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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目5月「正体」


(集中……)


 暴風を身にまとった史恩が眼前にまで迫っていた。


 ただ、3度目ともなれば俺にもあいつの弱点はよくわかっている。


 一見全身を守っているかのように見えるあいつの力は、実はそのほとんどが攻撃を繰り出す腕か足に集約されていて、それ以外のところはほぼ無防備だ。


 あいつに勝つための重要な点はひとつ。

 その攻撃を見切ることができるかどうか。それだけだ。


(集中しろよ……)


 前回はやれた。

 なら今回もやれるはずだ。


 自己暗示をかけて集中力を高める。


 ……まっすぐに突っ込んできた史恩の姿が、突然消えた。

 どうやら向こうも自分の弱点が知られていることに気づき、攻撃に変化をつけてきたらしい。


 ただ、集中力を高めていたおかげで、俺の目は視界の端の残像をはっきりととらえていた。


(左……!)


 風の渦をまとった史恩の攻撃が、左側面から迫る。


「……ぉぉぉぉッ!」


 紙一重。

 瞬時にひねった体が、史恩の右腕をギリギリのところで避ける。


 風圧の余波に全身があおられ、いくつかの細かい風の刃がウインドブレーカーを切り刻んだが、魔力に包まれた俺の体はその圧力をやすやすと耐え抜いた。


 左足を地面に踏ん張り、そのまま史恩の体に向かって腕を伸ばそうとする。


「! ……舞い上がれ――"羽撃(はばたき)”」


 攻撃を避けられる可能性を考慮し、最初から準備していたのだろう。

 史恩はもうひとつの技を繰り出してくる。


 足もとから強烈な突風が放出され、周囲のすべてを吹き飛ばす防御技だ。


 ……が、俺はその動きも完全に読んでいた。


「!?」


 無表情のまま、史恩が驚いたような息をもらす。


 俺は地面に踏ん張った左足で、史恩がその技を放つ前に後ろに飛んでいた。

 史恩の体をつかもうとした動きは最初からフェイクだ。


 竜巻が史恩の周囲を覆い、その姿が一瞬見えなくなる。

 だが、俺はすでにその効果範囲の外にいた。


「これで……」


 そして竜巻が収まるのを待たずに、再び前へ。


 風が急激にその力を弱める。

 史恩が目を見開いている。


 周囲のあらゆるものを一瞬にして吹き飛ばす史恩のその技は、ダムにたまった水を一気に放出するような性質のものだ。


 普通に考えて、やすやすと連発できるものではないはず。


「っ……」


 案の定、史恩の動きに迷いが生まれた。

 腕輪を交差し、その右腕に風をまとう。


 だが、もう遅い。


 俺は素早く史恩の左横に回り込み、その左腕をとらえ、そのまま体をぶつけていった。


「うっ……」


 一瞬、足もとに風が渦巻いたが、それはすぐに四散する。


「おおぉぉぉ――ッ!」


 気合の叫びとともに全体重をかけて史恩の体を押し倒すと、俺たちはもつれあい、そろってゆるい傾斜を転がった。


 1回転、2回転、3回転――。


 腕力でこちらに分があることは実証済みだ。

 左腕をとらえたまま、冷静にマウントを取る。


「くっ……」


 動きが止まったとき、俺は史恩をうつぶせにして左腕をひねり上げる体勢を取ることに成功していた。


「動くな。腕が折れるぞ」


 冷静に警告の言葉を向ける。


 地面を転がったせいで俺も史恩も土まみれ。

 史恩のマフラーはいつの間にかどこかに消えてなくなっていたし、俺のウインドブレーカーはボロボロにちぎれて前衛的なステージ衣装のようになっていた。


「くっ……離せ……ッ」


 史恩のうめき声を聞きながら、辺りに意識を向ける。


 仲間たちが助けに来る気配はない。

 おそらく雪が抑え込んでいるのだろう。


 俺はひとまず史恩に集中することにした。


「さて、観念しろよ、史恩クン」


 史恩は屈辱からか悔しそうな声をあげたが、薄闇の中見える表情はやはりピクリとも動かない。


 ……そういえば、と。

 前回の戦いのとき、史恩の顔の皮膚の一部が溶けて、その下に別の肌がのぞいていたことを思い出した。


 別になにか特別な意図があったわけではない。

 ただ、なんとなく、体重をかけて史恩の体を地面に押し付けたまま、空いている右手を無造作に顔に伸ばした。


 すると、


「!? やめろ……っ!」


 俺の意図に気づいたらしい史恩から、びっくりするほどの反応が返ってきた。


(なんだこいつ……やっぱりなんかマスクみたいなもんかぶってんのか……?)


 見た目にはまったくわからない。

 だが、首筋のあたりに触れると、明らかに切れ目のようなものがあるのがわかった。


「やめろ……!」


 史恩が動揺している。


 周囲に小さな風が巻くのがわかったが、左の腕輪を抑え込まれている状態では"羽撃(はばたき)”の力を行使できないようだ。


「やめなさい……やめなければ、御烏様のお怒りがキミに――!」


 この慌てよう。

 もしかしたらなんらかの弱点なのだろうか。


 それに――


(なにが御烏様のお怒りだ……)


 これまでのことを考えれば、こいつの言葉に素直に従ってやる理由なんてひとつもない。

 これだけ嫌がるならむしろ望むところだ、なんて意地の悪い思いもあって。


 俺は無造作にそのマスクらしきものをはぎ取ってやった。


「やめ――!」


 史恩が絶句する。


 やはりそれはマスクだった。

 ……いや、ただのマスクではない。


 髪の毛と一緒に史恩の顔面からはがれたそれは、映画で使われる特殊メイクみたいなものとはまったくの別物だった。


 厚さは薄皮ていどしかなく、しかもはがれた瞬間にそれまでの質感は一瞬で失せ、まるでゼリーのようにボロボロと崩れ落ちてしまう。


 おそらくは悪魔狩りの持つなんらかの特殊な技術を使ったものなのだろう。


「なんだ、こりゃ……?」


 指の間に残ったゼリーのようなものを払い、史恩のほうに目を向けると、


「……うぉ」


 思わず変な声が出た。


 あの薄皮の下にあったとは思えないほど、史恩の見た目は別人のように変化していたのだ。


 ボサボサでパサパサだった髪は、女性と間違いそうな艶のあるセミロングに。 

 その下から現れた横顔はさっきまでの無表情が嘘のように悔しさに満ちていて、その目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。


 ……というか。


「史恩。……お前、もしかして女か……?」

「!!」

「……うぉっ」


 史恩が急に暴れ、俺は虚を突かれて左腕を放してしまった。


「……舞い上がれ――!」


 無理な体勢のまま、史恩が両の腕輪を交差させる。


 しまった、と思ったが、時すでに遅し。

 史恩を中心に風が渦を巻くのを見て、俺はとっさに飛びのいた。


 ぶわっと体が浮かび上がり5メートルほど後方へ飛ばされる。


「ちっ……」


 どうにか受け身を取って体勢を立て直すと、史恩も立ち上がってこちらをにらみ付けていた。


「……許さない。御烏様のお怒りがキミを容赦なく打ちのめすだろう……」


 とても同一人物とは思えない、怒りとも羞恥とも取れぬ表情で顔を真っ赤にし、片手で隠すように顔の半分を覆っている。


 改めて見ても、やはり女性だ。

 もしかすると、それを隠すためのマスクだったのだろうか。


 確かに史恩は男の悪魔狩りにしては非力だったし、声もどこかハスキーだ。この季節になっても厚手の服を着ていたのは、あるいは体の線を隠すためだったのだろう。


 なぜ性別を隠そうとしているのかはわからない。

 この怒り様や御烏様の名前を出しているところを見ると、もしかしたら組織の戒律的なものなのかもしれない。


 いや、そんなあちらの事情はともかくとして、だ。


(しくじったな……)


 残念ながら仕切り直しだ。


 史恩が再び戦闘態勢になる。

 俺も身構えた。


 そして、


「――そこまでだ、2人とも」


 史恩のすぐ後ろに、不意に人影が浮かび上がったのはそのときだった。


「!」


 その瞬間まで、俺はまったくその気配に気づいていなかった。

 反応を見る限り、史恩も同じだったのだろう。


 そしてそこに浮かび上がった人影は、俺の知っているシルエットだった。


「……鞍馬! もう戻ってきたのか!」


 だが、後ろを振り返った史恩は、俺以上の驚愕をその表情に浮かべて、


「三月の……月森、呉丸――」

「……え?」


 その言葉に意表を突かれる俺。


「御烏の暁史恩くんだね」


 ただ、俺が疑問の声を発する前に、鞍馬はゆっくりと史恩に歩み寄って言った。


「私たちのテリトリーでこれ以上の無法を続けるなら、こちらも黙ってはいないよ。ここはおとなしく引き下がってもらおうか」


 そう言ってくいっとあごを上げ、俺の背後を示す。


「ユウちゃん!」


 振り返ると、薄暗い木々の中から雪と、見覚えのない1組の男女がやってきた。

 彼らの後ろには、史恩の4人の仲間が動けないように縛られているのが見える。


「くっ……」


 それを見た史恩が悔しそうに唇をかんだ。


 鞍馬は史恩に近づくと、その肩にぽんと手を置いて、


「君たちがわざわざこんなところまで来た用件はわかってるよ。戻って史厳に伝えてくれ。私たちは私たちの判断で動かさせてもらう。無用な干渉をするようなら、どうなっても知らないよ、とね」


 そのまま、無造作に横を通り過ぎて俺のところまでやってくる。


 史恩は動かない。

 雪と一緒にいた男女が入れ替わりに史恩に近づいていき、縛り上げた4人の男たちをその足もとに転がした。


 そして鞍馬は言った。


「さて、行こうか。優希くん。……蓮人はすと! 那由なゆ! 一緒に帰ろう!」

「……おい」

「いやあ、御烏の使いもそろそろ来るんじゃないかとは思ってたんだけどね。まさかこんなところでキミらとバッティングしちゃうとは。完全に計算が狂っちゃったよ」

「おい! 鞍馬」


 うやむやにしようとしている様子の鞍馬だったが、もちろんごまかされるはずはない。


 ……月森呉丸という名前にはもちろん聞き覚えがあった。

 伯父さんから聞かされた三月の当主がそんな名前だったはずだ。


 すると、鞍馬は仕方なさそうに頭をかきながら、


「ごめんごめん。本当は素性を隠してちょっとしたテストでもしようかと思ってたんだけどね」


 あはは、と笑って、


「聞いてのとおり、私が三月の当主、月森つきもり呉丸くれまるだ。鞍馬は名前をちょっともじっただけの偽名だよ」


 鞍馬――いや、呉丸はあっけらかんとそう答えたのだった。


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