぞいている俺たちの後ろには、長身にメガネ、どこか間の抜けた雰囲気を漂わせ、のんきに水筒からお茶なんか飲んでいる関西弁の男がいる。


 晴夏先輩の仲間、吉川純だった。


「……なんでお前みたいなエセ関西人と組まされなきゃならねーんだ」


 関西弁、とは言ったが、俺でさえイントネーションが不自然とわかる。

 本人いわく、女の子にモテるためのエセ関西弁らしい。


「まあまあ堅いことはいいっこなしやで。晴夏と組むよりはよっぽどマシやろ?」

「まあ、そりゃな」


 先日の口論のあと、晴夏先輩とは何度か顔を合わせたが一言も口をきいていない。


 俺としてはそこまで意識してないのだが、竜夜のことを悪く言われたのがよほど気に障ったようだ。


 そんな晴夏先輩は雪や那由さんとチームを組み、俺たちとは別の場所の監視を行っている。


「晴夏のやつは竜夜のこととなると目の色変わるからな。ま、うちのメンバーはみんな似たようなもんやけど」


 純はそう言いながらお茶を飲み干し、シートの上にごろりと転がった。


「優希くん。そろそろ代わろう」


 蓮人さんがそう申し出てくれたので、俺は素直に双眼鏡を渡し、少し後ろに下がって純の隣に並んだ。


 純がチラッとこっちを見て続ける。


「しっかし残念やなあ。お前さんとはいつか一緒に戦えると思っとったんやけど」

「悪いけど、絶対にねーよ。俺は――」


 言いかけた俺の言葉を笑ってさえぎって、


「光刃の嬢ちゃんを信じとるんやろ? 晴夏から聞いとる。ま、俺はしつこく誘ったりはせぇへんよ。竜夜が絶対に正しいとも思っとらんしな」

「そうなのか?」


 そんな純の言葉は少し意外だった。


「お前らってみんなあいつのことを神様みたいに崇拝してんのかと思ってたよ」

「ま、年少組はな」


 年少組、か。


 俺の知る限り、竜夜の仲間は純と晴夏先輩の他に、氷騎と紅葉と呼ばれていた2人がいるが、どちらも明らかに純よりは年下に見えた。


 つまり少なくとも晴夏先輩を含めて、あの3人は竜夜に絶対的な信頼を寄せているグループということだろう。


 だとすると……竜夜が考えを変えでもしない限り、やはり俺たちが手を結ぶことは難しいのかもしれない。


 それ以上は特に会話もなく。

 時間は淡々と過ぎ、日がかたむき、やがて西の空がオレンジ色に染まる。


「なあ蓮人さん。本当にここに現れるんですか?」


 さすがに時間を持て余しはじめて、思わず愚痴を口にしてしまった。

 が、蓮人さんは特に嫌な顔もせずに、


「毎日この場所に現れるというわけではないようですので、なんとも言えません。那由たちのほうかここか、いずれかに出てきてくれればいいのですが。ただ、いずれにしても注意が必要なのはこれからの時間です」

「ま、そりゃそうか」


 今日は金曜日。

 これから温泉街に向かう観光客が増え始めるころだ。


「敵さんも、どうせ現れるならこっちのほうがええやろな」


 純が笑いながら言った。


「間違うて晴夏んとこに出てもーたら確実に半殺しやわ。アイツ、そういう自分勝手な悪魔は御門の連中より嫌っとるからな」

「あー……そういや雪のやつもそういうとこあるかも」

「なんや。意外と気ぃ合いそうやないか」


 どうだろうか。

 雪と晴夏先輩が向こうでどんな会話をしているのか、正直想像できない。


 そうこうしながら、さらに1時間半ほど経った。


「おふたりとも、どうやら来たようですよ」


 蓮人さんが声をひそめた。


 その言葉に視線を駐車場に向けてみたが、もちろん遠すぎて人影のようなものは見えない。

 ただ、遠くにかすかなエンジン音が聞こえていた。


「優希、見てみい」


 そう言って純が双眼鏡をこちらに差し出してくる。

 のぞいてみると、駐車場にはいつの間にか1台の車が入っていて、どうやらエンジンをかけたまま停まっているようだ。


「準備はいいですか、おふたりとも」


 蓮人さんが音ひとつなく立ち上がった。

 その両手にはすでに2本の刀が握られている。


 ふもとのほうから聞こえてきたエンジン音が徐々に駐車場に近づいていた。


 音はどうやら2台分。

 ヘッドライトの動きを見ると、片方の車がもう1台の車をあおるようにしながら駐車場に近づいているようだ。


(……なるほど、こりゃホント悪魔っつーよりタチの悪い暴走族だな)


 駐車場にいた車が動き出し、ただでさえ狭い道路をふさぐように止まると、ヘッドライトを点灯させた。


 追い立てられていたワゴン車がそれに気づき、急ブレーキを踏んでやむなく駐車場へと入っていく。


 俺たち3人は動き出した。


「私があのワゴン車を逃がします。優希さんと純さんは悪魔のほうを頼みます」

「了解です」


 肉眼で人影をとらえられる距離まで近づいてきた。


 ワゴン車をあおっていたスポーツカーから1人。

 道をふさいでいた車から3人。


「相手は4人やな。優希、ビビっとらんか?」

「冗談だろ。10人でも問題ねえっつーの」

「そりゃ頼もしい。ま、炎使い同士、なかようやろうや」


 そうして俺たちは蓮人さんを先頭に、現場へ飛び出していった。




-----




 そのころ、優希たちのいる駐車場から数キロ離れた、やはり山中にある駐車場の中。


 そこに雪と晴夏の姿があった。


 そしてそんな彼女たちと対峙する影が5つ。


「……なんだ? てめえら」


 いぶかしげに彼女たちをにらんでいたのは、彼女たちに比べて体格もよく、年齢も10歳は上であろう男たち。


 全員がその体から魔力を発していた。


「今日は天気が悪いわね」


 そうつぶやいたのは晴夏だ。


 頭上は満点の星空。

 視界の端には、那由の誘導で駐車場から逃げていくワゴン車が見える。


 晴夏は男たちの詰問にはなんの反応もせず、隣の雪をチラッと見て、


「せっかくだし、あなたの力を見せてもらうわ」

「うん」


 雪は男たちを見つめたままで答えた。


「私、手加減するの苦手だから」


 静かに、しかしそこにははっきりとした怒りが見える。


「……」


 5人の男たちはそんな彼女たちの反応を見て、いっそう警戒心をあらわにした。


 男たちは全員が悪魔の端くれであり、だからこそ感じていたのだ。


 2人の少女がそれぞれに内包する強い魔力の波動を。


 やがて、その中のひとりが緊張に耐えかねたようにその力を解放して姿を変えた。髪が燃えるように真っ赤に染まり、全身から発する魔力が強さを増す。


 連鎖するように全員が、それぞれの力を発揮するのに適した姿へと形を変えた。


 炎魔が2人、地魔が1人、氷魔が1人、風魔が1人。


 そんな彼らの動きを目を細めて見つめていた晴夏がぽつりとつぶやいた。


「雪。あなたもこいつらにはずいぶんと怒っているようだけど……御門のやってきたことはこいつらと一緒よ」


 いまいましそうにそうつぶやき、そして吐き捨てるように続ける。


「なんの罪もない、平和に暮らしていただけの者たちを追い詰め、取り囲み、そして力任せに容赦なく殺していった。……あなたも優希くんも、そんな連中の手伝いをしようとしているのよ。どうしてそれがわからないの?」

「わかってるよ」


 雪はすぐにそう答えた。

 チラッと晴夏を見る目が少しだけ悲しみの色を帯びる。


「私もユウちゃんもわかってる。わかってて、それでもユウちゃんは沙夜ちゃんを信じることにした。だから私もそうする。ただそれだけのことだよ」

「……ふぅ」


 晴夏は信じられないという様子で首を振った。


「あなたたち2人と分かり合うのは永遠に不可能みたいね。よくわかったわ……でも」


 悪魔たちがじりじりと2人との間合いを詰めてくる。

 それを冷たい視線で射抜きながら、晴夏の口元にはうっすらと笑みが浮かんだ。


「こういうクズどもは絶対に許せない。とりあえず、その点に関しては考えが一致すると思っていいんでしょ?」

「うん」


 直後、2人を取り囲んだ男たちの表情が凍り付いた。


 風が吹く。

 5月とは思えないほどに冷たい、氷の風。


「絶対に許さない」


 ゆっくりと開いた瞳は冷たく凍てつき、風におどった銀髪は月の光を受けて、まるで絹糸のようにしなやかに輝く。


 雪から放たれる圧倒的な魔力の渦に、その場の誰もが息を呑んでいた。


 対峙する男たちはもちろん、隣にいた晴夏もまた。


「……臥竜、か」


 いつか竜夜から聞いたその言葉を口の中で反芻し、晴夏は大きく深呼吸した。


 そして晴夏の姿もまた悪魔のそれへと変化する。

 やはり尋常ではない魔力を伴って。


 もはや力の差は誰の目にも明らかであり。

 勝負の行方は、戦う前から決していた。




-----




「なあ、優希。いま気づいたんやけど、あの追われてたワゴン車、最初からただの囮やったんとちゃうか?」

「かもな。……いや、たぶんそうだろうな」


 戦いを終えた後、俺と純は駐車場のすみで土の上に腰を下ろしていた。


 叩きのめした悪魔たちはすでに三月の悪魔狩りによって連れていかれており、すぐに迎えが来るからそれまで待機しているようにと蓮人さんに言われたのがほんの数分前。


 なにもかもあまりに手際よく進められていて、追い立てられていたワゴン車がすんなりこの駐車場に入ってきたことや、スムーズに逃げ出したことも含めて、全部三月の仕掛けだったんじゃないかと思える。


 さすがにあの悪魔たちまで仕込みだったということはないと思うが。


「ま、どっちでもえーけど……なんや、疲れたんか?」

「あー……まあ手加減するのにな」


 相手は全員がおそらく下級悪魔だった。

 手加減に苦労したというのは嘘だが、全力で戦わなければならない相手だったわけでもない。


 ふぅ、と息を吐いて晴れ渡った夜空を見上げた。

 一瞬の静寂が辺りを支配する。


 その静寂を破ったのは純のほうだった。


「しかしまぁ、お前が肉弾戦好きとは知らんかった。まるでウチの紅葉を見とるようやったわ」

「紅葉? ……ああ、あの一番ちっこい生意気なクソガキか」


 彼らのアジトに連れていかれたときのことを思い出しながらそう返す。


「せやな。……さっきの話の続きやけど、紅葉なんかはホンマに竜夜のことを信奉しとってなあ。でも、それもしゃあないんや。年少組にとってのは竜夜は、親代わり、兄代わり、加えて命の恩人やからな」

「例の、虐殺とかいうやつか?」


 その件に関しては俺だってそれなりの思いがある。


 記憶にないとはいえ、おそらくは俺の両親の命が奪われ、どうやら純たちの身内もそこで命を落としたらしいのだから。


「優希、お前は記憶ないんやろ?」

「ああ。2歳になるかならないかぐらいの話だし」

「そうか」


 うなずいて、純は俺と同じように夜空に視線を向ける。


「ウチの年少組も同じや。晴夏も幸い、家族が殺された場所には居合わせなかったらしい」

「……お前は?」


 俺はそうたずねたが、答えはなんとなくわかっていた。


「俺は目の前でモロに、な。親のほかに姉貴と妹も」

「……」


 いつもの口調で、いや、いつもよりも淡々と話す純の言葉の中に、俺は今までこいつが見せたことのない負の感情を見つけた気がした。


 ただ、それでも純は言葉を荒らげることもなく、


「……わかっとるんや。今の光刃が昔と全然ちゃうことも、協力できるかもしれんことも、俺はわかっとる。たぶん竜夜も知っとる。知らんのは年少組だけや。……けど」


 そこで言葉を切り、静かにうつむいた。


 沈黙。

 言葉をためらっているのか、なにか考えているのか。


 やがて視線を正面に戻し、ゆっくりと立ち上がってポンポンとズボンの土を払うと、


「……ホンマに残念や」


 ただ、それだけを言った。


 エンジン音とともにヘッドライトの明かりが近づいてくる。

 おそらくは迎えが来たのだろう。


 俺も立ち上がって土を払った。


 ……こうしてこいつらと協力して戦うのはこれが最後になるかもしれない。


 ふとそんなことを考えて。

 俺はなんともいえない、やりきれない気持ちがこみ上げてくるのを感じていた。




-----




「……兄様」


 その日の深夜。

 任務を終えた蓮人と那由はそろって呉丸の部屋を訪れていた。


「2人ともお疲れさん。で、どうだった?」


 すでに寝巻に着替えていた呉丸は軽い口調で、かしこまった2人にそう問いかける。


 答えたのは蓮人のほうだった。


「呉丸様のお考えどおり、やはり"山茶花(さざんか)”に反応がありました。那由のほうも同じです。おそらくはあの2人の力に反応していると見て間違いないかと」


 そう言いながら、蓮人と那由の2人がそれぞれ指輪のようなものを呉丸に差し出す。


 呉丸はそれを受け取り、ふぅむ、と腕を組む。


「雅司さんから話を聞いてもしやとは思ったけど……となると、あの子の症状はやはり単なる記憶喪失ではなさそうだね」

「兄様、どうなさるおつもりですか?」


 そう問いかける那由に、呉丸はふふっと笑って答えた。


「どうもこうも、ま、その辺は粛々とやるさ。我が三月の “しきたり”どおりにね」


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