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双子兄妹の悪魔学園記  作者: 黒雨みつき
 第2章 崩れた境界
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3年目5月「脱出」


 その"違い"を認識するまでに時間はそれほどかからなかった。


 吹き荒れる"羽撃(はばたき)"の突風。


(来る……!)


 全身に竜巻をまとった史恩が、雨にぬかるんだ地面を蹴った。


 疾風のごとき速さ。

 少し触れただけで致命傷となるほどの威力。

 しかも全身がその竜巻に覆われているせいで、こっちからは手も足も出すことができない――。


 ……そう。

 史恩側に手加減する理由がなくなった以上、前回の俺ならそれでジ・エンドだっただろう。


 だが、今は違っていた。

 俺にはほんのわずかばかりではあるが、対策を考えるだけの余裕があったのだ。


(……たぶん、この技には付け入る隙がある)


 史恩の突撃を横に飛んで避けながら、俺は思考をめぐらせていた。


 ――竜巻を鎧のように全身にまとった上での、強力無比な体当たり。


 俺は史恩の技をずっとそういうものだと考えていたが、どうもそうではなさそうなのだ。


 推測するに、あいつの全身を覆っている風は相手に手出しできないと思わせるためのハッタリで、実際のところは全身ではなく体の一部に強烈な風をまとっての突き、あるいは蹴り。

 つまりは、俺の"太陽の拳(フレアナックル)"と同じようなタイプの技なのではないだろうか。


 確信を得たというわけではないが、そう考える根拠はもちろんあった。


 そもそもの話、魔力の放出というのはホースから出る水のようなものだ。

 出口が狭ければ勢いよく飛び出すが、広くなればちょろちょろとこぼれるだけ。

 史恩が使っている魔装(まそう)だって原理としては同じはずである。


 つまりは、全身から力を放出し続けながら体当たりするなんて大ざっぱなやり方で、あれだけの威力を立て続けに生み出せるだろうかという単純な話なのである。


 魔力は有限だ。

 それを有効活用するために"テクニック"というものがある――と、つい先日学んだばかり。

 だからこそ、そこに思い至った。


 長い歴史があるらしい古参の悪魔狩り"御烏みがらす"。

 そこの実力者である史恩と魔装(まそう)"羽撃(はばたき)"。


 その繰り出す技が、そこまでお粗末なものであろうはずがない、という推測だった。


(なら、攻撃中に捕まえることだってできるはず……!)


 史恩のスペックが俺をはるかに上回っていることは前回の戦いのときと変わっていない。

 そんな俺が勝つためには、やはり多少のリスクを侵してでも史恩の動きを封じに行くしかないだろう。


 もちろん、史恩の攻撃がとてつもない威力を秘めていることは確かだ。

 先ほどの考察が誤っていればその時点で、合っていたとしても本命の攻撃の見極めに失敗すれば致命傷はまぬがれない。


 密度の濃い雨の中、まるでドリルのような螺旋の風が俺の背後に回り込んでくる。

 その渦は大量の雨粒や庭に咲いていたスイートピーの花弁、破壊した我が家の残骸やらを巻き込んでいて、向こうにいる史恩の姿を完全に隠していた。


 そこにまともに手を突っ込んでいくのは勇気が必要だった。


(けど、勝つにはやるしかねぇんだよな……)


 振り返ると同時に回避の姿勢を取る。

 ただ、今回はあえてそのタイミングを遅らせた。


「……!」


 そんな俺の動きを見て、史恩はおそらく命中を確信するはずだ。

 それがこっちの思惑どおりだとは気づかずに。


(……そういや、この構図)


 ふと思い出したのは、つい先ほど雪と史恩がぶつかったときの光景だった。

 あのときの史恩は確か、右拳を突き出した形で止まっていたはずだ。


 両足に力を込めて構える。

 あのときの雪と同じように、正面から受け止める体勢だ。


 頭に描く“本命”の軌道は、あのときと同じ右の拳。


 両腕に魔力を集める。

 史恩がまっすぐに突っ込んでくる。


 ――背中に冷たい緊張が走った。


(……ここだッ!)


 そして俺は、竜巻の中心に向けて拳を叩きつけていった――。




-----




「残念だったな、御門の」


 不知火家の玄関前。

 そこには7つの人影があった。


 玄関ドアを出たすぐのところには美矩、瑞希、歩の3人。

 それと対峙する4人は、全員が黒い雨合羽のような装束に身を包んだ悪魔狩りだった。


「周りには結界が張ってある。どちらにしろそのまま逃げることは不可能だ」

「水守の結界……か」


 美矩がそうつぶやいてくちびるをかんだ。


 その背後――不知火家の敷地と道路を隔てているのは降りしきる雨の壁だけ。


 ……いや、あくまでそう見えるだけだった。


「なによこれ……水の膜みたいなのがある」


 その空間に手を伸ばした瑞希がそんな感想をもらす。


 水の結界。

 悪魔狩り組織のひとつであり、御烏とともに御門を襲撃した"水守みもり"の結界には、音と光を遮断する以外に中の生物を閉じ込める効果もあった。


「さあ、覚悟してもらおうか、御門の。抵抗しなければそれほど痛い思いはせずに済むぞ」

「……冗談はその悪趣味な制服ぐらいにしといて欲しいな」


 悪魔狩りたちを目で牽制しながら、美矩はふところからゆっくりと短刀を取り出した。


「水守の悪魔狩りって血の気の多いやつらが多いらしいね。ホントは戦いたくてウズウズしてんでしょ?」

「……おとなしくする気はないか。なら仕方ないな」


 それを見た男たちも抜刀する。


「か弱い女の子相手にいきがっちゃって。カッコ悪いお兄様方だなぁ」


 そんな憎まれ口を叩きつつ、美矩は状況を再確認していた。


 相手は4人。

 しかも美矩の後ろには瑞希と歩がいて、守りながら戦わなければならない。


 4対1の上にハンデつき。

 これは圧倒的に不利どころか、もはやイジメに近い状況だ。


(絶体絶命、か)


 そもそも美矩はどちらかといえば裏方のほうだ。

 同年代の中ではそれなりに腕に覚えがあるものの、第一線で強力な悪魔たちと戦うような立場ではない。


 それに対し、目の前の4人はそれなりに経験のある悪魔狩りたちのようだった。

 どれだけ楽観的に考えても、ひとりひとりが美矩未満の実力ということはないだろう。


(……せめて後ろのふたりだけでも逃がさなきゃ)


 その間に悪魔狩りたちは少しずつ美矩たちに対する包囲を狭めてきていた。


(けど、いったいどうやって――)


 焦燥感が美矩の心を支配する。


 と、そのときだった。


「……とにかく」


 ほんの少しだけ機嫌の悪そうな声。


「これは夢でもドッキリでもないわけね。正直なにがなんだかさっぱりだけど」


 そう言ったのは美矩でも敵でもなく。

 美矩の後ろにいた瑞希だった。


「……瑞希さん? ……はい、そうです」

「そう」


 美矩の返答に小さくうなずいた瑞希は、チラッと男たちを見やると――


「み……瑞希さん!?」

「で、この人たちは優希と雪ちゃんの敵なのね?」


 そう言いながら瑞希は美矩の横を無造作に通り過ぎ、悪魔狩りたちの前に出たのだった。

 美矩が慌てる。


「瑞希さん! 下がって!」

「言われたとおり下がってな」


 美矩の制止に言葉を続けたのは、一番先頭の悪魔狩りの男だった。


「やりすぎないようにと言われちゃいるが、不可抗力ってこともある。怪我したくなきゃ後ろでおとなしくしていることだ。俺たちの目的はさっきの悪魔2匹とこの御門の女だけだからな」

「悪魔2匹……ってのが優希たちのことなのね。御門とか、ってのはよくわからないけど……」


 尋ねたというよりは確認するようにそうつぶやいて、瑞希はひとつうなずいた。


「でも、そうね。だったらその話はおかしいわ」

「……?」


 悪魔狩りたちが怪訝そうな顔をする。

 そんな男たちに対し、瑞希はやはり不機嫌そうに、小さく鼻を鳴らして言った。


「だって、そういうことなら……怪我をするのはあなたたちのほうじゃない」


 瞬間。


 空気が裂けた。

 鈍い打撃音とともに、大きな黒い物体が宙を飛ぶ。


「!」


 その場にいた誰もが目を見張った。


 宙を舞った物体が、5メートルほど後方に落ちてうめき声を上げる。


「……な……ッ!?」


 悪魔狩りたちの驚愕の声。

 その数は4ではなく3。


 一番先頭にいた男の姿はすでになかった。


「残りあと“3匹”ね」


 瑞希がそう言いながら、男を蹴り飛ばした足をゆっくりと地面に下ろす。


「!」


 悪魔狩りたちがようやく状況を理解し、その表情から余裕が消えた。


 4対1から3対2へ。


 ――いや。


「! ……なんだ……体、が、動かな……ッ!」


 一番後ろにいた男が前に出ようとして、体の異常に気づく。


 見えない力が、いつの間にかその自由を奪っていた。


「う……うう……!」


 必死の表情でその男を見つめていたのは歩だ。

 使い慣れない念動力で、男の体を縛ったのだ。


 これで実質2対2。


「こいつら……ッ!」


 ひとりが手にした刃物を振り上げる。


「させないッ!」


 前に出た美矩が短刀でそれを受け止めた。

 その横を瑞希がすり抜けていく。


「はぁ――ッ!」


 鋭い呼吸音に重なる、鈍い打撃音。

 大きな体がふたたび宙を舞う。


 ――それで大勢は決した。


「……たわいない男たちね。偉そうなこと言ってたくせに」


 戦っていた時間はおそらく2分にも満たなかっただろう。

 雨の地面に伏した4人の悪魔狩りは、完全にその戦闘力を奪われていた。


「たわいない、って……」


 瑞希のコメントに言葉を失った美矩が、呆れと安堵の混じったため息を吐く。


「……一般人の娘にこんなこと仕込んどくなんて、影刃様らしいというか、なんというか」

「さて、と……どうするの? 優希たちを助けに戻る?」

「そ、それはムリです!」


 慌ててそう答えた美矩に、瑞希は眉をひそめて、


「私の強さは今見せたと思うけど、それでも?」

「それでも、です! 今はここから逃げることだけ考えてください! 戻ってもおふたりの邪魔になるだけです!」

「……そう」


 瑞希はしばし考え込んでいたが、やがて、


「わかったわ。言うとおりにする。……歩もいることだしね」


 まだすべての事実を受け容れられたわけではないのだろう。

 それでも吹っ切った表情で瑞希はそう言った。


「お願いします、瑞希さん。優希さんたちは……きっと大丈夫ですから」


 そう言いながら美矩は結界を破る準備を進めていた。

 赤い紙切れを数枚取り出し、クナイのようなもので地面に突き刺していく。


「結界を破ります。ただ、数秒間穴を開けるだけですから、合図したら急いで外に出てください」

「外の人たちはここの騒ぎに気づいてないの?」

「外からは結界を張る前の景色しか見えていません。結界が解ければ騒ぎになるでしょうけど……さ、行きますよー」


 早口で簡単に説明し、美矩が合図する。


 地面に突き刺した赤い紙切れが発火し、火花を散らした。

 やがて紙切れが立て続けに破裂し、水の結界の表面がドロッと歪む。


「今です! 外へ!」

「ええ。……歩!」

「は、はいー!」


 こうして、瑞希たち3人は一足先に脱出に成功したのだった。


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