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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 崩れた境界
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3年目5月「状況整理その3・これからのこと」


「珊瑚は当時20歳を少し過ぎたぐらいの年齢だったが、それでも女皇たちの一団の中では最年長でな。本人が平和的解決を強く望んでいたということもあって、交渉役として何度も御門の本部へ足を運んだ。そしてそのうちに、先代の光刃――一夜と恋仲になった」


 一夜かずやというのがどうやら神村さんの父親の名前らしい。


「……ということになっている」

「なっている?」


 俺の問いかけに伯父さんは目を閉じ、腕を組んで小さく息をもらして、


「一夜は今でいう悪魔容認派でな。最初から女皇たちの存在を受けいれるつもりだった。ただ、組織内では反対の声のほうが圧倒的に強く、それを封じるために珊瑚と共謀して"そういう設定"にした……というのが本当のところらしい。それらしい話は私も事前に聞かされていた」

「政略結婚みたいなもんか?」


 素直に思いついた言葉を口にすると、伯父さんは少し笑った。


「まさにそういう類のものだ。まだ若い一夜では鶴の一声というわけにはいかなくてな。女皇たちの仲間を"身内"にすることで、強引に反対派の動きを封じようという狙いだった」

「……でもそれ、絶対に反発されますよね?」


 隣の直斗がそう言うと、伯父さんは視線を少し横に滑らせて、


「そうだな。一夜は割と革新的な考えを持ってて、頭もよかったし人望もあったが、一度こうと決めると決して曲げないガンコさと強引さがあった。それはいい面も悪い面もあるのだが――」

「その件に関しては最悪の結果を招いた、ってわけか」


 後に起きた女皇たちとの戦いを知っている俺には、もちろんその結末も予想できる。

 伯父さんは小さくうなずいて、


「お前たちの言うとおり、一夜が本部を留守にしている間に珊瑚は殺されてしまった。彼女がなんらかの手段で魔界から仲間を呼び寄せ侵略しようとしている……そんな容疑をかけられてな」

「なんか対策はしてなかったのか? そういう事態をまったく予想してなかったわけじゃないだろ?」

「……その辺りの話は今は蛇足になるが」


 伯父さんは一瞬ためらったが、結局言葉を続けた。


「一夜は信頼できる人物に珊瑚のことを頼んでいた。だが、その人物こそが策をめぐらし、珊瑚を手にかけてしまったのだ」

「……その人物ってのは?」


 伯父さんが少し眉をひそめる。


「お前も知ってるだろう? あの紫喉しこうさ。一夜からすれば実弟の、な」

「……」


 また兄弟だ。


 一夜と紫喉。

 竜夜と神村さん。


 光刃の一族には兄弟同士で争う呪いでもかかっているのだろうか。


「とはいえ、当時の紫喉はまだお前が知っているような性格ではなくてな。一夜とも仲がよく、悪魔を嫌ってもいなかった。だから一夜は紫喉を信頼して珊瑚を任せていたのだが……」


 間の悪いできごとがいくつかあったんだ――、と、伯父さんはそれ以上を語ろうとはしなかった。

 俺も聞かないことにして話を戻す。


「で、その珊瑚って人は死ぬ前に子どもを産んでいたんだな? それが竜夜か」

「間違いないだろう。竜夜は"神楽"という御門でも歴史の深い一族の家で養子として育てられた。美琴――緑刃の一族といえばお前にもわかるか?」

「ああ、わかる」


 つまり竜夜と緑刃さんは家族のように育った間柄なのだろう。あんなに相性が悪そうなのにそこそこ通じ合っていたように見えたのは、そういう理由だったのかもしれない。


「そして事件後、女皇たちは当然激怒し、事件の首謀者を引き渡すように求めてきたが、一夜はそれを拒否した。……そのときのあいつの心境は私にもはっきりとはわからん。裏切られたとはいえ弟を見殺しにできなかったのか、あるいは組織としての体面を保つためか」

「それで全面戦争、か」


 伯父さんは神妙な顔になった。


「今日に至るほとんどのきっかけがそこにある。多くの者が命を落とし、御門の悪魔狩りは悪魔に対する憎悪を深めた。その憎悪は戦争終結後も罪のない多くの悪魔たちに向けられて――」


 ポツリ、と、伯父さんは言う。


「お前たちの両親もそれに巻き込まれてしまった」

「……」


 突然の告白。

 だが、なんとなく。わかっていた。


『……あなたにとって、私はおそらく憎むべき相手です』


 神村さんの言葉。

 晴夏先輩の話。


 それを示唆するものはいくつもあって、薄々は気づいていた。


 とはいえ、まったくショックがなかったわけではない。

 当時は伯父さんもすでに御門の一員だったわけで、広く解釈すれば伯父さんもそれに加担していたといえなくもないのだ。


 チラッと隣を見ると、直斗が珍しく神妙な顔をしている。

 こいつはその事実を知っていたのだろうか。


 視線を戻すと、伯父さんも真剣な顔でこちらを見つめていた。


 ……このタイミングで伯父さんがその告白をしたのには、もちろん意味があるだろう。


 この先の戦いは御門の当主である光刃――神村さんを救出し、その本来の居場所を取り戻すための戦いだ。


 俺や雪の命が危険にさらされたのはつい先日のこと。

 今後の戦いはさらに過酷になるかもしれない。


 それでも戦えるのか、ということ。

 両親を殺し、現在の混乱を生み出した元凶ともいえる御門という組織のために命をかけられるのか、ということだろう。


 ……どうする? と、伯父さんの目が問いかけている。


 だが、俺は――


 そんな伯父さんの無言の問いかけを一笑に付した。


「伯父さん。あんたにそういう神妙な顔は似合わねぇよ」

「……優希?」


 伯父さんが意外そうな顔をする。


「御門って組織が過去にひどいことしたとか、俺の両親を殺したとか……そういうのは確かに許せないことかもしんねーけどさ」


 両親のこと。

 過去のこと。


 自分には関係ない、と、軽く考えているわけではない。


 ただ、それでも俺の考えは以前から変わらない。


「俺はそもそも御門とかいう組織のために戦ったことなんて一度もねーんだ。ただ、周りのやつらが困ってたらできるだけ手を貸してやりたい。そういう連中にはこっちも世話になってるからさ。だから今回のことだって、神村さんが困ってるから助けに行く。ただそれだけだよ」

「……優希。かっこつけすぎじゃない?」

「うっせぇ」


 隣でボソッとつぶやいた直斗の脇を軽く小突いてやる。

 そうしながらまっすぐに、にらむように伯父さんを見つめ返してやった。


「だから遠慮せずに話してくれよ、これからのこと。こっちはあんたにだって世話になりっぱなしなんだからさ」

「……」


 一瞬の沈黙。

 そして。


 ふっ、と、伯父さんの表情が緩んだ。


「……言うようになったじゃないか。いつの間にか――いや、お前ももう大人といっていい年か。……早いもんだな」


 やや感慨深げに。


 ただ、そんな風に感傷的になっていたのはほんのわずかな時間のこと。

 伯父さんはなにごともなかったように話を戻した。


「さて、竜夜のことだが……あいつが悪魔との共存を望んでいるのは間違いない。それが母・珊瑚の望んだ道でもあったからな」

「けど、あいつは今御烏や水守って連中と行動を共にしてんだろ? それは?」


 うむ、と、伯父さんは少し考え込んだ。


「おそらく、だが……優先順位の問題だろう。ここまでのあいつの行動を見る限り、まずは御門という組織を潰すことが最優先。その真意は――」

「……仇討ち、ってことか?」

「おそらくな」


 そのために本来相容れないはずの御烏や水守という組織と手を結んだということか。


 まず、仇討ちありき。

 その向こう側の理想。


(……ああ、そういうことか)


 そして気づく。

 俺が晴夏先輩の主張に感じていた違和感はこれだったのだ、と。


 彼らが望んでいるのは、あくまで復讐の先にある理想なのだ。

 だから彼らは、復讐の象徴である神村さんの存在を決して認められない。


 彼女がどれだけ歩み寄ろうと努力していても。

 たとえ目指す理想がまったく同じであったとしても。


「……」


 自然と拳に力が入った。

 怒りの向いた先は――


(……母親が違うったって兄貴だろうが。なんでそういうことになっちまうんだよ……!)


 神村さんはずっと、組織が犯した過去の過ちを悔い、苦悩し、改めようとしていたのに。


 実の兄がその道を永遠に奪おうとしているのだ。

 それが無性に腹立たしかった。


「……優希。ほら、そんなに力むと傷口開くよ」


 そんな俺の心境を知ってか知らずか。

 直斗がどこかとぼけたような口調でそう言った。


 それで俺も少し我に返る。

 この怒りは――次に竜夜に会ったときにでも直接ぶつけてやるとしよう。


 そんな俺たちのやり取りを、伯父さんが少し目を細めて見つめていた。


「……さて、今後のことだ。御門を襲撃した悪魔狩りは御烏と水守を筆頭に、もともと御門の方針をよく思っていなかった北方の悪魔狩りの連合体だ。こちらも御門から逃げ延びてきた者と協力を確約してくれた組織をあわせればそこそこの戦力になるがまだ足りない」

「なあ伯父さん。事情を正直に話せば他の悪魔狩りは全部味方になってくれるんじゃないのか? だいたいいきなり襲ってくるなんて無法もいいとこだろ?」


 そんな俺の言葉に伯父さんは苦笑して、


「だといいのだがな。光刃の象徴である神刀“煌”は向こうの手にあるし、"煌"の結界さえ維持できていれば御門の内情なんてどうでもいいという組織も多いのだ」

「……割とドライなんだな、悪魔狩りは」

「かつては縄張り争いで血を流したところさえあるぐらいだからな。……とはいえ、協力が期待できる組織もまだいくつか残っている。まずはそこへの働きかけに時間を費やすことになるだろう。お前はその間に少しでもケガを治してくれ」


 現在の状況と今後の方針について簡単に整理したところで、この日の伯父さんの話は終わった。


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