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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 崩れた境界
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3年目5月「ホンモノ」

 ガリッという音がして、桐生の突進が止まる。


 それを阻んだのは言うまでもない、雪の作り出した氷壁だった。

 あの史恩の竜巻をも防ぎきった防御壁。


 だが、今の相手にそれが通用しないことはわかっていた。


穿うがて――、"泡影(あわかげ)"」


 桐生の言葉とともに、手にした武器がその形を変える。

 さらに細く、鋭く。


「……!」


 雪が苦しそうな声をあげた。

 ミシッという音がして氷壁に亀裂が走る。


「何度やっても同じさ。その使い方じゃ俺には勝てんぜ」


 基本的な力の強さは雪のほうが上。

 だが、それでも雪が正攻法でこの男に勝つことはおそらく難しい。


 力の凝縮。

 皮肉にも桐生の戦い方は、先ほど俺が史恩に対して取ったものと同じだった。


「ぅ……ッ!」


 ミシ、ミシミシ……ッ。


 亀裂が大きくなる。

 もう桐生の"泡影(あわかげ)"が氷壁を突破するのは時間の問題だった。


 当然、雪はすぐにでも回避行動を取るべきだろう。

 幸い桐生の全力は氷壁を打ち抜くことに注がれているし、その後の攻撃の軌道だって予測はしやすい。

 実際、さっきまではそうやって桐生の攻撃をしのいでいたに違いないのだ。


 だが、しかし。

 今回に限り、雪はおそらくその行動を選択できない。


 理由は簡単。


 後ろに俺がいるからだ。

 史恩の最後の反撃によって行動の自由を失ってしまった、足手まといのこの俺が。


 ドジ踏んじまった俺なんぞさっさと見捨ててしまえ、と……そう言ってしまいたいが、どちらにしろ雪がその提案を受け入れることはないだろう。


 防ぐことはできない。

 避けることもできない、となれば。

 雪は間もなく、残された最後の手段を強制されることになる。


 ……最後の手段。


 さっきも言ったように、今の桐生の全力は氷壁を破壊することに注がれていた。

 つまり防御面に対する意識はかなり低下しているはずだ。


 最後の手段とは、そこを狙っての反転攻勢。

 いま防御に向けている力をすべて攻撃に転じる、相打ち覚悟の玉砕攻撃のことを意味する。


 ただ、それも通用するかどうか。

 戦闘経験が豊富であろう桐生がその程度の反撃を想定していないはずはなく、雪が防御に向ける力を少しでも緩めたら、その瞬間にこちらの意図を察して対策を打つに違いない。


 反撃の隙を与えずに雪の命を奪うか。

 あるいは回避しながら攻撃を続けるのか。


 力のコントロールに難のある雪がそこの駆け引きで桐生を上回る可能性は限りなく低く、仮に成功したとしてもせいぜい相打ちがいいところだろう。


 いずれにせよ、雪は死ぬ――。


 そう考えた瞬間、後頭部がさらに熱くなった。


(そんな無茶……させられるもんかよ……ッ!)


 冗談じゃない。


 この状況に陥った原因は俺の軽はずみな行動だ。

 だったら、その窮地に道を切り開くのも俺の役目のはず。


(頼む……少しでいい、力を……!)


 歯を食いしばって気力を呼び戻す。


 左半身の感覚は失ったまま。

 ただ、右半身はかろうじて動くようだった。


(ぜいたくは言わねぇ……今はコレで……)


 全身の魔力を右手にかき集める。


 猶予はあとどのぐらいだろうか。


 5秒か。

 3秒か。


("太陽の熱線銃(フレアブラスター)"なら、やれるはず……!)


 桐生が俺の動きに気を配っている様子はない。

 おそらく、俺が完全に戦闘不能な状態だと思い込んでいるのだ。


 だったら勝機はある。


 桐生が雪の氷壁を破った、その瞬間。

 勝利を確信し、気が緩むその一瞬に。


 撃ちこんでやるのだ。

 逆襲の一撃を。


(これがラストチャンスだ……気張れよ……!)

 

 意識がはっきりしないとか。

 体が満足に動かないとか。

 時間がないとか。


 そんな言い訳をしている場合じゃない。


 やらなければ、死ぬのだ。

 俺も、雪も。


 右手に魔力が集まる。


(力は、どうにか……あとは凝縮を……)


「ッ……!」


 苦しそうな雪の息づかい。

 もう、もたない。


(……頼む! 間に合えッ!)


 氷壁の中心に"泡影(あわかげ)"の切っ先がのぞく。

 亀裂が一気に全体に広がった。


 パァ……ン! と、氷壁が破壊される。


「終わりだぜ。……ふたりまとめてあの世で仲良くしな」


 バラバラと崩れ落ちる氷片の向こうから桐生が突っ込んでくる。

 雪は攻撃に転じようとしていたが、やはり間に合いそうにはない。


 だが――


(……終わるのはてめぇのほうだ、桐生ッ!)


 間一髪。

 俺の指先には、太陽の熱が生まれていた。


 残された魔力のすべてを凝縮させた、太陽の弾丸。


 狙いをつける。

 勝利を確信した桐生の油断。

 そこに手痛いカウンターを食らわせてやるのだ。


(……いけ! "太陽の熱線銃(フレアブラスター)"――)


 だが、その瞬間。


「!」


 ――俺は愕然とした。


「……」


 桐生の口もとが嬉しそうに小さく歪んだのだ。


 視線は雪に向けたまま。

 だが、その意識は間違いなく俺のほうへと向けられていた。


(……なん……だと)


 そして、俺は敗北を悟る。


 桐生は気づいていた。

 思惑は見抜かれていたのだ。


 俺の指先から放たれる、"太陽の熱線銃(フレアブラスター)"。

 桐生は間髪いれずに反応した。


ひずめ――、"泡影(あわかげ)"」


 "泡影(あわかげ)"が瞬時に、まるでビー玉のような小さな球体へと形を変える。


 桐生はそれをピンと親指で弾いた。

 弾かれた先は、"太陽の熱線銃(フレアブラスター)"の軌道上。


「アイデアは悪くないが、素直すぎたな」


 "太陽の熱線銃(フレアブラスター)"が"泡影(あわかげ)"の中に取り込まれる。


「即興にしちゃいい技だ。ただ、わずかばかりこっちの強度が上のようだぜ」


 取り込まれた"太陽の熱線銃(フレアブラスター)"は、一瞬の後、まったくあらぬ方向へと軌道を変えて排出された。


 ドォン! と、なにかを破壊する音。

 もちろん、桐生にはなんのダメージも与えていない。


「く……ッ!」


 俺の作戦は見事に失敗。

 だが、そこに発生したほんのわずかな時間が連携を生んだ。


「これ以上は……させないッ!」


 細氷が渦を巻く。

 俺が作った一瞬の間が、雪の反撃を間に合わせたのだ。


「!」


 桐生が足を止める。

 だが、大きく広がった吹雪を避けるには距離が近すぎた。


 白い渦に飲み込まれ、桐生の全身があっという間に凍り付いていく。


「やったか――」


 ……いや。

 俺たちが都合のいい逆転勝利を夢想できたのは、無常にもほんのわずかな時間だけだった。


「……惜しい。が、これもわずかばかりこっちが上だったようだ」


 氷像のように凍りついた桐生が、くぐもった声を上げる。

 直後、その表面から氷がバラバラと剥がれ落ちていった。


「!」


 剥がれ落ちた氷の向こうにあったのは、薄い水の膜。

 ふたたび姿を変えた"泡影(あわかげ)"が桐生の全身を包み、凍結から身を守ったのだ。


 いや、全身を――というのは正確ではない。

 桐生の髪の毛や左腕などは本当に凍り付いていて、ダメージがないのは"泡影(あわかげ)"を操る右腕や体の中心、顔面などの一部分だけだった。


 あえてそうすることで、桐生は力に勝る雪の攻撃を防ぎきってみせたのだ。


「やれやれ、こっちはこれだけ省エネを心がけてるってのに。そっちは力任せでその威力。さすがに嫉妬しちまうぜ、その才能」


(……こいつ……!)


 強い。

 圧倒的に強い。


 攻守の切り替えの早さ。

 戦況の分析、判断。

 女皇たちのように強大な力を持っているわけではないが、それをも凌駕する戦闘技術。


 ただの戦闘狂なんかじゃなかった。

 こいつはホンモノの強敵だ。


 ドジを踏んだせいで――なんて、俺はさっきからそればかりを考えていたが、あるいは、俺と雪が万全の状態で挑んでも敵わない相手だったのかもしれない。


「ッ!」


 雪がさらに攻撃を加えようと、右手を桐生に向ける。


「おっと、残念だったな。そっちの攻撃ターンはもう終わったぜ」

「!」


 一瞬だった。


 飛び散る赤い飛沫。


 再び鋭い槍と化した"泡影(あわかげ)"が、雪の右手の中心を貫いていた。


「――ッ!!」


 雪が甲高い悲鳴をあげる。


「雪ッ! ……てめぇぇぇぇぇッ!!」


 とっさに右手を桐生に向ける。

 だが、そこから反撃するだけの力はすでに残っていなかった。


「うっせえなあ。もう終わったって言ってんだろ」


 "泡影(あわかげ)"の矛先が今度はこちらに向けられた。


 鋭い切っ先。

 それが俺の顔面の中心を目掛けて突き出される。


「!」


 避けられない――。


「ッ……ダメぇ――ッ!」

「……雪!?」


 突然だった。

 桐生に背を向けた雪が、俺を抱きしめるように覆いかぶさってきたのだ。


 ……突然すぎて、もはやどんな行動も間に合う可能性はなかった。


 グシャ、と。

 肉を貫く、やや粘性のある打突音。


「う……ぐ……ッ!」


 一瞬の思考停止――。


 雪の体を貫いた"泡影(あわかげ)"の切っ先は、俺の眼前で停止していた。


「ゆ、き――」

「……ユウ……ちゃん」


 一瞬だけ、苦痛に顔を歪め。

 だが、すぐになにごともなかったように少しだけ微笑む。


 血まみれの右手が俺の頬に添えられて。


「……死なないで、ユウちゃん……お願い……!」

「バカ……ッ! お前ッ、なんてこと……ッ!」


 "泡影(あわかげ)"が雪の体から引き抜かれる。


「ッ……!」


 激痛を耐えるうめき声。

 飛び散り、流れ出す赤い雫。


「……」


 無言のまま、桐生が再び"泡影(あわかげ)"を振るう。


「ダメ……」


 その軌道に向け、雪が今度は左腕を差し出した。

 飛び散る、鮮血。


「……女。貴様」

「もう……帰って……」


 左腕が串刺しにされても、今度は悲鳴もあげず。

 雪の服は、もうそれ以外の色を探すのが困難なほど血の色に染まっていた。


 それでも右手は、俺の頬に優しく添えられたまま。


「私はユウちゃんの手当てしなきゃ……だから、もう、帰って……」

「……!」


 頭が熱くなる。


 この期に及んで、どうしてこいつは――。


 もはや俺と同じか、あるいはそれ以上の重傷だというのに。

 

 どうして――……。




 馬鹿げてる。


 ……お願い。


 いくらその身を犠牲にしたところで、俺にはもうここを切り抜ける力はない。

 そのぐらいのこと、見ればわかるだろうに。


 ……お願い、死なないで。


 だったらせめて、ひとりだけでも。

 お前だけでも助かるべきだった。


 ……ううん。


 それならまだいくらか可能性はあったのに。


 ……だってあなたがいなくなったら、私は――。




 ――流れ込んでくる感情の波。

 これは、雪のものだろうか。


 いつの間にか、思考が読めるほどの深い“同調”状態になっていたようだ。

 これは雪の精神がそれだけ弱っていることの証明でもある。


 ……いや、あるいは俺のほうもそうだったのか。


 まるでテレパスのように、裸の精神と精神が通じ合っているようだった。


「……」


 桐生が再び"泡影(あわかげ)"を引き抜く。

 糸が切れたように、雪の体が崩れ落ちた。


 周囲に充満する血の匂い。

 言うまでもない、それは雪が流したものだ。


 密着した体を伝ってくる鼓動が、予想以上に弱々しい。


「雪……」


 ……死ぬのか?

 ……このまま死なせてしまっていいのか?


 いいはずがない。

 いいはずがないだろう。


 だって――俺も同じなんだから。


「雪……死ぬな」


 かろうじて動く右手で、力を失いかけていた雪の右手を握りしめる。


「……お前がいなきゃ、俺だって――」


 双子の兄と妹。

 いつかは離れ離れになり、違う道を進む関係だとしても。


 今はまだ、一緒に――。


 ……だったら、どうする?


 桐生が容赦なく、3度目の攻撃に移る。

 次の攻撃は間違いなく俺か雪のどちらか、あるいは両方の命を刈り取っていくことだろう。


 雪にはもう自らの体を投げ出す体力はなく、俺には反撃するだけの魔力も残っていない。


 ……どうする?


「ユウ、ちゃん……」


 弱々しくつながった、右手と右手。

 かろうじて、まだつながったまま。


 ……ああ、そうだ。


 そしてふと、思い出す。


 ずっと、つながっていた。

 思い返せば、俺たちはずっとそうだった。


 母親の胎内でも。

 四六時中一緒だった幼少期も。

 小学校に上がって、手と手をつなぐことがなくなってからも。


 それでも俺たちはずっと、つながったままだった。

 いつも互いのことを想っていたし、なにかあればお互いに助け合えた。


 兄妹だからというだけではなく。

 双子だからというだけでもなく。


 俺とこいつだから。


 だったら――


「雪……一緒に――」


 どちらかが犠牲になるなんて、やはりナンセンスだ。


 つながっているんだから。


 死ぬなら一緒に。

 助かるときも、もちろん一緒。


 だったら、今なにをすればいいかなんて考えるまでもない。


 一緒に。


「……戦おう。最後まで」

「……」


 声はなく。

 ただ、肯定の意思だけが雪から伝わってきた。


 一緒に――


 これが正真正銘、最後の反撃だ。


 目を閉じる。

 密着した身体以上に、心がすぐ近くに感じられた。


 なんの抵抗もなく。

 まるで最初からひとつだったかのように。


 俺と雪の心が絡まりあって融合する――。


「"万象の追跡者(オールトレーサー)"――」


「……なんだ?」


 桐生が驚愕の声とともにその動きを止めた。


「なんだ、これは……」


 ゆらり、と。

 俺たちの周囲に生み出されたものは――


「……白い、炎――?」


 それはまるで新雪のように透き通る、純白の炎だった。


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