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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 崩れた境界
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3年目5月「ぶち壊し」


 "太陽の熱線銃(フレアブラスター)"に貫かれた史恩の体は、その衝撃のまま後方へと吹き飛び、自らが破壊した物置の残骸へと叩きつけられるように墜落していった。


 ガシャァァァン! という大きな音。

 その周囲では、大量の雨が一瞬のうちに蒸気となって辺りを白く煙らせた。


「はぁ……ッ……やったか……?」


 手応えは充分だった。

 "太陽の熱線銃(フレアブラスター)"は史恩の竜巻を真っ向から破壊し、その右肩辺りを間違いなく貫いていったのだ。


 即興で編み出した技だからどの程度のダメージが通っているのかはわからない。

 ただ、少なくともまったく効いていないということはないはずだった。


「……う、ぐっ……!」


 ガラッ……という音とともに、小さなうめき声。

 白い蒸気の向こうに史恩の影が動くのが見えた。


 さすが、というべきか。

 とりあえず死んではいないようだ。


 とはいえ――


「うっ……くっ……はぁッ……! まさか、こんな……っ! げほッ、ゲホ……ッ!」


 立ち上がろうとした史恩が咳き込みながらガレキの上に腰を落とす。

 その呼吸は異常に荒く、咳き込む様子はまるでぜんそくの発作を起こした病人のようだった。


(どうやら、かなり効いたらしいな……)


 凝縮された炎の塊である"太陽の熱線銃(フレアブラスター)"が史恩の右肩につけた傷そのものは、おそらく直径1ミリ程度のものだろう。

 ただ、あれだけ派手に吹っ飛んだことからもわかるように、凝縮されたエネルギーの余波が史恩の体全体にもかなりのダメージを与えてくれたようだ。


「……けど、もうちょっと痛い思いをしてもらわなきゃな」


 俺はそう言って、史恩のほうへと歩み寄っていった。


 こいつの悪魔退治にかける執念深さは、これまでに何度も思い知らされている。

 今すぐには動けないとしても、少しでも回復すればためらうことなくまた攻撃してくるだろう。


 今回に関してはこっちも命がかかっている。殺すまではしないにしても、少なくとも俺と雪の安全が確保できるまでは動けない状態になってもらおう。


 右手に"太陽の拳(フレアナックル)"を灯す。


「足の1本や2本はもらってく。そのぐらいのことは覚悟してもらうぜ、史恩」

「う……くぅっ……!」


 苦痛と悔しさの入り混じったうめき声を上げる史恩。

 体に力が入らないのか、物置の残骸に背中を預けた状態でこちらをにらみつけてきた。


 雨のカーテンの向こうに霞んでいた史恩の顔がハッキリ見えてくる。


 ……と。


(ん……?)


 俺はそこでふと、違和感を覚えた。


「悪しき鬼、め……ッ! 御烏様の裁きを……ッ!」


 威勢のいい言葉とは裏腹に、追い詰められた史恩にもはや余裕はなく、その口調には大きな感情の波が表れていた。


 にもかかわらず。


(……なんだ、こいつ)


 史恩は相変わらずの無表情のままだった。

 不気味なほど。


「御烏様、が……きっとお前たちに裁きを――ッ!」


 そんな史恩の姿は、まるでチープな洋画の吹き替えのようだった。

 とてつもなくヘタクソな声優がアテレコをしたかのような違和感。


 ……いや。


 そこで俺は気づいた。


「おい、史恩。お前の顔……」


 史恩の顔の一部、"太陽の熱線銃(フレアブラスター)"が当たった右肩に近い、右頬からアゴにかけてのラインに奇妙な歪みが見えた。


 皮膚が焼けただれているとかではない。

 まるでゼリー状のなにかが融けかけているかのような歪みだった。


 そして少し融けたそのゼリー状の向こう。

 そこにかすかに、別の人肌のようなものが見えている。


「……マスク? なんかかぶってるのか、お前」

「!」


 俺の言葉に、史恩がハッとした様子で右頬を押さえた。

 その行動を見る限り、どうやら図星だったようだ。


(……なんのための?)


 表情を隠すことで戦いを有利に進めるためだろうか。

 なんにしろ、こいつの極端なまでの無表情は作り物だったということらしい。


 ……いや。


 今はそんなことはどうでもいい。


 ガレキに背中を預けた史恩の全身は雨と泥で汚れ、髪の毛はべっとりと肌に張り付いている。

 力によって雨を遮断しなくなったのは、その余裕がなくなっていることの証だろう。


 このままでも戦う力はほとんどなくなっているだろうが、やはり念には念を入れておいたほうがいい。


「……悪く思うなよ」


 気持ちを入れなおし、"太陽の拳(フレアナックル)"を再び右手に宿す。

 動けない相手に追い討ちするのは気分のいいものではないが、この状況では仕方がないだろう。


 狙うのは足だ。

 いくら風の力を借りているといっても、両足を封じてしまえば動き回ることはできないはず。


 "太陽の拳(フレアナックル)"を振り上げる。


(こっちは、これで――)


 そこでふと、意識が移った。


(雪のやつは……)


 もうひとつの戦いの行方へと。


 ……あとから考えると、これがいけなかったのだ。


「雪……!?」


 俺はあの桐生という男に不気味さを感じていながらも、心のどこかでは、雪ならそう簡単に負けるはずがないという思いを持っていた。


 もちろん雪ひとりにすべてを任せるつもりだったわけじゃない。

 史恩をなるべく早く倒し、ふたりで力を合わせて桐生を――そういう考えではあったのだ。


 ただし、その作戦の前提となっていたのは、史恩を倒すまで雪が粘るということ。


 桐生を倒す必要はない。

 時間さえ稼いでくれれば。


 そんな俺の考えは、ふたりが分断された時点で雪にも伝わっていたと思う。

 これは決して過信などではなく、ここまで17年半という年月をともに過ごしてきた俺たちの阿吽の呼吸というやつだ。


 そして俺は、雪がその時間稼ぎという役目を当然のように果たしてくれると思っていた。


 ……それは、あるいは過信だったのかもしれない。

 俺がそう考えてしまったのは、その直前に雪が史恩の突進をいとも簡単に防いでみせたこととも無関係ではないだろう。


 ともかく。


 俺はその光景を見た瞬間、自分の考えの浅はかさを呪う結果となったのだ。


 ……半壊した家の中はまるで別世界のようになっていた。

 割れたガラス戸にはつららが何本もぶら下がり、リビングは冷凍庫のようになって全面に霜がおりている。


 それは雪が大量の力を放出した証だった。

 あいつは力を一点集中することには向いておらず、戦うときは広範囲に大きな力を放つタイプだから。


 だからあいつが本気で戦っている以上、家の中がこんな状態になっていること自体は別に驚くことでもなんでもない。


 ただ、俺の想像と違っていたのは――


 そのリビングの中央付近に。


 お気に入りのパステルカラーの洋服のいたるところを血の色に染め。

 腕を押さえて苦痛の表情を浮かべる雪の姿があったということ。


 そんな傷ついた雪の姿を見た瞬間。

 俺は沸騰した。


「雪――ッ!」


 なにが起きたのか、なんて考えるまでもない。


「……桐生! 貴様ぁぁぁぁぁぁッ!!」


 俺は即座に地面を蹴った。


 やったのはあの桐生という男だ。

 手にした半透明なアイスピックのような武器に、雪のものと思われる血がベットリとついている。


「……」


 桐生がこちらを振り返る。

 ワンテンポ遅れて、雪がそんな俺の動きに気づいた。


「……ユウちゃん! ダメッ!」


 悲痛な叫びが空気を裂く。


 そして――


「!?」


 俺が"それ"の動きに気づいたときは、もう手遅れだった。


「……うぐッ!!?」


 とてつもない質量の"なにか"が、俺の左わき腹あたりをえぐる。


「か……はぁ……ッッッ!!!」


 肺から空気が無理やりに押し出され、雷に撃たれたような衝撃が全身を駆け巡った。


 視界が回転し、まるで早送りしたビデオのようにものすごい勢いで流れ、わけがわからないうちになにか堅いものに叩きつけられる。


「ぐッ……げほッ!!」


 背中に激痛。

 息が詰まって、目の前がまたたく間にブラックアウトする。


「……ユウちゃん!!」


 一瞬とぎれかけた俺の意識を現実に繋ぎとめたのは、雪の叫び声だった。


(……なに、が……)


 生ぬるいものが首筋を伝っていた。

 左半身が痺れたようになって感覚が薄くなっている。


(起き、た……?)


 混乱した頭で懸命に状況を整理する。


 俺が打ちつけられたのは、どうやら家のリビングのようだった。

 背中にある感触はおそらく電話台。右腕に壊れた電話のコードが絡まっている。


 こちらに駆け寄ってこようとしている雪。

 その向こうには桐生が立っていて、雨に煙る庭には史恩が倒れていた。


 ……史恩の位置がさっきと違う。


 倒れているのは物置のところではなく、つい先ほどまで俺が立っていた場所だった。


(……やっちまった、のか……)


 咳き込む。


 史恩の執念深さを、あれほど思い知らされていたはずなのに。


「ユウちゃん! ……ユウちゃんッ!!」

「だ、い……じょうぶ、だ……雪……」


 いや、大丈夫じゃないかもしれない。


 髪を伝って首筋を流れているのは俺の血だ。

 つまり頭に大きめの傷を負っている。


 体を起こそうとしても背中とわき腹に激痛が走って動けなかった。


 ……動けない。

 全身の感覚が薄れている。


「ユウちゃん――」


 そんな俺の様子を見て、状態の深刻さを察したのだろう。

 雪の表情が歪み、泣きそうな顔になった。


 一瞬のうちに、その両目から涙があふれ出す。


「ユウちゃん、ダメ……死なないで……!」


 そう言いながら、雪が俺の手を握った。

 どうやら客観的に見ても、俺の状態はかなりヤバいらしい。


「……思いやりとか愛情ってやつはさ」


 そんな俺たちの姿を見て口を開いたのは桐生だった。


「こと戦いに関していやぁ、邪魔にしかならないもんなんだよな」


 庭に倒れたまま動かない史恩を一瞥し、ふたたびこちらに視線を向ける。


 そんな桐生の体はところどころが凍りつき、左腕は完全に凍結して動かない状態のようだった。

 逆に雪はところどころから出血してはいたが、どれも致命的なものではなさそうで、こうして冷静に見るとダメージは桐生のほうが大きいように見える。


「なかなか面白い戦いだったんだが、ブチ壊しになっちまった」


(ぶち壊し――)


 まさにそのとおりだろう。

 冷静にやれば圧倒的に有利に進められていたはずの戦いを、俺がひとときの激情でぶち壊しにしてしまったのだ。


「興ざめも甚だしい……けどま、仕事は仕事だからな」


 そう言って桐生は手にしたアイスピックのようなものを構えた。


「雪……」


 まずい。


 桐生の手にしているそれは、もちろん普通の武器ではない。

 最初に見せた、自由自在に形を変える魔装(まそう)だ。


 細く頼りないアイスピック風の形に姿を変えているのは、おそらくは俺の"太陽の熱線銃(フレアブラスター)"と同じ理論によるもの。

 つまりは雪の防御を突破するための、力の凝縮。


 その魔装(まそう)がそれだけの力を秘めていることは、俺の目にも明らかだった。


「雪、逃げ、ろ……」

「ユウちゃん、しゃべらないで……! すぐ手当てを――」


 俺の手を握って涙を流す雪は、完全に戦意を喪失していた。


 こいつはもともと、気分に大きく左右されるタイプだ。

 今の状態では、桐生にはとても太刀打ちできそうにない。


 このままでは、ふたりとも――


「ふたりとも、串刺しになってもらうぜ――」


「雪……逃げろッッ!」

「ユウちゃん――ッ!」


 雨の音がさらに強さを増して。

 絶望感に追い討ちをかけるように、ひときわ大きな雷鳴があたりに轟いた――。


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