3年目5月「凝縮と凝縮」
竜巻に突っ込んだ俺の右腕は切り裂かれることなく、史恩の左肩をつかんでいた。
俺の推測は正しかったのだ。
全身を覆う竜巻に見た目ほどのパワーはない。
「!」
そして史恩の技の本体――突き出した右拳は、半身になった俺の10センチほど横を空振りし、余波がその先にある物置の壁を破壊していた。
つかんだ肩からは、おそらく命中を確信していたであろう史恩の驚きが伝わってくる。
(……これで!)
いったん捕まえてしまえば、驚くほどにもろいことはすでに実証済みだ。
この絶好の機会を逃す手はもちろんない。
「観念しやがれぇぇぇぇ――ッ!」
そして俺は、史恩をそのまま地面に組み伏せて――
「……舞い上がれ」
カチン、と、音がした。
「!」
おそらくは史恩が"羽撃"の腕輪を交差させた音だろう。
……そういえば忘れていた。
史恩にはもうひとつの技があったのだ。
周囲で風が巻く。
それは以前の戦いで、俺の"降り注ぐ火雨"を、瞬きほどの間にかき消した防御技。
(……やばいッ!)
危険を感じ、とっさに防御姿勢を取る。
「舞い上がれ、"羽撃"――」
直後。
爆発的な魔力があふれ、史恩を中心に突風が吹き荒れた。
「くぅッ……!」
ぐわっと体が浮き上がり、史恩の肩をつかんだ手が否応なく引き剥がされる。
メキメキと我が家の屋根がねじれ、壁が崩れ落ち、2階の窓ガラスが弾け飛んだ。
それはほんの一瞬の暴風。
だが、その一瞬で俺は10メートルほども後方にまで押し返されていた。
「……ちっ」
それでも完全に宙に飛ばされることがなかったのは、とっさに防御していたおかげだろう。
そうしていなければ、あるいは地面に叩きつけられてしまっていたかもしれない。
顔を正面に向けると、史恩がまっすぐにこちらを見ていた。
(……バレてたか)
どうやらこっちの思惑はバレバレだったようだ。
以前あんな形でやられたのだから、まあ当然といえば当然か。
やはり一筋縄ではいかない。
一撃必殺の攻撃力があり、防御技もある。
とっ捕まえて動きを封じようという作戦も、これだけ警戒されていては通じないだろう。
ただ――
実をいうと、俺は今の一連のやり取りの中に、史恩を倒すためのヒントを見いだしていた。
そのヒントというのは他でもない、史恩が見せた“2つの技”である。
(……そっか。そういうやり方もあるか)
俺の"太陽の拳"のように体の一部に竜巻をまとっての強烈な一撃。
そして今見せた、全身から発する爆発的な風のバリア。
最終的なパワーの大きさから、どちらもかなり高度な"テクニック"であることは間違いない。
ただ、そこに用いられている技術には実は多少の違いがある。
前者の竜巻は何度もいうように俺の"太陽の拳"に似た性質のもの。
全身の魔力を体の一部に凝縮させることで威力を高めるというものだ。
では、後者はどうだろう。
全方位に放出される風のバリア。
ただ魔力を闇雲に放出しているのか。
もちろんそうじゃない。
それではあれだけのパワーを発揮することはできないはずだ。
つまりは、あれもまた魔力を凝縮させたテクニックの一種なのである。
ただし凝縮させたのは"空間"ではなく、"時間"だ。
一点に凝縮するか、一瞬に凝縮するか。
先にたとえた水のホースで考えれば、前者は口を狭くして水の勢いを増すのに対し、後者はいったんホースの口を完全に閉じ、水をためてから勢いよく一気に放出させるというやり方である。
俺のテクニックでいえば、"降り注ぐ火雨"と似たベクトルだろう。
ただし、先に力をためて一気に放出する"降り注ぐ火雨"と違い、一瞬で撃てる史恩の防御技は魔力を前借りしているという表現のほうが正しいのかもしれない。
とまあ。
これらはすべて、先日伯父さんから教わったばかりのニワカ知識なのだが。
そこで俺は考えるのだ。
俺と史恩の間にパワーの差があるのは紛れもない事実だ。
そのパワーというのは、簡単にいえば魔力の基礎値にテクニックの倍率を掛け合わせたものである。
たとえとして、史恩の攻撃技と俺の"太陽の拳"の技術的なレベルが同一であるとしよう。
では、俺と史恩の間にパワーの差が現れるのはなぜか?
それは言うまでもなく、基礎値が違っているからである。
俺の魔力が50、史恩の魔力が80。
テクニックによる倍率を、適当に10倍としようか。
すると俺の攻撃力は500。
史恩の攻撃力が800……と、まあこういう話なのだ。
では、史恩の防御技はどうだろう。
いくら一瞬に力を凝縮しているとはいえ、全方位でしかも放出系となると倍率は低いと考えられる。
それを考慮して、これも適当に4倍ぐらいと設定しよう。
すると史恩の防御力は320。
だったら"太陽の拳"で貫けるだろう……と考えるが、事はそう簡単じゃない。
"太陽の拳"は拳の一点のみに魔力を集中させる技だ。
500の攻撃力を持つ俺の拳は史恩の風のバリアを突破できるが、その他の部位は突破できない。
つまり、拳だけをミサイルのように飛ばしでもしない限り、風のバリアを越えて"太陽の拳"を史恩にぶち当てるのは、現実的にはほぼ不可能なのだ。
かといって放出系の"降り注ぐ火雨"は、やはり風のバリアと同じぐらいの倍率になるので貫通できない。
……さて。
ここまでくれば、俺がなにを考えているかはだいたいわかってもらえるだろう。
話を最初に戻すと、テクニックの倍率を上げるためにもっとも簡単な方法は、魔力を一点に凝縮することである。
そしてその凝縮には"空間的凝縮"と"時間的凝縮"がある。
だったら両方同時にやっちまえばいいじゃん?
……ってことにはならないだろうか。
ギリギリまでためた水をドバッとではなく、ほんの少しだけ開けた口で撃ち出す。
ついでに、水のたまった部分を足で踏みつけて一気に押し出してやるのだ。
(完全にぶっつけ本番になるが……)
正直、具体的にどうやればいいかなんてまったくわからない。
口で言うほど簡単ではないことももちろんわかっていた。
こればかりは感覚的なものに頼る部分が大きいのだ。
ただ、伯父さんいわく。
敵の技を簡単にコピーできた俺には、そういう方面の才能があるかもしれないらしい。
普段はあんまり俺のことを誉めたりしない人だ。
今はその言葉にすがってみるしかないだろう。
「……」
俺の動きを注視していたのか、風のバリアで使った魔力が回復するのを待っていたのか。
珍しく10秒ほど動きを止めていた史恩が再び動き始める。
その動きに最低限の注意を払いながら、俺の意識の大半はイメージの世界へ飛び込んでいた。
(体の一点に凝縮する“太陽の拳”と、ためこんだ魔力を一気に撃ち出す“降り注ぐ火雨”……)
とにかくイメージだ。
イメージしないことには、新しいものは生まれない。
(撃ち出す力は強く、細く、強く、一点に、一瞬に――)
強く撃ち出す。
細く、一瞬に。
強く、細く。
強力に、撃ちぬく――
(ああ、アレか――)
そうして俺の頭の中に生まれたイメージは、小学生のころにSF映画で見たワンシーンだった。
(……よし)
風をまとった史恩が跳んでくる。
放出系の技とはいえ、近いほうが威力は上がる。
限界まで引きつけたほうがいい。
今までのような回避の姿勢を取ることなく、俺は真っ向から史恩の突撃を待ち構えた。
間の距離が一瞬にして半分になる。
もし攻撃を避けるなら、そろそろ動き出さなければ間に合わないだろう。
……もしうまくいかなかったら?
……ふたつの凝縮を駆使してもなお、史恩の攻撃が俺を上回っていたら?
胸中に生まれる不安。
ここは回避して、違う作戦を考えたほうがいいんじゃないだろうか、と。
だが――
(……なるようになるさ。今までだってそうしてきたじゃねーか)
リスクを最小に減らし、堅実にコツコツとやっていくことはもちろん賢いことだ。
そしてほとんどの場面において、それはおそらく正しい。
ただ、それは俺のやり方ではないような気がした。
というか、やろうとしてもやれないだろう。
直斗のように賢くない俺は、いつだってリスクを背負うしかない。
そしてそのリスクを踏み越えていくために必要なのは、決して“後ろ向きにはならない”ことだ。
とにかくまっすぐ前に飛ぶ。
少しでも遠くへ。
そこに全力を費やすのだ。
彼我の距離がレッドゾーンを越える。
退路は消えた。
俺にはもう、史恩と正面から撃ち合う道しか残されていない。
右手には凝縮した炎の塊。
“太陽の拳”に似たそれを見て、史恩もこっちが正面から撃ち合うつもりであることに気づいただろう。
ただ、史恩は動きを緩めない。
向こうとしてはパワーで上回っている確信があるのだから、撃ち合い大歓迎ということだろう。
逆巻く突風。
あまりの轟音に、逆に音が消えたような錯覚に陥った。
ただ、それは好都合だ。
極限の集中力を得るには願ってもない。
竜巻の奥に史恩の影。
80を10倍して800なら。
50を10倍してさらに4倍すれば2000だ。
勝てないはずがない――
とにかく前へ、前へ。
すべての不安を一掃し、頭の中で描いたイメージを具現化する。
右拳を握り締め、左足を踏み出す。
真っ向から。
俺の拳と史恩の拳。
炎と風。
それが激突する、その直前。
「……これで終わりだッ!」
俺は拳の人差し指を立て、それを史恩に向けた。
「!」
そんな俺の行動に、史恩の自信にほんの一瞬の揺らぎが生まれる。
ただ、もちろん互いに止まれるような状況ではなかった。
俺がイメージしたのは古いSF映画の、宇宙を飛び交う光線銃――。
「撃ち抜けッ! “太陽の熱線銃”――ッ!!!」
指先から放たれるひと筋の光線。
ほんの一瞬の閃光。
だがその“一瞬”は、またたく間に史恩がまとった風を散らしていった。
まっすぐに。
貫いていく。
「ッ……!?」
史恩も即座に悟ったのだろう。
その光線が、自分の技の攻撃力をはるかに上回っているということに。
「舞い上がれ――ッ!」
とっさに防御の体勢を取る。
その声には明確な焦りの色があった。
大きな計算違い。
しかしそれは、すでに致命傷だった。
「……俺の勝ちだ、史恩」
“太陽の熱線銃”が、風のバリアをも軽々と突き破っていく。
「まさか……そんな――ッ!」
驚愕に目を見開いた史恩。
光線が、その体を貫いていった。