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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目5月「理想の世界」


 その日のうちに三月の里までたどり着いた俺と雪は、事情を聞く間もなく鞍馬――じゃなく、三月の当主である呉丸くれまるの住居に一室をそれぞれ与えられ、とりあえず一晩を過ごすことになった。


「昨日一緒にいたのは私の妹夫婦でね。那由なゆ蓮人はすとという。ここにいる間の君らのサポートを命じてあるから覚えておいてくれ」

「妹夫婦、ねえ」


 そして翌日、朝食後のこと。

 俺だけが呉丸の部屋へと呼び出されていた。


 雪はその那由さんに連れられて、どうやら風呂に入っているらしい。


「本当はあの2人を使って君らの人間性を試すテストをしようかと思っていたんだけどね。御烏の連中の乱入で台無しになっちゃった。ま、君のような妹思いの人間に悪いヤツはいないってことで、それはとりあえず合格ってことにしとくよ」

「……なんだそりゃ。テキトーすぎんだろ」


 ついでにいうと、この人は俺たちが本当は兄妹であることも、雪の記憶障害のことも、伯父さんから聞いてすでに知っていたそうだ。


 要するに伯父さんも共犯だったということになる。


「しっかし、妹、妹って、本当の妹がいるくせによくあんなことを言えたもんだな」


 あきれてそう言うと、呉丸はまるで肉親が死んだときのような悲しげな顔をした。


「そうなんだよ。那由はそれはそれはカワイイ妹だったんだが、1年前、なにを血迷ったか妹から他人の奥さんにクラスチェンジしてしまってね。……ほんと、惜しい妹を失くしたよ」

「……」


 理解できん。

 どうやら頭のおかしいところは演技ではなかったらしい。


「宮乃さんも雅司さんと結婚するまでは理想的な妹キャラだったんだけどねえ。なぜか誰も私の妹として一生を添い遂げようとはしてくれないんだ」

「ぜんぜん意味わからん」

「そうか……君ならわかってくれると思ったのだが」

「同類みたいな目で見んな」


 俺が本気で嫌そうな顔をすると、呉丸はやはり明るく笑った。


「まあまあ。……で、なんだ。君らに協力するかどうかの話なんだけど。とりあえず君ら2人には何日かの間、この里で生活してもらおうと思っているんだ」

「は? どういう意味だ?」

「君らだって弁士としてここに来たわけじゃないだろう? とりあえず君たちの生活態度を見せてもらおうかと思ってさ」

「……ああ」


 そういえば伯父さんも、交渉じゃなくて俺たちの人間性を見たいんだろう、というようなことを言っていた。


 弁舌で口説き落とすよりはマシだろうか。

 いや、どっちもどっちかもしれない。


 と、そこへ。


「兄様。こちらは準備が整いました」


 そこへ部屋の外から女性の声。


 おそらくは那由さんだろう。

 どうやら雪も一緒にいるようだった。


 呉丸はうなずいて、


「優希くん。私はこれから人と会う予定があってね。今日は那由に案内させるから、まずはこの里をゆっくり見て回ってくれないかな」


 と、言った。




「こりゃすごいな……」


 と、思わず俺は声をもらしていた。


 昨日は暗くてよくわからなかったが、こうして真昼にみる三月の里の風景は、彼らの時代がかった服装のイメージにピッタリのド田舎――というよりは1世紀ぐらいタイムスリップしたんじゃないかという印象だった。


 家はほとんどが木造平屋でひどく簡素な造り。

 道は舗装されていないし、ときおり牛を引いた人間が横を通り過ぎていく。


 隣を歩く雪もその光景に見入っていた。

 驚いているというよりは感心しているような表情だ。


 道ばたでは6、7歳ぐらいの子供たちが3人集まって草笛を吹いている。


 遠くに見える物見やぐらのようなものをとりあえず目標にしながら歩いていると、その途中で見慣れぬ光景に出会った。


 道の向こうから歩いてくる男女。

 30歳前後だろうか、見るからに夫婦のようだったが、奇妙だったのはその女性のほうだ。


「……悪魔だ」

「うん。そうみたいだね」


 その2人はまるで普通の夫婦と同じように仲良さそうに寄り添い、俺たちに気づくと軽く会釈してすれ違っていく。

 近づいて気づいたが、女性のお腹は少し膨らんでいてどうやら妊婦のようだった。


「……」


 俺は足を止め、黙って夫婦の後ろ姿を見送る。


 ……普段から悪魔の姿をしているということは、純血かあるいはそれに近い濃さの混血だろう。

 対する男性のほうからはほとんど悪魔の力を感じない、おそらくは普通の人間だ。


『私たちは御門という組織に対してとっくに愛想を尽かしている』


 そう言った呉丸の言葉が脳裏によみがえる。


 あるいはそれは、この小さな世界だから成立するものなのかもしれない。

 だが、それでも俺は呉丸の言葉に納得せざるを得なかった。


 この三月の里は悪魔を容認するどころか、すでに悪魔との共存を実現しているのだ。


「……驚いてる?」


 そう言ったのは案内役として俺たちに同行している那由さんだった。


 昨日は薄暗い中でどういう人なのかほとんどわからなかったが、こうして日の光の中で見ると、想像していたよりも若そうだ。


 20代半ば、あるいはもっと若いだろうか。

 呉丸が30代半ばらしいので、おそらく10歳以上は離れているのだろう。


 それだけ歳の離れた妹ということであれば、あの呉丸がたいそう可愛がったであろうことは容易に想像できる。


 だからというわけではないが、悪魔狩りというイメージとは違う、幼さというか愛嬌を感じる女性だった。


「ええ、驚いてます。正直」


 そんな那由さんの問いかけに、俺は素直にそう答えた。


「三月の里には多いんですか、ああいう人たち」

「そうね。多い少ないというより普通のことかな。かくいう私の夫――昨日会ったと思うけど、蓮人さんもハーフに近い混血だし、私や呉丸兄様にも1割程度は悪魔の血が流れてる」


 そう言いながら那由さんは止めていた足を進めた。

 俺たちも黙ってそれに続く。


(当主にも悪魔の血、か……)


 なるほど、そういうことなら悪魔を排除する動きなど出るはずもない。


 ふと思い出したのは、伯父さんから聞いた竜夜の血筋のことだった。


 先代の光刃であり悪魔容認派だったという神村さんの父親は、夜魔の女性を妻に迎えようとしたという。それはもしかすると、この三月の里にならってのことだったのかもしれない。


「それにしても」


 道すがらすれ違う子供たちに笑顔で手を振りながら、那由さんは言った。 


「あなたたちも災難ね。あの変態兄様の遊びに付き合わされちゃって」

「……いいんですか。自分たちのリーダーを変態呼ばわりしちゃって」


 那由さんは首を横に振って事もなげに答える。


「だって変態でしょ? なにかあるたびに妹、妹ってうるさいし」

「那由さんの前でもあんな感じなんですか?」

「そ。……あたしの婚礼のときなんかホント大変だったんだから。蓮人さんに向かって、結婚するなら俺を倒してからにしろ、とか、浮気したら組織の戦力総動員して八つ裂きにしてやる、とか」

「あー」


 容易に想像できてしまう。


 昨日からの態度を見ていて、ひょっとしたらここでは本性を隠して周りから尊敬されているのかと思ったのだが、どうやらそういうことでもないらしい。


「ま、そのときはあたしが後ろから殴って気絶させたから事なきをえたんだけど」

「……」


 この人も見た目に反して結構すごい人なのかもしれない。


 しかしまあ。

 ああいう性格なのにもかかわらず当主が務められているということは、それ以外のところでしっかり信頼を得ているということなのだろう。


 隣を歩く雪がおかしそうに笑って、


「仲がいいんですね」

「まあね。そりゃ悪くはならないでしょうよ」


 那由さんはため息をつきながら、


「13歳も離れてるし、昔からものすごい可愛がってもらったしね。ちっちゃいころは本気であの人のお嫁さんになろうと思ってたぐらい」

「それが今や変態呼ばわりか……」


 それはそれでちょっと可愛そうに思えてきた。


「……あ、こっちこっち」


 それからしばらく歩き、目印にしていた物見やぐらが近づいてくると、那由さんは手招きしながら少し早足になった。


 どうやら彼女が向かっていたのはこの物見やぐらだったらしい。


 年代物のようだが、かなり大きくしっかりした造りだ。

 高さは15メートルぐらいあるだろうか。


「結構いい眺めなの。せっかくだからあなたたちも見て行って」


 無邪気な笑顔を見せて那由さんはハシゴに手をかけると、手慣れた感じでするすると登っていく。

 俺と雪は一瞬顔を見合わせたが、黙って後に続いた。


 頂上まで行くと、一足先に待っていた那由さんが両手を広げる。


「……どう? なかなかいい景色でしょう?」


 眼下に広がる青々とした森、遠くにはほんのわずかに温泉街の街並みも見えた。

 そのそばでは湖が太陽の光をキラキラと反射し、地平線をはさんだ水色の空にはうっすらとすすき雲。


 確かになかなかの景色だった。

 夕焼けごろや紅葉の季節にはもっと見ごたえがあるかもしれない。


「いい眺めですね」


 俺は素直にそう答える。

 雪も黙ってうなずき、その景色を眺めていた。


「あれ、でも……」


 ふと、俺は温泉旅館のパンフレットに載っていた山の写真を思い出して、


「なんかここって、晴れてるときでも霧がかかってちょっと不気味な感じに見えたけど、あれってたまたま?」

「それは結界のせいね。外からはそういう風に見えるってだけ」

「ああ、そういうことか」


 なんとなくそうかとは思っていたが。

 結界というのは本当にいろいろな種類があるらしい。


 20分ほど景色を堪能し、俺たちは物見やぐらを降りることにした。


「そういやさ」


 道すがら、俺は少し気になったことを那由さんに尋ねてみる。


「那由さんは俺たちがなんのためにここに来たのか知ってますよね? それについてはどう思ってるんですか?」


 個人的な考え、と前置きした呉丸の意見はすでに聞かされている。

 それについて、三月の他の悪魔狩りがどう感じているかも聞いてみたいと思っていたのだ。


 那由さんはそれほど考えることなく、


「積極的に協力したいとは思ってない。あなたたちには悪いけどね」


 その返答は呉丸とほぼ同じで、予想していたとおりのものだった。


「……そうか。いや、そうだろうな」


 この里の状況を見ればわかる。


 ここの人たちが目指し、こうして狭い範囲ながら実現させてきたものと、御門で神村さんがどうにか一歩踏み出そうとしているものの間には、まだまだ大きな隔たりがあるのだ。


 那由さんは続けた。


「兄様も同じことを言ったかもしれないけど、ここの人はほとんど同じように考えてると思ってもらってかまわないと思う。御烏と御門がどう違うかってことすら理解してる人は少ないわ」

「それは……違います、絶対に」


 俺が反論すると、那由さんは否定せずにうなずいて、


「あたしは兄様を通して雅司様のことも知ってるから、御門にそういう勢力があることは知ってる。でも御門は先代の一時期、悪魔に対するとんでもない迫害を行ってしまったわ。その印象はどうやったって一朝一夕で払拭できるものじゃない」


 ……とんでもない迫害。

 そのことについては俺も伯父さんからすでに聞かされている。


「迫害というより虐殺というべきね。あのころ、御門近郊に住んでいた悪魔は善悪の区別なく捕まって、そしてほんの少しでも不審なところがあれば即座に殺された。中世の魔女狩りよろしく、ね」


 ふと、俺の脳裏に純や晴夏先輩たちの顔が浮かんだ。

 彼らもどうやらその犠牲となった悪魔の関係者のようだった。


「兄様も御門に強い抗議を行ったけど、そのころは兄様もまだ若かったし、ここの当主になってから間もなかったからその大きな流れを食い止めるにはいたらなかった。結局、その異常な状態が解消されるまでには5年ぐらいかかったわ」


 わずか15年ほど前のできごと。

 俺たちが幼稚園に通っている裏で、そんなことが行われていたのだ。


「雅司様は当時すでに影刃の職に就かれてて、兄様や宮乃様と一緒にその流れを食い止めようと努力なさったの。だから兄様もあの方のことは信頼してる。でも、それと御門本体に対する思いとはまったくの別物。だから――」

「そうね。だから御門はいったん叩き潰さなきゃならない。徹底的にね」


 那由さんの言葉に、別の声が重なった。


「!」


 聞き覚えのある声。

 振り返ったその先にいたのは――ちょうど先ほど頭に思い浮かべていた顔だった。


「驚きね、こんなところで会うなんて」


 おかっぱ頭が印象的な日本人形のような少女。

 晴夏先輩だ。


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