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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第3章 三月の里
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3年目5月「使者」


 見崎へ来て3週間ほどが経過した5月末のとある日の朝食後。

 俺はようやくケガの癒えた雪とともに、伯父さんの部屋へと呼ばれていた。


「ちょっとお前たち2人で行ってもらいたいところがあるんだ」


 伯父さんはずっと御門奪還作戦の準備に追われているようで、こうして俺たち2人と同時に会うのは俺が目覚めたあの日以来のことだ。


 休むヒマもないほど忙しいだろうに、伯父さんはそんな様子はおくびにも出さず、いつもの飄々とした表情で1枚の紙きれを俺たちの前に差し出した。


「なんだ、これ? 温泉旅館のパンフレット?」

「2人でゆっくりと疲れを癒してこい――というわけではないぞ、もちろん」

「わかってるからさっさと説明しろや、この不良中年が」

「やれやれ。その汚い言葉づかい、いったい誰に似たんだか」


 そんな俺たちのやり取りを見て、隣の雪が声を出さずおかしそうに笑っている。


 肩をすくめながら伯父さんは身を乗り出し、パンフレットの写真に人差し指を置いた。

 差したのはなんの変哲もない温泉旅館……ではなく。


 その後方に写る山だった。


「この山の奥深くに悪魔狩りの集落があってな。”三月みつき”といって、この国でもっとも古くからいる悪魔狩りのひとつだ」

「集落? 神社とかじゃないのか?」


 御門や御烏をイメージしてそう尋ねると、伯父さんは笑って、


「普通の人が訪れるような場所ではないしな。そもそもこの国の悪魔狩りがすべて神社という形を持っているわけでもない」


 言われてみればそうか、と、俺はもう一度パンフレットの写真に視線を戻す。


 大きく映った温泉旅館のはるか後方、そこにたたずむ山はうっすらと霧に包まれているようにも見え、写真であるにも関わらず少し異様な雰囲気を感じた。


「行ってもらう理由は、わかるか?」

「協力要請ってことだろ?」


 そのぐらいのことは俺にだってわかる。

 ただ、


「けど、俺と雪で行けってのはどういうことだ? 俺たちは悪魔狩りの作法なんてわからんし、うまく口説き落とせるとは思えねえけどな」

「もっともだ。これは向こうが言い出した話でな」


 と、伯父さんは腕を組んだ。


「三月の当主は月森つきもり呉丸くれまるという男なんだが、そいつが交渉のテーブルにつく条件として、所属の悪魔を使いとして送ってよこせと言ってきてな」

「……悪魔狩りの本拠地に俺たちが行って大丈夫なのか?」

「ああ、その点は大丈夫だ」


 そんな俺の不安を打ち払うように伯父さんは笑って、


「三月はこの国で一番といっていいほどの悪魔容認派組織でな。悪さをしない限り危害を加えられるようなことは絶対にない。おそらくだが、御門に協力している悪魔がどういう連中なのかを確認したいとか、そういう理由なのだろう」

「おそらく、ねえ」


 その言い方には一抹の不安を覚えたが、伯父さんが根拠もなしに俺と雪を危険なところに送るとも思えないし、俺たちはこの半月余りほとんどなにもしていない。


 もちろん協力を惜しむつもりはもちろんなかった。


「けど本当にいいのか、俺たちで? 交渉決裂しても責任負えないぞ」

「こっちの選択肢もそれほど多くないからな。楓を送るよりはお前たちのほうがマシだろう。それに雪が一緒ならお前もおかしなことはできまい?」

「……」


 結局のところ、伯父さんがアテにしているのは雪のほうらしい。

 俺はお供のものってことか。


 と。


「……お、来たか。入れ」

「?」


 伯父さんが視線を俺たちの後方へ向ける。

 俺と雪が同時に振り返ると、ふすまの向こうにいつの間にか人影があった。


「三月の里は秘境でな。案内なしにたどり着くのは困難だから、案内役に来てもらっている」


 伯父さんの言葉と同時にふすまが開いて、そこから30代半ばぐらいの男が姿を現す。


 御門でよく見かける戦闘服よりもさらに時代がかった、本物の忍者のような出で立ち。それほど長くない髪を頭のてっぺん近くで縛っており、背中にはかなり短めの刀のようなものを差していた。


「へぇ、君らが御門に協力してるっていう悪魔か」


 ただ、口調は見た目の印象よりも軽い。


 ずんずんと部屋の中に入ってくると、俺たちと伯父さんの間に割り込むようにしてすとんと腰を下ろし、俺と雪の顔を交互にのぞき込むようにした。


「ほうほう、ふぅむ、なるほどねぇ」

「……伯父さん。こいつは?」


 ぶしつけな態度に俺が眉をひそめると、伯父さんは苦笑して、


「三月の悪魔狩りだ。名は――」

鞍馬くらまだ。よろしく」


 やはり軽い調子で男――鞍馬は手を差し出してくる。


「不知火優希です」

「雪です。よろしくお願いします」


 一応手を握って挨拶を返すと、鞍馬はほう、と驚いた顔をして、


「ああ、聞き覚えのある名前だ。どっちも不知火さんで、確か兄妹だったかな?」

「いえ、夫婦です」


 雪の返答に鞍馬がびっくりしたような顔をする。


(……まあいいけど)


 あえて訂正して細かい事情を話す必要もないだろう。

 彼らとの交渉には関係のない話だ。


 ……と、思っていたのだが。


「なんだ、兄妹じゃないのかぁぁぁぁぁ……」


 はぁぁぁぁぁ、と、長いため息を吐く鞍馬。


「は? ……」


 何事かと思って伯父さんを見ると、なぜかそっぽを向いている。


 再び視線を戻すと、鞍馬は悔しそうに畳を叩いていた。


「なんだよぉ、どう見たって妹キャラじゃんかぁぁ。幼なじみの美少女に実は彼氏がいましたとか、そういうサプライズを視聴者は求めてねぇんだよぉぉぉぉ」

「……おい、伯父さん。なんだこいつ」


 悔しそうに床を叩く鞍馬に、俺はもう一度伯父さんに説明を求める。

 伯父さんは苦笑しながら答えた。


「ただの頭のおかしいやつだ。あまり気にするな」

「気にするわ!」


 もしかして三月とかいうのはこういう連中の集まりなのだろうか。

 いきなり不安になってしまった。




 とまあ、そんなことがありつつも。


 その日の昼前に俺たちは見崎を出発し、新幹線と鈍行と路線バスを乗り継いで5時間余りの移動。

 途中で昼食をはさみつつ、午後3時ころになってようやくパンフレットで見た山と思われる辺りのふもとまでたどり着いていた。


「いや、すまんすまん。雪くんがあまりにも私の理想に近いヴィジュアルをしていたものだから、ついつい取り乱してしまった」

「ふふ、お世辞でもうれしいです」


 照れくさそうに頭をかく鞍馬に、にっこりと返す雪。

 俺は仏頂面で雪を見て、


「おい、雪。こいつのそれは喜んじゃいけないやつだぞ」


 出会ってから半日も経っていないが、この鞍馬という男の性格についてはだいたいわかってきた。


「しかし残念だなあ。もっと早くに出会っていれば、私が先に雪くんを口説き落として――」


 本当に残念そうに鞍馬は言う。


「私の妹として一生大切に養ってあげたものを」

「あんた、言ってることいちいちおかしいんだっつーの」


 こいつが言うところの”理想のヴィジュアル”というのは、”理想の恋人”でも”理想の奥さん”でもなく、“理想の妹”という意味であるらしい。


「いやいや、優希くん。勘違いしないでくれよ。私は別に倒錯した趣味の持ち主ではないのだ。ただ妹的存在を妹として純粋に愛したいと思っているだけのことでね」

「だからその言い回しがすでに気持ちわりーんだって」


 鞍馬の案内に従って山の中に足を踏み入れると、道らしい道はすぐに途切れてしまい、その先はほとんど獣道だった。


 左右にはうっそうとした木々が生い茂り、ここに来る途中で通過してきた温泉街の喧騒もすぐに届かなくなる。


「そうかい? 君には私と同じ匂いを感じるから共感してもらえるかと思ったんだけどなあ」

「一緒にすな!」


(……ったく、なんなんだよこいつ)


 伯父さんの言葉を信じるなら、この鞍馬はこう見えてかなり腕の立つ悪魔狩りらしい。


 人は見かけによらない、というのはここ最近も桜さんで実感させてもらったところだが――


(なんか将太のやつと話してるみたいでゲンナリするわ……)


 ……将太、か。

 その名前にふと、半月ほど前まで過ごしていた日常のことを思い出す。


 あいつらは元気にしているだろうか。


 御門を乗っ取ったとはいえ、御烏も水守も悪魔狩りだ。

 おそらく無関係な人たちの生活にまで無闇に介入することはないだろう。


 であれば、この戦いが終わりさえすれば、俺たちはまたそこに戻れるはずだ。


「――そういや」


 そんなことを考えていた俺に、慣れた足取りで先頭を進む鞍馬がふいに質問してきた。


「君らはどうして、そんなに御門の光刃を助けたいんだい?」


 なにげない口調。

 ただ、こちらに向けたままの背中からは、先ほどまでとは少し違う気配を感じる。


 もしかすると、もう試されているのかもしれない。


 俺はそう思い、素直に答えた。


「光刃を助けたいというか、神村さんをな。同級生だし友達だから」

「友達? それだけかい?」


 少し怪訝そうな鞍馬。


「それだけじゃおかしいか?」

「いや、そんなことはないけどね」


 鞍馬は肩越しにチラッと俺たちを振り返って、


「これはあくまで個人的な意見だけど、私自身は今回の事件については特になにも感じていないんだ。君らは御烏や水守を悪いやつらだと言いたいかもしれないけど、彼らは彼らで”真の光刃”が本来の権利を回復するために手を貸しただけだと主張しているしね」


 真の光刃……というのは、竜夜のことだろう。


「けど、あんたらは悪魔容認派なんだろ? じゃあ御烏とかは意見の合わない連中じゃないのか?」


 素朴な疑問をぶつける。


「それは簡単な話でね。私たちは御門も彼らも中身はたいして変わらないと思っている。御門は悪魔との共存を規律の一部に掲げておきながら、その実態は昔からただ悪魔を討つためだけの組織でね。もっと言ってしまえば、光刃の右腕とされる空刃の悪魔の力を活用するためだけに、表面上悪魔の存在を認めてたというレベルだったんだ」


 もちろん俺はそこまでのことは知らない。

 そうだったのか、と、そう思う程度だった。


「だから早い話、私たちは御門という組織に対してとっくに愛想を尽かしている。実際に三月と御門の組織としての交流はずっと途絶えていたし、お互いに協力するのは何十年かに一度、この国そのものを揺るがすような大きな危機が迫ったときぐらいのものだった」

「じゃあ、どうして俺たちを連れてきたんだ?」


 当然の疑問だった。


 俺は単純に三月が悪魔容認派で、御烏や水守とは敵対関係にあるから、どちらかといえば俺たち寄りの立場なんだろうと思っていた。


 だが、今の鞍馬の言葉が本当だとするなら、彼らは御門に対しての義理もないだろうし、俺たちに味方する理由もそれほどないように思える。


「その理由は3つほどあってね」


 そう言って鞍馬は指を3本立ててみせた。


「ひとつには、影刃殿が私たちに近い考えの持ち主であること。ふたつめには、君たちのような悪魔が実際に協力し、光刃を助けようとしているということ。君らを指名したのはその動機を確認したかったからってのが大きい。で、最後のひとつは」


 一呼吸。


「私たちの当主である月森が、その昔、神村宮乃さんにひとめぼれしたからだ」

「……は?」

「ああ、今は牧原宮乃さんか。いや、私も久々に会ったけど、三十路を過ぎても相変わらずかわいらしい人だったなあ」

「……」


 いや、宮乃伯母さんの評価についての異論はないが。


「……ホントに大丈夫か、あんたらの組織」


 案内役がこんなんで、当主でさえそんなんで。

 三月という悪魔狩りがいったいどういう組織なのか、本当の本当に心配になってきたのだった。


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