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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目5月「予期せぬ襲撃」


 この世の中には予想外の出来事なんてそこら中に転がっている。


 むしろ、なにもかもが予定通りに行くってほうが珍しいし、だいたい感情のままに動いているように見える俺だって、なんだかんだと不測の事態に対する備えはそれなりに行っているつもりだ。


 ……ただ、現在のこの事態は正直言って完全に予想外だった。


「なあ鞍馬……あんた、なんのために俺たちを迎えにきたんだっけ?」


 前を歩くのは三月の里への案内人、鞍馬くらま

 その鞍馬の案内で、険しい山中に足を踏み入れてからだいたい3時間余りが経過していた。


「やだなあ、優希くん。その年で早くも物忘れかい?」


 鞍馬はそんな俺たちを振り返って、あははと笑う。


「私は君たちを案内するために来たんだよ。ただでさえ険しい道の上、三月の里までには感覚を狂わせるいくつかの結界を突っ切らなくてはならないんだ。君たち2人だけでたどり着くことはまず不可能だろうね」

「だったらさ」


 俺は頭上を見上げた。


 山に入った時点ですでに沈みかけていた太陽は、今は完全に見えなくなっている。

 一面の星空だった。


「どうして俺たちはさっきから同じところをぐるぐる回っているんだ?」


 台風かなにかの影響だろうか。

 根元付近からばっきりと折れて道をふさぐ数本の大木は、ほんの20分ほど前に見かけたものと明らかに同じものだった。


「ほう、優希くんも気づいていたか」


 鞍馬は感心したような顔で言った。


「そうなんだ。どうやら私たちは道に迷ってしまったらしい」

「アホかぁッ!」


 声が薄暗い森を走り抜けてかすかに反響する。


 おかしいとは思っていた。


 1時間近く前から、鞍馬は何度も首をひねり、右に行こうとしたかと思えば考え直したように左に行ってみたり、そうかと思えば立ち止まってあっちをのぞいたりこっちをのぞいたり。


 どう見ても予定通りに進んでいるとは思えない挙動だったのである。


「いやあ、油断大敵ってやつだね。大丈夫大丈夫、こういう大ピンチのときってのはだいたいどこからともなく光に包まれた天使様があらわれてボーイミーツガール」

「ふざけんな! 現実に戻ってこい!」


 ダメだ。

 こいつは本当にダメなやつだ。


 ため息を吐いて思わず天を仰ぐと、枝葉の隙間にうっすらと月が見える。


 日が沈んでも月明かりのおかげで真っ暗になることはなさそうだが、少し離れると互いの表情も確認できなくなる程度には暗い。


 振り返ると、雪が辺りを見回すようにしていた。

 その体からはほんのかすかな魔力。


 ほとんど人目を気にする必要がないので、俺も雪も悪魔の力を少し解放していた。

 こうすることで五感も鋭くなるし、不測の事態にも対処しやすくなる。


「あ」


 そして雪は何事かに気づいたようだった。


「どうした? なにか見つけたのか?」


 聞くと、雪は残念そうな顔をして、


「ううん。歩ちゃんに言ってくるの忘れちゃって。今日と明日天気よさそうだから、たまっていた洗濯物干しといてって」

「……」


 なんなんだ、この2人。

 もしかしておかしいのは俺のほうなのか?


「まあまあ、優希くん。そう深刻になる必要はないよ」


 と、そんな俺に、鞍馬が明るく笑いながら言った。


「いくら私だって日が昇れば正しい道は見つけられるさ。それに野宿のための道具もちゃんと用意してあるんだ」


 そう言ってゴソゴソと自分の荷物を漁る。


「この寝袋は軽くて薄手だけど完璧な防虫防菌仕様でね。あたたかくなってきた今の時期ならこれで充分。まあ私の分しかないけど――って」


 俺は無言でその寝袋を奪い取り、雪に向かって放り投げた。


「あ、あれ、優希くん? それ、私の寝袋……」


 そんな鞍馬の抗議を無視して、


「そういう話ならこれ以上無闇に歩いて消耗することもねーだろ。ちょうどこの辺開けてるし、ここで野宿の準備しようぜ。……ホントに明日は大丈夫なんだろうな?」

「それは大丈夫。ああ、でも私はこう見えて繊細でね。寝袋がなきゃ眠れな――」

「だったら寝ないで正しい道でも探してろ」


 俺が冷たく突き放すと、鞍馬は肩をすくめる。


「オーケー、オーケー。じゃあ私はもう少し道を探してみるとしよう。見つかったら進むし、見つからなかったらこの場所で野宿ってことで。とりあえず君らはここで待っててくれ」


 そんな鞍馬の言葉を聞いて俺は少し不安になった。


「なんか二度と合流できなくなる気がするんだが……大丈夫か?」

「さすがに目印を残しながら行くから大丈夫だよ。ああ、そうそう。じっとしてたらさすがに寒いかもしれないから、君らはこれでも着てるといい」


 俺の不安を笑い飛ばしながら、鞍馬は荷物の中から2人分のウインドブレーカーを取り出す。


「あと水と食料の入った荷物は置いていくよ。万が一戻らなかったらその食料を私だと思ってありがたくいただいてくれ。んじゃまたあとで」


 最後の最後まで軽口を崩さないまま、鞍馬は木々の隙間へと消えていった。


「……本当に大丈夫なんだろうな、あいつ」


 鞍馬からもらったウインドブレーカーを雪に手渡すと、雪は地面のなるべく平らなところに先ほどの寝袋を広げ、そこに腰を下ろした。


「たぶん大丈夫だよ。ユウちゃんも座ろ?」


 と、自分の隣を指す。


「おう。……確かにじっとしてると少し肌寒いかもな」


 腰を下ろしてウインドブレーカーを羽織った。

 雪は自分の荷物の中から小さなバスケットを取り出して、


「サンドイッチ、残ってるけど食べる?」

「おう、サンキュ」

「お茶もあるから」


 まるでピクニックだ。


 サンドイッチをほおばって一息。

 辺りを見回してみる。


 静かだ。

 いや、静かすぎる。


 このぐらいの季節になればもう少し動物の気配があってもいいと思うのだが、今のところそういったものには出くわしていなかった。


 あるいはこれも、鞍馬が言っていた結界とかの影響なのだろうか。


 風が吹く。

 寒いのか、雪が少しだけこっちに身を寄せてきた。


(寝袋あってよかったかもしれないな……)


 そういや男よりも女のほうが寒がりが多いと聞く。

 俺は平気だが、雪は寝袋でもないと野宿はきつそうだ。


 もちろん野宿せずに済むのが一番だが――


 特に何事もなく、20分ほど時間が流れる。


「しかし三月ってのは本当に俺たちに協力する気あんのかね……」


 ふとつぶやいた俺の言葉に、雪は不思議そうな顔をした。


「どうして?」

「いや、まあなんとなくだけどな。あの鞍馬がおかしなやつだってのは別にしても、本気で交渉がしたいなら俺たちみたいのを呼びつけるのはやっぱ変じゃないか?」


 伯父さんにも言ったが、俺たちは悪魔狩り同士の関係についてはほとんど何もわからないし、権限を持っているわけでもない。


 たとえば向こうが協力するにあたって何らかの条件を提示してきたとしても、その場で回答することもできないだろう。


「なんつーか、別の目的で俺たちを呼んだんじゃないかって気がしてな」


 そんな俺の言葉に、雪は少し考えて、


「伯父ちゃんが言ってたみたいに、ただ私たちを見たかっただけとか?」

「ま、そういうことならいいんだけどな。もしかしたらすでに御烏とか水守の連中とつながってて、俺たちをおびき出してだまし討ちみたいな――」


 と。

 冗談交じりに言った、そのときだった。


「!」


 俺は言葉を止め、雪の手をつかむ。


「……ユウちゃん」

「しっ」


 五感を高めていたおかげだろう。

 俺は離れた場所からこちらに近づいてくる気配を感じていた。


 雪も同じものを感じたらしく、どうやら気のせいではない。


(……鞍馬じゃない。複数だ。獣でもない。人の気配だ)


 距離にしておそらく500メートル前後。

 俺たちが登ってきた方角からだ。


 4、5人はいる。

 明かりは見えなかった。


 当たり前のことだが、ここは普通の人間がうろうろしているような場所ではない。


(……じっとしてるべきか? それとも身を隠すか?)


 鞍馬が三月の仲間と合流して迎えに来たという可能性もゼロではないが、ここを離れてからまだ30分も経っていないのに、向かったのと逆の方向から戻ってくるというのはさすがに不自然だろう。


 いや、そもそも今さら動いたところで意味はないかもしれない。


 俺が気配に気づいたのとほぼ同じタイミングで、向こうも明らかに進む速度を緩めていた。

 おそらくは向こうもこちらに気づき、そして警戒している。


 一応息をひそめながら、静かに腰を上げていつでも動ける体勢を取る。


 敵とは限らない。

 鞍馬以外の、俺たちの訪問を知らない三月の悪魔狩りということも考えられる。


 だが――


 その淡い期待はすぐに裏切られることになった。


「……雪!」


 なにかが飛んでくるのに気づき、俺たち2人は弾かれるように左右に分かれた。

 サクッと、俺たちの座っていた寝袋の上に小さなナイフのようなものが突き刺さる。


 やっぱり敵だ。

 けど、いったい誰が――


 疑問を思い浮かべる前に、薄暗闇の林の陰から見覚えのあるシルエットが姿を現した。


「……おまえ――!?」


 真っ黒のトレーナーに季節外れの薄手のマフラー。

 薄暗さで顔は見えなかったが、そこにあるのはおそらく能面のような無表情だろう。


「……史恩か!」

「やはりキミたちか。ちょうどいい、今度こそ死んでもらう」


 どうしてこんなところに史恩が――と、そんなことを考える暇はもちろんなかった。


 全身に風をまとい、いきなり殺意マックスで史恩はこちらに突っ込んでくる。


(まさか後を付けられてたのか……?)


 考えると同時に、腹の底から熱いものがこみ上げて全身をめぐる。

 体が悪魔のそれに変化する。


 俺は地面を蹴って横に動いた。


「"爆裂花火(サマーナイトボム)”!」


 10本の指先から放たれた小さな炎が派手な光を発しながら無軌道に飛ぶ。


 もちろん史恩の突進を止めるような力はない。

 目くらましだ。


 暗闇に突然生まれた光は思惑どおり史恩の視界を奪ってくれたようで、その攻撃は先ほどまで俺が立っていた場所に小さなクレーターを作っただけだった。


 その間に史恩から距離を取り、雪のほうに意識を向ける。


 史恩の姿を見た瞬間に懸念したこと――あの桐生というやつがまた一緒なんじゃないかと思ったが、向こうはまだ戦闘状態に入っていないようだった。


 向こうの人数はおそらく4人。

 ただ、4人とも雪を取り囲むようにしてはいるものの――


(妙だな……)


 敵の動きを見て、俺は即座に疑問を覚えた。

 雪を取り囲んでいる連中には積極的に戦う気がないように見える。


(時間稼ぎ……? 別動隊でもいるのか……?)


 そう思って可能な限り意識を広げてみたが、とりあえず俺の感じられる範囲に他の人の気配はなさそうだった。


 半ば冗談で話した三月との共謀説……というのも少し頭をよぎったが、それならそろそろ鞍馬たちが引き返してきて史恩たちに加勢していないとおかしい。


 となると。


(……もしかして俺たちを狙ってここまで来たわけじゃないのか?)


 史恩は確かに優秀な悪魔狩りだろうが、前回の戦いからして俺と雪の2人を同時に相手できるとは考えていないはずだ。


 ということは、ここで俺たちと会ったのは向こうにとっても想定外のことだったのかもしれない。


 そこまで考えたところで、再び目の前に嵐のような暴風が生まれる。


(……なんにしても、まずはこいつをなんとかしなきゃな)


 とにかく、当面は雪のほうを気にする必要はなさそうだ。


「不知火優希。この前の借りは返す」

「そりゃこっちのセリフだ!」


 史恩の言葉に啖呵を切って返す。

 そして史恩との3度目の戦いが幕を開けた。


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