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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目5月「問答」


 晴夏先輩、と、つぶやくように彼女の名を口にすると、晴夏先輩は少し笑った。


「もう先輩でもないでしょう? そのほうが呼びやすいなら構わないけども」


 竜夜の仲間、綾小路晴夏。

 こうして会うのは、確か雨の日に口論になってコテンパンに叩きのめされて以来だ。


「晴夏? この人があの晴夏さん?」


 雪がそう言いながら晴夏先輩を見つめる。

 彼女についての話をしたことはあるが、そういえばこうして直接会うのは初めてだったか。


 晴夏先輩はチラッと雪を見ただけだった。


 那由さんが尋ねる。


「連れの男の子はどうしたの?」

「あいつは疲れたって寝転がってます。あなたのお兄さんの毒気に当てられたみたいで」

「それは災難」


 と、那由さんは笑った。


 連れの男の子というのは、もしかすると純のことだろうか。

 この反応を見る限り、那由さんは晴夏先輩たちの素性も知っているのだろう。


 そういえば――と。

 今朝の呉丸とのやり取りを思い出す。


 この後、人と会う約束がある、というようなことを言っていた。

 その相手というのが晴夏先輩たちだったのかもしれない。


 目的は……おそらくこっちと同じか。


 那由さんはそんな俺と晴夏先輩を交互に見て言った。


「わかってると思うけどケンカはご法度。ここにいる間は仲良くやってもらうから」

「もちろん」


 晴夏先輩は事もなげにそう言って、笑みを浮かべた。


「ケンカする理由もないはずだわ。だって優希くんと私たちは同志なんだから」

「……同志? なんの話だ?」

「那由さんから聞いたんでしょう? 御門の連中がやってきた悪行の数々を」


 なるほど。

 どうやら那由さんとの会話は少し前から聞かれていたらしい。


 晴夏先輩は俺の反応を確かめるような目で言葉を続ける。


「あなたのご両親もその犠牲者のはずよ。その命令を出したのは御門の光刃、神村の家のもの。直接手を下したのは御門の両翼と呼ばれた、神薙と神崎の家の人間」

「……神崎だって?」


 そうかもしれない、ということはぼんやり感じていたが。

 歩もやはり、御門の重要なポストに連なる一族だったのか。


 ……本人はどこまで知っているのだろう。


 おそらく詳しいことは知らないはずだ。

 親の世代の話とはいえ、俺たちと肉親同士が殺しあったと知ればきっと大きなショックを受けるに違いない。


「わかるでしょう、優希くん」


 晴夏先輩は口元に浮かべていた笑みを消し、表情を引き締めて強い口調になった。


「神村も神薙も神崎もあなたの敵よ。やつらに協力する理由なんてひとつもない。ここでこうして会えたのもなにかの縁。私たちと一緒に戦いましょう」


 どうやら晴夏先輩は本気で俺を仲間に引き込もうとしているらしい。

 そしてその口調は、俺が心変わりすることをまったく疑っていないようでもあった。


「……」


 確かに。

 もし神村さんと出会う前にそれらの過去のできごとに触れていたなら、俺は晴夏先輩たちと手を組むことになっていたかもしれない、とは思う。


 だが、俺はその事実を知る前に、神村さんがなにを考え、なにをなそうとしているかを知ることができた。


 俺は言った。


「晴夏先輩には悪いけど、俺はあんたらの仲間にはならない」

「なぜ?」


 怪訝そうな晴夏先輩。

 俺は答える。


「そりゃ俺だってその話はショックだったし、ひでえことしやがってとも思う。けど、それはあくまで親の世代の話だろ。俺は神村さんを信じてるから、神村さんを裏切るようなことはしない」


 すると晴夏先輩はあからさまに不快そうな顔をして、


「まだそんなこと言ってるの? あの娘はただの影法師だって言ってるじゃない。あんな娘に御門を変える力なんてないわ」


 そういえば――と、神村さんとは口論したまま別れていたことを思い出す。


 確かにあのとき、掟をやぶってこちらの世界にやってきた悪魔の子供への対応について、神村さんとはまったく意見が合わなかった。

 その処置に失望したのは確かだし、今でも納得できたわけじゃない。


 だけど――


「晴夏先輩。なんど言われても俺はあんたらの仲間にはならない」


 そう。

 あんな風にケンカ別れしたままだというのに、俺は今の今までそのことを忘れてまずは神村さんを助けようと動いている。


 単純明快ではあるが、それが答えだろう。

 あのときのことだって、きっとお互いに言葉が足りなかっただけなんだろうと今は信じられる。


「……どうして?」


 晴夏先輩は心底理解できないという顔だった。


「今のままじゃ昔の悲劇が繰り返されることになるのよ。どうしてそれがわからないの?」


 だが、俺は即座に言い返す。


「晴夏先輩こそなんでわからねーんだ? 神村さんは御門が昔どんなことをやってきたかなんてもちろん知ってる。知ってて言い訳もしないし、とっくにそれが間違いだと認めてもいる。そんな神村さんがどうして同じあやまちを繰り返すってんだよ」


 晴夏先輩の向こうに竜夜の影が見えたような気がして、俺は少しヒートアップした。


「あんたらこそ、御烏だとか水守だとかあんな連中の手を借りちまって、本気で悪魔と人間が手を取り合える世界を作れると思ってんのか? 俺に言わせりゃ、そんなこざかしいことやってる竜夜のやつのほうががよっぽど胡散臭くて信用できねーよ」

「……! 彼を侮辱するつもり?」


 竜夜の名前を出したとたん、晴夏先輩の周りの空気が一瞬にして張りつめた。


「ああ、俺は竜夜のやつにはめちゃくちゃ腹立ててんだ。いつか絶対に神村さんに謝らせてやるってな」

「……」


 こちらをにらむ晴夏先輩の目に、殺気が混じる。

 総毛だつほどの魔力がその身に宿った。


 それまで黙って見ていた那由さんが、無言のまま俺と晴夏先輩の間に割って入る。


 それに気づいた晴夏先輩が、こっちをにらみながら唇をかんだ。


「……ここが三月の里じゃなかったら、今度こそ殺してやるところだわ」

「忘れんなよ。俺もそのぐらい腹立ててんだからな」

「……」


 晴夏先輩は俺たちに背中を向け、そのまま歩き去っていった。


 風が少し強くなる。

 天気はいいが、風は昨日よりも肌寒い。


「……ユウちゃん」


 雪がいつの間にか俺の服のすそをつかんでいた。

 その視線は遠ざかっていく晴夏先輩の背中を、複雑そうにじっと見つめている。


 晴夏先輩とは初対面だったが、おそらくその背景にあるものを感じ取ったのだろう。


 俺はそんな雪の頭を軽くなでて、それから那由さんに視線を移す。


「……すんません。別にケンカをするつもりじゃなかったんですが」

「いえ、気にしないで。なかなか興味深い話も聞けたし」

「あー……」


 俺はちょっと不安になって、


「もしかして今のも査定に響いたりします?」

「どうかな?」


 那由さんは少し笑った。


「それはあたしが決めることじゃないもの。さ、もうお昼だし、そろそろ戻りましょうか」


 そうして俺たちはこの里での初日を終えることとなったのである。




-----




「御烏、水守を筆頭に、向こうの戦力は大小合わせて8か」


 その日の夜、影刃――牧原雅司はこれまでに集めた情報をもとに、現状の分析および御門奪還作戦の具体化に向けた会議を終え、自室に引き上げたところだった。


 御烏たちに協力する悪魔狩りの戦力は決して巨大というわけではない。だが、この見崎と御門から脱出してきた者たち、さらにはすでに協力を約束してくれたいくつかの組織の戦力を集めてもまだ充分とは言い難かった。


 経緯を単純に見れば、今回の戦いの大義が雅司たちのほうにあるのは明らか。

 にもかかわらず、戦力が思うように集められなかった理由はひとつだ。


「やはり"(きらめき)”か……」


 神刀"(きらめき)”は御門の当主の証であるとともに、御門の敷地内にある国内最大級の“ゲート”を封じる結界の要だ。


 各地の悪魔狩りは神村沙夜が正式な手順で光刃の名を継いだことを知っており、竜夜が正当後継者であるという御烏や水守の主張を信じているわけでもないはずだったが、"(きらめき)"が竜夜の手の中にあるという事実を重要視しているのである。


 極論をいえば、彼らの大半にとっては、光刃の正当性などよりも"(きらめき)"による結界が維持されることのほうがよほど大切であり、身を削って雅司たちに力を貸す理由を見いだせずにいるのだ。


 雅司はふぅっと息を吐いて顔を上げた。


「宮乃、どう思う? 三月は協力してくれると思うか?」

「呉丸様のお立場を考えると、全面的な協力をいただくのは難しいと思います」


 それまでなにも言わずに黙ってたたずんでいた宮乃だったが、雅司の問いかけには即座に答えた。

 雅司は苦笑して、


「……やはりそう思うか。どうにも楽をさせてはもらえそうにはないな」

「ですが、優希さんたちを呉丸様に引き合わせた理由はそれだけではないのでしょう?」


 見透かしたように少し微笑んだ宮乃の言葉に、雅司は、まあな、と頭をかく。

 宮乃は続けて、


「現状でもそこまで大きな戦力差はないと思います。それよりも、おそらく水守が使ってくる特殊結界をどう破るかが難しいですね」

「そうだな。その問題もあるな。……ん?」


 そう返して、雅司は部屋に近づいてくる気配に気づいた。

 といっても不審人物ではない。


「どうやら来たようですね」


 宮乃がそう言ったところでふすまの向こうに人影が映る。


「パパ。……ママもいるの?」

「ええ、瑞希。お入りなさい」


 すっとふすまが開き、瑞希がその向こうに姿を見せた。

 ゆっくりと神妙な顔で部屋に足を踏み入れ、後ろ手にふすまを閉める。


「ちょうどよかったわ。2人に話があるの」

「どうした、瑞希。結婚や同棲ならまだ許さんぞ」

「……パパ。茶化さないで」


 瑞希がそう言ってにらむ。

 隣の宮乃からも非難の視線が送られると、雅司はさすがにたじろいで口を閉じた。


「それで瑞希? 話というのは?」


 気を取り直して宮乃がそう問いかけると、瑞希は畳の上に膝を下ろして正座し、そしてまっすぐに母親を見つめて言った。


「私に……なにかできることはない?」

「なにかというのは、なに?」


 その言葉を予測していたように、宮乃がそう聞き返す。


「うん。……まだ実感はないんだけど、パパやママ……それに優希や雪ちゃんは、沙夜ちゃんを助けるためにこれから戦おうとしてるのよね? 私もその手伝いがしたいの」

「……」


 ちらりと、宮乃が雅司に視線を送る。

 雅司は小さくうなずいて口を開いた。


「瑞希、お前は私たちがどうして戦っているのかも知らんだろう? こうして巻き込んでしまってから言うことではないが、理由も知らずに軽々しく首を突っ込むようなことではないぞ」

「それは知らないわ。教えてくれなかったんだもの」


 瑞希は不服そうな顔をして反論する。


「だけどパパ。知らなくても戦う理由ならあるわ」

「それは?」


 その問いかけに対する瑞希の返答は簡潔だった。


「優希や雪ちゃんが戦うからよ」

「……」


 雅司と宮乃は無言で視線を交わす。

 その2人の表情は、瑞希がそう言いだすことを最初からわかっていたようでもあった。


 瑞希は畳みかけるように続ける。


「それ以上の理由が必要? あの2人は私の大事な弟と妹よ。その2人が危険なことをしようとしてるなら、私もできる限りのことをしてあげたい。……ねえ、パパ。それが理由じゃおかしい?」

「……そうか」


 深いため息とともにゆっくりと目を閉じて。

 そしてしばしの沈黙が、親子の間を流れた。


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